第二十三話 平穏
「絶対珠算、発動!」
がちがちと巨大な珠同士がぶつかる音が小刻みに続く。
苦い経験となった柿谷と真希の二人での初仕事から二週間が経った。
柿谷の絶対珠算も計算速度が大幅に上がり、また柿谷自身も真希によって立派な取引仲介人として成長していた。
しかし、真希は今だに固有魔法の発現に至らずそして……
あの時以来、間宮の姿は伽耶岬支部に現れる事は無かった。
「そろそろ休憩しましょう。努力をする事と無茶をする事とでは意味が全く違ってきちゃうわ」
間宮の事が気にならない訳では無い。しかし、その事に気を取られていては、きっと間宮本人に怒られてしまうだろう。
真希は自分にそう言い聞かせ、今出来る事から順にこなして行く決意を固めたのだった。
「っはー……そろそろ……エクセル……にも……負けないくらいには…………なりましたかね……」
絶対珠算を終了させ、床に大の字になって寝転ぶ。固有魔法の発動には体力を消耗すると言う訳では無いらしいのだが、柿谷自身も不思議な程疲労感がこみ上げて来るのだそうだ。
「お二人とも、お疲れ様です。お茶の準備が出来ましたので休憩してはどうです?」
ティーポットにお湯を注ぎ入れながら二人に呼びかけるこの男は、ここ伽耶岬支部の営業部長の九条だ。
何故だか随分久し振りに会ったような感覚に陥ってしまう真希だったが、実際には毎日のように顔を付き合わせている。そう、何故だか二ヶ月程会っていなかったような感覚に陥ってしまうのだが、そんな事は実際には無い。
間宮が伽耶岬支部に来なくなってから、稲村がオフィスに居る時間も随分減ってしまった。
間宮程の魔法商女の穴を埋める為に、今も奔走してくれて居るのだろう。
あの日、柿谷と稲村が入社した時は、もっと賑やかに、和気あいあいと5人でテーブルを囲って紅茶を飲むのだと思っていた。しかし、蓋を開けてみれば自分と柿谷、そして九条部長の3人だけ。前よりも賑やかにはなったはずだが、一抹の淋しさを感じずにはいられなかった。
「頂きます」
いつか間宮が買って来てくれたティーカップに注がれた紅茶を口に運び、物思いにふけっていると、ふとある言葉が脳裏をよぎった。
「九条には気を付けろ……」
真希が初めて魔法商女の仕事に着いた時にかけられた朝倉の言葉。
思えば柿谷の初仕事の時にも自分の時にも、何故彼女はそんなタイミングにだけ現れたのだろうか。
ただの偶然と割り切ってしまえばそれまでだったが、二週間前、去り際に見せた意味深な表情がそうする事に待ったをかけていた。
そしてまた一週間程が過ぎた頃、事態は大きく動き出した。