第二十九話 滅び
室温も気持ち下がったのだろうか、三人はその部屋の空気に少なからぬ悪寒を感じた。それは異様と言うにも行き過ぎた光景であって、彼女達が最も恐怖したことはそれに対して得心がいってしまった、先入観として持っていた恐怖の大きさにである。
最後の扉の先には、二畳ほどの明かりも無い部屋で立派な木製の椅子に腰掛ける老人の姿だけがあった。
「……よく、ここまで来たね」
待ち構えていた、と言うよりも待ち望んでいたと言うべきか歓迎の笑みを浮かべるその老人に、真希はそれが九条瑛太であると認識する。
「……そんな…………」
弱々しいそんな声が真希の耳に届きようやく振り向く頃、稲村は膝から崩れ落ちその場にへたり込んでいた。酷く動揺し叫びを上げられず、ただその内で悲痛な訴えが暴れ回ることに堪え続けるその表情に、真希はひとつの正解へと辿り着く。
今自分達には目の前の存在に抵抗する術が無いのだと。
「……そうだな。栄介、もうお前にこれは返してやろう。その代わり……」
言葉尻を弱々しいすぼめながら老人はそのままぐったりとうつむき、黙り込んでしまった。
「……なんだったん……でしょう……」
「精神が保たなかったんだ…………」
二歩後ろでそれまで沈黙を通してきた男が真希の疑問に答えを与える。コツコツと二人の間歩み寄り、ふらつく真希の肩を支えると、また哀れみの視線を老人へと向けた。
「……魔法の触媒として十余年、それで無くとももう高齢の肉体だ。指を動かすだけで、現状を考えるだけで途方も無い苦痛を伴うような状態だ」
真希を支える逆の手を稲村へと差し出し、彼女が立ち上がるのを確認するとその手をそのまま肩へ置き、必死に蠢く老人の最期を看取ろうと悲痛な表情を浮かべつつも目を逸らさず立ち尽くす。
「……おしまいだったんだよ、此処へやって来た時点で。全て、限界だったんだ。そうだろう……?」
「……ま…………て……」
必死に言葉を絞り出す。一言発すれば息を整え、その間にも激痛に襲われ何度も意識を飛ばしながら、またその絶望に叩き起こされた。そんな無残な最期に、二人は堪えられず目を逸らす。
「……え…………い…………」
「……兄弟として、最期は看取ろう。たとえ道を違えども、私達は家族であったんだ」
肩に置いていた両手を背中へと回し二人を抱き寄せた。震えながらギュッと抱きしめるその腕に、稲村は涙を浮かべながら男の方へと顔を向ける。
「…………た…………」
「さようならだ、栄介」
その笑みに優しさは無く、彼女達がそれに気付いたのはその手が喉へと掛かってからだった。