第四十五話 契約
ようやく気が付いた。それからはまるでジェットコースターで、世界が私に答を流し込んでくる。
散々悩んでいた事のなんと間抜けな事か、もとより私には資質も資格も無かった。それだけの事だ。
「……落ち着いたようだね」
「…………はい」
久しぶりに大笑いして、頰が攣りそうな程であった。きっと私は今まで随分と無愛想というか、面白味のない人間をやっていたんだろう。そう考えるとまた笑いそうになる。
「それならば本題に入ろうか。君はどちらの側に付くか。希望や理想など抜きにして、現実を受け入れた今の君はどちらを選ぶ」
“選べ”と言われるのは慣れているつもりだった。そしてハッキリと自覚する。私は今まで何も選んでなど来なかったのだ。
なんて愚かしい。見栄や誘惑に引っ張られて選んだ道も、恐怖や挫折から逃げ込んだ道も、私は自分の意思で選んだつもりでいたのだ。
今の生活だって、異動の折に舞い込んだ誘惑に釣られ、目の前で倒れた後輩のその様に恐怖して立ち竦んだ結果のモノ。
「…………私は……」
もとよりそう言った人間だった。魔法商女とはかけ離れた。
自信を希望に変え、分け与え、誰かの為に。それも歯車では無い、変換装置として未来の選択肢を提示する。憧れたその姿に、私は決して届きはしない。
ハナから決まっていた事だ。
「……円真希は貴方に付きます」
心地良い。これが決断するという事なのか。もっと、もっともっと早くに気付けたなら……
いいや、それでも私には届かなかったろう。魔法商女などと言う幻想に焦がれるのはもう止めよう。その為の決断なのだから。
「……よろしい。では、出かける支度をしよう。残念ながらストッキングの替えはないが、せめて襟は正した方が良い」
「いえ、その前にお願いしたい事があります。と言っても形骸的な……気持ちの問題なので、無意味に聞こえるかもしれないですけど……」
意外そうな顔をして、彼は私の言葉の続きを待った。
その姿は私を落ち着かせる。またあの日々の様な自然な幸せを、きっと今感じているのだろう。
もう何も臆する事などない。勇気も後押しも要らない、自然に口からその言葉は出て行った。
「……お茶を……また紅茶を入れてもらえませんか?」
「…………真希さん……貴女……」
驚いた彼の表情を見るのは何度目か。いつもは柿谷さんがきっかけで、私はそれを見て笑うだけだったから、それも新鮮で。
戻りたい。けれど戻れない。それは決別の為の、弱い私にはどうしても必要な後押し。
「……今日は……今日だけは、御社では無く貴方と契約します。だから……一杯だけ。お願いします、九条部長」
彼は笑ってくれた。