第十三話 天才
柿谷「まず、佐和森電工様から御推薦ありました沙羽現現場取締役を製造ラインの指揮管理職としまして、以下仮名簿の通りといたしますと、製造ラインには爽守スチール様から第一製造部部長、第三製造部部長が1名づつ。第一製造部に6名、以下第四までの三部に4名づつ計12名の合計20名。佐和森電工様からは第二製造部部長、第四製造部部長が1名づつ。第一製造部に1名、以下第四までの三部に2名づつの技術指導者計7名。各製造部に製造指揮者1名づつの13名。間違いありませんか?」
たどたどしく電卓と資料を交互に見比べながら確認をとる。
勿論人数の確認程度の足し算に不安があるわけでは無く、その人数によって可変する各社への資金、及び資材の分配の計算に手こずっているのだ。
佐和「ええ、間違いありません」
爽守「こちらも間違いありません」
必死で電卓を叩く時間も無いほどアッサリと返答をする。柿谷がどんなであろうと重要な仕事の話をしているのだから、のんびりとペースを合わせている余裕はない。
まだ両社の代表に苛立ちや不信感は見えなかったが、真希は一つ予防線を張っておくことにした。
否、予防線は既に貼り終えていた。
各代表と仮名簿を作成した時、その名簿を前提とした資金、資材配分は計算し終えてあった。
現場指揮職の推薦があった事は一つのズレではあったが、元々誰かが入る役職なのだからカバーしてある範囲内だった。
柿谷がパニックになって、このまま二進も三進も行かなくなればこの奥の手を使うつもりであった。
しかし、パニックになった柿谷みさはそこで立ち止まること無く一つの解答を導き出した。
柿谷「…………真希さん!」
深く息を吸い、そして真希の名前を呼ぶ。
その声は、その視線は助けを求めるものでは無く。
許可を求めた視線だった。
柿谷「発動! 絶対珠算!」
ポケットから引きずり出した小さなそろばんを、電卓の上に叩きつける。
プラスチック製のそろばんは簡単に壊れ、その珠を撒き散らした。
真希「待って! まだ魔法は……」
まだ魔法は、それも固有魔法など柿谷には扱い切れないはずだ。
そんな真希の思い込みを嘲笑うように飛び散った珠は巨大化し、柿谷の頭上に集まり出した。
そして、光の枠組みの中に収まり、身の丈を超える大きなそろばんの形を成した。
かつて間宮が真希の前で初めて最後の天秤を使った時とは違い、真希以外の誰も柿谷の魔法に驚くことは無い。
両社の為に少しでも良い商談を行う為に発動したスマイリーネゴシエーションが想定外の形で本来の効力を発揮したのだった。
柿谷「計算開始ぃ!」
柿谷の掛け声とともにそろばんは勝手に動きだし、着々と計算を進めて行った。
真希「柿谷さん……貴女は一体……」
自分がひと月かけても辿り着くことさえ出来なかった境地に目の前の後輩は立っていた。
柿谷「小さい頃にそろばん習ってて助かりましたー。これでも珠算二級持ってるんですよ!」
珠算二級などどうだっていい。
ただ、彼女の魔法商女としての才能は自分では計り知れない所にある。
真希は初めて、柿谷の無邪気さに恐怖を覚えた。