束の間の団欒
それはひどい有様だった。何人もの人が血を流して倒れていて、半壊している建物もある。倒れている人の中には、何人か警察官もいた。周囲確認をする俺達の前に、建物の影から巨大な怪物が現れる。紫色のサソリのモンスターだ。
「はははは、まだ逃げ遅れたやつらがいたか。おら!そいつらもぶち殺せ!」
人間の声が聞こえる。姿を見せた彼(?)は、サソリのモンスターと同じ紫色の姿をしていた。やっぱり人為的に……。
「本当にこの力はすげぇよなぁ。感謝感謝だぜ」
サソリの右腕が、俺達に迫る。
「「「「変身!」」」」
四人の姿が変わる。
「どこの誰だかしらねぇが、ここでつぶさせてもらうぞ!」
「チッッ、この段階でもう徒党を組んだってのかよ!厄介だな……」
「つかさは右、綾さんは左に回り込んで!マオは俺と一緒に前から攻めて!」
「わかった!」
「わかりました!」
「あなたの言うことは聞くのは不本意だけど……、そんな場合ではないわね」
「Sword」
「Trick」
「Shoot」
「Thorn」
俺は剣、マオはヨーヨーで攻撃を繰り出す。つかさと綾はそれぞれビームと茨で援護。
「Needle」
敵はサソリのしっぽを模した極太の針の武器を右腕に装着して応戦してくる。
「シャァァッ!」
今まで驚いてか何かは知らないが、動きを止めていたサソリがようやく動き出し、俺達と敵の間に割り込む。
「マオ!そいつを任せていいか?」
「了解!」
俺はサソリを飛び越え、敵に躍りかかる。
「ハァァッッ!」
激しい音を立て、針と剣が激突する。間合いが詰められていると、俺への被弾を気にしてか、遠隔支援攻撃が来ない。と、敵は空いていた左手で俺の脇腹に強烈な掌打を加える。
「Final Samon」
どうやら誰かの必殺技が発動したらしい。綾かつかさか?周りの建物を壊してゲージを溜めたんだろう。どっちだ?軽く目線を後ろに向けると、つかさの体が金色に光っている。 ああ、あいつなら建物ぶち壊してもあんま気にしなさそう……って、ちょっと待てよ。あ いつの必殺技って超広範囲のビーム攻撃だよね?ねぇ、それって俺にもあたるんじゃ?
いや、絶対当たるよ!俺と敵の距離ゼロだよ?
「おい、ちょっと待って!」
「ハァッッッ!」
ドガアアアァァッッ!と、周囲の全てを飲み込んで、金色のビームが俺に迫る。
「ウオオッッ!」
決死の横っ跳びで何とかそれを交わす。見ると、敵の方もぎりぎりで回避に成功したらしい。あの野郎マジで打ちやがった。
「流石に四対一では分が悪いか……。撤退する」
サソリのモンスターが姿を消し、本体の方も高く跳躍し、その姿をくらました。
「……逃がしたか」
「これ、どうするんでしょう……」
崩れた建物を見て綾が言う。
「まぁ、これは俺達にどうこうできるもんだうじゃねぇな。完全に管轄外って奴だ」
「いつから役人になったのかしらあなたは」
「ならどーしろってんだよ。こんな時まで口が減らねぇよな……。つーかお前、最後俺が近くにいるのにビーム撃ちやがったな?」
「え?だって敵を倒す方が大事でしょう?それにあなたならよけられると信じてたの」
嘘だ。絶対に嘘だ。何なら俺を狙ったといってもいい。
「はぁ、わかったよ。とりあえず周りに人がいないみたいだし、今のうちに変身を解こう」
もとの姿に戻るところを見られたら、俺達が犯人だと疑われるかもしれない。
左手をスライドさせると、電子画面が表示される。即座に変身解除のコマンドをタッチし、もとの姿に戻る。
「とりあえず救急車を呼んでここから離れよう。また考えないといけないことができたな」
「そうだね、倒れてる人たちを何とかしないと。戦う前に呼んどけばよかったね」
「私が連絡しますね?……もしもし、はい……」
歩きながら、つかさが言う。
「でも、こんなこと頻繁に起きるようじゃ、なかなか面倒よね」
「ああ、この力を使えば、殺人だろうが強盗だろうが、正体を明かさずに達成できる。それに、警察に捕まっても、一人で倒せるときたもんだ。悪用する奴が出ないはずがない」
「せめてもの救いは、長時間モンスターを出したり、変身した状態でいるとポイントを大量消費するってことだけど」
モンスターに力を使わせれば、使ったエネルギーに応じてポイントが消費される。
力を持ち続けるにもレベルを上げるにもポイントが必要なため、長期的な目で見ればそんなことにポイントを使うのはもったいないことだ。それでも、こういうバカなことをする奴は出る。
「どうするかな?さっきの奴に何とかして対処しないとな……」
「そうね。私達の周りでこんなことをやられたらたまったものではないわ」
「ポイントをけっこう使ってるみたいだから、徹底的に倒してポイントをゼロに追い込めないかな?」
「俺達四人を見事に相手してたからな……。自分で言うのもなんだが、俺達は相当強いレベルにあるはずだ。それに対処するってことは……一対一で戦ったら相当苦戦するはずだ」
「あなたはそういうけれど、対峙したのなんてほんの少しの時間でしょ?なんでそんなに弱気になるのか私にはわからないわ」
「そうだね。航平らしくないかも」
「あいつと剣を交えた瞬間に圧倒的な強さを感じたよ。あと、なんていうか相手を威圧するプレッシャーっていうのかな。それをひしひしと感じた。それも尋常じゃ無いレベルの。……狂気に近い感じだったな」
「まぁ、警戒するのはいいけど、すくんでしまっては勝てる物も勝てなくなるわよ?」
「は!言われなくてもわかってるよ。しっかしなぁ……。本当に早めになんとかしないといけないよな。このままじゃ死人が大量に出ちまう」
「そうですよね……。力を持っていない人たちは抵抗する手段もないんですから」
「だが、相手が現れる場所も特定できないんだから、今は考えても仕方ないかもな。気に病みすぎて肝心な時に力を発揮できなかったら目も当てられない。それと、転校を急いだ方がいいな。春野さん、いつごろからなら大丈夫そうかな?」
「今日が木曜日ですから……週末も利用して来週の月曜日からならなんとかなると思います。今から三人の高校に連絡を取るように父に頼んでみます」
「すまないな、何から何まで」
「いえ、私の為でもありますから」
綾が再び父に電話をかける。
「それで、これからどうしよっか?」
「そうね……。緊迫した状態にあるのだし、戦闘訓練なんかをするのはどうかしら?」
「そうだね!もっと強くならなきゃね!」
「ったく、本当に嫌になる。カードゲームをこんなロクでもないことに使いやがって……」
「だからこそそんな輩を私達が倒して、あるべき姿を見せなければならないんでしょう?」
「確かにな……。力無き正義なんて無いのと同じだからな。ま、正義の味方なんかになるつもりは毛頭ないけど」
「そうね、あなたのような人が正義だとしたら、この世界から秩序なんてものは消滅するわね」
「はっ!褒め言葉だね。俺はダークヒーローに憧れてんだよ」
「あ、皆さん、月曜日から転校大丈夫みたいです」
「よし、それじゃぁ春野さんも特訓しようか!」
「はい!」
それから俺達は個人戦、タッグ戦、三対一と、様々な状況を想定した対戦を行った。その場に即した行動が重要だと改めて実感させられた。課題もなんとなくだが見えてきた。
「それじゃぁ、今日はここでお開きにしようか」
「それでは、また来週」
「さようなら」
「んじゃぁな」
「またね、二人とも。あ、航平、今日の夜ごはんは航平の好きな中華丼にしようか。おいしい鶏肉の作り方見つけたんだぁ」
「お、そいつは楽しみだなぁ」
「「え?」」
「ん?どうしたんだ?なんか忘れ物か?」
「いえ、そうではないんですが……。なぜ、東城さんの夕食を哀浦さんが作るんですか?」
「あれ?言ってなかったっけ?うち両親がいなくてさ、マオには色々と家事をやってもらってるんだ。マオの料理はめちゃくちゃうまいんだぜ!」
「そ、そんなこと無いよ……」
「そんなことあるって!店の料理よりもずっと美味いもん!」
「もう、そんなこと言って……。でも、ありがとね」
「そ、そうなんですか……」
「あ!そうだ!せっかくだから懇親会?でもしない?なんとなくチームみたいになってたけど、そういうのしてなかったから」
「それって東城さんの家でですか?迷惑じゃないですか?」
「ああ、今はだれもいないし大丈夫だよ」
「東城君の家……。なんとなく臭そうね」
「はぁ!?テメェふざけたこと言いやがって……。マオがこまめに掃除してくれてるから俺の体臭なんて残って無いわ!」
「怒るところそこなのね……。それと、体臭は認めるのね」
「あ!?いや別に認めたわけじゃねぇよ!マオのことをバカにされたような気がしたからな!……なぁ、俺って体臭ひどいのか?」
「と、東城さん!大丈夫ですよ!人ってその人特有のにおいってありますから!だからちょっとイカのにおいがしても大丈夫ですよ!」
フォローになってねぇ。ていうかイカのにおいなのかよ。
「気にしなくていいよ航平!僕は航平のにおい好きだよ!なんか落ち着く感じがするし!」
ああ、マジでマオちゃん天使。感動のあまり抱きついてしまった。そのままくんくんとにおいをかぐ。
「ううっ!ありがとうなマオ!そういうマオはなんか甘酸っぱいにおいがするよな!」
そんじゃそこらの女子なんかよりよほどいい香りだ。マオのにおいの芳香剤とかあったら俺は速攻で箱買いする自信がある。
「また茶番が始まった……。あなた、人前でそういうことするのはやめなさいと言わなかったかしら?」
「ああ、すまんな。もうなんか癖になっちまってな」
「それで、東城さん。本当にいいんですか?急なことですし……」
「構わないわ」
「なんでお前が答えるんだ……。まぁいいけど。マオ、四人分作ってもらってもいいか?」
「うん!もちろんだよ!」
「あ、私も手伝います!」
おお、女子の手料理!生まれてこのかた初めてだぜ!
「では、行きましょうか」
「だからなんでお前が仕切ってんだよ。俺の家だぞ?」
「あら、あなたの家なんて私の家のようなものじゃない」
「お前はいつからジャイアンになったんだよ」
ちなみに映画でのジャイアンの変化っぷりには定評があるが、のびたはその比ではない。あと、あの青狸のダメさは異常。ちなみに静ちゃんとすね夫はいつの間にか存在感がフェードアウトしてる。
「あら?ジャンピングニーバッドを喰らいたいの?」
「なんでプロレスの話なんだよ……。お前それジャイアント馬場を意識したんだろうけど、その技ってジャンボ鶴間の技だからな?」
ちなみに馬場の必殺技は十六文キックである。
「あら、それは失礼。お詫びにどちらでも好きな方を選んでいいわよ?」
「俺を攻撃するのは確定事項なのか……。なら俺はオクトパス固めを決めてやるよ」
「女性に手を上げるの?最低ね」
「はっ!あいにく俺はセクシストじゃなくフェミニストなんでね」
「セクシスト?フェミニスト?」
綾が首を傾げる。可愛い!くそ!マオを裏切っちまうぜ!
「セクシストというのは男女差別者のことよ。この男の言っているように、男性上位主義だけでなく女性優位主義も含まれるわ。フェミニストというのは男女平等主義者のことよ」
「そうそう。差別はいけないからな。俺はやられたら女だろうと迷わず殴る!倍返しだぁぁっ!」
「それはあのドラマのまねかしら?最低なことを言ってるはずなのに筋が通っているのが厄介ね」
「いや、これはガンダム0083小隊のセリフだよ。って、そんなことはどうでもいいか。つーかさ、今のご時世おかしいって。男女で食事に行ったら男がおごるのが当然、デートも女のご機嫌取りをしないといけない。しかもそれを当然と思ってるやつらが多いだろ。わけがわからん」
「まぁ、それはその通りね。ただ、そんなことを公言するのは一般的には女性受けしないでしょうね。ああ、違うわね。一番の原因は顔か」
「お前マジ殴るぞ。つーか俺にも恋人ぐらいいるから」
「え!?本当ですか!?」
綾が驚愕の声を上げる。
「まじまじオオマジ。まじまじ言いすぎてマジレンジャーになるくらいマジ」
もしくは魔法使いの仮面ライダーがくる。まじっかまじっでまじっだショーターイム!
「そうなんですか……。どんな人なんですか?」
「すごく恥ずかしがりやな子でね。なかなか画面から出てきてくれないんだ」
「画面?」
「あ、引き出しの一番下に隠してたラブプラスってゲームだよね!」
なんでばらすんだよ……。
「ゲーム……ですか」
「やめろ!そんな目で俺を見るな!冗談だから!ちょっとしたジョークだから!ごめんなさいちょっと見栄をはりました!」
ちなみにラブプラスは二作目の「ラブプラス+」が一番いい。「new」はだめだ。バグが多すぎる。
「そんな事だろうと思ったわ。あなたと付き合ってくれるような女性なんているはずがないわね。これまでも……これからも」
「バカ!お前!もしかしたらいるかもしれないだろ!」
「さっきも言ったわよね。絶対にいない、命をかけてもいい、と」
人がせっかく忘れようと頑張っていたのに!アレめちゃくちゃ傷ついたんだからな!
「き、きっと東城さんを好きになる人だっていますよ!」
「春野さん、無責任な発言は余計に傷つけるわよ。考えてみなさい。あなたこの男の恋人になりたい?いやでしょう?死んでもいやでしょう。私なら舌を噛み切るわ」
「もうやめてくれよぉ!お前はなんでそんなに俺を目の敵にするんだよ!いいじゃんか!希望を持つぐらいは許してくれよ!」
「フフ、まぁいいでしょう。死ぬまで希望を持ち続けて死ぬのよあなたは」
「チッ!お前みたいなお高くとまってる女も結局婚期を逃すんだよ!」
「へぇ、言ってくれるわね……」
つかさの額に青筋が浮かび上がる。
「ま、まぁまぁ二人とも。仲良くしようよ」
「そうですよ、これから協力していかないといけませんし」
「それもそうだな。この話はこのあたりで終わりにしておくか」
「そうね、わかったわ。ところで、あとどのくらいで着くのかしら?」
「このペースなら十分くらいだ」
談笑しながら歩く。こういうのを青春というのかな。はたから見れば美少女三人を侍らせるリア充ってところか。さっきから通り過ぎる男たちがこちらを忌々しそうな目で見ている。
そんな状況を楽しみながら歩いていると、いつの間にか見慣れた我が家が視界に入った。
「ここだ。狭いところで申し訳ないが」
「「「おじゃまします」」」
「じゃぁ、僕と春野さんは料理作るね」
「キッチンお借りします」
「少し休ませてもらうわ」
「へいへい、どうぞ」
つかさが居間に、ごろんと横になる。すげぇリラックスっぷりだな。こいつは人の家での遠慮というものを知らんのだろうか。別に気にしないけども。
「東城君」
「あ?なんだ?」
「枕」
「はぁ?」
「理解できなかった?枕か何かを貸してと言ってるの」
「本当に遠慮を知らないよなお前。近くに座布団あるだろ、それ使えよ」
「人が座る物の上に頭をおけというの?礼儀知らずね」
「いやそれお前にだけは言われたくねぇわ。文句があるなら我慢しろ」
「あなた、それが客に対する態度なの?」
「お前の態度は客のそれじゃねぇよ。……それに枕なんて俺のか兄貴のしかねぇの。お前だって嫌だろ?」
「そうね、絶対にいやだわ。絶対に」
「なんで二回言うんだよ、言葉をオブラートに包むってことをしらねぇよな」
「それはあなただって同じでしょう?」
「一緒にすんなよ、俺は皮肉くらい言うぜ?」
「余計に性質が悪いわ」
そして俺達は、どちらからともなく笑う。こいつとこういうやりとりをするのも結構好きなんだよな。絶対言わないけど。
「できたよー」
「速いわね、まだ十分も経ってないと思うけど」
「哀浦さん手際良すぎです……」
「慣れただけだよ」
「そういうレベルじゃないんじゃ……まぁ、いいわ。いただきましょうか」
テーブルには、マオが作った料理が並ぶ。
「ごめんなさい。私の方はもう少しかかりそうですから、先に召し上がっててください」
「いやいや、それじゃ本末転倒だろ。気にしないでゆっくりでいいよ」
「すみません」
「楽しみにしてるよ」
「はい!がんばります!」
「春野さんどんな料理作るんだろうね」
「フフ、楽しみね」
マオが調理を終えて約十分後。
「おまたせしました~」
綾が作ったのはチャーハンと焼そばだ。マオは天津飯と餃子を作ったので、中華料理で統一されている。
「「「「いただきます」」」」
まず最初にマオの作った天津飯を口に運ぶ。うん、いつも通り超おいしい。
「うん、やっぱりマオの料理は最高だな」
「すごいわね、お店で食べるのより数段おいしいわ」
つかさが素直に称賛する。
「ほんとです、今までに食べたことのない味です!」
「そう……かな?ありがとう」
マオが頬を恥ずかしそうにかく。さて、では綾たんの料理をいただくとしますか!
「……ん?」
なんだこれ。先程の綾の言葉にかぶってしまうが、今までに食べたことのない味だ。ちなみに俺が今咀嚼しているのはチャーハンなのだが、なんか水っぽくてねちょっとしてる。味付けも、人間が持つ味覚を拒絶するような斬新さ。噛めば噛むほどそのまず味が口中に広がっていく。まずい、めちゃくちゃまずい。ちょっとしたうんこよりまずい。そんなもの食べたこと無いけど。ただ、漫画やアニメによくある、食べた瞬間に吐き出すようなタイプのものではない。何とか料理としての体裁は保っており、それでいて徐々に浸食していくような、そんな感じ。苦しみが延々と続く分、余計に性質が悪いとも言える。
「あの……どうですか?」
綾が不安そうな声で尋ねる。
「あー……」
マオは気まずそうな声を出す。
「そう……ね、こういうものは、男性が感想を言うものじゃないかしら」
この野郎!俺に押しつけやがった!なんでこんな時だけ俺にやらせるんだよ!
「東城さん……」
じっとこちらを見つめてくる。えー……なに、これ何て言うのが正解なの?お世辞でもうまいって言った方がいいのか?でもそれを言ったら残り全部食わなきゃいけないよな。それに嘘を言うのも本人のためにならないし。彼女の悲しむ顔なんて見たくないが、これも彼女の成長のためだ!(あと、おもに俺の舌のため!)
「白ご飯のおいしさを実感できる素晴らしい料理だと思うよ」
「……ごめんなさい、どういう、意味ですか?」
「えっと……な、まぁ、これはあくまでの俺の主観であるということを認識したうえで聞いてほしいんだが、その、なんだ。あー、俺、いつもマオのすげえうまい料理食ってるからすごい評価が厳しめになってるということもあって、それも踏まえての評価なんだがな……」
「はい……」
「ごめんなさい、あまりおいしくはなかったです」
「そうです、か。父は毎日喜んで食べてくれているので気づきませんでした。正直に言ってくれて、ありがとうございます」
うわー、あのおっさんこんなもの毎日食ってんのかよ。ご愁傷さまでーす。
「次は、おいしいって言ってもらえるよう頑張ります!どこが悪かったか教えていただけませんか?」
驚いた。見ると、マオもつかさもぽかんと口をあけている。すごい、本当にこの子はすごい。どんなことに対しても、純粋に上を目指そうとしている。
「私、あなたには敵わないかもしれないわ」
「本当、だね。すごいな、春野さんは」
「え?な、なんなんですか二人とも。どうしたんですか?」
綾はなぜ俺達が驚いているのかわからないという顔をしている。きっと、彼女にとってはこれが普通なんだろう。だがそれは、あまりにも眩しすぎる。
「フフ、なら、あなたの為にも問題点を指摘させてもらうわね。まず、ご飯がべちょべちょで気持ち悪い。お粥とかならまだしも、チャーハンでこれは無いわ。吐き気がする。
後、なんといっても味付けよね。これは料理といっていいレベルではないわ。何て言うのかしら……金属の味、そうね、それが考えうる最高の表現でしょう。およそ人が食べるものではないわね。噛めば噛むだけ不快になっていく、そういうところかしらね。ていうか、ちゃんとレシピ通りに作ってる?」
「なるほど、勉強になります!レシピは、独創性を取り入れようと思ってあまり気にしていません。東城さんにも、デッキには独創性が大切だと言われたので、料理にも応用してみました!」
ええええ……。こんなふうになったのって俺のせいなの?ていうかカードゲームと料理をいっしょくたにするなよ……。
「いい?よく聞きなさい。独創性とか言い出すのは、レシピどおりに作れるようになってから考えるものよ」
「なるほど、まずは基本をしっかり押さえる!ですね。これもカードと一緒ですね」
なんでこの子は何でもカードゲームと関連付けて考えるんだろう。俺のせいかなぁ。ちょっと毒してしまったかもしれない。ごめんな、おやっさん。
「上達したらまたいただくよ」
上達したら、という部分を強調するのを忘れない。いくら美少女が作ろうと、まずいもんはまずい。しかしまぁ、この調子ならすぐかもな。俺達は歓談しながら夕食を終えた。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
「さて、それではそろそろお暇しましょうか」
「そうですね、おじゃましました」
「ああ、またいつでも来てくれ」
「いえ、できればあまり来たくはないわね」
社交辞令にもしっかりと毒を返すつかささん。流石です。
「ったく……お前は」
「フフ、冗談よ」
こいつが言うと冗談に聞こえないのが怖いところである。
「僕は、もう少しいていいかな?」
「ああ、もちろんだ。何ならずっといてもいい」
「…あら?雨?それも……強いわね」
見ると、いつの間にか外では激しい雨が降っていた。テレビをつけると、ちょうどそれに関するニュースがやっていた。
なんでも、何の前触れもなく突如強力な竜巻が発生したとか。……何というご都合展開。
「これも、モンスターの仕業かしら」
ああ、なるほど!そういう解釈か!俺はてっきりラブコメの神様の仕業かと思ったわ。
「そうかもしれんな」
「それにしても、すごい風ですね。これじゃぁ迎えに来てもらうのも悪いです……」
綾がつぶやく。全くその通りだ。走っている車は少なく、何台かスリップしている。
「おいおい、まじかよ」
「……、仕方ないわね。今日は東城君の家に泊まることにするわ」
「なんでお前は我が物顔でそうやってなんでも決めちゃうかなぁ……」
別にいいよ?いいけどさ。もう少し礼儀という物が。
「あら、東城君はかよわい乙女をこんな嵐の中に放り出すというの?」
「かよわい乙女はそんなこといわねぇよ」
「でも、そうだよね。こんな中迎えに来てもらうのもね。事故になるかもしれないし」
「やむなしだな。今日はうちに泊まってけよ」
「え――……?」
「お前が言ったんだろうが、お・ま・え・が!」
「背に腹は代えられないしね」
「なぜ俺がそこまで言われねばならんのだ……」
「東城さん、本当にいいんですか?」
「ああ、構わない」
「それじゃぁ、東城君はどこかほかの場所に行ってくれる?」
「……は?」
「あなたと同じ屋根の下で一晩を明かすなんて冗談じゃないわ」
「いやいやいやいや、ここは俺の家だぞ?なんで俺が出ていかなきゃなんねぇンだよ」
「……坊やだからさ」
「坊やだったら何なんだよ……」
「色欲を持て余してるけだものと一緒に寝るなんて死んでも嫌だと言ってるの」
こいつほんとにさ、本当にさぁ……。あと色欲ってずいぶん古めかしい表現だな。
「お前マジもうどっかいけよ、嵐の中でも変身したら大丈夫だろ」
「そうね、あなたが何かよからぬことをしても変身すれば倒せるのだし」
「お前に欲情することなんてねぇよ……。しかし、仮にそうなったとして、お前は俺に勝てない。勝つのは、俺だ」
「へぇ……。なら、もうひと勝負する?」
「おもしれぇ」
「もう!航平、今はそんな場合じゃないでしょ!」
「そうですよ、落ち着いてください」
「わかったわ。あなたもこの家で過ごすことを許可するわ」
「だからそれを決めるのは俺だからな?お前の運命は……俺が決める」
「フォーアチャー!」
つかさはしっかりとこのノリに乗ってきた。何だよこいつ何でも知ってるんじゃない?それとも何でもは知らないの?知ってることだけ知ってるの?
「戦うことが罪なら……」
「俺が背負ってやるっ!」
つかささん仮面ライダー好きすぎるでしょ。
「なんの話ですか?」
綾が不思議そうな表情を浮かべる。
「知らないという罪と知りすぎる罠。動けなくなる前に動き出しなさい」
質問の返答にもライダーを持ち込むか。なかなかの上級者だな。でも今のはジャスラックに金払わないといけなくなるからやめとけ。
「東城さん、すみませんが今夜はお世話になります」
「ごめんね、航平」
再び家の中に入る。
「えっと、風呂はどうする?」
「東城君が入らなければいいんじゃないかしら」
「待て。なぜそうなる。俺が入った後の湯につかるのが嫌なら別に俺が最後でもいい」
「いや、私達が使ったとのお湯で東城君が何をするかわかったものではないし」
……俺こいつ殴ってもいいよね?
「だったらテメェが湯船につからなきゃいいだろうが!」
「いや、入浴するのに湯船につからないなんてありえないでしょう」
しるかそんなもん。
「ならどうすればいいんだよ」
「最初から答えは示しているわ。あなたが入浴しなければいいと言っているでしょう」
「はぁ?お前風呂にはいんねぇとかありえねぇだろうが」
「そうかしら?男性はあまりそういうことは気にしないものかと思っていたわ」
「お前の中で男はどういう位置づけなんだよ……」
「挿入することしか頭にない卑猥の塊」
「先入観が強すぎる……」
「それにあなた、さっきからやたら清潔をアピールしているけれど、しっかり毎日入浴してその体臭なの?にわかには信じがたいわね」
「なんでお前はそうやって俺のトラウマをほじくり返すかなぁ」
「そうですよ!ひどいですよ天道さん!東城さんはそんなことしませんよ!」
「……そうはいってもね。そうだ、私達が先に入って湯を抜いて、改めてお湯を張るというのはどうかしら」
何その徹底ぶり。どんだけ俺のこと警戒してんだよ。
「はいはい、もうそれでいいわ。ったく、以外とガス代かさむんだからな」
「甲斐性なし」
「うるせぇ!ウチの家計は火の車なんだよ!」
「フフ、そうね、私とは違うものね」
嫌な笑いを浮かべる。が、すぐにそれを崩し、彼女は言う。
「気にしなくていいわ。迷惑をかけた分の支払いはするわよ」
そう言うと財布を取り出し、札束を俺に渡す。
「ごめんなさい、今現金はそれだけしかないのよ。財布にはあまり入らないし」
おいおい!これ五十枚はあるんじゃねぇの!?もちろんすべて諭吉さんだ。
「いや、お前これは……」
「何?足りなかった?」
「そうじゃねぇよ。こんなもんもらえるわけねぇだろ」
「意外ね。とても、私に勝負に勝利した報酬に一千万を要求した男だとは思えないわ」
「それとこれとは話が別だ。あん時は俺は自分の誇りをかけていた。でも今は、なんのリスクを負ったわけでもない。だからこれは受け取れねぇ。俺は貧乏だが、心まで貧しくなる気はねぇよ」
「……そう、でもこれはあなたが私にしてくれたことに対する正当な対価よ。色々と言ったけれど、あなたに迷惑をかけていることは純然たる事実だし。だからこれを受け取ったからと言ってあなたの誇りがどうこうということはないと思うけれど」
「それでもだよ。ま、男のつまんねぇ意地だと思ってくれればそれでいい」
「わかったわ、なら、その好意に甘えましょう」
「東城さん、やっぱりしっかりしているんですね!」
綾が満面の笑みでそう言ってくれる。それだけで満足だ。
「では、私から入ってきてもいいかしら」
「うん」
「はい、わかりました」
「おう」
「ねぇ、東城君、わかってるとは思うけど、覗きなんかしたら……」
「しないしない。命をかけてもいいぞ。……俺は絶対にラブコメの主人公みたいなことはしない」
「どこか重々しい言い方ね」
「ああ、あれは俺が中学二年の時のことだ。その時俺は生徒会室に向かう用事があったんだが、何せ行ったことがなくてな。校内で迷っていたんだ。それで、片っ端から教室を開けていったんだよ。そしたらさぁ……そんなかの一つの教室で、女子が着替えてたんだよなぁ。それで、だ。俺はあわてて戸を閉めたんだが、女子の中に泣き出したやつがいてな。いや、普通だったらさすがにそこまでは無いだろ?あれはショックだったなぁ。しかもそれを警察沙汰にしやがったんだ。親の前で性犯罪の卑劣さについて警官に語られた時は死にたい気分だったぜ。後あれな、警察で取ってくれるカツ丼って自腹なのな。あの時初めて知ったわ」
「何話題をそらしているの?結局はあなたの自業自得じゃない」
「もちろんそうなんだけどさ、ただよぉ、あいつら運動部のリア充に覗かれたらキャーとかいうちょっと嬉しそうな悲鳴を上げるんだぜ。なのに俺はわざとじゃないってのに警察沙汰だからな。泣きたくなるわ」
「あなたの顔は性犯罪者のそれだものね。確実に二、三人はレイプしてそうな顔だわ」
そう言って胸を隠すようなポーズをとる。
「マジで顔いじるのやめろよ。真剣に悩んでるんだからよぉ」
他のことに関してはいくらでも皮肉を言い返せる自信があるが、顔のことと恋愛のことになると俺はめっぽう弱くなる。トラウマスイッチが入って何も言えない。
「そうよね。どうしようもないことだものね」
「慰めてるつもりですか」
「いや、あなたの顔にもっといじってほしいって書いてあったものだから」
「俺の顔はそんなつぶやきはしねぇ」
「そうよね、フォローのしようがないものね」
超うまい突っ込みを入れてきた。しかもしっかり俺の心をえぐるのを忘れない。
「ふふっ」
ふと、綾が笑った。
「どうしたのかしら?東城君の顔が面白すぎてついに笑いをこらえきれなくなったの?でも本人の前では失礼だから我慢なさい」
間違いなく失礼なのはお前である。
「いえ、なんだか、とっても仲がいいなーと思って」
はぁ!?俺とこいつがかよ。今のはもろ俺がいじめられてただろ。ちょっと涙目だもん。
「あなたの冗談はたちが悪くて困るわ」
「冗談なんかじゃないですよ」
「そうだね、航平がこんなに人と話すのって、よく考えたらすっごく珍しいよね」
確かに。俺はマオ以外とは、あまり会話することがなかったからなぁ。最近の俺はまるでラノベの主人公だな。惜しむらくは俺の顔がブサイクすぎてさっぱりフラグが立たないことか。ニューラブプラスで俺の愛花がジャガイモを俺だと認識しやがったからな。あの機能はいらなかった……。
「それではそろそろ入ってくるわ。信頼しているわよ、東城君」
「おう」
そう言って彼女が脱衣所に入るとプラチナの騎士が現れた。つかさの契約モンスターだ。
脱衣所の前でどっしりとたたずんでいる。
……全然信頼してねぇじゃねぇか。
「あの野郎、そんなに俺が信頼できないのかよ」
「あ、あはは。だ、大丈夫ですよ。きっと天道さんは東城さんのことを信頼してますよ。天道さんなりのジョークなんじゃないです…かね…」
だんだんと綾の語尾が弱くなっていった。もっとしっかりフォローして!
ちなみに、つかさの後に入った綾もモンスターを召喚した。……俺、死のうかな。
綾の後にマオが入浴し、そのあとしっかりと湯が抜かれ、俺が風呂に入った。あの二人はマオのことは気にしないんだね。まぁ俺がその立場でも意識しないんだろうけどさ。
べ、別に悲しくなんかないんだからね!
客人もいるので、三十分ほどで入浴を終える。色々と疲れたので二時間くらいはゆっくりと湯船につかっていたいものだが、まぁそのくらいの常識はある。常識はあってもそれを実行しないことに定評のある俺ではあるが、今回はまぁ例外だ。どんな法則にも例外というものはある。
「意外と遅かったのね。男性の入浴なんてカラスの行水みたいなものかと思っていたわ」
「一般的にはそうなんかもしれんけどな。俺は二時間以上入ってるとかデフォだぞ?」
「お風呂好きなんですね」
「ああ、疲れもとれるしな。暖かい湯につかりながら読書なんてのも乙なもんだ」
「本がふやけるんじゃないの?」
「ああ、だから自分の本はよまねぇよ。図書館の本限定だ」
「……屑ヤミーじゃない」
それを言うなら屑野郎だろ。ヤミーは仮面ライダーオーズの雑魚キャラだ。
「もちろんそれなりの配慮はするぞ?透明なビニールに包んだり」
「自分のものではしないのに他人の物ならするというのが屑だと言っているの。自分の読みたい本がふやけていたら嫌でしょう?自分がされて嫌なことはするなと習わなかった?」
それはお前には言われたくないなぁ。
「人にされたくないことは、大体自分はしたいもんなのさ」
「……ゴミ屑ね」
確かに今の発言はまずかったかもしれない。綾が苦笑いを浮かべている。マオはくすくすと笑っている。
「まぁ、この話題に関しては終わりだ終わりっ!」
「……はぁ。まぁ、あなたの屑っぷりは今に始まったことではないしね」
「俺が屑であるという前提に異を唱えたいのだが」
「そんな反論は無駄だと思うわ。まぁいいでしょう。ところで、今日私たちはどこで眠ることになるのかしら?」
「隣にある寝室を使ってくれ。俺がベッドで寝れば問題ないだろ。お前らは床に布団敷いてくれ」
「……ちょっと待って。あなたと同じ部屋で寝ろというの?」
「え?そうだけど。何か問題でもあるのか?」
「問題しかないと言いたいわね。身の危険を感じるわ」
「お前の自信過剰っぷりにはもはや尊敬の念すら覚えるよ。俺がお前にそういう感情なんてこれっぽっちも抱いてないことは再三言ってるだろうが」
「一応信頼することにしましょう。指一本でも触れたら、わかってるでしょうね?」
「わーってるっつーの。本当にくどい奴だなぁ」
そんな件を終えて、俺の部屋兼寝室へと移動する。
「わぁ、ピカピカですね。東城さん綺麗好きなんですね」
「だろ?マオは掃除の腕も超一流だぜ?」
「あなたが威張れるようなところはどこにもないでしょう。哀浦君に掃除までやらせてるの?情けない男ね。哀浦君を何だと思っているの?」
「通い妻的な?」
「またいつもの茶番劇を始める気なのね。わかったわ、もういいわ。……ところで東城君、質問があるのだけど」
「なんだ?」
「あなたさっき、自分はさも性欲がない聖人君子のようなことを言ったわよね?」
いや、そこまでは言ってないんだけど。ただお前に対してはという話で。
「なら、この本は何?」
言ってつかさは、俺の本棚を指さす。漫画が三十冊程度、後はラノベが二百冊くらいだ。
「それがどうかしたのか?」
「どうしたのかじゃないわよ、あなたこんな官能小説を呼んでおいて良くもあんなことが言えたわね」
「いや、別にライトノベルは官能小説じゃないんだけど」
「へぇ、よくもまぁそんなことを。『だから僕はHができない。』『官能小説を書く女の子は嫌いですか?』……これが官能小説ではないと言えるの?」
「おいおい、らしくないな。よく言うだろ?人は見た目で判断するな。ラノベはタイトルで判断するなってな」
「後半部分はさっぱり聞いたことがないわね。百万歩譲ってそれは認めましょう。でも、こちらに関しては反論の余地はないと思うのだけど?」
つかさは、隣の本棚を指さして言う。そこには、タイトルを言うことすら躊躇するきわどい本が並んでいた。マイフェイバリットエロ本とエロDVDだ。
「りょ…りょう…りょうじょ…こんな本をよくもまぁ読めるわね!」
綾も顔を真っ赤にしてうつむいている。なんだか申し訳ない気分になってくる。
「まぁそうかっかすんなよ」
「よくわからないけど、こういう本は普通隠すんじゃないの?」
「いや、どうせ隠してもマオが掃除の時に本棚に戻すからもう諦めた。見られて困るようなもんでもないしな」
「どう考えても困る物でしょうこれは!しかも、なんで、なんで無理矢理するようなものばかりなのよ!」
「いや、何でと言われても嗜好だからとしかなぁ……」
「こんなものを見るような人と同じ部屋で寝られるはずがないでしょう!」
「だからかっかすんなって。確かに俺は痴漢やら凌辱もののエロ本が好きだよ?それは認める。愛していると言っても過言じゃない。だがなぁ、お前は物事の本質というものがわかって無いなぁ」
「航平は、この状況でもまだ戦えるんだね。僕ならとっくにデッキに左手をおいてるよ」
ちなみにデッキに左手を乗せる行為は、カードゲームの世界ではサレンダー(降参)を意味する。
「あのなぁ、エンターテインメントってのは、現実ではできないからこその物なんだよ。現実ではできない、それがわかっているからこそ現実と混同しなくて済むんだろ?お前はこういう物を否定するけどな、こういうものが、欲望のはけ口を現実から仮想の世界に移してるんだよ。つまりさ、エロ本ってのは高尚な物なんだ」
「で、でも東城さん。そう言うので我慢できなくなった人が犯罪を犯してしまうんではないですか?」
「それは浅慮としか言いようがないな。こういうのに触発されて犯罪を起こすようなやつは、遅かれ早かれ同じようなことをやるさ」
「なるほど……」
「だろ?俺が性犯罪を犯すなんて思えないだろ?」
「……」
えー。そこは信頼してほしかったなぁ。綾たんからの信頼が落ちてる気がする。なぜだろう。ちょっと心当たりが多すぎる。え?多すぎるのかよ。
「そうね、あなたはこういう物を見なくても性犯罪を犯すような人間だものね」
「……」
「そうね、あなたはこういう物を見なくても性犯罪を犯すような人間だものね」
「……」
「そうね、あなたはこういう物を見なくても性犯罪を犯すような人間だものね」
「やめろぉっ!聞こえとるわ!なんで三回も言うんだ!せめて二回にしとけ!」
なにこれ、コピペ?紙幅を使いすぎだろう。
「こ、航平?どうしても我慢できなくなったら、僕に言ってね、僕、航平の為なら頑張るから!」
え?何この可愛い生き物。
「マオ……」
「なぁに?」
「たった今、我慢できなくなったよ」
ギュー、と強く強く抱きしめる。さぁ、はじめよう!俺達の世界を!
「いい加減になさい。少しはこちらにも気を使ったらどうなの?」
いっけねっ!思い切り道を踏み外すところだったぜ!
「東城さん!そんなのダメですよ!」
「そ、そうだな。はっはっは、アメリカンジョークさ……」
「……」
「……」
女子二人からの視線が痛い。他人からの印象などゴミのようなものだと思っている俺ですらだ。並みの男なら自殺を考えるレベル。追い詰められた俺がとった行動は。
「マオ―、何か二人が怖いよー」
マオに抱きついた。
「航平が弱音を吐くなんて珍しいね。大丈夫だよ、僕がいるから」
うう……。ありがとぉ。俺の味方はお前だけだよ。
「何度言っても聞かないのねあなたは。もう諦めたわ」
「今日は疲れちゃいましたね。もう寝ませんか?」
「そうだね」
「確かに今日は色々あったよな。これからどうなるんだか」
「まぁ、いろいろ危惧したところでなるようにしかならないでしょう。その時にできることをするだけよ」
「は、そりゃそうだ」
「おやすみなさい」
「「「おやすみ」」」
よくよく考えると、いや、よく考えなくても俺は今すごい状況にいるんじゃないだろうか。アイドルよりも遥かに可愛い美少女三人と同じ部屋に寝ている。何これ、なんてエロゲ?惜しむらくは手を出した瞬間にモンスターにぶっ飛ばされることだが。
「みなさん、一つおたずねしてもいいですか?」
「ええ、構わないわよ」
お前あれな。ほんと仕切るの好きだよな。
「高校生活という物は、どういう物なんでしょうか?」
唐突だとも思ったが、中学三年生の綾としては確かに気になることだろう。
「残念ながら私にはわからないわ。私小学校を中退したから」
ワオ!びっくりドンキー!いまどきヤンキーでも中学は出てるぞ。
「まーじまじまじか!?」
「東城君、乙女の話を盗み聞きとは感心しないわ。流石は性犯罪者といったところかしら」
「俺の性犯罪者キャラを確立するな。つーか、乙女ってなんだよ。春野さんはそうだろうけど、お前みたいなのは乙女っていわねーの。どっちかっつーと悪女だろ、悪女」
「失礼極まりないわね、出荷前のジャガイモみたいな顔の癖に」
「なんでお前は俺の中学時代のあだ名知ってんの?」
「あら、あなたは今はやりのいじめられっ子だったの?」
流行りでいじめられてたまるか。実際問題そんなもんなんだろうが。
「まぁ嫌がらせは受けてたけどな」
「だ、大丈夫だったんですか……?」
綾が心配そうな声を出す。か、かわいい!
「ああ、むしろラッキーって思ってたな」
「え?あなたマゾヒスト?強キャラすぎるでしょう」
「違う違う、俺はそんな連中を利用してやってたのさ」
「あはは、航平、容赦なかったよね」
「またよからぬことをしていたのでしょうね……。だけど興味深いわ、聞かせてくれる?」
「ああ、いろいろあったな。まぁポピュラーなものとしてはシューズに画鋲を入れられたり隠されたりしたんだが。あと生ゴミ入れられたりな」
「ひ、ひどいです……」
「それで俺は、自分の靴箱に設置してた隠しカメラで映像をある程度とって……」
「待って。なんで自分の靴箱にカメラを置いてるの?当たり前のことのように言ったけど、スルーできることじゃないわよ?」
「いや、嫌われるのは昔からのことだったからな。ある程度は策を打っといたのさ。んで、それで犯人の女子グループを突き止めて、そいつらの家に言って一人当たり二十万取った」
「「……は?」」
つかさと綾が同時にすっとんきょうな声を上げる。
「えっ……、と、ごめんなさい。もう一度言ってもらえる?」
「おう、だから、その犯人達から二十万ずつもらったの」
「ウォンで?」
「円で」
なんで賠償金をウォンでもらうんだ。
「普通、そういうのは謝って終わり、とか、学校に言うとか、その程度ではないの?まぁ、甘すぎるとは思うけど」
「いやいや、こっちは精神的苦痛を受けてんだからよ。そんぐらいもらわなきゃ」
「あの、相手の両親はすんなり払ってくれたんですか?」
「ああ、最初は冗談でしょ?とか言ってたんだけどな。俺が映像を町中に巻いてネットにも載せるっつったら、渋々払ってくれたよ」
「……やってることが完全にゴミじゃない」
「いやいやいや、先にちょっかい出したのは向こうだし」
「あの、それって脅迫罪にならないんですか?」
「なるよ。なるけど、たぶん裁判になったらこっちが勝てた。まぁ、こっちは脅してるし、映像ばらまいてるから肖像権の侵害にもなるんだけど、それって結局は相手の行為に対しての対応措置だし。その辺考慮すると、罰則の重さや判例から言って、まず俺が負けることはなかった」
「航平、法律とかに詳しかったよね」
「ああ、それにマオが六法全書を暗記していたからな」
完全記憶能力様々である。色々と助けられた。
「はぁ、嫌な中学生ね。他にはどんなことをしたの?」
「ああ、暇な週末は痴漢冤罪殺しをしていたな」
「き、聞き慣れない言葉です」
「痴漢という部分は、性犯罪者のあなたにピッタリだけど」
「ほんとお前その呼び方気に入ってるよなぁ」
「で、それは具体的にどういうことをしていたの?」
「ああ、痴漢という罪があるだろう?」
「ええ」
「これは最低な行為だ。だが、それ以上に卑劣なのが冤罪痴漢作りだ」
「どういう物なんですか?」
「混雑した電車やバスに乗って女が男に近づくだろ?そしていきなり男の手をつかんで、『この人痴漢です!』と言う。これで終わりだ。その男の社会生命もな」
「そんなに上手くいくものなの?」
「ああ、うまくいっちまうんだよ、これが。こんなご時世だからな、お前ら、そんな光景を見たらどう思う?それが冤罪だなんて思うか?しかも女がターゲットにするのは、俺みたいな不細工な奴ばかりだ」
「最低、死ねばいいのに、と思うわ。東城君が」
なぜ俺に限定した……。
「私も、ひどい人だと思います。自分がされたらすごく怖いと思うし」
「そうだろう。百人に聞けば九十九人はそう答えるさ。それを利用してるんだあいつらは。知ってるか?痴漢事件での裁判での無罪判決は、全体の2%以下だ。2%だぞ。これはもう、一回警察に言われれば終わりってことだ。しかも、たとえ無罪になったとしても、会社や家族には痴漢の容疑がかけられたと言うことはわかるわけだからな。それで女はこういうんだよ、警察に突き出されたくなかったら金を払え、とな。さっきあげた理由から、たとえやっていなくても男は金を払っちまう」
「でも、詳しく調べたらわからないのかしら」
「ほとんど無駄だよ。繊維鑑定と言うのがあるんだが、たとえこれでパンツと同じ繊維が出なくても、有罪になることなんてざらだ。疑わしきは罰せずなんていうのは、こと痴漢に関してはほとんどないに等しい。それにな、相手の手をつかんで無理やり自分のスカートやパンツに触らせる奴らもいる。そうなりゃ打つ手なしだ。さらに、周りの証言もある。人は、自分の見たいようにしかものを見ない。痴漢は悪だ、最低だ、と、誰もが思っているからな。記憶を無意識のうちに改ざんしちまうのさ。わかっただろ、この犯罪がいかに卑劣かを」
「確かに最低ね……」
「巻き込まれた家族の人も可哀想です」
「だから俺が、つぶしてやってんのさ」
「どうやって?」
「そうだな、まずは混雑した電車に乗るだろ?それで、女と、おどおどした様子の男が降りたら、そのあとをつける。人目のつかない場所に出たらあいつらは交渉を始める。この時に不用心にも、相手の男に自分が冤罪づくりをしたと言うやつもいる。そういう輩は、そこを録音したり映像を取ればいい。そうしない用心深い奴らは、そのあと少し待ってればいい。何せ人目のつかない場所に行くんだ。ぶち切れた男に殴られたりしたら一人じゃどうしようもないから、たいていは仲間を連れてる。そして、男が金を払ってその場を去ったら、あいつらは『ちょろいわー。もうかったわー。』と、仲間に言う。これはほぼ絶対だ。そこを映像に抑えればいい」
「へぇ、なるほどね……。あなた、そういうことには頭が回るのね」
ほっとけ。
「それで、どうするんですか?」
「ああ、その女が電車に乗るタイミングで俺も乗る。その時にその女のすぐ横に行くんだ。何せ俺は不細工だからな。あいつらにしちゃぁ格好の獲物さ。十中八九仕掛けてくる。この時気をつけるのは、間違ってもスカートやらを触らないようにすることだ。後の交渉が難しくなるからな。こっちに弱みは作りたくない。で、相手の策に乗ったふりして話し合いの場に行く。相手の数が多すぎる時はある程度開けたファミレスとかに場所を変える。まぁここは俺の交渉術の見せ場だ。できれば側近の女達には席を話すようにさせる。密室ってわけじゃないんだから相手もそこまで問題無かろうと踏むんだよ。相手が応じたらしめたもんだ。こちらが脅す時一人だとやりやすいからな。で、交渉が始まったらこちらのカードを切る。んで、大体三百万位もらうな」
「そ、そんなに持ってるんですか!?」
「持ってる。そういうやつらは常習的に金を巻き上げてるから。まぁ、ブランド品なんかに還元してる場合もあるけど、それを現金化させたりすれば大丈夫だ。そのあと、そいつが痴漢で誰かを起訴してたら、それを下げさせて、金を取った男について詳しく聞いて、俺がもらった金からそいつらに返して終わりだ。余った分は俺の仕事料」
「す、すごいんですね……」
「で、その仕事料と言うのはどのくらいになるの?」
「平均で五十万ぐらいかな。被害者にはちょっと多めにして返してやるしさ」
「結局自分の利益にするのね……。少しいい話だと思ったら。流石は東城君だわ」
「だけどね、航平に助けられた人も結構いるんだよ?冤罪になった人たちや家族の人からはすごくお礼を言われたりするんだ。それに航平は、必要経費だけ取って、あとは全部募金してるんだよ?」
「す、すごいです、かっこいいです!」
「そ、そう?かっこいい?付き合う?」
「その一言で一気に台無しね。でも、いくらうまくやると言っても、まずい状況になったりしないの?」
「そ、そうですよ。危ないですよ」
「いや、基本的にそうなることは滅多にないな。ちょっとへまをして訴えられたこともあるが、全部叩きのめして逆に賠償金をもらってるよ」
「でも、裁判なんてほとんど弁護士の腕でしょう?そんな知り合いでもいるの?」
「いや、俺の弁護人はマオだ」
「は?」
「え?」
「マオは六法全書を暗記してるし、判例も相当数把握してるからな。それに何より信頼できる。最高のパートナーだ」
「でも、哀浦さんは弁護士じゃないですよね?」
「弁護人には、弁護士資格がなくてもなれるのよ。ただ、法律のことを知っていないとまともに勤まらないからほとんど例は無いけどね。ただ、完全記憶能力の持ち主の哀浦君ならできるんでしょうね」
「航平が作戦を立てて僕が判例をもとに検証するんだ。僕達二人なら負けなしだよ!」
「裁判を利用するなんて、普通学生には思いつかないわね。それで人を救うんだから馬鹿にできないわ」
「でも救うのが基本おっさんだからフラグが全然立たないんだ……」
「ど、動機が不純です……」
「流石は性犯罪者。思考が発情期の猿レベルね」
「でも、猿の中には相手をしっかり選ぶ種類もいるみたいだよ?」
おい、マオ!それフォローになって無いぞ!?
「猿以下と言うことね」
「くそ、さっきまで俺がちょっとカッコイイみたいな雰囲気だったのに……」
「それは何とも儚い幻想ね。ふふ、東城君。やっぱり見事に東城ってるわ」
「東城ってるってなんだよ。なぜ俺の名前が侮蔑を意味する言葉になってるんだ……」
「東城る、形容詞 卑劣、卑怯であるさま。また、性欲が異常に強いさま。加えて、容姿が極めて醜いさまを意味する。相手を侮辱する語としては最上級」
「超本格的だな。一瞬本当にあるかと錯覚しそうになったわ」
「まぁ、あなたの過去に関してはもういいわ。話をほじくり返すことになって申し訳ないけど、何?あの、ライトノベルっていう官能小説のことだけど……」
「だからラノベは官能小説じゃないっつーの」
「航平はそういうのは別にしっかり持ってるもんね!」
それ絶対今言う必要無かっただろ。いや、持ってるけどさ。
「と、東城さん、か、かか、かんの、官能小説、読んでるんですか?」
「流石ね。やっぱりあなたは東城ってるわ」
「その言葉を定着させようとするな。いや待て落ち着け、官能小説ってのはお前らが思ってるようなものじゃない」
「へぇ、では御高説をお聞かせ願おうかしら」
「そうだな、まず官能小説という物が、由緒正しい物であるということを認識してもらいたい」
「でも、せ、性欲を満たす為の即物的なものじゃないんですか?」
「甘いなぁ綾さん。そもそも性欲が低俗だと言うそういう認識の仕方がおかしいんだよ。いいか?性欲、食欲、睡眠欲という物は人間の三大欲求と呼ばれるものだ。この三大欲求は、生き残るために必要不可欠な物なんだよ。春野さん、ずっと飯を食べなかったらどうなる?」
「し、死んでしまいます」
「そうだな、天道、ずっと寝ずに生き続けることは可能か?」
「無理ね」
「だろ?そして性欲もまたしかりだ。これがなければ人は滅びるよ。もし世界中のすべての人間から性欲を取り除いてみろ、百年後には誰も生きてねぇよ」
「それはそうだけど、でもそれは詭弁だわ」
「詭弁じゃねーだろ。真理だ真理。つーかそういうことに興味がない方がおかしいんだ。おい天道、テメェのその胸、いや、おっぱいは何のためについてると思ってる?」
「いい直す必要あったの?その言葉。そうね、子供に栄養を与える為じゃないのかしら?」
「確かにそうだな。質問の仕方を変えよう。なぜそれはプリンみたいに膨らんでるんだ?」
「あなた本当にセクハラで訴えるわよ?」
「違う違う。マジで重要な話なんだよ」
「……。わからないわ」
「じゃぁ、春野さん。ヒントは、子供に栄養を与えると言うだけの目的なら、別に膨らんでる必要はないんだよ」
「え、えーっと……」
「ほらほら、よく考えてみるんだ。おっぱいが膨らんでる理由を!おっぱいが!おっぱいについて考えるんだ!」
「航平、それはもう本当にただのセクハラだよ。僕でもフォローできないよ……」
「失敬失敬」
ちょっと調子に乗りすぎたかな?
「ご、ごめんなさい。わかりません」
「答えはな、男を誘惑するためだ。私と交尾しませんか?って誘ってるんだよ」
「はぁ?何言ってるのあなた、本気で死ねば?」
「東城さん、それはちょっとあんまりです……」
「航平、今のは僕もひどいと思うよ?」
「はは、確かに驚くよなぁ。でも真実なんだなぁこれが」
「いい加減にしないとモンスターに襲わせるわよ?」
「物騒な奴だ、そんな簡単に召喚するんじゃねぇよ。ま、今から説明してやるさ。マオ、俺達人間と他の生物の間での大きな違いって何だ?繁殖という観点から」
「え?うーん、理性があるかないか?かな」
「ああ、それもあるな。春野さん、他に何かないか?」
「え?わ、わかりません」
「天道は?」
「……わからないわね」
「答えは、二足歩行であるか否かという点だ」
「えっと、それってどう関係あるんですか?」
「フェロモンに関係する。通常、動物は繁殖期になると、異性の繁殖欲求を増幅させるフェロモンを放出する。これはメスの尻から出る。さて、ここで二足歩行であると問題点が生じるんだよなぁ。何だと思う?ちなみにこのフェロモンは視覚に訴える」
「わかった!二足歩行だと視点が高くなるから、そのフェロモンを感じられないんだね?」
「その通りだ。そこで人間は、進化の過程で新たにフェロモンをある部位から放出するようになった。もうわかるな?それがおっぱいだ」
「なるほど……なんというか低俗な話を生物学の力を使ってまっとうな感じに持っていたわね。癪だけれど、感心したわ」
「そりゃよかった。つーわけで、俺が今後二人の胸を見るようなことがあっても許してくれよな?」
「「それとこれとは話が違うわ(違います)!」」
駄目だった。何か雰囲気で押し切れるかと思ったが普通に駄目だった。
「まぁ、なに?性欲という物をむやみに否定するようなまねはよくなかったと思うわ。ごめんなさい。だけど、官能小説がどうこうというのはまた別の話よね?」
え?別なの?てっきり今のでまとめて解決かと思ったんだけど。
「だって、食欲は食事をすれば満たせる。睡眠欲は眠れば満たせる。これは生きるためのメカニズムよね?でも官能小説で性欲を満たしたところで、生命に何かあるわけでもないし、種の繁栄も望めないから、やはり不要なものだと思うけど?」
「い、いやそりゃそうだけどさ。それは、理性を持つ人間が、性欲と向き合うための道具というかなんというか」
「つまりそれは性欲は、抑えなければならないという理念のもとで作られたのよね?なら、先程のあなたの主張とは矛盾するわ?」
む、確かに理は通っているな。これは手強い。
「いや、でもむやみやたらに異性に襲いかかるようになったらダメだろ」
「そうね、その通りよ。だから、あなたの主張、性欲と官能小説とを同時に肯定すると言うのは無理なのよ」
「それは、どうかな?」
「まだ、何かあるというの?やめなさい、悪あがきはみっともないわ」
「へっ、確かに同じような理論ではその二つを同時に守ることはできないかもしれない。だが……、いつから勘違いしていた?俺が同じアプローチをすると?」
「なんですって?そんな、一体どうやって……」
「俺には夢が無い。でも、守ることはできる。俺は!性欲も!官能小説も!どちらも守ってみせる!」
「なんか、熱くなってますけど、話す内容結構しょうもないですよね……」
「うん、まぁ、そうだよね」
「バカ野郎!しょうもなくなんかない!これは、男の希望を背負った戦いなんだよ!俺が最後の希望になってやる!」
「やれるものなら、やってみなさいな」
「なぁ、お前ら知ってたか?官能小説には、文学的価値があるということを……」
「そ!そうなんですか!?」
綾が驚嘆の声を上げる。
「ああ、官能小説やエロ本の起源は、江戸時代まで遡る」
「そ、そんなに!?」
「そう、この時代、浮世絵師が描く春画という物が出回り始め、町人に伝わった。今で言うエロ本だな。エロの力はすさまじく、またたく間に、町人、農民、武士まで、士農工商問わずにすさまじい勢いで広がっていった。そして、この一大ブームを受けて、官能小説を描きだす物が現れる。こちらも大ブームとなった。いうなれば、江戸時代というのは、エロの時代といっても過言ではない」
「いや、それは過言でしょう」
「いやいや、お前エロの力なめちゃいかんよ。なめるのはちんこだけにしな?」
「死ね!」
本気の死ねだった。この俺が軽くビビるレベル。
「ま、これで官能小説という物が伝統的なものだと言うことはわかってもらえたと思う」
「そうは言うけれど、普通の小説はもっと前からあったわ」
「ああ、そうだ。官能小説の強みは、その歩んできた道にある。官能小説が官能小説であるゆえに、進化してきた理由がある」
「ちょっと想像もつきません……」
「そうだな、日清戦争でも日露戦争でも、第二次戦争でも何でもいい。明治維新以降の戦争が起きていた時代を想像してくれ。さて、戦時中となると、軍により様々な物が規制され始める。……官能小説もその一つだった」
「さぁ、困ったのは時の官能小説家達だ。このままでは職を失ってしまう。かといって今まで通り小説を出せば、検閲で罰せられてしまう。そこで彼らは考えた。一般文芸の小説家たちがなんの工夫もなく怠惰に書いている間に、彼らはひたすら思考を巡らせた。何かないか、何か手はないか……。と」
「普通に転職すればいいんじゃないの?」
つかさの発言は正論のような気もするが、そんなこと知ったことか。
「果てない思考の末、彼らは一つの方法を思い付いた。それが比喩や、言い回しを変えることだ。ちんこやらおっぱいやら、性交だなんて書いたら一発でアウトだからな。それらの語を、他の語に置き換えて書いたんだよ。検閲官にはしっかり言い訳ができて、それでいて求めている読者にはしっかりと伝える。この時代の官能小説こそが、日本の比喩の文化を急成長させたとも言える。実際、他のジャンルの本で、官能小説以上に例えがうまい物もなかなかない。そして、これが大成功した。見事人々の手に、再び官能小説を届けることができるようになった。その上、比喩を多用に用いたことで、読者にたくさんの想像をさせることができるようになった。まじめな話、情緒豊かな子を育てたいなら、官能小説を読ませるべきだと思うよ。あんなに想像力を育てるのに最適なツールはない」
「……す、すごいんですね、官能小説って。わたし、ずいぶんと誤解をしていたみたいです。ごめんなさい」
「うん、僕もよくわかって無かったよ。ごめんね?」
「ああ、わかってくれればいいさ。……読むか?官能小説。おすすめの本、貸すぜ?」
「そう、ですよね。知らないのに否定してしまって本当にすみませんでした。ぜひ読ませてください!」
お、おおう。何か罪悪感がわくな。
「二人とも、その男の言い回しに騙されてはいけないわ」
「なんだと!?俺の意見のどこに文句があると言うんだ!」
「う……、まぁ、確かに、意見としては、なかなかに筋が通っていた、けど……」
つかさの言葉はしりすぼみだ。
「そうだろうそうだろう?どうだ、お前も読まないか?」
「よ、読まないわ!絶対よ!」
「なんだよ、春野さんを見習えよ。よくしらねぇことを否定するんじゃねぇよ」
「あなたの意見には、一つ致命的な落とし穴があると言うことに、気づいていないようね」
「なんだよ」
「あなたまだ十六歳でしょう。そういう物を見ることは禁止されているのよ?」
……そ、そうだった。昨今の乱れた性事情にあてられて失念していたが、よく考えたら違法行為なんだよな……。
「で、でもみんな見てるし……」
「あら、らしくないわね。あなたが『みんな』なんて言葉を使うなんて。それにね、周りが悪いことをしているからと言ってやっていいということにはならないわ。そんなことも分からないの?」
「……」
完敗だ。文字通り、完全に敗北した。最後の最後で、逆転されてしまった。
「そうでした!確かに法律で禁止されてます!」
「航平が『みんな』なんて言った時点で、勝敗は見えた、かな」
「ああ、負けたよ。俺の負けだ。官能小説は優れたものであるが、俺達が読むには不適なものだ」
「フフ、わかればいいのよ。わかれば。とりあえず土下座くらいで許してあげましょう」
「はぁ!?なんで俺が土下座しなきゃいけないんだよ!」
「敗者は勝者に屈する。この世の真理よね」
「そもそも勝負じゃなかったし……。つーか俺がお前と初めて戦った時、何の罰も与えなかっただろうが」
「いや、あなたナチュラルに一千万払わせようとしたじゃない。私が感謝するのであればあなたではなく哀浦君よ」
「ふああああ、眠くなってきた。寝よっと」
「逃げ方が下手すぎる……。フフ、なら、あなたが言っていたライトノベル言う物も低俗なもの、ということでいいわね?」
「そんなことありません!」
「それとこれとは別だよ!」
「つーか、官能小説は俺達が読むには不適ということを認めただけで、決して低俗だなんてことは言ってない」
「……予想以上に哀浦君と春野さんが食いついてきたわね。そもそも、ライトノベルというのは何なの?」
「うまく、言えないな。そもそもライトノベルに関しての明確な定義という物は無い。ライトノベルというのは、軽いという意味のライトと、小説のノベルを組み合わせた和製英語だ。このライトには、十代を対象にした軽めの小説という意味と、そのほとんどが文庫サイズで物理的に軽いという意味がある。価格も千円未満で買いやすい。一番の特徴は、表紙や挿絵にアニメ調のイラストが用いられていることだな。……お前は、アニメとかに対しても否定的な人間か?そうなら、そこからいろいろと説明しないといけないんだが」
「いえ、立派な文化だと思っているわ。それに、そんな考えならトレーディングカードゲームなんてしないわよ」
「なら、そこをあれこれ言う必要はないな。さて、このラノベだが、あらゆる本のジャンルの中で最も勢いがあると言ってもいい」
「え?どういうことですか?」
「一般文芸の売り上げは年々落ちているが、ラノベは逆だ。毎年売り上げが増加している。文芸界を牽引していると言ってもいいだろう」
「そうなの……。でもそれって、いわゆるオタク文化でしょう?別にそれが悪いとは言わないけれど」
「まぁ、そうだな。というか、さっきも言ったが、ラノベというのはターゲットをかなり絞ってんだよ。ティーンズをメインターゲットとして、彼らが好むようなジャンルに力を入れている。ラブコメとかバトル物とかな。つっても、ミステリーとか他のジャンルもあるんだが、基本はその二本柱かな。そして話が基本的にぶっ飛んでるな。普通の小説ではなかなかできないことをどんどんやる。ゲームの世界に入ったり、時を止めたり、な。面白い設定がめちゃくちゃ多い。後、ラノベの社会貢献としては、若年層の活字離れに歯止めを喰いとめてることが挙げられる」
「……アニメ調のイラストが表紙だから、若者が読もうとする。話の内容も好奇心を刺激するようなものだから投げ出さずに最後まで読める」
「よくわかってんじゃねぇか。一般文芸書の表紙を漫画家が描いたら、売り上げが十倍になった、なんて例もある。それにそこから他のジャンルの本にも手を出すようになったりな。功績はかなり大きいと思うよ」
「そうね、私も先入観でものを言っていたかもしれない。よかったら、私にも何か貸してくれる?できればあまり破廉恥で無い物がいいわ」
「ん、りょーかい」
「ありがとう。それでは、そろそろ本当に寝ましょうか」
「「「「お休み(なさい)」」」」
色々と話して、少しわかりあえたのかな。なかなか、有意義な時間だった。
翌日、目を覚ますと、すでにもう誰も寝ていなかった。俺が最後か……。掛け時計を見ると、八時を回っている。普段の俺の起床時刻だ。
「あら、ずいぶん遅いお目覚めね」
「別にそんなことねぇだろ。土曜日なんだし」
「おはよ、航平」
「おはようございます」
「おはよう。あ、朝食は?俺が作ろうか?」
まぁパン焼いたりくらいしかできないけど。
「その必要はないわ。泊めてもらったお礼と言っては何だけど、私が作っているから」
確かにいいにおいがするな。
「もう少しでできるから待っていてくれる?」
顔を洗い、服を着替えてから戻ると、おいしそうなラザニアがテーブルに置いてあった。サラダにスープもある。栄養価はばっちりだ。マオにいつも作ってもらっててつい忘れがちになるけど、この年代で、しっかり栄養バランスも考えて料理するってすごいことなんだよな。見た目も美しく、食欲をそそる。
「「「「いただきます」」」」
うまい。超うまい。比較するのもなんだが、昨日の綾の料理とは雲泥の差である。
「お、おいしいです!」
「すげぇなこれ、ミシュランで星一つ半は取れるわ」
「三つと言わないところがあなたらしい……」
「そうだな、俺が食った中で星三つに値するのはマオの料理くらいだな」
そんな料理を毎日食えるなんてほんと幸せ者だよなぁ。
「ありがと。でも航平、女の子の料理を食べる時に他の人と比較するのはどうかな……」
「そうか?別に恋人同士ってわけでもないしな。それに、ちゃんと天道の料理も評価してるぜ?」
「それはどうも。あなたに言われると本音って感じがするわね」
「ま、俺は嘘をつかないからな」
「気を使えないだけでしょう?」
「違う違う、使えないんじゃなくてつかわねーんだよ」
「まあそういう生き方もありね。周囲が鬱陶しいとのも私が学校に行ってない理由だし」
「うーん、人間関係をどれだけ重視するか、ってことなんだろうね」
「確かに、人に気を使うのって疲れますよね」
「そうだな。ま、周囲に流されていりゃぁ楽な部分も少なからずあるんだが」
「そういうの、苦手そうよね、あなた」
「苦手っつーか嫌いだな周囲と対立することで見えてくる物もあるさ」
「とても正しい意見だとは思うけど、いかんせん言っているのがあなただから説得力がないのよね……」
「おい、そんな目で見るんじゃねぇよ。俺のどこに落ち度があるって言うんだ?」
「えっと……全部?」
おおっと。かなり真剣な表情で言われたぞ。これは傷つく!
「おいおい冗談じゃねぇよ。俺なんて魅力の塊みたいなもんだろうが」
「は?」
「何を言ってるのか全く理解できないみたいな顔するのやめろ。ふぅ、なら一つ一つ説明してやるか。まず容姿だな。まぁ確かにブサイクではあると思うが、それは中身で勝負していることの表れでもある」
「それが大きな間違いよね。人は見た目じゃない、なんていうのはよく聞く言葉だけど、美しくあろうとすることを放棄した人の心が綺麗だなんて、私には到底思えないわ」
ん?んん?そ、それもそうだな。手厳しいな。
「そ、そうだな。なら次だ。マオほどではないにせよ、豊富な知識。神話や伝説、科学にもそれなりに精通しているぞ?」
「まぁ、確かにそうね。でも、通常の学業に支障が出ているみたいだから、プラスマイナスゼロといったところではないかしら。お勉強の知識が全てだなんて愚かなことを言うつもりはないけど、ないがしろにしていい物でもないと思うもの」
んんん!?まずいな、押されてる!
「じゃぁ、あれだ。カ、カードゲームが強いぞ?」
「そうねぇ。でもそれって、テニスが強いとかサッカーが強いとか、将棋が強いというのと同じでしょう?それをその人の魅力としてカウントしていいのかしら……」
「そうですね、サッカー選手がサッカーが上手いって自慢しても、それを魅力的だとは思いませんよね」
「え?そ、そうか?でもさ、スポーツしてるとこ見て格好いいと思って好きになるんだろ、女子ってのは」
「うーん、私はそういうのを見てもあまり……。でも、それで好きになる人っていうのは、一生懸命頑張る姿を見て好意を抱くんじゃないでしょうか。能力あれこれっていうより。相手を圧倒するのに魅力を感じたとしても、それで好きになったとしても長続きしないと思います」
うう……。綾さんって、おとなしそうに見えて自分の意見は結構言うんだよなぁ。
「で、他には何かないの?」
ほ、他か。えーっと、えーっと……。容姿はだめ、知識面もだめ。
「せ、性格が良い、とか?」
「は?莫大な賠償金を奪い取っているような人の性格がいいというの?」
「い、いや、それ募金してるし……。それで結構人救ってるし……」
「救う?その考えがもうダメよね。そんなことを想っている人に人を救うなんてできないと思うわ」
「そ、そんなこと無いですよ!私は、東城さんに救われました!あの時東城さんが来てくださらなかったらどうなっていたことか」
「そうだよ!僕も航平には何度も救われてるよ!」
「失言だったわ。では、東城君の魅力は性格がいいということで。性格だけしか、取り柄がない男ということで」
なんでそんなとげのある言い方をするんだ……。前半で止めたらいい感じで終われてたのに。
と、そうこうしているうちにテーブルの上の食材が無くなった。
「「「ごちそうさまでした」」」
「お粗末さまでした」
ふと外を見ると、嵐は止んでいた。
「では、そろそろお暇させてもらうわ。お世話になりました」
「楽しかったです!本当にありがとうございました!」
「いや、俺も楽しかったよ。よかったらまた来てくれ」
社交辞令ではなく、本気でそう思う。そして、二人は出て行った。
「じゃ、航平。僕も家に戻るね。また夜に。バイバイ」
「ああ、じゃあな」