第三十一話 歩
特別不思議な話でも無い。数える事がバカらしくなる程度の兵力を差し向けている彼等からすれば、むしろ一時の余裕を与える事が無意味で、それはきっとただ優越感を感じる為か、それすらもなく気まぐれで無作為なものだと朝倉は考えていた。
しかし彼女は悲観的な考え方と並行して、随分自分達に都合のいい解釈の可能性を模索する癖がある。
もっともただ模索するだけでなく、最悪の状況化において保守的な策を講じるので無い可能性の中から常に次策を探し続けるために。考え続けたがる性格である、と簡単に片付けられる、そんな癖があった。
「間宮、行けるな」
「もちろんです。任せてください」
目的へ到達するための細い道を選びに選び抜いた彼女が出した答えは、泥人形達にとって通らせたく無い道であった。
「発動! 【Le jugement】」
手の平サイズの天秤と小さな六面体二つが形を成すまでもなく、人形の壁は土へと還る。朝倉は人形の数に限りがあり、故に出し惜しむ必要がある為であって、精製に手間がかかる事に起因して常に供給し続けられないのでは無い。と仮定し人形を壊す事に躊躇を止めた。
またそれもその通りで、しかしそれでも供給を止めないのは進行を阻害したい理由を歩みの奥に隠しているから。そう認識させる為に多少の敵意を始めに見せ付けたのだ、と。
何度目かの閃光が落ち着くと、漸く三人の行く手を阻む物は無くなり、また間宮を支えながらでも進み始められるようになった。
「しかしまあ、そろそろキツくなってきたねぇ。こうも景色が変わらん上に、彼奴ら人の事思いっきり殺しにかかって来やがって。ちょいっとどっかで気を休めたいとこだよほんと」
軽い口調とは裏腹に、柿谷には朝倉の表情が切羽詰まって見えた。肌寒さに腕をさする自分の目の前で額から汗を吹き出し、頻りに周囲を伺うよう首を回すその姿に、現状の厳しさを感じ取る。
そして同時に、二人に支えられやっとの思いで足を引きずっている間宮の異常にも不安を募らせた。
「……こんなフラフラになるもんなの……? あたしには……正直力も無いあたしなんかじゃ手にかけても貰えないって、思ってなくも無い。でも怖いもんは怖いし、怖いだけで……ここまでなるもんなの……?」
二人の庇護の下に、正常に取り残されたような感覚に柿谷は二人との距離を感じていた。目の前の全てがまごうこと無く非日常で、しかしどこか自分には無縁でただ出来のいい映画に、その世界観に入り込んでしまっただけのような、そんな感覚に。
「……最後の審判ってのは特別なんだ。だからこそ間宮と先生と三人でこれは使わないでおこう、って決めてたんだけどな」
そう言って立ち止まると、息を切らせる間宮を抱きかかえるようにしながら、朝倉は地面に座り込んで話を始めた。