第三十話 合流
腕の出処は分からないが間違いなく二人は自分よりも後ろにいた存在に、真正面から両手で首を締め上げられていた。その行為に殺意は無く、ただ言霊を封じる為の簡単な手段として二人を拘束する。
「……非常に残念だった。お前なら私に賛同してくれると、そんな傲慢な考えはしていなかったさ」
もがく二人の魔法商女を尻目に、ゆっくりと老人の入れ物へと歩み寄り、遂に手の届く所までやって来てしまった。
「ただ、こんな最期を筋書き通りに辿るとは。お前の事を買い被っていたつもりはなかったのだけれどな……」
もはや人間の形すら留めぬ人形の、その肩口から生える無数の腕のうちの一本が老人の額に触れる直前、それは意識をまた魔法商女の方へと向ける事になる。
二人を締め上げていた計四本の腕と、多少の背中の肉と骨の抉れるような感触にはきちんと対処をしなければならないと感じたのだ。
「ゲホッ……。私は……私の魔法はどうやら貴方の想定の内に無かったようね」
そう言うと稲村明美は袖の内側から、両面に言霊を書き込まれた付箋を剥がし取り光の檄を放つ。
「発動【Le jugement】」
泥の人形は全て土へと還り、元の平坦な荒原とはかけ離れた様相となったその地に一瞬の平穏がもたらされる。
舞い上がる砂埃に目を細め、朝倉京子は一人の教え子に支えられる魔女のその姿にまたにっと笑って歩み寄った。
「悪いな、お前の事だから無駄に心配してくれただろうに」
ぽんぽんと軽く頭をたたき、弱りきった間宮を労う言葉を飛ばしていつもの皮肉混じりな冗談をかける。
「今んところは予定通りだ。お疲れさん」
柿谷に預ける左肩をまた軽く叩き、反対の腕に肩を貸して二人がやって来た方向とは逆へ、抉れた地面を縫うように歩き始めた。
「そう言えば車はどうした? さてはあいつら追っ払う時一緒にぶっ壊したな?」
「あっ……いえ、その……。ちょっとだけ無茶をし過ぎたと言いますか……」
言葉を濁す間宮の様子に朝倉は何かを察したようで、軽口を飲み込んで残ったローンにため息を吐く。
「……まあお前らの無事が優先だからな。車はいつか柿谷が買ってくれるだろうさ」
「うぇっ……あたしかぁ……。うーん……車かぁ……」
飛び火させた冗談に突っかかって来ない柿谷に意外そうな顔をしたのも束の間。三人の前には再び泥の人影が並び、行く手を阻むようにその悪意を向けて近付いてくる。