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第四十二話 朧

 振り抜かれた拳は掌にいなされ空を切る。衝突してもいないのに突風は吹き荒れ、巻き上げられる砂埃に目を開けている事すら困難な中、朝倉も柿谷も変わり果てた間宮の背中を見守ることしか出来ないでいた。

「良いな! 実に良い! 三流役者だらけにしては最上のエンターテイメントだ!」

 俯いたままで表情を読み取ることのできぬ相手に、泥人形は無為に拳を振るい続ける。その一撃すら届かぬと知りながら、彼に出来ることはそれだけだったのだから。

「さあ、間宮智恵! 君は私に何を見せてくれる! 朝倉京子にどんな役割を与えられた!」

 もう彼には目の前の現実など見えていない。吹き飛ばされぬよう踏ん張るだけで精一杯だった彼女には、その涙に気付く余裕など無い。

「…………頼むよ……」

 張り詰め続けて痺れきった心では、自分の感情など感知できない。呑み込まれた欲望の前に、振り返るだけの理性も無い。

「……やめてくれ…………間宮……」


「…………ahaa——————ッ! Ahaaaaaa——————————」


 叫び声と共に突然現れた新しい掌に、泥人形は軽々と弾き飛ばされる。突っ伏して立ち上がる事すらできぬ体は綻びながら宙を舞い、地面に叩きつけられるとへそから下と顔を半分失った。

 それは変貌と言うよりも変質と言うべき物であったが、しかしその変わりように彼は目を疑う。何しろそこには敵意や害意なども無い、無意味な殺意だけを向ける魔女が立ちはだかっていたのだ。

「……なんとまあ恐ろしい。しかし困った。悪役は此方、君は正義……京子の意思を継ぐと言った段取りの予定だったが——」

 九条瑛太の軽口は、また叫び声に掻き消された。顔をすっかり覆い隠す黒いヴェールの奥からでは無く、その場の空気全てが震えるような途方も無く巨大な音の、波の塊に砂煙は吹き消され全てが白日の下に晒される。

 吹き付けた砂ですっかり汚れた者もいれば、綺麗な姿のまま立ち竦んだ者。人形とも泥塊ともつかぬ程ぐずぐずになってしまった者。

 そして真黒な花嫁衣装に身を包んだ者。

 人間もどきのようなガラクタ人形など比でも無い、あまりに異様なその姿を、間宮智恵であるなどと彼女には受け入れられるべくもなかった。

「……成る程、悲劇的でこれはこれで実にヒロイックとも言えようか」

 しかし彼にとって間宮の姿などなんだって構うはずがない。幾度でも彼は笑い、また歓喜を叫ぶのだろう。

「マキャヴェリズム……アンチヒーローと言うのも悪くない」

 きっともう満足に動かぬのであろう腕で身体を引きずり、泥人形は魔女に追い縋る。

「いや……寧ろ! 朝倉京子の最期のカタチには相応しい!」

 また四人の影は、砂煙の中に消えていった。

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