新たな力と嵐の予感
第三章
「ヒートアップした勝負の末、激闘を制したのはぁ、東城航平アーンド春野綾チームだぁぁぁっっ!!素晴らしい勝負を見せてくれた2チームにぃ、拍手ぅぅぅぅ!!」
わああぁぁぁっっ!
本日一番の歓声に包まれて、少しよろめいてしまう。
「やりましたね!東城さんっ!」
「悔しいけど……私達の負けね。また、あなたの作戦勝ちよ。だけど、次は負けないわ」
綾とつかさ、二人の称賛の声に軽く笑顔を返し、俺はマオの方を見る。
「勝てなかった……。やっぱり航平は強いね……」
「マオの方こそすごかったぜ。本当に。これからも、俺の傍にいてくれ」
「うんっっ!」
浮かない顔をしていたマオの表情に笑顔が浮かび、俺に抱きついてくる。
「航平、大好きっっ!!」
「ま、マオ……」
思い切り表情が崩れているのが自分でもわかる。なぜこいつの体こんなに柔らかいんだろう。というか男に抱きつかれてドキドキしている俺はかなり末期なんじゃないだろうか。
「ずっと一緒だよ、航平」
甘い香りが俺の鼻孔をくすぐる。
「もちろんだ」
マオの背中に両腕を回し、しっかりと抱きしめる。
「東城さん……」
「別に人の趣味についてどうこう言うつもりはないけど……衆目の前でいちゃつくのはどうかと思うけど……」
マオがポッと顔を赤らめ、俺から離れる。
「それでは、優勝チームへの商品の贈呈を行います。お二方、こちらへ」
その声に従い、俺と綾は2人で隣に並ぶ。
視界が電子パソコンを操作し、赤と青の二つの箱の映像が現れる。
「一つずつ、お好きな方をお選びください」
綾と顔を見合わし、俺は青の箱を、綾は赤の箱を手にする。
「これにて、本日の大会を終了いたします。皆様、ありがとうございました!」
わああぁぁっ!と、歓声が響き、皆思い思いに行動しはじめる。そのほとんどは、周りのプレイヤーと対戦することにしたようだ。
さて、俺はどうするかな。
「東城さん!今日は本当にありがとうございました!優勝できてうれしいのはもちろんですけど、それ以上に、楽しかったです!」
「それは良かった。俺も楽しかったよ。ありがとう」
「航平!」
マオが俺の腕をつかむ。
「一緒に帰らない?買い物、付き合ってほしいな」
「よし、じゃあ行くか!」
少し照れたマオの姿を見て、ニヤニヤと笑いながら返事を返す。
「航平、今日は何が食べたい?」
「うーん、そうだなぁ。お前の方が分かってんじゃねぇの?」
中学時代俺は両親を事故で亡くしてしまい、俺と兄の二人は生活に行き詰まった。生活費は、貯金と兄が働いてくれるおかげで何とかなったが、一番困ったのが家事である。
俺もかなり努力したのだが、どうも性に会っていないようで、まったく上達しなかった。
そんな俺達を救ってくれたのがマオである。彼は持ち前の完全記憶能力を駆使し、家事に関する技能をわずか一週間で習得し、料理は一ヶ月で、高級料理店をはるかにしのぐ腕前まで上達した。あらゆる料理がその専門店よりも美味いのだ。まぁ、味覚は人によりけりだから一概には言えないのだろうが、少なくとも俺にとってはそうだ。
そして、その腕前まで達した頃、彼は様々な調味料を俺に味見させ、俺の好みを完璧にデータ化した。料理を始めて三か月後、彼は、この世界で最も俺が好む料理を作れるようになった。味付けも、まさに俺好み。極めつけは、俺の細かな表情を見て、俺自身も把握していない俺が食べたい物がわかるようになった。しかも、あまり運動しない俺のためにと、健康面にもかなり気を使っている、一切味を落とさずに。
昼ご飯の弁当を作り、夕食も作り、その際には明日の朝ご飯まで用意してくれる。これを毎日してくれるのだ。それだけではない、あまり家にいない兄や、家事がへたくそな俺のために、掃除洗濯その他諸々をやってくれる。本当にいくら感謝してもしきれない。無論、俺達兄弟は黙ってこの施しを甘受しようとしたわけではない。
流石にお世話になりすぎるし、ここまでやってもらうのは申し訳ないという思いがあった。だがマオは、「航平の力になりたい」と、俺達が何度言っても譲らなかった。自分の意見を無理やり通すことはほとんどないマオだが、こうなったらテコでも動かないのだ。それを知っていた俺達は、彼の申し入れをありがたく受け入れた。
「じゃぁ、今日はラーメンにしよっか」
「お、いいね」
ラーメンを彼は手作りで作ってしまう。ラーメンのスープってものすごく手間がかかると思っていたのだが(事実そうなのだろうが)何故か彼はものの五分で作り上げてしまう。
ついでに麺も自家製である。何度か作るところを見たが、何というか俺にとっては魔法じみていて、何がどうなっているかさっぱり分からなかった。
「他に一品作った方がいいよね。うーん、どうしようかなぁ。ラーメンには、餃子かな?」
ラーメンも餃子もなかなか手のかかる料理だと思うが、マオの手にかかれば20分、長くとも30分あればどんな料理も作れてしまう。
「マオの餃子美味いよなぁ。あ、ニンニク入れてくれよ、ニンニク」
「もう、明日学校だよ?だから今日はだめ」
「うう、わかったよぅ」
そうこうしているうちに目的地のスーパー「ダイタイソー」に着いた。
「あ、今日は卵が安いみたいだよ。お一人様一個だって。航平も買ってね」
「りょーかい」
高校生の会話としては少ししみったれている気もするが、うちの家計はオールウェイズ火の車なので仕方ない。
「そこの奥さん!今日はお肉が安いよ!ご主人にどう!?」
販売員のおばちゃんにマオが声をかけられる。奥さんって……。まぁ、マオの格好と容姿を鑑みれば、たいていの奴は美少女と判断してしまうだろう。
「お、奥さんだって……。僕達、夫婦に見えるのかな……?」
顔を赤らめてうつむきながら言うなよ。こっちまで変な気分になるだろうが!
「じゃぁ、結婚するか?」
声を低めてちょっと真剣なトーンで言ってみる。
「本当!?」
マオが目をキラキラと輝かせて俺を見る。え!?マジで!!?
「……、あ、ごめん。冗談だよね」
いや、冗談じゃないんだが……。
妙な空気のまま、俺達は買い物を進めていく。
「明日の朝ご飯は何にしようかなぁ……」
本当にマオと居ると幸せでほんわかした気持ちになるんだよなぁ。
「よしっ!決まり!ごめんね、長いこと付き合わせちゃって……」
付き合うもなにも我が家の食事のための買い物なのだから俺が迷惑に思う道理はない。それに、マオは普通の主婦のようにだらだらと買い物したりはしない。幼いころ母の買い物に付き合わされたが、平気で一時間ぐらいかける。そのうえ少しでも安い物を求めて店をはしごする。その点マオはキチンと一つの店で済ませるし、長くても二十分しかかからない。ほんと、いい奥さんになるよな。俺のところに嫁いできてほしいわ。
「じゃぁ、帰ろうか」
「おう。荷物、持つぜ?」
「このくらい大丈夫だよ」
「遠慮すんなって」
「えっと、じゃあ、よろしく。航平は優しいね」
言って、にっこりとほほ笑む。もう、恋人とかいらないんじゃないだろうか。可愛い幼馴染がいればそれでいい。性別とか、もういいだろ。愛に性別は関係ないって総理も言ってるし。同性間結婚が認められる日も近い!それは阿部違いか。阿部だけにあべこべにしてました。てへっ。
スーパーから五分ほど歩けば自宅に着く。近くにスーパーがあるのはなかなか便利なものだ。ちなみにマオの家は俺の家から徒歩一分ほどだ。
「おじゃまします。……うーん、ちょっと汚れてきたかな。今日掃除していくね」
「いつも悪いな」
「ううん、僕が好きでやってることだから」
最初のうちは俺も手伝っていたのだが、マオ一人でやる方が明らかに効率が良く、足手まといになっていたので、今では完全委託状態になっている。文字通り、ほこり一つない状態になってありがたいのだが、一つだけ難点を挙げるとすれば、俺が隠しているエッチな本とかはそのままにしておいてほしい。ベッドの下に置いていた本が本棚にしっかり並べられていた時の俺の衝撃は計り知れない。まぁ、マオは俺が恥ずかしがるのを察したうえで、ちょっとしたいたずら心でやっているのだろうが、プレイ別できっちり整理されると本気で死にたくなる。
「掃除機借りるね?」
「あ、お、おう」
持ち前の手際の良さで、あっという間に部屋が片付いていく。5つの部屋の掃除に要した時間は十分と少し。これで完璧にきれいになるのだから驚きである。
「よしっ!掃除終わりっ!じゃぁ、ご飯作るよ。楽しみにしててね?」
エプロンをつけて作業に取り掛かる。エプロン姿で料理する姿って、そそるよね。
おいしそうな匂いが漂ってくる。まっだかなー、まっだかなー。
「おまたせしましたー」
「待ってました!」
ラーメンと餃子が白い湯気をあげている。
「熱いから気をつけて食べてね?」
言うとマオは、餃子を手に取り、ふうっ、ふうっと、息をかける。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
バカップルか俺達は。他の奴らがしているのを見ても薄ら寒い感情を覚えるだけだが、自分がやるとなると現金なものである。基本的に、人にはそっけない態度を取る俺だが、マオを前にすると、自分でもわかるくらい腑抜け野郎になってしまう。
「どう?おいしい?」
「マオが作る料理が美味くなかったことなんてねぇよ」
「フフ、お上手ですね」
「俺がお世辞なんていわねぇ奴だってことくらい知ってるだろ?」
「そうだね。だから、航平にほめてもらえると嬉しいよ」
そう、俺は嘘をつかない。そして言わなくていいことまで言う。
だから嫌われ者なんですよね、わかります。
ズズズッ、とラーメンを飲むような勢いで貪る。
「やっぱりうめぇなぁ。おかわりある?」
「うん、ちょっと待っててね」
そう言ってマオが席を立つ。ああ、やっぱり好きだ、こんな時間が。大切な人と共に過ごすこんな他愛もない日常が、俺の大切なものなんだ。
後に起こる事件を予知していたわけでは無いのだろうが、俺はふと、そんなことを考えた。
夕食を終えて、一息ついていたころ
「ねぇ、航平」
「ん?どうした?」
「久しぶりに、泊っていっても、いいかな?」
幼いころは、三日に一回はお互いの家に泊まっていた。最近では少し少なくなって、前にマオが止まったのは二週間くらい前かな。あれ?結構最近ですね。
「おう!大歓迎だぜ!」
まぁ俺が拒む理由などない。
「じゃぁ、おじさん達に連絡しとけよ?」
「うん、わかった!」
「もしもし、お母さん?きょう、航平の家に泊まってもいいかな?え!?もう、そんなんじゃないってば。うん、じゃぁね。切るよ?」
「電話済んだか?じゃぁ、先に風呂でも入ってきたらどうだ?」
「え?いや、一番風呂なんて悪いよ」
「気にすんなって。その間に食器洗いでもしとくからさ。流石にそんくらい俺がやるよ」
「そう?じゃぁ、お言葉に甘えて」
ちなみにマオがいつでも俺の家に宿泊できるように、常に彼の衣類はうちにいくつか置いてある。逆もまたしかりだ。
さってとぉ。それじゃ後片付けやりますか。食器洗いがまともにできる程度の家事スキルはどうにか持っていた。二人の一食分なので、大して時間もかからない。
マオが使ったお湯だと思うとなんだか少しいけない気分になってくるな。いかんいかん、最近の俺は煩悩が多すぎる。いや、昔からこんなもんか。なら仕方ないな。人の本質は変わらない。
湯船につかりながら、最近のことを追想する。本当にいろんなことがあった。今までマオ以外とはかかわりを持とうとしなかった俺が、わずか二週間で、つかさと綾という二人の仲間を得た。少し前までは想像もつかないようなことだ。こんな日常も悪くない。そんなふうに思うようになった。
本当にこのゲームに出会えてよかった。おかげで新たな仲間ができたし、俺の人生は満ち足りている。俺は勉強も運動も苦手だし、うまく人付き合いができるわけではないけれど。それでも、デスルラをやっている時俺はとても幸せだし、それを通じて学ぶこともたくさんある。それを現実からの逃避という者もいるかもしれない。だが……
「こうへーい!大丈夫?のぼせてない?」
おっと、少し小難しいことを考えすぎていたかな。そろそろ上がるか。
「大丈夫だよ、もうすぐ上がる」
最後にシャワーを浴びて、バスタオルで体をささっとふいて服を着る。
「ういー、あがったよー」
「はい、航平。これ」
言って、マオが俺にコップを差し出してくる。中に入っているのはファンタのピーチ味。
俺が一番好きなジュースだ。
「うめー、ありがとな」
「ううん、どういたしまして。それでさ航平。昼の、リベンジマッチをしたいんだけど」
「OK、了解。でも、勝つのは俺だ」
昼使った機械は、あくまでも貸出用だったので、従来のデスルラで対戦した。結果は四勝六敗。俺の負け越しだ。
「チッ、俺の負けか」
「やったぁ!やっぱり、航平との勝負は楽しいな」
ハァ、そんな笑顔を見せられると悔しさも吹き飛んでしまうのだから困りものである。
「あ、もうすぐ十二時か。そろそろ寝ないとね」
俺は三時くらいまで起きていることはざらなのだが、マオはなかなか健康的な生活をしている。七時間は寝るよう気がけているらしい。女子かお前は!いや、女子でいてくれ!
「んじゃ、布団敷くか」
おしいれからマオの分の布団一式を持ってきて、リビングの空いたスペースに置く。
「ありがと」
「どういたしまして、じゃ、お休み。また明日な」
自分の部屋に行こうとした俺の服をマオがつかむ。
「どうした?」
「ねぇ、航平。小さいころみたいにさ、一緒に……寝よ?」
「え?あ?う?お?」
小学生のころまでは確かに一緒に寝てた。だが、最近ではめっきりそういうこともなくなった。俺もマオも、中学に入ってから、自分の部屋で寝るようになったから。
「だめ?」
ダメかと聞かれれば、何の問題もない。むしろウェルカムである。
「い、いいぜ。そうだな、久しぶりにな」
「じゃぁ、寝ようか。電気消すから、先に入ってて」
「はいはい」
言って、布団に横たわる。電気が消え、マオも布団に入ってくる。
……狭い。この布団は一人用サイズなので、高校生二人で使うとなれば、当然スペースが足りない。毛布も二人で使うには小さい。マオは相当小柄だが、それでもだ。どうするかなー、と俺が思っていると。
ギュっ、と、唐突に。マオが俺に抱きついてきた。
「ほわぁっ!な、な、なんだよ!」
「ごめんね、ちょっと、狭いなって思ったから……ダメ?」
「だめなわけ、ないだろ?」
俺もマオの方に向き直り、抱きしめる。
「えへへ、ありがと」
甘い声で、そう言った。
「……ずっと、そばにいてね」
ズキリと、胸が痛む。やはり俺が綾とペアを組んだことが、マオを不安にさせてしまったんだろう。だけど、それを言葉にできなくて……。
どうしようもなく申し訳ない気分になり、抱きしめていた両手の力を少し強くすると、間もなくマオは、安らかな寝息を立てて眠りに落ちて行った。
その頬に流れていた涙は、俺の身間違いではないだろう。
「起きて?もう、航平、起きてよ」
「うーん……」
「もう、起きてってば。遅刻しちゃうよ」
マオの甘い声が耳に心地いい。こう言ってはなんだか、起こそうとしても逆効果にしかなっていない気がする。
「もう!怒るよ?」
しかし全く迫力がない。
「今日は……有給取る」
「ええ?ずる休み?」
立ち上がり、マオを抱きしめる。
「今日は……二人で過ごそうぜ?」
「あ…、うん、わかった」
なんかやってることが完全にダメ男だな。
中学時代から、俺は頻繁に学校を休んでいる。雨の日は九割の確率で休む。
「じゃぁ、僕も今日は休む。でも、あんまり休みすぎたら進級大丈夫かな?中学校の時とは違うんだよ?」
「大丈夫なんだなぁこれが。普通科高校は、三分の二以上出席すれば進級できる。三百六十五日から、夏休みなんかを引いて、約300日。これの七分の五が登校日だ。これが約210日。これの三分の一だから、一年に70日。つまり一ヶ月に6日は余裕で休める。だから週に一日は休んでいいんだよ」
「うーん、なんていうか、航平らしいね」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
まぁ、あんまり休むと教師から小言を言われるが、もとより教師の心象など全くよくないのでノープロブレムだ。
「朝ご飯作ってくるね」
ゴトン、と、突如ドアが開く。
「おはよう、こう君、マオちゃん」
出てきたのは兄の隼人だ。
「おはよう兄貴」
「おはようございます。お兄さん」
「昨日は泊まっていったのよね?私が帰ったら抱き合って寝てるからびっくりよぉ」
「な、そ、それはっ!」
「お兄さんっ、それは、その……」
「マオちゃん、ちょっとちょっと」
「なんですか?」
「航平とは、どこまですすんでるの?チューはした?」
声をひそめて言っているつもりだろうが、もともとかなり声量がある方なので、こちらにだだ漏れである。
「お兄さん!そんなことはっ!」
「兄貴、いい加減にしてくれよ。マオに変なこと言わないでくれ」
「ごめんなさいね、邪魔をするつもりはなかったんだけど。邪魔者はもう少し寝てるわ」
「朝ご飯、お兄さんの分も作っておきますね」
「ありがとう、じゃ、おやすみ」
あの人は何をしに来たんだろう。全くもってイレギュラーな存在である。
「いただきます」
マオの用意してくれた朝ご飯を食べる。メニューは炊き込みご飯に卵焼き、カボチャのスープに特性フルーツジュース。少々変わった組み合わせだが、俺の好みと栄養面をしっかり押さえた素晴らしい献立だ。
「俺のために、毎日味噌汁作ってくれ」
「あれ?航平味噌汁嫌いじゃなかったっけ?」
ちょっとしたプロポーズのつもりだったんだが……。まぁいいか。
その日は、マオと二人でのんびりとした、とても心地よい時間を過ごした。
翌日。俺はけたたましいアラーム音によって目を覚ました。ふと、疑問を感じる。俺は心地よい眠りを享受するため、アラームなどセットしない。その為、三日に一回は遅刻する。遅刻早退は三回で欠席一回としてカウントされる。一週間に一回の欠席と合わせると、ちょうどいいペースだ。何の問題もない。
「なんだよ……、ったく」
電子パソコンの画面を表示すると、一つのメッセージが届いている。
差出人は……「トリニティ」の五文字。デスティニールーラーズの制作会社である。
「あなたは選ばれた。力を授ける」
何ともシンプルなメッセージである。なんだ?なんかのイベントの告知か?そう思い、デスルラのホームページにアクセスしてみるが、それらしいことは何も書いていない。どういうことだ?システムエラーかバグだろうか。しかしトリニティは、今までどんな小さなバグも出したことがない。その線は薄いだろう。
色々と思うことはあるが、そろそろ登校する時間だ。別に遅刻してもいいが、せっかくなので遅れないように行くことにしよう。今考えてもなにもわからない。
そそくさとマオが作り置きしてくれた朝食を食べ、学校に向かう。
「おはよう、航平」
教室に入ると声をかけられる。振り向くまでもなくマオのものだ。というかこのクラスで俺に声をかけてくるのなんてマオ以外にいない。何その悲しい事実。
「なぁ、マオ。少し聞きたいことがあるんだが……」
今朝届いたメッセージのことをマオに尋ねる。
「あ、それ僕のところにも届いたよ。何なんだろうね」
マオのもとにも届いたということはやはりエラーの類ではなさそうだ。
「ま、なんかのイベントの予告ってとこかな」
なにも詳しいことは知らせていないので、注目を集めることだけを目的としたものかな。
しかし、つい先日新モードを搭載したってのにこう立て続けに……。
「なんなんだろうね」
「ま、新しいことやってくれるなら俺は歓迎だけどな」
というのが、俺達のとりあえずの結論である。
そしてその日の放課後。マオの一緒に帰ろうという誘いを断り俺は一人歩いていた。今日は俺が毎月購読している成人向け雑誌の発売日である。把握されているからといって、マオと一緒にそんなものを買いに行こうという気にはならない。気まずい空気が流れるのは目に見えている。……と、その時。
「ううっっっ!!」
今までに感じたことがないレベルの頭痛を感じた。その場に膝をついてしゃがみ込む。道行く人々は、怪訝な目で俺を見ていた。しかしそんなものは気にしていられない。吐き気がこみ上げてくる。ふらふらとしていると、体を右に動かすと少しだけ痛みが和らいだ。痛みから逃れるため、立ち上がり、右へと移動する。
朦朧とした意識の中歩いているうちに、曲がり角に行きついた。
直進か右折か左折か。俺は本能的に左を選ぶ。するとまた少し痛みが和らいだ。そうして歩みを進めていると、進行方向からこちらに何人もの人が絶叫しながら走ってくる。
……何だ?
「どけ!どけ!どいてくれ!」道の中央を歩いていた俺は、体を押しのけられた。
「おい!なんだってんだ!」
「そんなとこに突っ立ってんな!殺されるぞ!」
なに訳わかんねぇことを。こちとら頭痛で苦しんでんだよ。大声出すな。しかし人々の様子を見るに何かが起きていることは明白である。まさか一般人の俺にドッキリを仕掛けているとかではないだろう。すると、道の向こうから、何か大きな影が現れた。
「は?」
それは、この世に存在していいものではなかった。全長二メートルを超える二足歩行を行う蟹。いや、あれを蟹と呼んでいいのだろうか。体を覆う殻と両手のはさみから判断したのだが。蟹の色は茶色なのだが、そのはさみは赤黒く染まっていた。それが人の血であるということは想像に難くなかった。
「なんなんだ、本当になんなんだ」
頭痛に見舞われてそれを和らげるためにたどり着いた場所には、特撮物さながらのモンスター。すると蟹が、こちらに向かってくる。俺と蟹の間にいる人はいない。急いで後ろを向き逃げようとするが、50メートル走九秒台、その上尋常ではない頭痛に見舞われている状態では到底それは叶わない。あっという間に距離を詰められる。
その上、その上、なんということであろうか。恐怖で足がすくんでいた俺は、何もない地面で転んでしまったのだ。こんな状況で。絶対にあってはならない状況で。
「クシャァァァァァッッ!」
そのはさみが振り下ろされる。ここで、死ぬのか?嘘だろ?まだ、何もやっちゃいねぇぞ。マオにも、兄貴にも、何一つ恩を返せてない。つかさとも、まだ戦い足りない。綾との恋物語はまだ始まってすらいない!
嫌だ、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないっっ!
しかし、人の思いというのは往々にして届かないものである。こんな事、思うだけ無意味。無意味であったはずなのだが。
結論を言おう。俺こと東城航平は、謎の怪人の攻撃を受けて、なんのダメージも受けなかった。ゆっくりと、恐怖で閉じていた瞼を上げる。目の前には、変わらず蟹が。そして、俺の体は。俺の体は……。何度も目にした、しかし今ここではありえない姿。契約モンスターギャラクシーの力を得た姿だった。
どう、なっている?だって、ここは現実世界だろう?それとも俺が夢を見ているとでもいうのだろうか。確かに、それ以外の言葉では説明できない。本当に一体……。
「ガァァッ!」
蟹の攻撃により、思考は中断される。
とっさに体を右にころがす。夢であれ現実であれ、今はこいつを倒さないといけない。右腰を確認すると、カードが入ったデッキが装着されていた。この前の大会のモードなのか?視界を凝らすと、その左端に一本のゲージが存在していた。ゲージの左にはアルファベットのEの一文字が。察するに、エネルギー、精神ゲージのことだろう。
「Brade」
カードをスキャンし、新たな剣を呼び出す。
「ゼヤァッ!」
全力の一撃を繰り出す。それは蟹のハサミに激突し、はさみが粉々に崩れ落ちた。
「ううがぁぁっっ!」蟹が絶叫を上げる。
「せいっ!」再び攻撃し、残っていたハサミも砕ける。こいつ、めちゃくちゃ弱い?
敵にかなりのダメージを与えたからだろう。ゲージはもうMAXになっていた。
「Final Samon」
「いくぞぉぉっっ!」
現れたギャラクシーとともに、必殺の一撃を繰り出し、蟹の上半身と下半身が、面白いようにスパッと切れた。刹那。その体が爆発し、蟹のモンスターは完全に消滅した。
なんなんだ、まじで。さっきからなんだなんだばっかり言ってる気もするが、本当にどうなっている。今起きている事象は、俺の理解を遥かに超えている。
ブウン、と音を立て、電子画面が表示される。
「You Win!」という文字がでかでかと表示され、二秒ほどたち、『Resurt』の文字に変わる。その下に並ぶ表示を見ると、文字と数字が並んでいる。「変身 -5ポイント 撃破報酬+20ポイント 総計115ポイント」
えっと……。察するに、さっき俺が変身するのに5ポイント使って、モンスターを倒すことで20ポイント加点されたということか。ごめん、もう無理だ。何が起きてるのか理解できないし、考えるのも嫌だ。
俺が文字通り頭を抱えていると、再び表示が浮かび上がる。
「変身を解除しますか?」という文字の下に、「Yes」「No」の二つの選択肢。とりあえず「Yes」を押す。こんなところを人に見られたくもない。人目を気にしないことに定評の俺ではあるが、なんだか面倒くさそうなことになることくらいはわかる。
「メールだよ」
可愛い俺のメール着信音が鳴る。ちなみにこれは俺がマオに頼んで録ったものだ。
差出人は、今朝同様「トリニティ」。
「あなたは、力を手にした。それは、世界を変革する力だ。その力は、あなたに知識、体力、地位、名声、何でも欲するものを与えるだろう。しかし、どんな力も無条件に手に入るものではない」
そのメッセージを読み終えた瞬間、再び謎の頭痛が俺を襲う。脳を直接いじくりまわされているような不愉快極まりない感覚。それが五秒ほど続いて、俺は全てを理解した。いや、理解はしていない。把握した、というのが正しい表現だろうか。何とも奇妙なことだが、俺の脳に突如として情報が書き込まれたのだ。信じてもらえないことを承知の上で言おう。
いわく、この力を手にしたものは、あらゆる場面で契約したモンスターの力を得られるということ。知識しかり、運動能力しかり。そうして得る能力は、人間レベルではないこと。全国模試で一位を取ったり、スポーツの全国大会で優勝するのもたやすいらしい。そして、モンスターを召喚して人を襲わせることも……。
だが、それらの行為には対価が必要だという。それが「イクスポイント」という通貨だ。これは、さっきの用にモンスターを倒したり、同じようにこの力を手にしたものと戦い勝利することで得られる。そして、週に一度モンスターに契約料としてポイントを払わなければいけない。最初に俺が持っていたポイントは100だ。つまり、この力を持ち続けるには、戦い、勝ち続けなければいけないらしい。
最後に伝えられた言葉は説明ではなく、「生き残りたければ戦い続けろ」という、ひどく不吉な言葉だった。なんとなくその意味を察する。先程のようなモンスターの出現。あれに対抗し、その身を、大切な人の身を守るには、この力を振るわなければならないだろう。
一人で抱えてもあれだ。こういうことはマオと一緒に考えてみよう。
「マオ、今から少し、時間あるかな?」
電子パソコンには、通話機能も搭載されている。便利な時代になったもんだ。
「……大事な話みたいだね。わかった、今から家にいってもいいかな?」
「ああ。待ってる」
家に着き、十分くらいすると、ピンポン、という音が聞こえた。
「おじゃまします」
「えっと、話っつーのはさ……」
「わかってる。これのことだよね?」
マオは自分の電子パソコンを操作し、一つのメッセージを表示させる。
それは、先程俺が読んだものと一字一句変わらないものだった。
「ああ、そうだ」
「ここに書いてあることが本当なら……いや、本当なんだろうね。僕もさっき試してみた、この力を使って軽く走ってみたんだ。……自分の体じゃないみたいだった。百メートル走るのに、五秒もかからないと思う。信じられないと思うけど」
マオは運動が得意な方ではない。その彼が、軽く走るだけで世界記録を超えてしまう。
「信じるさ。俺はマオのいうことなら信じる、盲信するわけじゃないけどな。それに、俺もさっき力を使った」
マオに、モンスターが現れ、人々を襲っていたことを話した。
「モ、モンスター!?そんな、そんなことが……」
「トリニティに、捨てアカでメッセージを送ったが、返信は無い」
疑問には即時対応が売りで、五分以内には回答するあの会社としてはあり得ないことだ。
「……現状の把握はできないけど、人が襲われてるって言うんだからただ事じゃないね」
「まったくだ、それに、今この力を持っているのがどのくらいいるのかもわかんねえ」
「けど、とりあえずは、モンスターがいたら戦う、それしか、できないんじゃないかな」
「そうだな。まぁ、少しでもわかることが無いか検証してみよう」
二人で、トリニティから送られてきたメッセージを熟読する。
「レベルアップ……レベルなんてあるのか」
レベルアップにもポイントを使うらしい。
「強くなるためにはポイントが必要で、力を保つためにもポイントが必要。その影響がもろに現実に出るから、ただのゲームじゃなくなってる」
「そう言えば、天道さんや春野さんはどうなのかな?」
「あ……」
完全に失念していた。確認しないとな。
「俺、つかさの連絡先しらねぇわ」
「そうなの?僕は教えてもらったよ。春野さんとも交換してたみたいだけど……」
あの野郎、俺との距離を埋める気ゼロだな。薄情な奴め。
それはともかくとして、まずは綾に電話をかける。
「はい、もしもし?」
「あ、春野さん?ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「……東城さんにも、届いたんですね」
彼女の声が少し暗くなり、俺は察した。
「ああ。そのことについて少しな」
「その……、マオさんやつかささんはどうなんでしょうか?」
「マオもそうだ。つかさには今から聞くからわからないが、おそらくそうだろう」
「そうなんですか、一度、話しあった方がよさそうですね」
「明日の放課後、店に来れるか?」
「わかりました、では、明日」
「春野さんも、か。案外、たくさんの人に与えられてるのかな、この力」
「どうかな。あいつらが特別なんじゃないか。思うに、この力が与えられる基準は、デスルラの強さなんじゃないかな。つかさも綾さんも、俺が知る限りでトップレベルの強さを持ってる」
「そうだね、もし誰でも持ってるなら、逃げる人の中に力を得た人がいたかもしれないし。やっぱり、誰でもかれでもってわけじゃないみたいだし」
「んじゃ、次はつかさか……あいつの番号教えてくれるか」
「はい、これだよ」
教えてもらった番号にコールする。
「はい、天道です」
「ああ、俺だ。東城だ」
「東城君……、あなたに番号を教えた覚えはないんだけど……」
「俺も知りたかったわけじゃねぇよ。緊急時なもんでな」
「緊急……ね、察しはついたわ」
「やっぱり、お前もか」
「ええ。少し戸惑っているわ」
少しってレベルじゃないと思うんだが……。やっぱり肝が座ってるな、こいつ。
「そのことでさ、少し話したいんだ、明日、時間もらえるか?」
「わかったわ。それで、他の二人は?」
「ああ、綾さんもマオもそうだ」
「そう……。それじゃ、また明日。私なりにいろいろ考えてみるわ」
「ああ、またな」
「できれば、というか、もうかけてこないでね」
そう言って彼女は電話を切った。なんで別れ際にわざわざこんなこと言うんだ。俺でもそんなことしねぇよ。
「とりあえずは、明日だね」
「そうだな。今日はもう、疲れた」
「じゃぁ、僕も今日はご飯作って帰るね」
「悪いな、こんな時まで」
飯を済ませて風呂を出た後、俺は早々に床に着いた。しかし、考え事が多いせいだろう、その日は一睡もできなかった。
重い足取りで学校に向かう。自分の日常が壊れていこうとするのを感じる。
「じゃぁこの問題を……、東城、答えろ」
「え?……」
「答えられんのか、このアホが」
「……すいません」
「愛想も無ければ勉強も運動もできない。本当に駄目な奴だな、お前は」
「は?」
なぜ問題に答えられないだけでそんなこと言われなあかんのだ。怒りをあらわにし、その教師の方を見据える。すると、
「ガタン!」と音を立て、隣に座っていたマオが立ち上がる。その表情は怒りであふれている。幼い頃から一緒にいるが、彼が本気で怒っているのを見たのは片手で数えるほどしかない。そしてそれはいつも、俺が誰かに傷つけられたり侮辱された時だった。
「マオ」
勤めて優しい声を出し、片手でマオを制止する。
「でも……」
「なんだ?哀浦、貴様教師に対して取る態度かそれは?」
「教師がとるべき態度とってねぇから仕方ねぇだろ」
「なんだと?」
ああ、思い出した。こいつの名は勝村だ。体罰やらセクハラなどの悪評が絶えない悪徳教師。20代前半で、ボクシングをしているとか以前言っていたな。
「あんたさっき俺がだめとかどうこう言ってたな。あれに対する回答だが、少なくともあんたよりはましだよ。勝村せんせぇ?」
にやりと、意地の悪い笑みを浮かべる。
「きっさまぁぁっ!」
叫び、勝村は右手を振り上げる。瞬間、世界が止まった。そして目の前に、画面が浮かび上がる。「アビリティを使いますか?」と、『Yes』『No』の文字。何が起きたか分からず、思考が硬直する。
……これも、あの力か。
少しだけ逡巡し、『Yes』の方にタッチする。すると、いくつかの項目が現れる。『思考強化』、『肉体強化』、『契約モンスター召喚』、『変身』など……。それぞれの後に、数字も表記されている。これは、消費ポイントだろう。今使うべきは……肉体強化か。タッチすると、1ポイントを消費するがいいか、という旨のメッセージが。『Yes』を押したその瞬間、世界が再び動き出す。
『ガキィン!』まるで金属とぶつかったような音がする。
「アガアアアァァッ!」
勝村が絶叫を上げ、床をのたうちまわる。
俺は何の痛みも感じない。漫画で言う『蚊でも止まったか?』状態である。
とんでもない力だな、これ。
「何ふざけてるんですか先生、殴ったのはそっちでしょ」
見ると、血を吐いていて、目が泳いでいた。まぁ、向こうからやってきたんだから自業自得だな。
「きゅ、救急車だ、救急車呼ばないと!」
クラス中が喧騒に包まれる。俺を非難する声も聞こえるが、どう見ても悪いのは向こうだろう。
数分後、救急隊員が駆け付けた。
「東城、少しいいかね?」
そして、中年男性が声をかけてきた。……誰だっけ。まぁ教師であることは間違いないだろう。
「はぁ」
「航平!僕も行く!」
「心配すんなよ。俺なら大丈夫さ」
俺が連れて行かれたのは校長室だ。窓の外を眺めていた校長がこちらに向き直る。
「東城航平君、だね?」
「はい」
「今回の件について説明してもらってもいいかね?」
「俺が殴られた。そしたら勝手に向こうが怪我した。ただ、それだけです」
「フム……しかしなぁ、病院送りとなるとまずいな」
「ここを出て行けと、そう言っているんですか?」
「それをどうとるかは君しだいさ。まぁ、君も疲れただろう。今日はもう帰りたまえ」
「そうさせていただきます」
部屋を出て、教室へと向かう。
「航平!どうなったの!?」
扉を開けるなりマオが問うてくる。
「心配する必要は……若干あるな。まぁ、今日の話し合いの場で話す。それでいいか?」
「え……と、うん。わかった」
「俺は今日はもう帰る」
「そっか、じゃぁ、僕も一緒に行くね?」
まったく……、またこいつに迷惑をかけちまったな。
周囲の異物を見るような視線を無視し、さっさと帰り自宅を済ませる。
家で少しだらだらして、店へと向かう。
「あ、東城さん!」
「すまないな、こちらから呼んでおいて」
「別にかまわないわ。時間帯を指定していたわけではないし」
「じゃぁ、本題に入らせてもらう。昨日俺達に宿った、あの謎の力のことだ」
「他人に見せたらまずいことになるのは間違いないでしょう」
「ああ、俺も今日うっかり学校で使っちまってな。ちょっとまずいことになってる」
「それって……大丈夫なんですか?」
「まぁ、退学とまではいかんだろうが、居づらくなるのは確かだろうな。もともと針のむしろにいるみたいなもんだからあまり大差はないとも言えるが……」
「あの、東城さん、そういうことでしたら、転校する気はありませんか?」
「転校?うーん、そうだな……」
「よかったら、うちの学校に来ませんか?父が理事長をやっているんです」
「理事長?あのおっさん、じゃなかった、春野さんのお父さんそんなことやってたのか」
「教育者ではなかったんですが、私が中学に進学する時に学校を買い取ったんです」
ほんと何者だよあの厨二病おっさん。
「うーん、しかし、春野さんにもお父さんにもそんな迷惑をかけるわけには……」
「いえ、この前東城さんにあってから父がずっと東城さんをヘッドハントして来いとうるさくて……」
「ヘッドハントするほどのものじゃないと思うがな。こう言っては何だが俺は学業面とか運動面では大した力はない」
「その人間性に光を見た!とか、私も東城さんはすごく魅力的だと思います!」
「この男が魅力的とは……、失礼だけど、あなたもお父さんも少しおかしいんじゃない?」
本当に失礼だなこの野郎。
「そんなことないですよ!それで、東城さん、考えていただけませんか?」
「えっと……、なんていう学校かな?」
「聖カンブリア高校です」
カン高か……。聖カンブリア高校、通称カン高。中高一貫の学校で、自由な校風を持ち、部活動なども全国レベルで学業面もかなり優秀。悪い噂もあまり聞かない魅力的な学校だ。志望校選択の際、行きたいと思ったのだが、うちの生活レベルを考えれば到底私立などいけなかった。このカン高、私立の中でも特に学費が高いのだ。
「ありがたい話だが、経済的にちょっと無理かな」
「あ!学費などは一切いらないと言っていましたよ?」
マジで!?それはとてもありがたい話である。兄もかなり楽になるだろう。
「はい、教材費なども要りませんし、交通機関を使うならその交通費も支給します。……どうですか?」
そう言われては断る理由もない、しかし。
「だが、知り合いというだけでそこまでしてもらうわけにはな」
「あ、父が東城さんを誘っているのは私の知り合いだからというだけではありませんよ。そういうとこは案外しっかりしているので、私の友人だからどうこうというわけではないと思います。まぁ、私昔から友達いなかったんですけど……」
あれ?綾さんのちょっと暗い過去が明らかになってしまったぞ?
「そうか……。だが、もう一つ問題があってさ……」
「なんですか?」
マオの方を見る。
「俺は、マオと別れるのは嫌なんだよ。こんだけやってもらっといて申し訳ないんだが、やっぱりそこだけは譲れなくてさ」
「航平……」
「わかりました、少し父に聞いてみますね?」
綾が電話をかけ、話し始める。
「あ、お父さん、うん、あの話なんだけどね……」
「航平、ごめんね、せっかくのいい話なのに」
「バカ、そんなの当たり前だろ?つーかお前がいなかったら俺絶対三年間ぼっちだぜ?」
「でも、航平は友達作ろうとかそういうことしないよね?」
「ん、まぁな。うわべだけの薄ら寒い関係なら、ソロプレイヤーとして生きた方がよほどいい。人生のソロプレイヤー、なんかかっこいいだろ?」
「航平ならできそうだね」
「かもな。でも、俺とお前の関係はそんなもんじゃないだろ?俺達はそこらの奴らが言うようなお友達なんかじゃない。言うならば……、運命共同体?」
「航平……、嬉しい」
近づいてきたマオをぎゅっと抱きしめる。
「……、そういうことは他でやってくれないかしら」
つかさが露骨にいやな顔をする。チッ!いいとこだったのによ。
「あ、東城さん、父が話したいと言っているのですが、いいですか?」
俺の電子画面に通話アイコンが出現する。通話相手を切り替えるための動作だ。
画面をタッチし、通話モードに入る。
「久しいなぁディケイド。貴殿の声、聞きたかったぞ」
ああ、また今日もぶっ飛んでるなぁこの人は。後その設定続いてたのね。
「どうも、ご無沙汰してます」
「フム、綾から話は聞いている。貴殿の友人と別れるのが嫌というわけだな」
「ええ、そうです」
「ならば、その友人もともに内に来るといい。可愛がってやろう。相撲部屋的な意味で」
「相撲部屋的な意味ならお断りです……。てかマオに手を出したらマジで許しませんよ?」
「かっかっかっ!、無論冗談だ。しかし、貴殿がそこまでムキになるとはな……恋人か?」
「まぁ、嫁みたいなもんですよ。……男だけど」
「そのような趣味もあったのか……。まぁ、多趣味は悪いことではないが」
「いや別に俺はノンケですしそういうのって趣味と呼んでいいのかどうかは疑問ですが」
「フム、ならばその友人、マオ君といったか?君と同じ条件、一切の費用免除の待遇を与えるぞ?それならば問題無かろう」
「いや、問題はないですけどそんな簡単に決めていいんですか?マオに会ったこともないでしょう?」
「君はそう簡単に友人をつくるようなタイプではないだろう?君がそこまで大切にしている人物なら間違いはないだろうさ。それに、将来の息子の頼みとあればむげにするわけにはいかない」
「いや、だから俺と春野さんはそんな関係じゃないって何度言えばわかって……」
なんでこの人は綾さんが俺に好意持ってること前提で話を進めてくるんだ。ちょっと期待しちゃうだろ。あげて落とすというやつか?振り幅が大きすぎて俺うっかり死んじゃうよ?ハイテンションからご臨終!
「まぁ、そうだと嬉しいんですけどね。って、そうだ。肝心のマオに聞いてなかった。ちょっと待ってくださいね?」
「ウム。じっくりと話すがよい」
「マオ、……俺に、ついてきてくれるか?」
「はい、一生ついていきます」
「そういうシーンでしたっけ……」
「さっきも注意したんだけど……学習能力がないのかしら」
「あ、もしもし。すいません。確認終わりました」
「ウム!では、この話、受けてくれるか?」
「はい!ありがとうございます!この恩はきっとお返しします」
「ちょっと待ちなさい」
座っていたつかさが立ち上がる。
「ん?どうしたんだよ」
「春野さん、私にもカンブリア高校への転入を認めてもらえないかしら?」
「へ?はい、天道さんなら……構いませんけど」
「何?俺が転校すると決まった途端に来たいとか、俺のこと好きなの?」
「は……?」
本当に不思議そうな表情を浮かべ、だんだんとそれが怒りに変わっていく。ごめんなさい!僕が悪かったです!
「本気でそう思っているならあなたを殺さなくてはいけないわ」
もう!ごめんって言ってるでしょ!なにも殺さなくてもいいじゃない!
「はぁ……、あのねぇ。こんなわけのわからない状態に陥っているのよ。それに、あなたの話を聞くと、化け物まで出るというでしょう。できる限り、私たちは一緒にいた方がいい。それだけそれぞれの安全度が増すわ」
至極まっとうな意見である。何だ、俺に惚れてたんじゃなかったのか。
「ねぇ、また変なこと考えなかった?あのね、気づいてないなら言っておくけど、あなたに好きといわれるだけで女性は気分が悪くなるの。もう鬼太郎状態よ」
鬼太郎?どういう……ゲゲゲのゲってか!吐き気がするって言ってるんですね!
「……だが、それだと他の場所で化け物が現れた時に対応できないだろ?」
「あなたは正義の味方にでもなったつもり?今は自分達のことを一番に考えるべきなんじゃない?それに、この力を得たのは私達だけではないでしょう。他のところで起きたことは他の人に任せればいい。それにね、一番の懸念は、モンスターではないのよ」
「どういうことですか?」
「……警戒すべきは、他のプレイヤー、だよね?天道さん?」
マオの発言を受けてつかさが頷く。
「そういうことか」
「そっか、こんな力を手に入れたら、当然悪用する人たちが現れる」
「ああ、それに、野良モンスターよりもプレイヤー付きの方が強い。一対一では負けるかもしれなくても、近くに味方がいれば支援も期待できる。だから、お前も同じ学校に、というわけだな」
「ええ、そういうこと。というわけで東城君、その電話をこちらに渡してくれるかしら?」
「りょーかい」
「もしもし、はじめまして、天道つかさといいます」
「くっくっくっ、話は聞いておるぞ、綾のソウルメイト……であろう?金剛の女戦士よ」
「……ごめんなさい、この人何を言ってるのか分からないわ」
「あ……、すみませんが、意味がわかるところだけ汲み取っていただけると……」
綾さんには失礼だが理解できるところなんてほとんどない。
「ほむぅ、君もうちの学校に来たいということだね。綾の友人なら歓迎したいところだが……娘の恋敵を増やすわけにはなぁ」
「もし隣にいる男のことを言っているのなら冗談にしても趣味が悪すぎませんか?」
「お前本当に俺を傷つけるの好きだよね。好きな子ほどいじめたくなるっていうあれ?」
「あなたを好きになる女性はいないと断言してあげる。命をかけてもいいわ」
何その信頼感?命をかけるって……。そこまで言うか。
「ウムまぁよかろう!天道つかさ君!君の入学を心より歓迎しよう!では、さらばだっ!」
やっと終わったか。あのおっさんと話すと疲れるんだよな……。悪い人ではないんだが。
「さて、話を戻すけど、この力とどう向き合っていけばいいのかしらね?」
「これがないと対抗できないような化け物がいる以上、持ち続けた方がいいだろうな。毎週契約料としてポイントがとられるってんなら、他のプレイヤーに勝ち続けないといけない。まぁ、しごくありふれた結論にはなるが、強くなるしかないんじゃないのか?」
「そうでしょうね。あと、期待するような言い方になってしまうけど、モンスターが現れたら確実に仕留めるようにしたい」
「ああ、それで……」
「君達!どこかに逃げろ!」
店の店主、源五郎が突如声をかけてきた。
「店長、どうしたんです?」
「なんでもこの近くで化け物?が、出たらしい。信じられる話ではないが、実際に倒れている人たちがいる。店を出て左の方にいるらしいから、右に曲がってとにかく走れ!店の中にいろといいたいところだが、建物も壊して回っているらしい。早く逃げるんだ!」
「それって……」
「行こう!止めるんだ!」
俺達は駆けだし、怪物が出たという方向に向かう。