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靴底と枕  作者: 眞木 雅
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2010年5月2日に何があったかは知らないが

  体のあちこち、仕事を休むためにやけに都合よく、なんだかとても嫌になる。

 晴れの日である。働くぞ、やってやるぞ、とそんな気持ちで目覚めた。風邪はすっかり治って、肺の隅々まで息を吸っても、ちっとも辛くない。寝ている間に汗をかいたようなので、ともかく体を洗って、それから何か食べよう。私は陽気になっていた。

 さて、風呂から上がると、目眩がした。そのまま、背中を丸めてぶるぶると身震いしてから、よし、とひと息。気合を入れた。体が冷えたのかしら、なんて、独り言を呟いて、髪を乾かしていると、吐き気がして、トイレに駆け込んだ。そのまま数分間、意味も分からず吐いていたら、様子を見に来た兄が、私の背中を擦って、それから小声で仕事を休め、などと言う。私は項垂れた。

 何もできない、と思ったら、とたんに辛くなってきた。頭が痛いお腹が痛い咳が辛い肩が重い。そういえば、昨晩家にいてくれと頼んだはずの母が出かけている、それも辛い。鏡を見たら肌が荒れていた、惨めだ。

 ああでもないこうでもないとひとしきり考えて、やはり真剣に治さなければと、病院に向かう支度をする。ここからは少し遠いが、車で向えば数分で総合病院に着く。今から行けば、夕方にはすべて済むはずである。

 タクシーを呼んで、カタカタと運ばれて、さぁつきました、お金を払いました、車から降りました。それでやっと、行き先を伝えるときに、私がうっかり家の近くの診療所を告げたのだと気がついた。情けなくなって、とぼとぼ引き返す。疲れて道にへたり込むと、近くの教会から中年の女性が出てきて勧誘された。

 信じなきゃ救ってくれないなんてのは、面倒でかなわないから、何処かへ行ってくれ、というのは中々言葉に出せず、仏教徒です、とだけ告げた。女の人は、お大事に、と言って、教会に入っていった。私は、息を吐きながら立ち上がって、時々咳き込んで、よろけながら家に帰った。ようやく辿り着くと、扉が半開きのまま、鍵は扉のそばに落ちていた。戸締まりも、きちんと出来ない。私は鍵を拾ってから、扉に背を持たれて、座った。アパートの地べたは、冷たくてじゃりじゃりしていた。少しの間泣いた。そしてもう一度、タクシーを呼んで、今度こそ総合病院へ向かった。諸々の検査は後日することとして、栄養が足りないとかで、点滴をされた。

 帰ってくると、父と母がテレビで相撲を見ていた。私も、なんとなくそれを見た。そしてこっそり好きな人の写真を眺めて、咳止めの薬を飲んだ。お腹の奥がきゅうっと痛んだ。これは、なんの痛みだろう。


 ベランダに出て、呆けながら、三週間、短くても一週間、いや、できるだけ長らく、一ヶ月、一年、一生働かずに、死ぬまでこうして、風にあたって、適当に上着を羽織って、手足は暖かく、頬はひんやりと冷して、のんびりしたいと思った。また、例の怠け病だろうか。卑しい。せめて、本を読もう。そう思って、ある本を手にとった。一節、ただの短い文を見て泣いた。苦しくて本を閉じた。

 長いお休みが貰えなかったら、どんなふうになるだろう。心配になった。貯金を確認したら、働いた分はきちんと増えていた、安心した。

 ふと、友人が過去の日記などを読み返したら元気が出た、と話していたのを思い出した。私も学生の頃、手帳にあれこれ書いていたなと、机の引出しからそれらしいものを引っ張りだした。何を書いたかはまるきり覚えていないが、きっと何かの役に立つはずである。ほんのり期待をして、ぱらぱらと捲ったら、一冊びっしり遺書だった。一瞬たじろいだが、きちんと読んでみると、よく書けていた。元気が出た。

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