表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/147

第四十四話 到

 円真希は夢を見ていた。かつて見た竜の夢。

 飲み込まれる魔女の姿と、また別の何かの影と。背中に嫌な汗をかいて、その冷たさに叩き起こされた決別の夢を。

 頰に冷たさを感じた。濡れた背中を感じた。渇いた涙で引き攣る目元を、古書と埃とカビ臭さを、“彼女”の暖かさを感じた。

 真希の目を覚ます、前へ歩けと背中を押す物は、その場所にさえこんなにも沢山存在していた。

「…………気が付いたかい」

 何も変わらない、瓦礫の上で本を読む泥人形と、散らかった付箋と。ただ一つ違った事は、きっともう椅子の上に老人の姿はなく、代わりに泥が砂かも分からぬ山が出来上がっているのであろう事。見ても聞いてもいないそんな事が、真希の“何となく”の直感が投げかける。

「……そう……ですよね……」

 真希は悟った。もう大勢は決したのだろうと。朝倉も間宮も柿谷もきっと敗れ、もう彼女も。残されたのは何も出来ない自分だけ。

 不意に誰かの顔が脳裏をよぎる。ああ、誰だっただろう。きっと私が迷惑をかけた人たちだ。ああ、あれはそうだ、確か初めて取引仲介の場に立った時。

 そして真希は。いや、随分と時間をかけて、ようやくだ。真希は手にした切り札の、先程から気付けなかったそれが、ずっと語りかけていた真意をやっとの思いでその手につかんだ。

「…………くっ……ふふっ…………」

 突然のことに驚いて口を塞ぐ。それでもダメだ、吹き出してしまう。何が面白いのかも分からないまま、真希は必死で笑おうとする自分と戦い始めた。

「…………そうか。おかしくなってしまったので無いのなら、そうだね。笑うしかないだろう」

 ああ、ダメだ。凄惨で悲劇的なこの状況が、目の前の男が、失いそうな大切な物が笑わせにくる。なんて酷い。悲劇は喜劇に見える。泥人形のピエロが見える。空手の自分はもっとピエロだ。ズルい。彼女もきっと脇や背中をくすぐっている。

 決壊してもう堪えられない。必死にのたうち回って、顔を真っ赤にしながら塞いだ口から、もう何年も聞いた事がないような自分の笑い声が飛び出した。

「……ふふっ。良い。凄く良い傾向だ」

 シャツがヨレても靴が脱げてもストッキングが伝線しても、スカートにだけは少し気を使って、私は文字通り腹を抱えて笑い転げた。

 ああそうか。こんな事に、今の今まで気付けなかったのか。なんて馬鹿らしい、いいや私らしい。

 私には、円真希には何もない。嗚呼、初めから。



 私は魔女だったんだ————

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ