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第四十八話 紫陽花

「…………そうだったか……そうか……」

 模倣開始、【Un de blanc comme neige】

 彼女が唱えた最後の言霊だった。

「真実なんて何だっていい。ただ魔法商女朝倉京子が存在すると言うだけで、そうでっち上げるだけで良いの」

 そう言ってくるくる回る、穢れのない真っ白なワンピースに、小さな赤いリボンでおさげを括った少女。この場にはとても相応しいと言えない無垢で希望に満ちた、ハリボテの魔法商女。

 きっと少女は最初からそこに居て、それでいてこの世界のどこにも存在しなかったのだろう。夢を見たまま未来を取り上げられた、幼き日の稲村明美の姿がそこにはあった。

「……奥の手、なんて言って。そうか、これは確かに究極の切り札だ」

 無邪気な笑顔で覗き込んでくる少女に、泥人形はぱらぱらと頰を崩れさせながらも釣られて笑顔になっていく。

「さあ、ひと思いにやってくれたまえ。何も人を殺すのでは無い。気に病むことも、躊躇することも——」

「——ちょっと静かにしてて。あんまり時間が無いの」

 目尻に寄せていたシワもすっかり伸びて、泥人形は目を丸くして少女の無慈悲な言葉と露骨に嫌そうな表情に呆気にとられてしまった。そして何か言うまいかと思案などしているうちに、少女は朝倉の手を引いて何も無いボロボロの砂地に走り出してしまう。

「あの子……一体……」

 間宮のもとへ駆け寄っていた柿谷も、奔放な少女の姿に困惑の色を隠せない。ぽかんと口を開け、意識を戻した間宮などそっちのけで走り回る彼女を目で追った。

 朝倉の手を離れ、少女はひとりでに走り出す。大人の歩幅ならほんの数歩だろう距離を駆けていくと、幼い稲村明美はくるりと向きを変え四人の方へ手を振った。

「遊ぼう! お姉ちゃん!」

 それは朝倉さえ予想していなかった、所謂“魔法”とでも言った現象だった。少女が振り向く頃、荒れた大地には花畑が広がっていた。手を振る頃には何も無い地平線は水平線に変わっていた。そして声を聞くと同時に、紫陽花の匂いが吹き抜けていったのだ。

「…………なに……これ……」

 眉間を押さえたままゆっくりと体を起こし始める間宮に手を貸す余裕もなく、柿谷は目の前の風景に腰を抜かしてため息をつくので精一杯だった。

 霞む視界を段々クリアに、そこに映る懐かしい姿に焦点を合わせていった間宮は、驚愕で声を上げることも出来なかった。

「……はいよ、お姫様」

 そこにはシロツメクサの冠を被った少女と、セーラー服を着た幼い朝倉の姿があった。

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