第十六話 悪夢
伽耶岬支部には以前朝倉も利用したが、バスルームが備えられていた。別段何という物もないオフィスであったため、寝場所の確保も容易かった。食料もあれば、ライフラインも整備されていて、まるでこの時を待っていたかのように宿泊所としての隠された機能性を発揮した事は、丁度たった今までの出来事。
「さぁ、行こうか」
朝日の差し込む魔法商女達の居城から、朝倉と柿谷の影が消えていった。
それは偵察の提案だった。策を練る上での情報不足を解決せんと、朝倉自ら持ち出した話である。
「……血の跡も無し、と。全くおっかないねぇ」
轟音と空間に生まれる穴は、つい先日恐怖を叩きのめした山奥の小屋へと繋がっていた。気を張り詰め周囲を伺う柿谷を尻目に、朝倉は表に止めてあるはずの車の所へズンズンと進んでいく。
「問題は朝っぱらの通勤時間帯だけに、進入禁止の看板蹴っ飛ばして出てくのが見つかりかねない事だわな」
もう慣れた手つきでスイッチひとつ押してエンジンをかけると、柿谷の乗車を待ってすぐに発車した。
「……ねぇ、ホントに大丈夫なの? 昨日のあいつって、結局やっつけれて無いって話だし……」
「ま、あちらさんも人前で首絞めたりしないだろ。仮にも信用第一の業界人だしな」
そんなやり取りをしてから十数分。獣道を下り始めて少ししたところで車は停止して、中の人影は消えていた。
「流石。イレギュラー以前に私が見惚れた二つ目の力だ」
まだビリビリと窓やドアが震えている車の周りには、少なく見積もっても十を割らぬ人影が歩み寄ってきていた。
今朝聞いてから半時も経たぬうちにまた響き渡る聞き慣れ始めた轟音は、少なくとも帰りを待っていた四人の落胆と安堵を引き起こす。
「流石に警戒されている、って事ね。二人とも無事に帰って来れただけでも収穫としましょう」
それは始めから想定の範囲内だった。隠れ家に使った山中の小屋など、見張られていて当然。それだけに相手の警戒レベルを伺う試験台としては十分である、と。
「二人とも凄い汗……。待ってて、今タオルを取ってくるわ」
誰よりも真っ先に駆け寄った間宮の手を、朝倉はへたり込んだまま掴み震えながら告げる。
「参ったね、怖いんだわ。悪いけどタオルはいいから暫く手、握っててくれ」
らしくもなく青ざめた顔で弱音を吐くと、同じように震える柿谷の肩も抱き寄せ、やっとの思いで報告を始めた。
「小屋と周辺には監視無し。ただ、山を下り始めた辺りからはもう地獄だった」
乱れる呼吸を無理矢理抑え込み、次の言葉を捻り出す。
「少なくともあの山は…………。もう、地図通りの場所には無い……」