第三十八話 続行
九条瑛太のとったそれは、間違いなく反撃の一手であるように映った。少なくともただ見守るしか出来ない間宮の目には。
しかし蓋を開けてみれば何のこともない。また泥人形は苦悶の表情で苛立ちを顕にし、その攻防が朝倉の勝ちであると、そう彼女の目には映った。
「……なんだそれは…………」
目の前で弱る泥人形の姿に、間宮は朝倉の姿を探す事に気を取られてしまう。人形の発する言葉の、その歪な感情を取り違えてしまうほどに。
「はぁーっはっはっ! なんだそれは! 巫山戯過ぎだろう! まるで人間の域に留まるつもりも無いのか!」
口角を上げ、歓喜の声を上げ、そこに居ない彼女を求め天を仰ぐように視線を上げ、九条瑛太は不恰好に、倒れるのを必死で堪えながら残された右手で顔を覆った。
「実に素晴らしい! これほど下らない茶番も無い! 死をも克服したと! お前は一体何をやっているのだ!」
遂に右脚も崩れ落ち、人形はゲラゲラ笑いながら転げ、そのまま腹を抱え侮蔑の言葉を並べて朝倉を讃え始める。
その異様な光景の、異様さの本質を、間宮も、無論柿谷も気付くことができなかった。
「はぁーっはっはっ……いや、しかしこれも一つの理想的な解答か。実にお前らしく無い、故にお前もコレに至った訳だな」
左腕を失い、右脚を失い、創り直した杖を頼りに再び立ち上がる人形は笑い声やその言動とは裏腹に、真剣な眼差しを間宮と柿谷に向ける。標的を定めたのではなく、見失った標的を探し出す為に。
「——その割には不服と見えるが……いや、なにも言うまい」
削られ巻き上げられて荒れ果てた地面を、歩きにくそうにゆっくりと彼女は戻って来た。二人も、気を張り巡らせ続けた九条瑛太すらも気付かぬうちに、朝倉京子は当然のようにそこに戻って来た。
「さあ、また始めようか」
挑発紛いな言葉をかける彼女の姿に、間宮は少しだけ違和感を覚える。朝倉京子の背中が酷く小さく見えて。
その違和感を彼女が酷く遠くに行ってしまった様な錯覚を覚えた、と彼女は都合の良い解釈につい逃げてしまった。
埃すら立たない、静まり返って何も起こらない、ただ一つの意味もなく、何かを待つでもない静寂を真希と稲村は過ごしていた。
理由などはないが、原因は目の前で本を読み耽る泥で出来た化け物なのだが、二人にとってそれは最早諦めよりも強い惰性と言う毒として作用する。
「そうやって立ち尽くしている暇があったならそこらにある本でも読めば良いのに。私を壊さなければと、心に強く念じてここに来てしまったが故にその様というわけだな」
詰みの状態で、二人は足掻くことすら出来ないでいた。