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第十話 指導 始動


意識が朦朧とする。視界がぼやけ、耳障りな雑音が頭の中に鳴り響く。

目の前にあるものは天秤であろうか。

傾き、亀裂の入った真っ黒な天秤。

その横にいるのは誰だろう。


真希「……間宮さん……ですか?」


真希の声が届いたのか、それとも偶然なのか、間宮と思しき女性は、此方を振り向いて優しい笑みを浮かべたが、すぐにそっぽを向いてしまった。

一体何を見ているのだろうか。気になっても、足が進まない。そもそも足が付いているのだろうか。なんの感触も無い。

ぼやけた視界の中で懸命に探った視線の先には二人の女性が居た。

一人はあの時出会った朝倉と呼ばれていた女性だろうか。もう一人は……


真希「稲村さん……?」


突然頭の中で響いていた雑音が止み、代わりに雷の轟く様な低い唸り声とともに白い光が間宮を飲み込んでいった。





うっとおしい雑音の正体は隙間風だった。汗でベッタリとしている背中の感触を理解して、ようやく夢から覚めたことに気が付く。

午前5時。いつもより早くに起きた真希は、シャワーを浴びて出勤する。




真希「おはようございます」


テナントの埋まりきっていない小さなオフィスビル。その二階が九条経営取引コンサルタント、その伽耶岬支部だ。

今朝見た夢の事など忘れ、昨日までと同じ様にドアを開けた。


柿谷「おはよーごさいます!」


真っ先に飛び出してきたのは昨日入社してきた柿谷だった。

彼女の指導係を受け持った事が不安でなくなったわけでは無かったが、元気いっぱいの挨拶を貰って少し気が楽になった気がした。


九条「おはようございます。さあ、座ってお茶でもいかがですか?」


既に奥には稲村が座っており、紅茶を淹れながら真希に視線を送ってくる。


真希「あの、間宮さんは……」


九条「彼女は依頼のため朝一で出かけています。真希さんの成長のおかげで彼女を送り出すにも気負う必要が無い事は嬉しい限りです」


自分はもう間宮の足を引っ張ってなどいない。そう言われたようでこそばゆい様な気持ちになったが、同時に間宮との距離が開いたことに小さな不安が生まれた。


九条「さて、召し上がりながら聞いてください。真希さん、みささん。お二人に受けて頂きたい依頼が来ています」


紅茶を差し出し、足元に置かれた鞄から薄いバインダーを取り出す。


九条「初めて貴女が此処へ来た時の様に、みささんをサポートしてあげてください」


間宮のサポートは今までもしてきた。しかしそれは魔法商女として優秀な間宮の為に小さな雑務をこなしておくと言う物で、魔法商女としてまだ一歩を踏み出してもいない柿谷のサポートとなれば、それは今までとは一線を画す物である。


九条「一週間後、詳しい説明と資料をお渡しします。それまでに……」


真希「……はい」


自分と同じ失敗をさせるわけにはいかない。


一週間で柿谷みさに魔法を教え、そして……


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