第八話 戦士
懐かしさとはまた別に、きっとそれは気を張り続けた代償とも言える大きな波のような感情だろう。それに身を任せてさえしまえば、見栄も虚勢も脱ぎ捨ててしまえば傷も癒える筈で。その事にもきっと気が付いているのだろう。
しかし朝倉京子はきっと、それすらも踏み越えて進むのだろう。彼女はとても、とても強い女性なのだから。
それは拒絶の抵抗だった。朝倉は己を抱きしめる腕を弱々しく振りはらい、二歩退いて今度は敵意ではなく、疑念と歓喜の混じったような視線を九条に向ける。
「…………朝倉さん。私がここへ、伽耶岬支部へ来た時にはもう貴女は本部にいましたね」
言葉も、笑顔も取り繕い、九条は朝倉のそんな視線を取り下げさせようとした。
何のことは無い他愛も無い昔話を始めるだけで、敵意も、向けられた敵意に対する対抗の姿勢も見せぬまま。
「支部長交代でここにやって来た時は、間宮さん。貴女と二人きりでした」
言葉の向かう先を、今度は少し遠回りさせてみる。もう、朝倉は全てに気がついてしまった。とても惨たらしい、地獄を淵から覗き込んだような吐き気を彼女は押さえ込み始めた。
「円さんを見つけた時はとても嬉しかった。同様に柿谷さんも」
真希と柿谷にとって、それは懐かしさだけの優しい言葉でしか無かった。その真意など、二人には伝わらなければ良いと、願うばかりなのは間宮の弱さでもあった。
「稲村さんがここへ来ると知った時には、頼もしさでずいぶん気が楽になったものです」
目頭の熱さと、頬を撫でる温かい涙が稲村の不信を確信へと変えてしまう。
もうそれを疑う事すら出来ない現実が、三人の心に深く杭を打ち込んだ。
「………………こんな姿になってしまったけど、いつだってお前達の傍にいられて良かったよ。京子、智恵。そして、明美。兄さんを……九条瑛太を止めてくれ……ッ!」
朝倉の想定とはまた違った、それでも万が一の確率を超えた奇跡が目の前にある。
欺瞞と絶望で塗り固められた奇跡でも、彼女達が決意を固め直すには十全だった。
「……コレがいるんだ。まさか敵城の中に陣取るとはやっこさんも思うまい」
その口調はかつて一人の社長の前で振る舞った暴君のものだった。少しだけ赤く腫れた目元を隠す事もせず、口角を吊り上げて不敵に笑ってみせる。
「さあ、やろうか。城落としの始まりだ」
切っ先は高く、不退の備えを彼女達は始めるのだ。