第十五話 根っこ
伽耶岬支部にまた少しだけ沈黙が訪れる。全てを話し終えて口を閉じた間宮と、その周りで何かを待ち望む魔法商女達との間に一言目の言葉が発せられたのは、それから二息吐いた頃だった。
「……? 何かの参考には……ならなかったですか……?」
期待に応えられず申し訳ないといった表情を見せて、間宮は俯きがちにそう述べる。それをみてため息を吐いたのは朝倉だった。
「あのさ……いや、お前の魔法がどうなったとか……。それもきっちり分かってないし、そもそも……」
そこまで言ってから朝倉はふと何かを思い出したように、ポケットに手を突っ込んで消しゴムを取り出し——
「話が長いッッ!」
「の゛っ‼︎⁉︎」
正確に間宮の喉元へと叩きつけて怒鳴りつけた。
「まあそこの二人が気になって無かったかって聞かれたら気にかけてただろうしそーゆーそぶりも見てきたさ。けど結局お前の天秤の話も稲村の能力の話もしっかり説明出来て無いよなぁ⁉︎」
「ご、ごめんなさい……」
胸ぐらを掴みあげて怒りをあらわにする朝倉を制し、ズレた話の筋を戻し始めたのは稲村本人だった。
「漫才ならそれくらいにして、説明は私からキチンとさせてもらうわ」
朝倉がシャツの襟から手を離し、自分に正対したのを見届けると、また話を続ける。
「間宮さんの魔法は現実の偽装。特例を鑑みずに言ってしまえば“生まれ得る凡そ全ての魔女魔法を束ねた結果生まれる魔法”とでも言ってしまえる程に凶悪で強力な能力ね」
驚く真希と柿谷に気を良くしたようで、間宮は誇らしげに胸を張ってまた前にで始めた。
「その力で私は視力を偽装し、ボールペンも偽装し、再び天秤を取り戻したのです!」
どうだ、と言わんばかりに自慢げに語る間宮に、朝倉はふと疑問を見つけ問いかける。
「……視力をってのはまあ、分かる。けどなんでボールペンなんて戻す必要がある? 全てを偽装出来るんなら最初から天秤をでっち上げちまえば良いだろう」
回りくどい、と言うより単純明快さを美とする朝倉らしい疑問だったが、それに対してはうろたえる間宮では無く稲村が解答をとりあげた。
「偽装出来るのは現在だけ、だからだと推察しているわ。“失った”視力を取り戻すのでは無く、“像を結べない”網膜や瞳を取り繕う。恐らくこのやり方でも天秤自体を作り直す事は出来るのでしょうけど、過去の誓約を“失った”ままの魔法ではハリボテに過ぎない可能性も否めないわね」
その解答は朝倉を納得させられるだけの物であり、また間宮本人を混乱させられるだけの物でもある。
「万能そうに見えて割りかし使えねーのな。本人にそっくりだ」
そんな本人を小馬鹿にする為だけに、朝倉はその感想を口に出してみた。
間宮はそれに怒るでも嘆くでも無く、ただ純粋な顔で笑ってみせる。
「もう最後の天秤に……私の中の貴女に背を向けたく無かったから」
「…………そうか」
気付けば朝倉は釣られ、笑顔で消しゴムをまた間宮に叩きつけていた。