第十五話 もう一人の仲間
「柿谷さん!」
意識を失い、立っていられなくなった柿谷の体は仰向けに床に叩きつけられた。
そして不快な軋轢音を発していたそろばんは、輝きを無くしただ宙に揺られるだけとなった。
「柿谷さん! 聞こえますか⁉︎ 柿谷さん‼︎」
柿谷の肩を抱き、揺するようにしながら声をかけ続ける。
魔法が失敗していたのか、何かに妨害されたのか、それとも柿谷に何か病気があったのか。
固有魔法を見たのは間宮の最後の天秤だけで、自身ですら発動出来たことの無い真希にとって、それがどのような状態なのか、ましてやその代償など分かるはずも無かった。
「申し訳ありません! これ以上の会議続行は……」
これ以上の会議続行は不可能です。
言いかけた言葉を飲み込み、真希は一点を見つめていた。
絶対珠算。そろばんはまだ消えていない。
これはどうしたら消えるのか、消えていない状態でこの場を離れたらどうなるのか。そしてもし自分の手でこれを消したとして、なんの代償も無いのだろうか。
真希には分からないことが多過ぎた。
「少々お待ちください。連絡を取って確認を」
「必要無いわ」
携帯電話に手を掛けた時、後方から制止の声が飛んできた。
「稲村さん……?」
声の主は今腕の中で気を失っている柿谷と共に入社して来た稲村明美だった。
半開きにしていたドアを閉め、此方へ歩み寄ってくると、二人のクライアントの方を向き直し言葉を発した。
「稲村明美と申します。我が社の柿谷が会議続行不可のため、申し訳ありませんがここからは進行役を此方の円が、補佐を私稲村が務め進行させていただきます」
淡々と告げ、二人が頷いたのを確認すると、再び真希の方を振り向いた。
「柿谷さんは大丈夫。魔法にエラーが生じて処理コードが逆流したみたいだけど、単純な命令式だったから何処にも影響は出ないわ」
「そう……ですか……」
エラーだとか処理コードだとかよく分からない単語を並べられたが、とりあえず無事だと言われ心を撫で下ろす。
「安心するのも良いけど、貴女にはやってもらいたいことがあるの」
柿谷が倒れた事で会議の進行を務めなくてはならないのだった。
「会議の取り仕切りですね。わかりました、任せてください」
元々柿谷のバックアップとして来ていたのだから、いざとなれば入れ替わって進行するつもりであったためその覚悟も準備も出来ていた。
はずだった。
「貴女にはあのそろばんを動かしてもらうわ」