第四十話 エンドロール
彼女の姿が消えたのでは無い。誰もその場から欠けてなどいない。
そこには誰もいなかった。ここには誰もいられなかった。
真希はそんな認識を必死になって否定し続ける。頭を抱え、吐き気と戦いながら、彼女の存在を肯定し続ける。
稲村明美は何処にも居ない。
たった今の話ではなく、今に至るまでの何処にも、彼女を肯定するものは無い。
必死に否定を否定し続けて、彼女は肯定に至る事なくその場に倒れ気を失った。
目を瞑るその間際に見えた、床に散らばる付箋が何だったのかも、彼女は理解出来なかった。
稲村明美は何処にも居ない。
爆風と閃光。巻き上げられる砂埃に目を細め、間宮はその災害に意識を集中する。
「はっはっはっ! まるでSFアクションだ! お前は本当に私などの想像を遥かに超えてくる!」
上機嫌に笑いながら九条はその拳で朝倉諸共大地を抉り飛ばす。その度に身体のどこかを崩壊させながら、人形は無闇に朝倉の周囲をボコボコに陥没させていった。
「なんだいなんだい、随分とボロボロになって。苦しいならやめたら良いだろうに」
顔色ひとつ変えず彼女は投げかける。息を切らして泥を零しながら暴走する目の前の男に、凍りつくような冷たい哀れみの言葉を。
「それは無い! ここまで盛り上げておいて、お前がそんな事を言い出すのは無いだろう! ただの貿易会社の社長が、今やアクションスターだ! やめられる道理がある筈も無い!」
駄々をこねる子供に呆れたような溜息を吐き、朝倉はまた暴風の渦に包まれる。
「真下からでも、真上からでも、真後ろからでも、全方位からでも駄目か! まるで話にならんな、卑怯だぞ京子!」
遂に両脚を失い、這いつくばって漸く上体を向けるのが精一杯になってまで、九条瑛太は拳を振るい続けた。
「少しは手加減をしたらどうなんだ! いつもいつもお前は——」
ブチッと小さな小さな音と共に、首元で纏めてあった朝倉の髪が解ける。肩口まで伸びるその髪は、風に巻き上げられながらゆっくり整えられていった。
人形は呆気に取られたような顔をして、拳を振るうのをやめたのだった。
「……やっとかい。随分かかったが、目も開いたね」
からかうようで、何処か寂しそうな表情で朝倉は笑った。そして彼も漸く気付く。
「……お前……京子…………」
「ああ、残念だったね。エンドロールだよ。さ、幕を下ろしな」
朝倉京子はもう既に魔法商女では無かった。