第三十四話【単一】
並び生える影は次第に数を減らし、朝倉にとってそれは不気味で思惑通りの現象であった。敵の思惑がこちらの疲弊であると、そう認識させる事を優先させたのだと汲み取り、身を焼かぬように暴れ続けるだけだと再認識したのである。
「さて、そろそろ向こうも頃合いだと信じて踏ん張るしかないわな。幸い間宮を休ませるだけのインターバルを作ってくれるわけだし」
泥人形に対する抵抗と考えるならば消耗の少ない真希と稲村の方が適任であった。故に間宮の欠陥を突き戦力を小出しにして切れ目をなくせば如何な朝倉と言えど簡単に屈服させられるだろう。無数の化け物と若い女三人とで比べるのだから当然の事でもある。
そしてそうしない事が敵にとって自分の行動がどれだけストレスになっているかと言う判断基準にもなっていた。
しばらく休んでは歩いてを繰り返した三人の前に、二つの影が現れる。
「おや、なんだい。二体だけとは段々ケチ臭くなってきたねぇ」
遠く見えたその影も、息を整える間に相対と言うに相応しい距離まで詰めてきていた。その存在が今まで還してきた人形とも違う、しかし同じく異質な物だと朝倉は何の根拠もなく警戒心を強める。ただ自分の本能に従って。
「ここまで近付いてまだ消し飛ばされていない。これは貴女が今この私を警戒しているのか、それとも単に疲れてそんな事すら億劫になってしまったのか」
「億劫、億劫ね。仮にも上司の、半ば強制でさせられてる不毛な道楽なんだからさ。嫌にもなるねこんな事」
十歩進めば手の届く間合いで立ち止まって互いが互いに無意味な挑発を繰り返した。
そんな膠着を終わらせるのはいつだって必然の一手だ。朝倉の計算の外を、大回りに遠回りで人形は奇襲をかける。
二つの人形は互いを叩き壊し合い、ぐずぐずに崩れ落ちて地面にべっとりとへばり付いた。
「なっ……⁉︎ 同士討ち……?」
混乱を言葉にして狼狽えるのは三歩後ろにいた柿谷だった。言葉にしなくとも朝倉も間宮も彼女同様困惑し、また警戒よりも強く不安を募らせる。
「そう警戒しなくてもいい。分かりやすく、いや、この言い方は意地悪だね」
二つ分の泥は互いに混ざり合い、練り上げられてゆっくりと一つ分の大きさの泥塊となって、そこは口になるのであろうかモゾモゾと言葉に合わせて動き土をこぼしながら、まだ人の形を成さずに三人の前に立ちはだかった。
「これは単純……シンプルに言えば直感的に納得して貰えるようにと、配慮をした結果なんだが。いかんせん思ってた以上に美しくない過程を辿る事になってしまったな」
倍あったはずの泥を一欠片と残さずそれは一体の人形としてまた動き出す。
「おはよう、朝倉京子。私は君のためだけに創り上げた自信作なんだが、さてどうする?」