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女性に渡された街の地図を片手に、街の中心へと向かう。石壁に囲われたウラノスはレンガ造りの建物が多く、宿屋のような木造建築は少ない。
商店街は賑やかで、どの店も客引きや売り込みに忙しくみえる。この商店街を抜ければ街の中心まで直ぐだ。人の合間を縫って、すいすいと道を進んでいると、ノトスは不思議な物を見た。
「黒いテント……?」
小さな黒いテントの前に行列が出来ている。買い物をしていた者もそれを見つけると、慌てて走りだして列の後ろに並ぶ。看板らしい看板もなく、怪しいことこの上ない。
「まあ、いいや。後で寄ろう」
興味がない訳ではなかった。ただ、ノトスは優先するべきものを優先する。後で困るのは自分自身に違いないのだ。
彼女がそこを通り抜ける際、誰かに見られているような視線を感じた。敵意などではなく、好奇の目を。
「ん?」
足を止めて辺りを見回せば、それは消える。再び歩き出す彼女は、さきほどの視線を感じなかった。
商店街を抜けると、レンガ造りの塔が姿を現す。その足元で、宿屋の女性そっくりな少女が、成人男性に啖呵を切っていた。
「いつも言ってるが、そういうのは役所の連中にだね」
「だから! あいつらじゃ役に立たないって言ってるでしょ! 依頼を受けてくれる奴はいない訳?」
「みんな出払っちまって、役に立つか解らん新人くらいしかいないよ」
「そんなんでよく冒険者ギルドなんて名乗れるわね」
ノトスは二人の傍まで向かうと、男性が先に彼女に気付いた。まるで助かったと言わんばかりの表情だ。
「やあ、いらっしゃい! ここは空の街ウラノスの冒険者ギルドだよ。何か用かな?」
「宿屋のアエローがここに来てると聞いたんだけど」
それを聞き、男性は目をキラキラと輝かせて少女を指差した。少女は少女で、その手を跳ね除けてノトスを睨む。見知らぬ人間に追われれば、誰だって気分は良くない。
「私がそうだけど、何の用?」
「宿屋の女性に頼まれてね。戻ってこいとさ」
「母さんから……。じゃあ、あんたは旅の人ってことか。わかった、一緒に戻るわよ」
名乗り出た少女は男性をひと睨みすると、ノトスの手を握って宿のある方角に歩き出した。なんとか体勢を立て直したノトスは、彼女の横に並んで問い掛ける。それは純粋に、好奇心から来る疑問だった。
「なんで啖呵切ってたの?」
「ただ、私にとって大事な頼み事を門前払いするからよ」
「大事な頼み事か……。聞かせてくれないかな」
「え?」
アエローの大事な頼み事が、他人にとっても大事なのかと聞かれたら、そうではない。それはノトスも同じであり、例外ではなかった。ただ、冒険者ギルドとは違い、内容を吟味するが。
まさか聞かれるとは思っていなかったと、振り向いた彼女の顔が語っていた。
「あ、うん。私の飼ってたインコがいなくなっちゃって。母さんは諦めなさいって言ってたけど、家族をそう簡単に諦められる訳ないじゃない? だけど……」
「万屋家業の冒険者ギルドに門前払いされた、と」
「そう! おかしいわよね! ろくに話も聞かないし!」
確かに珍しい話だ。普通ならば、門前払いなどしない。あるとしたらアエローの人柄か、それとも別の何かだ。彼女は感情を隠すことなく、激昂していた。
「宿代を半額にしてくれるなら、私が受けるよ」
「は? あんたが?」
「これでも長い旅をしてきたから、少しは役に立つはず。門前払いする冒険者ギルドよりはね」
不敵に笑みをもらすノトスを、エアローは驚きのあまり目を見開いた。そして、笑いながら首を縦に振った。さきほどの怒りはどこにいったのか、アエローは上機嫌でノトスを引っ張りながら商店街を歩く。
その間に商店街でのお勧めの店や、ここ以外にある専門店など、アエローは細かく教え始めた。ノトスはそれを静聴していたが、店の数が二桁を超えた辺りから、必要な所だけを覚える事に専念した。いくらなんでも多過ぎる。
「……話の途中で悪いんだけど、依頼の話も聞きたいかな」
「そ、そうよね。何から話せばいいのかしら?」
「とりあえず、インコの特徴と失踪した時の状況を。あとはいつくらいの出来事?」
「えっと、三日前に朝起きたらいなくなってたの。名前はココアといって男の子よ。色は緑で、人見知りしちゃう子ね」
相手の必要とする情報だけを伝えるのは、中々出来る様な事ではない。その点だけをみるならば、情報屋として働いていけるとノトスは考えた。ただ、感情に素直すぎるのは問題だが。
「ふーん、なるほど。いなくなったのは君の部屋なの?」
「アエローでいいわよ。そうね、部屋で飼ってたから」
「じゃあさ、宿戻るついでに現場見てもいいかな」
その言葉を聞いた瞬間、アエローは立ち止まって振り返った。彼女の目は疑心に染まっていくのが手に取るように分かる。
「ココアの為だから仕方ないけど、余計な場所に触れないでよね。男を連れ込んだなんて知れたら、母さんがなんていうか」
どうやら彼女は親とは違い、まだまだ目は養われていなかった。格好が格好故に仕方ない事なのだが、ノトスは苦笑を浮かべるしか出来ない。
そんな時に、ノトスは一つ閃いた。このまま性別を明かさないのも面白いと、考え直した彼女は別の意味で笑みを浮かべたのだった。