第五十二話 ピリオド
「…………そうだ。私は全員が望美さんの様な特別になれる世界を目指した」
「その結果、凡庸は劣悪に変化した。文字通り“劣等感を悪い方に拗らせた”わけだ」
神妙な面持ちの瑛太の言葉に、朝倉も真剣で冷たい言葉を返す。それは無情ゆえでは無く、彼も一つの特別として認識していたからであった。
「きっとコイツは先生に声をかけられなくてもこうなったと思うよ。嫌な思いして、誰かを妬んで。どんなに後ろに下がっても向きが前ならまあ良いか、ってね」
バシバシと少し力を込めて真希の背中を叩く嬉しそうな朝倉に、瑛太は釣られて笑みをこぼした。
「……そうか、ならもう私は眠ろう。とんだ無駄骨だった、全部水の泡だ。それでも後は任せられるだろう、とね」
そう言って目を瞑る瑛太の体を、栄介は抱き起こし共に目を瞑る。
「ああ、もう休もう兄さん」
ボロボロ、バサバサと泥人形は末端から乾いて崩れ始めた。肩に触れる弟の手の感触が消えて無くなると、兄は名残惜しむ様にゆっくり瞼を上げて美しい花畑を眺めようとする。
そんな情緒などぶち壊し、瑛太はハッと目を見開いて最後の最後に真実に至った。
「……クソッ……ああ、クソッ。そういう事か……」
悔しそうな態度と語調とは裏腹に、彼は笑ってその役目を終え崩れさる。
花畑も、水平線も、そして元の荒地も無くなって、四人は住宅街に設けられた公園の枯れた芝生の上に立っていた。
「……さ、帰ろうか。と言っても徒歩なんだけどさ」
肩をビクッと震わせる間宮を意地悪そうに見つめ、朝倉はそう言った。砂で汚れきったはずの綺麗なスーツと、生活の匂いがするその街並みに、四人はようやく“全て終わった”と実感する。
「…………それで、さ。結局えーと、お兄さんの方の九条部長は何をしてて、何をしたかったの?」
「…………あー、そうだな。例えるなら、理想的な積み方をしようとして、理想的な積み木を作ってて……」
指でくるくると円を描き、柿谷の問いに解を与える。日常が戻ってきた。そう実感させる程の悪い顔で、朝倉はその問題にピリオドを打つ。
「京子さんがクソバランスの悪い積み木をねじ込んで台無し! って顛末かな」
「この…………間宮さん、もしかしてあたし達戦う相手間違えませんでした?」
からかって、飛び火して、突っかかって、あしらわれて、魔法商女はまた自分たちの戦場へと戻っていった。
そしてそれから半年が経った——