第二十七話 共鳴
彼女は二度、眼を灼かれる苦痛を味わった。それはかつて己の罪に降り注いだ罰と、今この時に禁忌を犯す咎へ突き付けられる聖檄。その全身を覆う闇は黒をも塗り潰し、彼女の精神を屠らんと燃え盛る。
「独裁者の秤……。成る程確かに、非道い力だ」
にじり寄る人形達を一瞥する陰りもないその眼光は、敵意も無く冷静に、ただ警戒を強め続けた。
「しかし、魔女とて魔法商女の成れの果て。その力はあくまで影響を及ぼすもの」
「……そうね、この天秤はただの見栄——」
その手に魔女の首をかけんと大きく一歩を踏み出した人形の、その膝が砕け落ち全身を地に叩きつけられ身を壊す。それは誰が望むでも無く、ただ必然の内で起こる現実であった。
「——再び犯す罪の、その咎を忘れ無いための墓標。申し訳ないけれど……」
かっ、と硬い地面をヒールが打つ音は、ガラクタを泥の中へと突き返す。彼女の歩いた後には荒野に似つかぬ舗装された綺麗な道が落ちていた。
「私一人なら京子さんの手を煩わせるまでも無いわ」
黒い染みは地面に吸い込まれたかのように消え去り、彼女を覆う闇もまた黒く落ち着きを取り戻す。そして天秤の消失とともにそれは霧散し、間宮智恵は柔らかい土の上へと膝を着いた。
「……影響を及ぼすもの。確かに、相互作用の原理も変わらないままのようね…………」
焼けた喉から必死に空気を取り込み、白く濁った左眼を押さえ歪む視界の中再び希望を求めて立ち上がる。その歩みは痛々しく、悲劇的にもその肉体は無惨にも綻び始めていた。
「……ッ!」
ガクンと膝を折り、本の山の中彼女はへたり込んでしまった。
「稲村さん! 大丈夫で——」
「——問題無いわ! ……いえ、大丈夫だから、続けましょう」
小声のまま語気を荒げた稲村も、そこに悪気や苛立ちがあったわけでは無い。恐怖に震える自身へ発破を掛けようと無意識にそうしてしまっただけだった。
その場はそれ程に逼迫し、のしかかる重圧は何も稲村だけを襲うのでは無い。真希も、人形の中の栄介も、平等に打ちのめされようとしていた。
「……何の変哲も無い……いや、こんなにも違和感無く過去を再現出来るものなのか……兄の力は……」
「違和感が無い、と言うのは心外ね。現に私達は胃ごと吐き出しそうなほどの重圧と、目を瞑って逃げ出したいほどの恐怖に見舞われているわけなのだけど……」
手掛かり、と言うよりも九条瑛太本人を探してやって来た三人にとって、彼がいない事への焦燥は、それにもかかわらず襲う精神的苦痛という敵の強大さを測る分かりやすい物差しに隠されて感知できぬ事象へと変化する。
一刻も早く逃げ出して、命を賭している三人の仲間さえ見捨てて、ただ生き延びたい。そう彼女達の本能は叫び続けた。