第三十三話【不可】
目の前の問題を解決すれば全てが終わる。朝倉京子を、間宮智恵を、柿谷みさを危険から脱せられる。はやる気持ちを抑え、二人は呼吸を整えながらその泥人形の機微に注視した。
「円さん。申し訳ないのだけどどうやら私の力ではなんともならなさそうね。かと言って、貴女の力でどうなる物でもなさそうなのだけど」
何度檄を撃ち込み身体を千切っても、それはすぐに再生、と言うよりも再構成される現実に、朝倉の態度を真似て弱気な言葉を綽々と述べる。無論真希もそんな稲村の精一杯のユーモアに反応する余裕などあるはずも無く、不安を噛み殺し呑み下すのでやっとだった。
「まったく、貴女方は何をやっているのか。魔法商女とはあくまで商業に対し第三視点から関与するれっきとしたビジネスマン、もといビジネスウーマンとしてここまで成長させてきたつもりだったが……」
「それについては概ね賛同するけれど、ならその土俵に上がってきて貰えないかしら。私達が直面した問題が貴方でなければこんな事にはならなかったのだけど?」
強がって強がって、最大限自分を大きく見せようと文句を突き返し、やっと自分達への反応として感心したような笑みを浮かべるそれに兎に角警戒を強める。状況は変わらない、強いて言えば相手には余裕があるとかの次元では無く、必死の抵抗も全くストレスになっていないと再認識した程度だった。
「おや、そうかそうかそうだった。それについては申し訳ないが、賛同しかねる。その土俵に上がればそちらには朝倉京子が居るじゃないか」
はあ、と溜息をついて首を横に振ってみせる。仕草について変に人間臭い、もっとも腕の数も二本に戻った今の姿では人間の様にしか見えないのだが、それでもそのらしい仕草に張り詰めた心は簡単に揺さぶられる。
「……随分買ってるのね。姪孫と比べたんじゃ自分が見つけてきた金の卵の方が可愛いわよね」
「可愛い、か。もっとも彼女に関しては小憎たらしいとか、末恐ろしいなんて感情ばかり抱いていたが、間違いではないだろうね」
そう言うと九条瑛太は瓦礫の上に座りのんびりと欠伸を見せつけた。
「なんのつもりかしら……。余裕なんて今更見せつける程のものでも無いと思うのだけれど」
「余裕か。さてそれはなんの余裕だろう」
それは挑発でもなんでもない、稲村の言葉への純粋な感想だった。
「栄介に身体を返した、そしてこの場に朝倉京子はいない、となればもうやる事はないんだ。紛い物の正義では壊されないと分かったし、言霊を封じる必要も無し。二人ともそんなに肩肘張らずに楽にしたまえ」
目の前の問題を解決出来なければ、三人は危険にさらされたまま。朝倉に拘るその姿勢が、二人を尚更追い詰めていった。