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Destiny Rulesr~運命の支配者たち~2  作者: くすっち天頂
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かたきと想いと明日への思い

 腕時計を見る。まだ九時前だ。どうするかなぁ。ここのところずいぶんカードばっかやってたからなぁ。命をかけた戦いなんかもしたわけで。

「気分転換に、他のことやってみっか」

 そして、見たい映画があったことを思い出す。映画館に行こう。

 俺の住む街には映画館は無いので、電車で移動しなければならない。今出れば、午前の部を見れるな。そうと決まればとっとと行こう。とっとととっとこハム太郎っ、と。

 自転車を十分ほどこぐと、駅に着く。そういえば、電車乗るの久しぶりだなぁ。土日はもっぱらカードショップに入り浸りだし。

 電車に乗り、座席に座る。それにしても、電車の座席って妙に眠気を誘うよな。以前三時間ほど眠ってしまってからは気をつけるようにしている。ゆらりゆられて四十分。目的の駅に着く。駅から映画館までは徒歩二分なのでついたも同然だ。

「プリッキュアッ、プリッキュア~♪」

 ちなみに見る映画はプリキュアである。ここ最近はクロスオーバーが増えて俺の好きなキュアアクアがまた見れるので嬉しい限りだ。

 まぁ、男一人で見るのはかなり怪しい目で見られるのが、敵視されるのが好きな俺にとってはどこ吹く風である。

 のんびり歩いていると、目的地に着いた。

「なんのチケットをお求めでしょうか?」

「はい!プリキュアの映画のおとな一枚下さい!!」

「か、かしこまりました……」

 いいじゃねぇか。男子高校生が一人でプリキュア見てもいいじゃねぇか。ちなみにドキドキプリキュアってなんか仮面ライダー剣に似てるよね、。ロイヤルストレートフラッシュとか出るし。スペード10、ジャック、クイーン、キング、エース、ロイヤルストレートフラッシュ!!

 意気揚々と、自分の席に向かう。すでに中にいた幼女たちが不思議そうな眼でこちらを見ている。悪いことはしていないが幼女を怖がらせるのはいくら俺でも忍びない。身をかがめて移動する。ふん、結構すいてるなぁ。上映されてしばらくたつし、大好きな子は序盤に見ちゃうだろうしな。

「ん?」

 俺の席に着くと、隣には小さい女の子が座っていた。ったく、こんだけすいてるんだから客同士離してくれてもいいのに。自分で先に好きな席を指定できるのはいいんだが、隣に人がどうかわかるといいよな。

「こんにちは!」

 年は七歳くらいだろうか。大きな声で俺に挨拶をしてくれた。か、かわいい!誤解される前に言っておくが、俺はロリコンじゃないぞ!ホントだよ!

「こんにちは」

 できる限りさわやかに挨拶する。

「おにいちゃんも、プリキュアすきなのー?」

 めっちゃかわいい!何これ!マオとはまた別の可愛さだな。

「うん、僕はね、キュアアクアが好きなんだ」

「きゅああくあー?」

「うん、『Yes!プリキュア5』と、『Yes!プリキュア5Go!Go!』に出てくるんだよ。『5Go!Go!』ってファイズみたいでいいよね」

「ふぁいず?」

 おっと、この子がわかるわけないか。もう十年たつもんな。

「あくあ、かわいい?」

「超可愛いよ。お嬢ちゃんと同じくらいかわいい」

「あら?」

 すると、その子の隣にいたお母さんだろう女性が声を上げた。おっと、ちょっとまずったか。

「あ、すみません。冗談ですよ」

 子を思う親の気持ちというのはなんとなくだがわかるつもりだ。俺のポリシーではないが、ここは引こう。

「いえ、そうではなくて……。あなた、もしかして、以前うちの主人を救っていただいた……。東城さんではありませんか?」

 言われて、その女性の顔を見る。ああ、見覚えがある。そうだ、その通りだ!この女性は、俺が痴漢冤罪から救った男性の奥さんだ。

「はは、あの時はどうも」

「本当にあの節はありがとうございました。お陰様で、ふさぎ込んでいた娘ももとのように明るくなりました。何とお礼を申し上げたらよいか。連絡先もきけなかった物ですから」

 女性が涙をこぼす。こういうのって、なんかいいな。自分がしたことが、しっかり誰かの為になったんだと実感できるってのは。

「おかーさん、おにいちゃん、しってるひと?」

「お父さんが帰ってこなかった時があったでしょう。この人はね、そんなお父さんを助けてくれたのよ。今おうちにお父さんがいるのは、この人のおかげなのよ」

「おにーちゃん、ありがとぉ!マナね、マナはね、おとーさんがいなくてすっごくさびしかったの!たすけてくれて、ありがとぉ!」

 言って、ぺこりと頭を下げる。何とも言えない幸福感に満たされる。

「マナちゃんっていうの?いい名前だね」

「うん!マナはね、与那城麻奈っていうの!」

「そっか、よろしくね、マナちゃん」

「おにいちゃんは、なんておなまえ?」

「僕の名前は、東城航平」

「とーじょー、こうへい。決めた!マナ!おにいちゃんのおよめさんになる!」

 お!おおう!?まさか幼女にプロポーズされる日が来るとは思わなかったな。

「ははは、嬉しいこと言ってくれるなぁ。じゃぁ、マナちゃんが中学生になってもそう思ってくれてたらお願いしようかな」

 断るふりしてシレッと未来への布石を打つ俺。抜かりないぜ!

「いまはだめなの?」

 なんだこの可愛さ。おい、俺ロリコンに目覚めちゃうんじゃないの!?

「うーん、今マナちゃんと結婚したらお兄ちゃんは悪者になっちゃうんだよ」

 ちなみに中学生に手を出しても犯罪だけどね!

「フフ、じゃぁ早く大きくならないとね」

「うん!」

 およ?これは親も公認というやつか?

 そんなことを考えているうちに、色々な映画の予告編が始まる。周囲に迷惑がかかるといけないので、そこで会話は終わった。しかしあれだよな、映画泥棒防止のあのキャラクターってなんか腹立つな。原辰則!と、そんなことを考えているといよいよ本編が始まった。可愛い、超可愛い。やっぱプリキュアはいいよな!しかし、プリティでキュアな女子ってなかなかいないと思うんだよね。そもそもプリティって単語には、性的な意味で可愛いって意味があるからこの二つを両立させるのって無理だよね。矛盾してるね。ほこたてだね。打ち切りだね。

 開始十分ほどでバトルパートが訪れると、マナちゃんが、わぁぁ、と、感嘆の声をもらす。ちなみに俺は小学生の時、プリキュアの変身シーンをコマ送りにして何とか裸が見れないか試してみたが、一日中やっても無理だった。まぁ当然か。

 物語は、どんどん進んでいき、ついに今作の山場であろうシーンに突入した。そして、ついにラスボス戦。『みんな、力を貸して!サイリウムをふって!』と、劇中のキャラクターが呼びかけてくる。プリキュアの映画を初めて見に行った時、これを全力でやったところ、何人もの幼女たちを泣かせてしまってからは控えるようにしている。泣き声でストーリーが全く入ってこなかったからなあ。

 プリキュア、がんばれー!といいながら、マナちゃんはその小さな腕で、一生懸命にサイリウムを降る。お母さんも、その様子を見て微笑みながら、控えめにふっている。これが、俺の守ったものか。ちゃんと、意味があったんだな。いや、それはおこがましいか。もともと彼女達が持っていたもので、俺はそれを取り戻す為に少し手伝っただけだ。それでも、笑顔がこぼれる。

「キャァァァァッ!」

「ワァァァァァッ!」

 突如、悲鳴が聞こえた。隣のホールからだ。ホラー系の映画だろうか。いや、しかしさっき見た限りでは、この時間帯はコメディ系の物しかないはず。しかも、かなり混乱してる感じだし、声も大きすぎる。そこまで驚くものか?

 俺の頬を嫌な汗が流れる。

「ドゴォンッ!」

 大きな音を立てて、隣のホールとこちらをつなぐ壁が崩壊した。これってもしかして、もしかしなくても……。

「グキャァァァァアッッ!!」

 舞い散ったほこりが収まり、その姿があらわになる。全長三メートル超のサソリ。この間、俺達が四人がかりで相手をした敵の契約モンスターだ。

「きゃぁぁっっ!」

「ああああぁぁあぁぁっっ!」

 一瞬で、楽しく幸せに満ちたその空間は、地獄へと変わった。

「な、なに、なんなの?これ……。演出?よね?そう、よね?」

「こ、こわい……」

 隣を見ると、二人は恐怖ですくみあがっていた。

「ははははは、ははははは、はッはッはッはッ!愉快愉快、最高だなぁおい!」

 この場で唯一、笑える者。それは、モンスターの主以外にはいないだろう。声のした方を睨む。革のジャケットを羽織り、敗れたジーンズをはいた男。二十代前半くらいだろう。それなりにおしゃれなファッションのはずだが、かなりくたびれていて、全くそう感じさせない。そしてそんなことよりも。

 人を見た目で判断しない、というモットーの俺としては、絶対に、絶対にこんなことは言いたくないのだが。そんな俺にそう言わせるほど、その男からは狂気が滲み出ていた。近寄りたくない、と、生き物としての本能が俺にそう告げている。

 男は、俺と目が合うと、ニタリと気味の悪い笑みを浮かべた。それだけで、それだけのことで、俺の膝は震えだす。こんなことは初めてだ。犯罪つぶしなんかをしていると、それなりに危険な目にあう。策は十全に練って入るが、それでも想定外の事態という物は起きる。凶器を持った男達に囲まれたこともある。

 そんな時、まずいとは思いこそすれ、恐怖など感じたことがない。なのに、なのになぜ、俺はこんなにも奴を恐れる?

「あ、あれ、指名手配犯の、人じゃないですか?テレビで、見ました」

 震えた声で奥さんが俺に言う。そうだ、言われてみれば見たことのある顔だ。麻原荒。凶悪連続殺人事件の犯人。出会った人を見境なく殺す世紀の殺人鬼。その被害者は、なんと三桁を超えると言う。捕獲するまでに警官達も、大量に殺された。その人数は、武装した警官二十人以上とか。逮捕されて半年ほどたった先日、脱獄したとニュースで告げられていた。そんな奴に、そんな奴にこんな力を与えたら、それだけは絶対だめだろう。もう誰にも止められないじゃないか。昨日剣を交えた時に感じたのは、純然たる殺気か。何も迷わない、ただただ相手を殺そうとする衝動。この男は、他の誰よりもそれが強い。それに俺は恐怖したのだ。

「ああ、イライラする、イライラする!誰か、俺を楽しませろぉっ!!」

 麻原が激昂する。多くの人が、悲鳴をあげて逃げ惑う。しかし中には、腰を抜かして動けない人たちも少なからずいる。そんな人たちが、次々にサソリモンスターの餌食になる。

 やめろ、やめろ、やめろ!

 すると、サソリのモンスターがこちらに迫ってきた。

「マナちゃん、奥さん、早く逃げましょう!」

 二人に手を差し伸べると、奥さんの方が首を横に振る。

「ご、ごめんなさい。腰が抜けて、動けないんです……。この子を、マナを連れて逃げてください」

「おかあさん!」

 その時だ。近づいてきたサソリのモンスターが、その尖った鋭いしっぽをこちらに振りおろしてきた。標的は、マナちゃんだ。

「危ないっ!」

 とっさにマナちゃんを抱きかかえる。サソリの巨大なしっぽは、俺の腹部を突き刺した。

「グオッ……」

 力が、段々と抜けていくのが分かる。ボタボタと、すごい勢いで出血する。

 な、なぜだ。なぜ力が発動しない!?今だろう、その力が発動すべきタイミングは、まさに今だっただろう。どうしてこの危機に、肝心な時に発動しない?

「おにいちゃん!」

「心配するな、おにいちゃんが、俺が、守るから」

 手を素早く左から右にスライドし、電子パソコンの画面を表示させる。急いで、一昨日追加されたアプリケーションをタッチする。

「大丈夫、絶対、君を傷つけさせはしない。見てろよ……俺の、変身!」

「おにい、ちゃん?」

「はは、通りすがりの仮面ライダーだ、覚えておけ!」

 こんな状態でも冗談が言えるんだから、俺もなかなか大したものだろう。

「おお、おお!おお!ハハハハハ、こいつはいいなぁ、当たりも当たり!大当たりじゃねぇか!さぁ、おっぱじめようぜ!」

 ツカツカと、俺の方に麻原が歩いてくる。

「変……身」

 禍々しい紫のフォムルの戦士。

「ほんっと最高だよなぁこれ!最高の人殺しツールだぜ!」

「カードゲームを……穢すな。お前みたいなやつが、これを使うんじゃねぇよ」

「ハハハハハ、訳わかんねぇこと言わずに、とっとと始めようぜぇ!」

「……どうしてそんなに、人を殺したがる?」

「はぁ?そんなの殺したいからに決まってんだろうが。お前らはよぉ、考えすぎなんだよ。なんでとかじゃなくて、そうしたいから殺す。そんだけだ。もういいか?いい加減、イライラするんだよ!」

 麻原が駆けだす。右手には、先日と同様の毒針を模した武器を持っている。対抗するため、左手に剣を構える。その時だ。

「ガッ……」

 少し体を動かすと、腹が裂けそうな痛みに見舞われる。そんな……。現実のダメージを引きずるのか。その痛みで、剣を放してしまう。

「ドガッ!ガッ!」

 鋭い針で、顔面を殴打される。

 そのまま横転してしまう。落とした剣を拾い、追撃を避けるため、急いで立ち上がる。

「しっかりしてくれよ。そんなんじゃ全然ゾクゾクしねぇじゃねぇか。って、俺のせいか」

 くははは、と、嫌らしい笑い声を上げる。

「なめるなッ!この殺人鬼が!」

 痛みに耐え、斬りかかる。

「動きがとろいじゃねぇか!もっと楽しませろぉ!」

 俺の剣の横から攻撃を当てる。再び剣を落としてしまう。

「ははっはははは、ザマァねぇな。終わりにしてやるよ」

「Final Samon」

 麻原が必殺のカードをスキャンする。ま、まずい。

「とぅぁっっ!」

 爆転のように、回りながら麻原が高く跳びあがる。その体に、サソリが大量の毒液を噴射する。味方モンスターの攻撃のダメージは受けないようだ。毒液を身に纏った麻原が急降下キックを繰り出し、こちらに向かってくる。何とか、なんとか耐えないと。

「Shield」

 高い硬度を持つ盾を呼び出す。意地でも耐えてみせる、と意気込んだがしかし、俺には一つ誤算があった。それは、麻原の必殺技が、シングルキック、もしくはダブルキックだと決めつけていたことだ。そうではなかった。彼はまるでバタ足の用に足を動かしている。その結果。俺は二発目までは耐えることができた。しかしそこで、攻撃に耐えきれず盾を放してしまったそしてその後十数発の連続蹴りを、損傷がひどい腹部にくらってしまった。

「あ、ああ……」

「Error」 

 その場にそぐわない機械音が響き、俺の変身が解除された。元の姿に戻っても、戦闘中に受けたダメージは消えない。変身前ですら満身創痍だったのに、さらにこれでもかと痛めつけられたのだ。

「くはははは、面白かったぜ?こんな気分は久しぶりだ。ハハ、今回はもう終わりにしてやるよ。つっても、もう死ぬか。ハハハハハハハハッッ!!」

 麻原の嘲笑を聞きながら、俺は血の海の中で気を失った。


第四章

「ピー、ピー、ピー、ピー……」

 ぼんやりとした意識の中で、機械音を確認する。目をあけると、白い天井。

「う、うう……」

 痛む体に鞭打って顔を動かすと、マオ、綾、つかさの姿があった。今更だが、俺はベッドに横たわっていたようだった。そうか、俺はあの後病院に運ばれたのか。

「航平!大丈夫!?」

 俺の手をすがるように握っていたマオが、顔を覗き込んでくる。

「大…丈夫だ、心配するな」

 こんな状況で大丈夫も心配するなもないだろうが、マオの、今にも泣き出しそうな顔を見るとそう言わずには居られなかった。

「気がついたんですね、よかった……」

「医者を呼んでくるわ」

 しかし、マオと綾はともかく、つかさも来てくれたのか。普通に無視を決め込まれるかなぁとか思っていたが、どうやらそこまで薄情な奴ではないらしい。

「ほんとに、ほんとに、心配したんだからね……」

 ついにマオが泣き出した。マオとは十年来の幼馴染だが、彼が泣くのを見たのは片手で数え切れるほどだ。少なくともここ五年くらいは無い。

「泣くなよ、マオ。俺は、もう、大丈夫だ」

 泣きじゃくる彼の頭をゆっくりと撫でる。

「意識が戻ったって本当かい!? って、今はそんな場合じゃないか、O‐Na2を持って来い!投薬後、緊急検査室に運べ!」

 医者の指示から間もなく、どたばたと看護師さんが入ってきて薬を医者に渡す。

「うぅっ……」

 右腕に点滴を刺され、そのまま運び出される。三十分ほどの検査を終え、処置を急ぐようなことはないとの判断がされ、病室に戻る。全身を割くような痛みはいまだ健在だが、命に別条はないとのことだ。マオ達にそのことを話すと、安堵の表情を浮かべてくれた。

「聞きたいことは色々あるけど、今はゆっくり休んで」

 かけがえのない仲間達に見守られて、俺はゆっくりと目を閉じた。その夜に見た夢は、まさしく悪夢と呼ぶべきものだった。麻原の必殺技を受けて、爆発する自分の体。そのシーンが何度も何度も繰り返される。そういえば、マナちゃん達は無事だったろうか。今日は帰ると言う旨のことを麻原が言っていたので、おそらくは無事だと思うが。

 そう考えていたところで、俺の夢は終わった。

「ん、んん……」

 寝たら治るんじゃないかと淡い期待を抱いていたが、そんなことはなかった。体中が悲鳴をあげている。

「おにいちゃぁん!おはよー!」

 どすっ、と、傷だらけの俺の体の上に誰かが飛び乗ってきた。痛い、いたいいたいめっちゃ痛い。重さはそれほどでもないのだが、今の俺にとっては致命傷になりかねない。

「マナ!何やってるの!お兄さんはけがをしてるのよ!すぐにどきなさい!」

 叱責の声を受けて、マナちゃんが俺の上から下りる。

「ごめんなさい。めがさめたからうれしくって……」

 二人とも、無事だったのか。良かった。本当に、よかった……。

「大丈夫だよ、マナちゃん。心配してくれて、ありがとう」

 そう言って、昨日マオにしたように、ゆっくりと頭をなでる。

「ううん、マナ、おにいちゃんのお嫁さんだもん!」

「ははは……」

「航平?どういう……こと?」

「東城さん……?」

 マオと綾が、珍しく俺を怪訝そうな目で見つめる。マオがこんな目をするなんてっ!

「平成十一年五月二十六日法律第五十二号、児童ポルノ法、罰則は、五年以下の懲役、罰金三百万円だったかしら?」

「とんでもない誤解だ……。つーかその法律改正されたし……」

「なんでそんなに詳しいの?やっぱりロリコンね」

「人聞きの悪いことを言いやがって。病人には優しくしろよ」

「病人には優しくしても、ロリコンに優しくする義理は無いわ」

「こーへーにひどいこといっちゃだめっ!」

 マナちゃんが俺をかばう。おいおい、マジで俺ロリコンになっちゃうぞ……。

「マナちゃん、だったかしら?この男は変態よ?」

「へんたいじゃないよ!おにいちゃんは、にかいもまなをたすけてくれたもん!マナだけじゃないよ!ママもパパもだよ!こーへーおにいちゃんはマナのヒーローだよ!マナはおにいちゃんとけっこんするんだっ!」

「じゃあ頑張らなくちゃね、おにいちゃんには可愛いお友達がいっぱいいるみたいよ?」

「うん!がんばる!」

「頑張らなくても大丈夫よ?この男の異性からの好感度、いえ、人類からの好感度は皆無よ。この男を惚れさせるのなんて、発情期の猿を相手にするより簡単だわ」

「お前は何なんだ一体……」

「やだ、親友じゃない。一晩中一緒にいてあげたのよ?心の友と書いて心友よ」

「親友は傷つけることだけを目的に会話しねぇよ……」

 でも、そうなんだよな。こいつも一晩中そばにいてくれた。かなり胸に来る物がある。

「東城さん、昨日、何があったんですか?」

「ああ、そうだな。昨日は……色々なことがあった。三人が帰った後、俺はプリキュアの映画を見に行ったんだが」

「え?あれって小学生女子向けの作品じゃなかったかしら?」

「まぁそうだが。別に男子高校生が見ちゃいけないっていうわけでもないだろ。最近のラノベの主人公もよく見てるしな。つまり逆説的に、プリキュアを見る俺は美少女とお近づきになれるってわけだ」

「……、でも、あなたのその容姿では無理な話よね」

「ほんと、お前俺の外見嫌いだよな」

「いえ、私だけでなくこの世界全員が嫌いだと思うわ」

「そうですか……」

「ええ、そうよ。では、話を元に戻しましょう」

「そらしたのはお前だけどな。んで、映画館でマナちゃん達に会ったんだ」

「そのマナちゃんとは、どういう関係なんですか?」

「この前、冤罪作りしてるやつらを俺がつぶしてるって前に話しただろ?そうやって助けた男性の子供がマナちゃんなんだ」

「そうだったんですか。なんていうか、いい話ですね」

「そうね」

「で、だ。映画がもう少しで終わろうとした時に、あいつが来た。昨日街で暴れていた、サソリと契約した奴だ。奴が映画館の中でモンスターを召喚して、また無茶苦茶やりやがった。全力で戦ったが、このざまだ」

「あなたがここまでやられるなんて」

「ちがうの!さそりのかいぶつが、おにいちゃんがへんしんするまえにわたしをおそったの。それをおにいちゃんはかばってくれて、でもそのせいで、おにいちゃんは、たたかうまえからすごいけがしちゃったの。……わたしのせいで」

「気にするな、マナちゃん。今はもう大丈夫だからさ。次は負けないさ」

「それで、そのサソリ使いの正体に見当はついてるんですか?」

 サソリ使いって……。まぁそうなるのか?

「ああ、世紀の殺人鬼で脱獄犯の、麻原荒だ」

「あの、殺害人数三桁っていう、あの犯罪者?」

「そうだ、あいつは、本当に狂っている。食事をするように、眠るように、息をするように人を殺す。誰かと対峙して恐怖、戦慄したのは初めてだ」

「麻原、荒……」

 マオが忌々しげにその名を反芻する。その表情は歪んでいた。俺は再び驚愕に見舞われた。こんなマオの表情は、一度だって見たことがない。

「また、関係ない人が巻き込まれるかもしれませんね……」

「あなたは、とりあえず体を休めなさい。戦うにしても万全な状態でないと……」

「うん、無茶しちゃだめだよ?」

 そう言ったマオの顔はいつもの見慣れた彼のそれに戻っていた。疲れも痛みもとれていなかった俺は、それから泥のように眠った。

「ん……」

 再び目を覚ますと、部屋のカーテンはすでにしまっていた。時刻は八時を回っている。部屋の中を見回すが、そこにはマナちゃんと奥さんだけがいて、三人の姿は無い。もう帰ったのだろうか。まぁ、そりゃそうだろう。昨日も一晩中いてくれたみたいだし。

「すいません、あいつら、もう帰りましたか?」

「……」

 奥さんは、沈痛な面持ちだ。

「その……、哀浦さんが、昼に外出して、まだ連絡がつかないんです。一時間ほど前に天道さんと春野さんも探しに出かけたんですけど……」

 眠る前に見た、マオの表情を思い出す。今まで、一度たりとも俺に向けたことのない彼の表情。親の仇を見るような、自分に向けられているのではないとわかっていても、背筋が寒くなるような、そんな顔。


「あいつ……まさか……」

「プルルルルルル」

 静寂を打ち破るように、奥さんの電話が鳴る。

「春野さんからです、出ますね」

「はい、もしもし。……そうですか、はい、はい、……わかりました。伝えます」

 奥さんは悲しそうな表情で俺を見つめる。なんとなく内容は予想できているのに、それを認められない。そんな俺を叱責するかのごとく、彼女は口を開く。

「春野さんが、哀浦さんを見つけたんですけど、もうその時には、大怪我をしていて……。今、救急車でこちらに向かっているそうです」

「……そう、ですか」

「すみません、少し、席をはずますね」

 その気遣いに感謝できる余裕など、俺の心のどこにも残っていなかった。

「くっ……あいつ、よくも……」

 死ぬなよ、マオ。絶対、絶対に、死ぬんじゃねぇぞ。約束しただろう、俺とおまえはずっと一緒だって。お前が笑ってそう言ったんだろ。約束は守れよ、今までだってそうだっただろ、だから、だから……。

「うっ……ううっっ……」

 ポタリ、と、白い布団に水滴が落ちる。頼むから、無事でいてくれ。そう願っているうちに、ふと八年前のことを思い出す。俺とマオが、親友になった日のことだ。

 当時小学三年生の俺は、まぁそのころからそれなりに浮いていた。その半年ほど前にマオは近所に引っ越してきて、俺に積極的に話しかけてきてくれたのだが、その頃の俺は、今思えばぶっ飛ばしたい限りだが、そんなマオのことを鬱陶しい奴だと思っていた。なんか女々しくて、どうして親同士が仲がいいという理由だけで俺にかまうんだろうと純粋な疑問もあった。何度冷たくあしらっても、マオは全くめげなかった。

 そんなある日、俺のクラスで一つの事件が発生した。ある女子生徒の給食費が盗まれたのだ。まぁその真相はそいつが小遣いにするためについた嘘だったのだが、それがわかるのはまだ先のことだ。

 さぁ、教室では大騒ぎだ。誰が犯人だ、と、ものすごい勢いで犯人捜しが始まった。当時から嫌われていた俺が犯人に仕立て上げられるのに時間はかからなかった。まぁ予想していた展開ではある。ちなみにマオは別のクラスなので、完全に四面楚歌だった。だがそれで押し切られるような俺ではない。持ち前の話術で群がる敵を一掃した。それで、終わるはずだった。しかしそこで担任の教師が発言した。

「いや、犯人は東城だ」、と。奴は続けた。「自分から言い出してほしくて言わなかったが、先生は東城が袋を盗むのを見た」そう言ってのけたのだ。当時から俺は教師という物が嫌いで、こいつにも色々とやってやった。まぁ、ただ怒鳴って、その勢いで自分のペースに持ち込もうとするのを止めたりと、正しいことしかしなかったとは思うが。

 といっても、人なんて所詮正しくない存在だ。俺という存在は彼にとって眼の上のこぶでしかなかっただろう。まぁそんなこんなで、担任俺に悪感情を持っていたことは明白だった。だがまさか虚偽の証言をするとは予想外だった。こいつはこの件で俺に退職に追い込まれ、賠償金も払わされるのだが、しかし少なくともこの段階ではこいつの狙いは成功したと言える。

 あまりの予想外の事態に、俺は言葉を失ってしまった。五秒と無かったであろうその無防備な時間は、状況を覆すには十分すぎた。「東城が犯人」。逆転した後でのさらなるどんでん返しに、教室の熱気は最高点へと達した。俺も何か言ったように思うが、その言葉は三十人以上の敵の声にかき消されてしまった。何より、教師が自分に味方したのが大きかったのだろう。小学生、少なくとも四年生になるくらいまでの子供にとっては、教師というのは絶対的な存在だ。それが、自分達を支援した。勝てば官軍、という言葉があるが、彼らにとっては、教師が味方した方が正義なのだろう。自分達は正義の味方、そして、仲間を傷つけた泥棒を叩きのめす。どんなに気持ち良かっただろう。暴走した民意はあらゆる法則を捻じ曲げる。事実なんて関係ない。大多数の人間が信じることこそが正しいのだ。     

 なんとかその場は収まった、いや、まったく収まってはいなかったが、とりあえずは時間も遅くなったので、解散となった。これ以上に無く不快な気分になった俺はさっさと帰ることにした。

「待て!泥棒野郎!」

 帰路を急ぐ俺を、クラスの男子達数人が取り囲んだ。彼らの中では俺は怪人、そして自分達は仮面ライダーか戦隊ヒーローといった所だろう。まぁ、戦隊ヒーローは五人くらいで一人をぼこってるからあながち間違ってはいないのか。仮面ライダーほど好きになれない理由である。性質が悪い、本当に性質が悪い。自分達のことを正義と信じて疑わない悪党ほど厄介なものは無い。何せ、悪いことをしているという自覚がない。人を傷つけることに何の負い目も感じないのだから。

「んだよ、何か用かよ。スーパーヒーローさん。言っとくが俺は怪物じゃねぇぞ?」

「黙れ!佳奈子ちゃんの金を盗みやがって!」

「そうだ、佳奈子ちゃんを泣かせる奴は許さないぞ!」

「「「そうだそうだ!」」」

 カナコ?ああ、盗まれたとか騒いでいた奴の名前だったか。なんか派手な感じでいつも周りに人を侍らせていて、俺にとってはどうでもいい奴だったが、なかなかモテていたようだ。するとあれか、こいつらは俺のことを好きな人を傷つけたやつだと思ってると、んで、俺をぶちのめせば佳奈子ちゃんだか何だかに振り向いてもらえると、そう思ってるのか。正義感の上に恋愛感情まで絡むたぁ、俺にとってはさらに状況がまずくなりやがった。

「カリスちゃん?誰だよそいつは。生き残ったら世界が滅びるのかよ。あいにく俺はギャレン推しでね」

「あの子を泣かせる奴は倒す。東城航平、覚悟しろっ!」

 八人が同時に襲いかかってくる。くそっ!完全に状況によってやがるな。俺はもともと、運動能力が高い方ではない。一学年の男子百人中、上から数えて九十四番目くらいだ。何それ、超弱い。走力、持久力という面から考えて、逃げても無駄だ。助けを呼ぶ?無理だ、近道するために選んだ裏道は、昼間だってのにほとんど人が通らないし民家も近くに無い。

「ヒーロー気取りのくそ野郎どもがっ!」

 集中的に脚部への攻撃を繰り出す戦法を俺は選んだ。体勢を崩してそのまま戦線離脱してくれることを期待してだ。狭い場所で人数も多いということで、相手は思い切り攻撃ができない。俺がたまにかがんだりするアクションを取るせいで、味方への被弾を危惧してのことだろう。その点俺は、とりあえず適当でもいいから攻撃すれば誰かに当たる。少しでも人数を減らしてっ……。

 しかし当然と言えば当然のことではあるが、俺の優位は長くは続かなかった。パンチを放つと、突き出した左手をつかまれた。まずい……。

「ドザァァッ!」そしてそのまま、背負い投げ。

 は?背負い投げ?立ち上がる前に、一人の男子にマウントポジションを取られた。

「ははは、俺は柔道を習っててなぁ」

 坊主で丸々と太った少年が、嫌らしい笑みを浮かべる。く、重い。こいつ本当に小学生かよ。更にもう一人俺の上にのしかかる。これで絶望的だ。俺の敗北は揺るがないだろう。ならせめて、一撃でも多くテメェらを攻撃する!

「ペッッ!」

 デブ少年に唾を吐く。

「うえっっ!」

「だらぁぁっ!」

 立ち上がると同時、その顔面に全力のけりを放つ。

「うおっっ……」

 ドシン、とそのまま豚少年は倒れる。

「卑怯なことしやがって!」

 のしかかっていたもう一人の少年が殴りかかってくる。

「卑怯はどっちだ!犯人だという証拠もない奴を寄ってたかってリンチして!それがお前達の正義かよ!」

「うるさい!」

 そのこぶしを避けた俺だったが、横から別の少年の蹴りが炸裂する。

「っっそっ!」

 再び俺は体勢を崩す。

「ちゃぁぁああっ!」

 そこに追撃の蹴り攻撃。更に残りの六人も追い打ちをかける。痛ぇ。骨が折れてるなんてことは無いかもしれないが、喧嘩なんて経験の無い俺にとっては十分すぎる痛みだった。

 動かない俺に、デブ少年を除いた七人で攻撃を続ける。気を失いかけたその時だ。

「僕の友達に、なにしてるんだぁッッッ!!!」

 そう叫んでそいつは駆けてきて、俺と敵の間に割り込んだ。……哀浦マオだった。

「哀浦?なんで、ここに……」

 そういえば、この間こいつに付きまとわれてる時にもここを通ったっけ。

 てかなんでこいつ俺を庇うんだよ。さんざんあしらってきたってのに。

「友達のピンチには駆け付ける!当然だよ!まぁ僕の友達は君しかいないけどね!」

「俺とお前は別に友達じゃないだろ」

「友達だと思ったらもう友達だよ!迷惑……かなぁ?」

「別に。でも俺はお前にひどいことを言ってきたんだぞ?なのにどうして俺にそこまで?」

「一目惚れだよ!」

 俺史上初めてにして、最高の告白(?)の言葉だった。

「君達がどうして航平にこんなことするのかは知らない。だけどその痛みは僕が背負う!」

 言って、マオは俺の上に覆いかぶさり、体を強く抱きしめた。俺を攻撃から守るために。

「馬鹿、こんなことしたらっ!」

「航平が一人で生きていくっていうその生き方は、とってもいいと思う。かっこよくて、気高くて。……だけどさ、一人くらい味方がいてもいいんじゃない?君は、僕が守る」

 にっこりと、彼は笑った。涙が出るほど、嬉しかった。味方など、友情などくだらないと断じていた俺だったが、その実、心の底では誰かに肯定してほしかったのかもしれない。心から信頼できる仲間がほしかったのかもしれない。

「ありがとな、でも、そんなこと言われたら、余計守ってもらうわけにはいかないな。だから……一緒に、戦ってくれるか?」

「もちろんだよ」

「ゼアァァァァァッッ!!!」

「はぁぁぁぁぁぁっっ!」

 二対七。先程と変わらず敗色濃厚なのは変わらない。だけど全く負ける気はしない。何でもできる、そんな気がする。敵の顔面を殴る。別の敵の拳が腹にクリティカルヒットする。だが、痛みを感じない。ランナーズハイとかクライマーズハいとかリーガルハイみたいなもんだろうか。リーガルハイは絶対に違う。とにもかくにも、今の俺は無敵状態だ!

「く、くそっ、なんなんだよ、こいつらはっ……」

 言って、一人が逃げ出した。それを機に、残りの敵も逃げ出し、後には俺達とデブ少年が残った。んだよこいつ、さっさと帰れよ。いい雰囲気が台無しじゃねぇか。

「……ありがとな、哀浦。こんな俺を助けてくれて。本当にごめん、お前までけがさせて」

 きれいで中性的なその顔には、いくつか傷ができていた。

「ううん、気にしないで。名誉の負傷ってやつだよ。でも、一つだけお願いがあるんだ」

 いたずらっぽい笑みを浮かべる。

「なんだ?なんでも言ってくれよ」

「うん、僕達って、もう、友達だよね?」

「ああ、哀浦さえよければ」

「なら、さ。マオって、呼んで?」

 上目遣いで、彼女はそう言った。間違えた、彼女じゃない、彼だ。

「あ、ああ。わかったよ。……マオ、これからよろしくな?」

「うん!航平、大好き!」

 言って、マオは俺に抱きついてくる。あれ?男同士でこういうことするもんだっけ?まぁいいか。

 ……そうして俺とマオは、親友になった。かけがえのない、大切な存在に。


「マ、オ……。待ってろ、お前を傷つける奴は、俺が倒す……」

 傷だらけの体に鞭打って、俺は床に足をつく。

「東城君!?何してるの!無理しないで!」

「おにいちゃん!だめだよ!」

「行かないと……。今行かないと、一生後悔する。だから、そこをどいてください」

「だめよ!今は!きちんと体を治してからでいいじゃない!」

「今行かないと。あいつが傷ついてるんだ、傷つけられたんだ。それに、あいつが必死に戦ってるのに、休んでるわけにはいかないんです」

「そんなことは、誰も望んでいないわ。哀浦君だって……。あなたのそれは、自己満足よ」

 いつの間にか戻っていたつかさが俺を止める。

「だとしても」

「どうしても行くというのなら、力づくでもあなたを止めるわ。……あなたも、私の大切な仲間だから」

「……わかった、……わかったよ」

 俺はおとなしく、ベッドに戻る。

「正しい判断だと思うわ。今は、哀浦君の無事を祈ってあげて」

「言われなくても、わかってるよ……。すまん」

「わかれば、いいのよ。私の方こそ、ごめんなさい」

「おにいちゃん……」

「マナちゃんもごめんな、心配かけて。もう勝手な行動はしないさ」

 再びベッドに横たわり、瞼を閉じた。一睡もできなかったが、ただただ、マオの無事だけを祈った。

「……ふう」

 掛け時計を確認すると、夜の十一時を回っている。奥さんもマナちゃんも、つかさもここを去ったことは、確認済みだ。

「ごめんな」

 ごめん、嘘ついて。勝手なことして。だけど、こいつをやらなきゃ、今動かなきゃ、きっとおれは俺でいられなくなる。マオは、俺が無茶しない方が喜んでくれるんだろうが、それでも行かないと、俺はあいつの顔をまともに見られなくなる。胸を張って、あいつの親友だと、言えなくなる。だから、ごめん。ちょっとだけ無茶する。

 まぁ、お前も勝手に戦いに行ったんだ、お相子にしてくれよ。あんな想いをあいつにさせるんだと思うと胸が痛むけど。だが、俺は行く。ただのわがままだとしても、自己満足だとしても。

「うぐっ……」

 一歩歩くたびに体中に激痛が走る。だが、こんな物、マオを失う恐怖に比べればなんてことは無い。病室のドアを開く。

「東城さん、戻ってください」

「綾さん……」

「救急車の中、薄れていく意識の中で、哀浦さんは言いました。『航平はきっと無理するだろうから、その時は絶対に止めて』って。だから、だから、行かせるわけにはいきません」

「ごめんね綾さん、力づくでも、行かせてもらうっ……。変…身…」

「東城さん!無茶です!そんな状態じゃ……」

「わかってるよ。今の俺じゃ、綾さんには絶対にかなわない。だけどね、それでも、動かなきゃいけないんだよ」

「……どうしても、ですか?もう何を言っても無駄なんですか?」

「ああ、無駄だ」

「……、わかりました」

 そう言って、綾はポケットから一枚のカードを取り出す。そこに描かれているモンスターは、

「Death Viridis」マオと契約している、カメレオンのモンスターだ。

「これ……なんで?」

「『なんとしても航平を止めて。だけど、どうしようもなかったら、僕のこのカードを、渡してほしい』哀浦さんにそう言われました」

「マオ……」

「ねぇ、東城さん。もう、止めません。無駄だって、わかりましたから。だから……絶対、勝ってきてくださいね。これから四人で、いっぱい思い出作るんですから。約束ですよ?」

 死亡フラグみたいな発言だが、こちとら恋愛フラグ何百本も折ってきた。そんなもん知ったこっちゃねぇ。

「ああ、わかった。必ず、戻るよ」

「いってらっしゃい」

「いってきます」

 いつか交わしたやりとりを繰り返す。不思議と少し、心が落ち着いた。

 一応、あいつがいそうな場所の見当は付いている。綾がマオを発見したのは、市街地のはずれあたりだった。その付近に潜伏しているかもしれない。ポイントを使い、肉体強化の操作を行う。これで少しは痛みもましなはずだ。身体能力も大幅に上昇している。電車もバスも無いので、この力を使って全力で道を駆ける。

 

「うわぁぁぁぁああっっ!!」

 若い男の絶叫が聞こえる。あいつ、また暴れてるのかっ!

「キシャァァァァアアアッッ!!」

 気色の悪いサソリの鳴き声。

「ああ、足りねぇ足りねぇ。もっと俺をワクワクさせろよっ!」

 憎き敵、麻原荒の声だ。

「来い!ギャラクシーっ!」

 契約モンスターエスペランザギャラクシーを呼び、サソリのモンスターと対峙させる。

「速く逃げろ!」

「あ、ありがとう!」

 男は急いでその場を去っていった。

「くはっ、くはははっっ!こいつはいい。一日に二回も戦えると戦えるとはなぁ。しかし、殺したはずの相手が生きてるというのも俺の美学に反するな。まぁそんなものは無いんだが。くくっ、次こそは、確実にぶっ殺してやるよ」

「この傷は、マオのかたきは、とらせてもらうぞっ!……変身っ!」

「いいねいいねぇその感じ。だからこそ、殺し甲斐があるってもんだ。変……身」


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