第十六話 片割れ
「貴女にはあのそろばんを動かしてもらうわ」
言葉の意味を理解したのは、それから2秒後。
そして、言葉の意図を理解するのはまだ随分と先のことだった。
「動かす……って、あれは柿谷さんの魔法で」
柿谷の固有魔法、絶対珠算。その原理も、目的も知らない。どの様にして動かすかなどもってのほかだった。
しかし、稲村は「やってもらわなければ困る」と言い張り続けるだけ。
そこで真希は一つの仮説に辿り着いた。
それは“魔法を操作して、終了させなければならない理由がある”と言う物。
真希は間宮と二人で今までやって来たが、固有魔法を使っていたのは間宮だけ。
つまり、“スマイリーネゴシエーションが影響する魔法は一つの空間に一つまで”と言う様な制約があり、そろばんをなんとかしなければ稲村の魔法で会議を進めることが出来ないとか。
それとも“固有魔法を終了させなければ柿谷に何かが起こる”もしくは“固有魔法を発動したままスマイリーネゴシエーションを解くと、何かが起こる”とか。
なんにせよ稲村が実績のある魔法商女で有るという以上、彼女の言葉を信じた方が良いだろう。
真希は一つの賭けに出ることにした。
固有魔法には必ず触媒となる物が必要で有る。かもしれない。
かつて間宮がボールペンのインクで天秤を作った様に、今回も柿谷がそろばんを使って発動させている。
その触媒に干渉すれば何かが起こるかもしれないと真希は考えた。
粉々になったそろばんの欠片を拾い集め、元の形を成すように並べて行く。
しかし。
「……だめ……なの…………」
なにも起こる気配は無い。やり方が間違っていたのか、それとも何か足りない事があるのか。それすらも分からない。
「それは抜け殻に過ぎないわ」
足元から稲村の声が聞こえる。
なにやら椅子の下に手を伸ばして、何かを取ろうとしていた。
「抜け殻……?」
「そう、抜け殻。最後の天秤にしても、あのボールペン自体は抜け殻。魔法の触媒になっているのはインクの方」
取ろうてしていた何かを手に、稲村は立ち上がりそろばんを指差した。
「この魔法の触媒は、そろばんの珠の方。だけど、それだけじゃ無い」
そう言うと拾い上げた何かを間宮に手渡して続けた。
「魔法には必ず、二つの触媒がある。その二つ目が」
「これ、ですか……」
稲村が手渡して来た物は、電卓だった。