第二十話 再見
カチッ、カチッ、カチッ。壁掛け時計の音だろうか。真希と眠ったままの柿谷しかいない静かなロビーに、リズム良く響く。
取引についての心配はしていなかった。九条にあの間宮と同等の魔法商女であると称された稲村が指揮をとっているからだ。
柿谷についても不安は無かった。その稲村が大丈夫だと言ったからだ。
ならば……
この嗚咽にも似た胸の痛みは何なのだろう。
「うぅ……」
「柿谷さん……気が付いた?」
上体を起こし、頭に手を添えるようにしている柿谷に自動販売機で買っておいたミネラルウォーターを差し出す。
「あ、ありがとうございます……えっとここは……」
「爽守スチールのオフィスよ。柿谷さんは魔法を使ってその時に……」
ふと、言葉に詰まった。魔法を使って、その魔法にエラーが発生して、その影響で倒れた。と、そのまま伝えるべきなのだろうか。
柿谷に自分の知らないような自尊心があれば、それを傷付けやしないだろうか? そもそも、魔法に対する恐怖心や猜疑心は生まれないだろうか?
堂々巡りの末、真希は一つの答えに辿り着いた。
「急に魔法を使ったから、体力が追いつかなかったみたいで。これからじっくり慣らして行きましょう」
優しさだろうか? 甘やかしているのだろうか?
答えはどちらでも無い。それは真希自身が一番理解していた。
「そう……ですか……」
柿谷も柿谷で、腑に落ちない、と言った表情ではあったが、思考が纏まらない様子で、ただ気の無い生返事をするだけだった。
「なんだいそりゃ。お情けのつもり? それとも自分に言い訳してんの?」
静かで、比較的密閉された部屋の中に、聞き慣れない、しかし聞いた覚えのある声が響き渡る。
しかし、その姿はどこにも見当たらない。
「……っ誰だよ!」
「あっはっは! 頭に響くってか? 二日酔いのおっさんみたいだなあんた」
空調の音が突然大きくなる。がががが、ともばたばた、とも聞こえる違和感のある音がどんどん大きくなる。
そして、その音が空調の音では無いと気が付いた時、空調のすぐ下に真っ黒な穴が空いた。
「初めまして、とお久しぶり。間宮んとこの同業者さん」
そして、そこから現れたのはかつて真希と間宮の前に現れた朝倉の姿だった。