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第四十六話 回顧

 甘い匂いが漂い始めた。真希の鼻腔をくすぐる、優しいその匂いと、不釣り合いなお茶受けの煎餅の香ばしい匂い。カビ臭さやホコリ臭さなど忘れて、二人は瓦礫と本の山の上で一息ついていた。

「……しかし何故、何処で気付いたんですか? 貴女に能力が無いとは思いませんが、京子や智恵にだって気付かれない自信があったんですが……」

「いえ……ふふ。そうですね、間宮さんは兎も角、朝倉さんなら気付かなかったかもしれないですね」

 泥人形は真希のその言葉に余計に困惑の表情を浮かべる。楽しそうにお茶を飲む彼女に、勿体つけないで教えてくれとせがむ背中は、まごう事無く人間の姿だった。

「だって、此処にいるじゃないですか。もし九条瑛太さんなら、どれくらいかかるのかは分からなくても朝倉さんの所に向かうと思ったんです。でも貴方は此処にいる。あの人なら気にかける必要も、理由も無い私の側にいる」

 ああ、なるほど。と腑に落ちた様子で笑い、九条栄介もカップを口に運ぶ。

 のんびりした時間だったが、たった一杯の紅茶だ。飲み終わるのに十分もかからない。

 そして飲み終わればまた現実の話に引き戻される。

「……さて、真希さん。貴女も察している通り、恐らく兄さん……九条瑛太が優勢か、あるいはもう勝利した後かもしれません」

 カップを床に置き、真剣な面持ちで栄介は話を始めた。真希も名残惜しんだ最後の一口を飲み干し、背筋を伸ばして耳を傾ける。

「もっとも最悪の想定をするならば、京子も智恵も柿谷さんも殺されてしまった、そんな呆気なくて悲劇的な可能性も考慮しなければなりませんが」

「……そう、ですよね」

 人が殺されうると言う、過程の上としても現実離れして見える現実に伸ばした背筋が少しだけ縮み上がる。

「兄さんもそこまで短絡的では無い、が今の兄さんは取り憑かれてしまっている。京子もそれを分かっていて、なお真正面から受けて立つ性格だ。ほんの僅かとは言え、人が死ぬ可能性がある事だけは覚悟しておかなければ……」

 真希はふと大切な事を思い出した。そう、稲村の事だ。

 彼女は間違いなくこの場に居た。しかし同時にこの場に居なかった事も間違いない。

 彼女の存在が矛盾しすぎている上、居ないにもかかわらず彼女の温もりを何処かに感じている。その事を、真希は栄介に尋ねた。

「……彼女、稲村明美は存在そのものが魔法で出来ていた。初めて見た時それは驚いた。そして彼女の……魔法のオーナーはきっと——」

 納得と困惑の狭間で真希は言い淀んだ彼の言葉の先を待つ。

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