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新雪の朝へ  作者: 伊藤
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明け方

 後2ヶ月もすれば新しい年度がやってくる、そんな時分だった。深夜に雪が降った日の明け方で、カーテンの向こう側が俄に明るくなり、世界は暗闇から青に移ろうとしている。部屋の主が眠る大きなベッドの向かい、真新しい机の上にはブランド物の深紅のランドセルが乗っていた。広い部屋は整頓されていて、手入れが行き届いていることを感じさせる。だが今はその全てがシルエットとなって形を感じさせるばかりで、何もかもが曖昧に感じられるような時間帯だった。

 その静かな景色の中、ベッドの上の影が蠢く。苦しげな呼吸音が部屋の中に響いている。この様子は景色の中で異常だった。ベッドに眠っていた少女は脂汗を滲ませ、息を荒くし、天井を見つめた。この時間帯はまだ多くの人々が眠っている。しかし、7歳にもならない彼女の意識はいやがおうにも覚醒し、その脳内は混乱を極めていた。


「はっ、はっ、はっ...」


 気づけば身体も僅かに震えている。家族が見たらあまりの様子に駆け寄って声を掛けたに違いない。だが、その家族も今は寝静まっている。そのせいでもあるのか、自身の鼓動が煩わしいほど聞こえていた。


 寝ていただけだったはずなのに恐ろしく重い身体をやっとの思いで起こす。そして、割れるように痛む頭を抑えた。が、それで痛みが無くなることは無く、寧ろ酷くなっていく。起き上がったはいいものの、耐えきれずにだんだんとうずくまる。


(痛い...いたいっ...うるさい...耳の裏の血管が切れそう...)


収まらない動悸の原因は頭の中にあった。そこにあって、彼女をかき乱す。


(何、これ...何で、わたしこんなこと...わたしは......)


 目の前が白く点滅するような錯覚がしてきた。白い点滅の合間に様々なものが現れる。

 まだ見ぬ小学生の自分、中学生の友だち、高校の制服、大学の入学式。どれも知らない。誰も知らない。だけど、知っている。その中で鏡や写真に映る自分は知らない顔をしている。だけど、分かる。


(わたし、だ...『私』...だ...、私なんだっ...)



 瞬間、説明し難い感覚が襲った。彼女は、まるで全てが最初からそうであったかのように、完璧に『何か』が収まる感覚がしたのだった。それを感じた途端に、気が緩んだのか保たなくなったのか、彼女の意識は途切れ深い眠りに落ちていった。


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