第十七話 嘘
「この魔法は簡単な構造で出来ている。計算すると言うただ一つの目的の為に作られた魔法」
そして電卓を指差して続けた。
「そろばんも電卓も、計算をする為にある道具。だからコレから干渉して、再起動させる事は難しいことじゃ無いわ。ただ……」
そろばんを見上げた後、柿谷の方を向き直す。
「彼女がどんな命令式を魔法に込めたのか分からない以上、そのまま再起動させてもまたエラーが出るだけ。貴女が最初から命令式を組み立てる必要があるわ」
「命令式……ですか」
自分でもまだ発動したことの無い固有魔法をこれから操ると言うのに、何故だか随分と落ち着いていた。
「わかりました。任せてください」
魔法を発動させる為に、何か特別な事をしなければならない訳では無い。初めてスマイリーネゴシエーションを習った時の口上も、別に無くても発動出来ている。
今まで、スマイリーネゴシエーションを発動して来た時と同じように、ただ電卓を持つ手に意識を集中させる。
【11,760×32】
なんの数字だろうか。右手から脳に流れ込んでくるような感覚が襲う。
【680×16×4】
また何かの計算したあとの様な物が流れ込んでくる。そしてここで真希は直感的にそれを判断した。
“これがエラーが起こった計算だ”
たった二つ。たった二つの計算間違いで柿谷は倒れたのか、と思うと魔法に対して少し恐怖を覚えた。
しかし、この計算もなんの計算かはすでに目処が着いている。
一つ目は月あたりのどちらかの社員32名分の給与の減額分の計算。
月168時間労働として時給70円分の減額。これに何か間違いが発生しているのだろうか。
二つ目は恐らく材料費であろう。どちらが負担するとは分からないが、単価680円の材料が16×4。これはラインの人数と本数だろうか。
大多数のラインに取り入れられると言うことは、材料よりも機材の可能性が高いだろうか。680円となれば新しい棚であろうか。
だが、真希はあることに気が付く。
この計算はなに一つ間違っていなかった。
減俸は心苦しいが、人数が増え、やる事が変わる時期にそんなことは言っていられない。そもそも減俸が心苦しいからエラー、などと言う事も無いだろう。
棚も新しいのを買わずに、今までの物をそのまま使えば良いと言う問題でも無い。工具や道具、使う物殆どが変わって効率にも影響が出かねないと言うことで新しくすると決めたのだ。
エコロジー精神だけで魔法がエラーを起こす筈も無い。
答えは一つだった。
「気付いたようね」
「はい…………佐和森様。貴方は、爽守スチール社が不利になるような嘘をついていますね?」