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新雪の朝へ  作者: 伊藤
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目覚め

「...!ああ、由貴(ゆき)!起きたのね!」


 ベッドに寝かされた少女の目がゆっくりと開かれた。それを認めた彼女の母親は、一目散に彼女のそばに駆け寄る。丁度、顔を拭く為のタオルを持ってきたところだった。平素であれば美しく見えるその顔も、疲労が溜まりいくらかやつれて魅力をすり減らしている。


「...おか、さ...」

「大丈夫よ、無理して声をださなくて。ああ、ああ、よかったわ。本当によかった」


 母親の顔には喜びと安堵が混ざり、目がいつもより潤んでいるのを見て、由貴と呼ばれた少女は何となく「何か心配をかけたのだな」と思った。そしてかすれた自分の声と、あまりにも重い腕を感じて、自分が風邪か何かで酷い状態になったのかもしれないと思った。もしかしたら、去年もかかったインフルエンザかもしれないなどとも。


「由貴、お母さん分かる?あなた酷い熱でずっと眠っていたのよ。今、お医者様が見えるからね、ちょっと待っててね」


 由貴の頭を撫でて心底嬉しそうに顔をほころばせる母と、その向こうに見える知らない風景。あまりにも白い空間は頭の中の病院のイメージと合致した。部屋に一つのベッドの脇にはサイドテーブルがあり、その上には母親がよく使っていた革の鞄が乗っていた。部屋の電灯がついていないせいか窓の外の青空とその明るさが妙に眩しい。


 少しして入室してきた白衣を纏った壮年の男性と、2人の看護師は皆優しそうな顔だった。

「よかったね、目が覚めて。由貴ちゃんのお母さんはものすごく心配していたんだよ」

「そうなのよ、もう、本当によかった...先生もありがとうございます」

「いえ、そんなことは。原因不明の高熱としか診断できていません。情けないくらいです」

「でも熱心に診察してくださったし、何度も気にかけて下さいましたわ」

「当然のことですよ、そんなに頭を下げないで」

「それでも...」


母親と医師のやりとりは由貴の左耳から右耳へと抜けていく。二人が話している間に、看護師は由貴の身体をゆっくりと起こし、「おはよう、気分はどう?」と笑顔で問いかけた。

「大丈夫です」

掠れ気味の声だったが由貴ははっきりと返した。意外なことに混乱もしていない様子で、その場にいた大人達は一応皆安心して笑顔を見せた。

「おお、声を聞く限り、結構元気だねえ。よかったよかった。由貴ちゃん、熱が高くて三日も寝ていたんだよ」

「そうなんですか?」

「そう。一度も起きなかった。今はどう?頭が痛いとか、喉が痛いとか教えてくれる?」

 医師の声は明るいが落ち着いていて、柔らかな印象だった。由貴の表情はあまり変わらず、言葉も淡々としているものの、やりとりはしっかりしている。

「喉がちょっと、いがいがします。あと、身体が重いです」

「痛いところはない?」

「無いと思います」

 やりとりの最中少しづつ母親の表情が変わった。だが、医者はそれに気づかず、そのまま、聴診器で心音を聴いたり等の簡単な検査に移る。全て終わると、再度医者は口を開いた。

「受け答えもしっかりしてる。…診たところ風邪以上の症状は見られませんね」

 母親は小さく息を吐き、ほっとした様子を見せたものの、まだ何事かを考える表情をしている。しかし、この三日の間の肩の荷がいくらか軽くなったことは確かだった。

「原因が分からないのでこれから再度より精密に検査させていただきますが...今の様子だけ見れば特に異常はありません。脳に疾患があるわけでもないようなので」

「そうですか...気がかりですけど、喜ばしいですわ」


 二人のやりとりの間に、看護師の一人が由貴を着替えをさせた。されるがままの様子に、母親は倒れる前と違う娘の大人しさが少し気にかかる、病み上がりの上、いきなり知らないところで目覚めたという当惑も考えて、取りあえずは安静にしなくてはと思うばかりだ。


−−−−コンコン


 病室のドアがノックされる。母親が「はい」と呼びかけた。

「ああ由貴!本当に目が覚めている、良かった!」

 ドアを開け開口一番にそう言って入ってきたのは由貴の父親だった。由貴が目覚めてすぐに、喜びのあまり娘のことしか考えられていなかった母親の代わりに、看護師の一人が連絡していたのだ。鋭さを感じさせる美丈夫の彼も、由貴の姿を見た安堵で雰囲気は和らぎ、心底ほっとしたという表情を見せた。両親は互いに顔を見合わせよかった、よかったと言い合った。再び医師にもお礼を言い、また先ほどと似たようなやりとりが繰り返される。

 一緒に入ってきた由貴の兄の郁哉(いくや)も由貴のそばに寄る。

「由貴、心配かけんなよ」

 小学4年生にしては落ち着いた物言いだが、妹を案じる言葉に大人達は微笑ましい気持ちになった。

 由貴は郁哉が寄って来たことに驚いた様子を見せた後、俯きがちに小さな声で「うん、大丈夫」と返した。

 自分が近づいただけで何故か驚いていることもそうだが、その返答に郁哉は面食らった顔になった。

「...早く元気になってよ」

「はは、由貴がいつもと違うから郁哉もびっくりしちゃったか」

「今さっき目が覚めたばっかりなんだから、仕方ないわ...」

「…では、ご両親には一度病室を出て頂いて別室でお話を。由貴ちゃんはその間にまた伝えに来るから少し待っててね。幸い、調子はもう安定しているようだし」

 検査スケジュール等の諸々の説明もあるからと、一度由貴を残して家族は病室を出ることになった。看護師の一人が部屋に残ったが、忘れ物をしたので少しだけ病室を出るので待っていろということだった。


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