第一話 円真希
午後十一時
キーボードを叩く乾いた音だけが響く
音の主は円真希
この時間の彼女に同僚は居ない
昼間はただ無心にノルマをこなし、夜はだれも居なくなるまで書類を纏めるのが彼女の日常
人は彼女を
[社 畜]と呼ぶ
キーボードを叩く音は止み、代わりに残るは風の音
終電間際に彼女は去っていく
今日もお疲れ様でした
ではまた明日・・・
午前六時
鳥の鳴き声、アラームの音、そして隙間風の音
おはようございます、円真希
この時間の彼女に家族は居ない
いつものように支度を整え、ゴミを持って家を出る
そして彼女が日に初めて人に合うのがこのごみ捨て場
森沢さん、沢森さん、サリー・モワさん
近所のママさんグループ共である
森沢「あら、円さん。おはよう。」
真希「おはようございます。」
沢森「聞いてよ円さん!うちの子もうすぐ入学式じゃない?だから色々ゴタゴタしてるって言うのに、旦那ったらお前に全部任せるだなんてひどいと思わない?」
いつも通りママ友組合に捕まり、聞きたくも無い愚痴を聞かされる
真希「そうですね・・・」
森沢「うちの子ももう上級生になるって言うのに、まだ落ち着き無いまんまだし。ああもうどうなっちゃうのかしらねえ?」
真希「そうですね・・・」
沢森「円さん、ちゃんと男選んで結婚しなさいよ?」
真希「はあ。」
森沢「出会いがあると良いわねえ。」
真希「ありがとうございます。」
彼女の一日が始まる
本来ここで彼女は電車に乗って三十分
そこから十分歩いて会社に向かうはずなのだが、今日はそのまま家に戻って行った
真希「・・・・・・」
彼女が手にするは携帯電話
コールされるは部長の二文字
真希「あ、営業部二科の円です。森澤部長のお電話でよろしいでしょうか?・・・はい、おはようございます。えっと本日、風邪を引いてしまって、熱が下がらないので休暇を取らせて頂きたいのですが・・・はい、ありがとうございます。はい、失礼します。」
無論熱など無い
あるのは濁った怒りと憎しみだけ
真希「・・・・・・ふふっ・・・」
長年積み重なってきた濁りが今溢れ出した
真希「あっはっはっはっはっ!慌ててやんのクソ部長が!!いつまでも定時前入りサビ残なんかやってやんねーってんだよバーカ!!!今までどれだけ私に頼り切ってたか思いしれ!そんでもって給料上げて媚へつらえド無能ジジイ!!!!!」
携帯の待ち受け画面になのか、それとも枕になのかは分からないがこれまでの鬱憤をぶつける
小声で
しかし、これが後に悲劇の始まりとなるのだった・・・