第十四話 天災
ガコン、と鈍い音をたてるそろばん。
手の平よりも大きいであろう珠に、あまりにも物質的で無い光の枠組み。
【絶対珠算】と言う未知の魔法によって、確実に計算が進められている。
柿谷「真希さんっ!」
ただ純粋に、魔法の発動に成功したことを喜ぶその姿は魔法のそろばん同様真希には目の眩む物であった。
柿谷みさは自分の予想を超えて、自分自身すらも超えて行ってしまった。
魔法商女になってから初めて、心が濁るのを感じた。
ぐっと胸が締め付けられるような感覚に陥り、自然と俯き目を逸らす。
ああ、自分はなんと不甲斐ない先輩だろうか。後輩の成功を祝う事も出来ない。
変わろう。
もう濁った心に惑わされてはいけない。誰の為でも無く自分の為に。
目の前の事実を賞賛しよう。仲間の為では無く自分の為に。
決意を固め、顔を上げる。そこには無邪気に笑う仲間の姿があった。
「魔法上手くいったね」だろうか? それとも「まだ油断しちゃダメ」だろうか?
かける言葉を探していると、重低音が止んだのに気が付いた。
柿谷「あれ、計算終わったのかな?」
デスクに置いてあった資料を拾い上げ、再びそろばんの方を向き直す。
その時だった。
ギシッギシッと何かに亀裂の入る音が部屋中に響き渡り、そろばんは強く発光を始める。
真希も最初は計算が終わった合図だと思った。
しかし、ならば何故柿谷はあんなに青ざめた顔をしているのだろうか。
全身から血の気が引き、青白くなった腕をだらりと下ろす。
手に持っていた資料もばら撒かれ、そろばんから一切視線を外そうとはしない。
これは計算が終わった合図などでは無い。そう確信して真希は柿谷に駆け寄った。
真希「柿谷さん。一体何が……」
ただ呻き声を上げながらそろばんを見つめ続けるだけだった柿谷が、少しづつ、少しづつ体をこちらに向け始める。
柿谷「…………マ……キ……サン……」
まるで首を締められているかのように、必死に絞り出された声はおそらくそろばんから出ているであろう軋む音に掻き消されて、真希には届かなかった。
そして柿谷みさはそのまま仰向けに倒れていった。