第四十七話 置き土産
勝利が常に歓喜を湧き立たせるものだとは限らない。九条瑛太は渇望し続けたその勝利に絶望していた。
「……一応奥の手が無いでもない。そう聞いたらまだあんたは生きてられるか?」
それは朝倉の譲歩だった。間違いなくこの場この時の勝者は九条瑛太であるのだが、結局気絶した間宮以外の二人は無傷。泥人形は四肢をもがれ、活力も尽きて乾き始めてしまっている。元より勝ち残ろうなどと言う腹ではなかったのだが、意識を、命を繋ぐ気力も果てた人形と、今一度話をするだけの時間を儲けるための彼女の優しさか、冷たさか。
先程までなら餌をぶら下げられた犬のように目を輝かせたであろう泥人形も、最早縋るような目で朝倉を眺めるしか出来ない。それでも朝倉はゆっくり歩み寄って語りかけ始めた。
「九条瑛太には目的があって、その為に魔法商女を……朝倉京子を打倒しようとしてるもんだと思っていた。もし今でもそうなら、あんたって個体は間違いなく殊勲賞だろう。でも……」
蠢くたびボロボロと崩れるその姿にいたたまれなくなったのか、朝倉は側に座り人形に安静を促した。崩れぬようそっと肩に手を置いて。
「あんたが最後なんだろう? もう他にはいない。自信作だなんて言っていたが、他とあまりにも毛色が違い過ぎる」
「……ああ、そうだな。間違いなく私が最後の個体だ。オリジナルのつもりでいるが……果たしてどうだろうな。自己改造なのか、複製なのかも分からないだけの数を作ってきた」
もう搾り粕も同然になった身体から無理矢理絞り出した様な掠れた声で、男は笑みを浮かべて語る。きっとそれが最期であると悟ったか、朝倉には悔いの残らぬ様に全て吐き出そうとして見えた。
「私の念願は叶わなかった。望美さんの……魔法商女の発展と進化は、きっとじきに終わるだろう」
胸の内の苦しさを眉間ににじませ、毒づく様に泥人形は語り続ける。
「何人もの才能ある人間を見出し、魔法商女へと導いた。しかし結果として伽耶岬以外の魔法商女は殆どが魔女になった。そうで無い者もきっとこの先人知れず魔女となり、また人知れず人間に戻って行くのだろう」
次第にそれは懺悔の様になっていった。もう流れる事もない涙を流そうと、顔をぐしゃぐしゃに歪ませた彼の心中など、他の誰にも察せられるものでも無かった。
「ああ、本当に悔しいな。まさかお前を見誤るとは……いや。きっとお前が私を欺いたのだろうな。そして私も自分を過信しすぎていた……」
ゆっくりと目を閉じる泥人形の頰に手を添え、朝倉は優しく微笑みかける。
「最期の手土産だ。見せてやるよ、本当に打ち止めの奥の手を」
閉じた瞼を必死で開く人形を尻目に、朝倉はポケットからグチャグチャに丸められた紙くずを取り出した。
そしてそれは朝倉の言霊に応じる様に、黒炎をあげて姿を変え始める。




