第二十話 ことのは
ボンと一瞬だけ重低音がなると、穴だらけの壁の目の前に真っ暗な出口が開いた。カツカツとコンクリートを打つヒールの音が何度かその壁に吸い込まれていくと、朝倉はすぐに異変に気付く。
「な……っ⁉︎ なんでお前が此処にっ!」
彼女の背後にはそこに居るはずのない、筋書き外の姿があった。
「えっ……? あっ、あたしあっちだった⁉︎」
驚いたのは朝倉と間宮だけでなく、そこに立っていた柿谷も同じだった。
「……んーーーや、むしろ丁度いい。柿谷、お前ここに残れ」
そう言って柿谷の肩に手をかける。しかし、そのまま考え込む朝倉を二つの衝撃が襲った。
一つは柿谷がその手を振り払った時に、パシンッと甲高い音を立てたもう一つはそれと同時に間宮が放った平手打ちである。
「……ちょっ、間宮さん⁉︎ 何してるんですか⁉︎」
そして最初に狼狽えたのは柿谷だった。と言うのも柿谷の見てきた二人の関係から、その事が異常な事に感じられ、自らの憤りなどすっかり抜け落ちてしまうほどの衝撃を、飛び火する形で彼女も受けていたからだ。
「京子さんの悪い所です。過保護も過ぎると暴力的ですよ」
「…………ま、間宮さん?」
険悪、とまでは言わずとも良い雰囲気ではないその場で、いつも饒舌な師の沈黙に柿谷は困惑より少し恐怖の色を強める。
しかしその反面、当の朝倉は混乱していた。
「……だ…………」
「…………だ?」
ようやく発せられた音の後ろを追って、柿谷はそっと俯向く朝倉の顔を覗き込んだ。その時、彼女は予想外の出来事に凍りつく。
「ダメなもんはダメーッ‼︎」
それはもう子供の癇癪だった。すぐ側まで来ていた柿谷を抱きしめ、息を荒げながら朝倉は間宮を睨みつける。
「えっ……? ちょ、ちょっと京子さん⁉︎」
「お前だって分かってんだろ! 今から行くのは仕事じゃ無い、ただの喧嘩なんだ!」
動転する二人などお構いなしに朝倉は感情を吐き出した。元々感情には素直な彼女であったが、最早それを抑える気も無くギャーギャーと喚き立てる。
「そんな火の粉ならあたしらが被ればいい! コイツは真っ当に、未来の為に戦うべき——」
「——それを決めるのは京子さんじゃない‼︎‼︎」
ぶつけられた素直な感情は、間宮の感情をも爆発させた。ただの子供の喧嘩、言葉の取っ組み合いに、柿谷は終止符をうちにかかる。
「……あたしは戦えないし、足引っ張るだけかもしれないけどさ」
ぽんぽんと背中を叩き、緩んだ腕をゆっくりと解くと、柿谷は一歩退いて親指を突き立てた。
「守るものがあった方が、人は強くなるって言うじゃん⁉︎」
本人は至って冷静で、本気でその言葉を発したのである。ただ、その場において求められる冷静さを取り戻す力が、彼女の意図しない所で強く作用したのだった。




