第三十九話 さよなら
黙りこくって無為に時間を過ごし、真希はようやく理解する。今自分の置かれた状況が“詰み”なのでは無い。今現在に至るまで、魔法商女として出発したあの日から既に詰まされていたのだと。
そして理解は次第に真希に新たな解答を与える事となる。それはきっと彼女にとって、とても大きな意味を持つ切り札となっていった。
「…………残念ね。円さん、どうやら私達は負けたみたい」
ぼそりと、それでいてどこか吹っ切れたような、少しだけ明るい口調で稲村は真希に喋りかける。体を相対する事も、視線を向ける事すらもせず、泥人形を睨みつけながら彼女は独白を続けた。
「朝倉さんも間宮さんも、柿谷さんもみーんなおしまい。勿論私も貴女も。本当、悔しいわね」
意志を持って睨みつける彼女とは違い、真希はただ視線すら背ける事が出来なかっただけだった。稲村の震える声に、その頬をつたう涙を聞き取る事で精一杯だった。
「……ああ、本当に悔しいわ。お父さんも、お母さんも、お爺ちゃんもお婆ちゃんも。みんなあいつの所為だったのに」
それはとても悲観的な言葉で、きっと彼女は悲嘆しきった面持ちで目の前の男を睨みつけているのだろうと。
きっと怨讐の籠められた言葉で斬りつけられるのだろうと、九条瑛太すらも思い込んでいた。
「……良い笑顔だ。作り笑いでも無い、心の底からの笑顔。そうか、もうそこまで辿り着いたのか」
柔和な表情を浮かべ、そんな事を口走る人形に驚かされ、真希はやっとその視線を彼女へと向ける。
「ええ、チェックメイトね。私達の負けよ」
稲村明美は少しだけ悔しそうに、歯を見せて笑っていた。
「…………少しだけ話をする猶予はあるのかい?」
「そうね。まだもう少しの間だけなら、うん。きっと保つわ」
鼻をすすり、涙を指でこすると彼女は一歩づつ人形へと近づいて行く。そんな彼女の背中を見つめ、真希も投げかけられる言葉に耳を貸した。
「随分あっさりと諦めたね」
「あっさりとなんてしてないわ。今でも腹の虫が治まらないもの」
「柿谷みさの魔女化が成功していればもしかしたら?」
「ええ、どうでしょうね。でも彼女はとても大きくなったでしょう」
「朝倉京子に恨みは?」
「ある筈がないわ。彼女がいなければこんな結末ですら辿り着けなかった」
「一体何が足りなかったんだろうね」
「それは……どうかしら。きっと何もかもが満ち足りていて、万事上手くいった結果がコレなのかもしれないわ」
遂に手と手の触れる距離まで歩み寄り、彼女は座り込んだ人形の前にしゃがみ込む。
「もう、満足かい?」
「ええ、ちっとも」
読みかけの本を閉じたその手に触れようと、両手を伸ばした彼女の姿は既に何処にも見えなかった。