交錯する思い
それぞれの思いを胸に、四人が全力で激突する!
未来をその手につかむのは誰だ!?
そして、大会当日。俺は綾と合流して店に向かった。そこにはたくさんの人、人、人。溢れんばかりの人である。
「うわぁ……すげぇなあ」
三百人はいるのではないか。店舗大会にしては相当の人数である。新システムの導入を一足先に体験できるとなれば、これだけの人数が集まるのにもまぁ納得である。
「綾さん、はぐれないようにね?」
「はい、気をつけます」
「おーーい航平」
振り返ると、マオがトテトテと近づいてきた。
「二人とも、今日はがんばってね!」
「おう、ありがと」
「ありがとうございます!」
「うん、応援してる」
そう言って、再びマオは人ごみの中に消えていった。近くにいればいいのに……。
「それでは組み合わせを決めるので、各チームの代表者はくじを引きにきてくださーい」
店員がメガホンを使って呼びかける。
「春野さん、行ってくる?」
「は、はい、僭越ながら」
「くじ引くだけなんだからそんなに気張らなくてもいいよ」
「で、でも、組み合わせは大事です」
「優勝するつもりなら、どんな相手にも勝たなくちゃ」
「……そうですね!行ってきます!」
大会は2ブロックに分けて行われて、その中で勝ち上がったチーム同士で決勝戦を行う形式だった。綾が引いた結果、俺達のチームはBブロックとなった。各ブロックごとに場所を移動する。店だけでは場所が足りないので他の場所も借りているらしい。
五分ぐらい歩いた場所にその会場はあった。周囲を観察してみるが、見知った顔はあまりない。ドリームショップでたまに顔を合わせる奴が数人といったところか。
「えー、皆さん、それでは本大会のルールを説明します。これが、本日の朝メーカーから送られてきました。どうやら新システムをプレイするために必要なアイテムのようです」
言って、店員は右手をかざす。何だあれ?
縦十センチ、横十五センチくらいの長方形の黒い箱(?)だ。
「この中にカードを入れて使うようです。皆さんに配布しますね」
そう言って係員達が全員にその箱を渡す。
「行き渡りましたか?それではその中に皆さんが持っているカードを一枚入れてください。モンスターのカードなら何でもいいです。後で変更できるので、適当に選んでください」
モンスターカードか……なら、これかな。俺がデッキから選んだのはもちろん、俺が持つ相棒無限精霊 エスペランザギャラクシー』。
「よろしくね」
綾がカードに微笑みかける。『薔薇の女王レアー』だ。
「それではみなさん、デッキケースの裏にあるボタンを押してください」
言われたとおりにボタンを押す。
「ぐ!?」
意識が現実世界から飛ぶ。目を開くとそこにあるのは見慣れたもう一つの世界。デスティニールーラーズのフィールドだ。自分の姿を見るが、その姿は現実世界の俺そのものだ。
「これより、チュートリアルプログラムを開始します」
頭に直接声が響く。なるほど、説明はこっちの世界で行うのか。確かにそちらのほうが分かりやすくていいだろう。
「それではまず、皆さんのアバターとなるカードを選んでください。今までのキングカードのようなものです。ただし、使えるモンスターは基本的に一体のみですので、より慎重に選んでください。十分以内にお願い致します。決まったら、右腰に装着されているカードデッキにそのカードをスキャンしてください」
迷わずギャラクシーのカードをスキャンする。
「Contract(契約)」
突如甲高い電子音が響く。そして、俺の眼前に見慣れた相棒「ギャラクシー」が現れる。
「マイマスター、選んでいただきありがとうございます」
「これからもよろしくな。ギャラクシー」
「はい、よろしくお願いします。では、我が力をお使いください」
ギャラクシーの体からまばゆい光が発生し、それが俺に向かってくる。気持ちいい。力が、みなぎるっ!
「Complete」
再び電子音。そして、俺はギャラクシーの力をまとった姿となる。
ただ、普段顕在化した時の姿とは若干異なる。
まず、武器が少ない。鎧と兜のほかには剣一本しか武器がない。右腰に先程のカードデッキがそのまま装着されている。見ると、その中央に何やらエンブレムが描かれている。
「では、詳しい説明を始めます」
脳に声が届く。
「視界の右端に移っている二本のバーがありますね?上が体力バーで下が精神バーです。体力についての説明は必要ありませんね?精神というのは新しいシステムで、ライフのようなものです。これを消費してモンスターの新たな力を呼び出すことができます。では実際にやってみましょう」
すると、精神バーがみるみるうちに満たされていく。
「では、カードデッキからカードを一枚取り出してみてください」
右手で一枚のカードを抜き取る。
「今手にしている剣の持ち手の部分に、少しくぼみがありますよね。その剣には召喚機としての役割もあります。そこにカードをスキャンしてみてください」
言われたとおりにやってみる。盾が描かれているカードだ。
「Shield」
先程の電子音が響く。ほとんどノーモーションで、俺の左手に盾が装着される。使い慣れたギャラクシーの盾だ。
「では、精神バーを確認してください」
バーが十五%ほど減少していた。なるほど。
「お分かりいただけましたね?強力なコマンドほど、バーの減少率は大きいです。また、精神バーは、物を破壊する、敵にダメージを与える、自分がダメージを受ける、などの方法で増加します」
なるほどね……格闘ゲームの要素が強くなった感じかな?楽しめそうじゃないか。
「また、通常のデスティニールーラーズにはないコマンドとして、『アシスト』、『ファイナルサモン』というものがあります。アシストというのは、契約したモンスターを呼び出して、一定時間共闘するというものです。ファイナルサモンというのは、要するに必殺技です。契約モンスターの特徴を生かした技を繰り出します。この二つ、特にファイナルサモンはどんなものか試してみたほうがいいと思います。では、説明を終わります。引き続き三十分間はこのフィールドに留まる事が出来ます。自動でエネミーが出現するので、戦闘の練習を行ってみてください。それでは、失礼いたします」
そう言って、その声は消えた。
「グガァァァ!!」
恐竜型のモンスターがこちらに向かってくる。
「俺の強さ、見せてやるぜっ!!」
俺は勢い良く、恐竜モンスターに向かって飛びかかった。
「綾さん、どう?調子はつかめた?」
「はい、大体わかりました」
「そっか、そりゃよかった。それじゃぁ、行こうか!」
店員に誘導され所定の位置まで移動する。緊張の第一戦。ここで負けたら話にならない。
「変身!!」
ちょっと格好いいポーズをとり、カードデッキのスイッチを入れ……。
「東城さん、なんですかそれ?」
綾が本当に不思議そうに問いかけてくる。対戦相手の二人もくすくすと笑っている。
「……え?格好良くない?」
「東城さんって、少しお父さんに似てるかも……」
え!?そんな!!俺は厨二病じゃないってばよ!
指摘されて恥ずかしくなった俺は、黙ってスイッチを押して異世界へと飛んだ。
結果だけ記すと、俺達はBブロックの代表者となった。
自画自賛になってしまうが、俺達のコンビネーション攻撃はすさまじく、並みのプレイヤーではその差をひっくり返すことはできなかった。向かうところ敵なしといったところだ。
「いやー、快調快調!!」
「フフ、順調ですね。でも、油断しないようにしましょうね?」
「おう!優勝するまでは気をつけないとな!」
各ブロックの代表チーム四人がその顔を合わせる。
「なんだ?あいつら……」
相手は二人とも仮面をかぶった怪しいチームだ。体格的に二人とも女だとは思うが。
「対戦ステージとか決めるくじ引きは、どっちが行く?」
「東城さんが引きに行ってください。なんとなく、そうしたほうがいい気がするんです」
「そう?わかった。行ってくるよ」
「いってらっしゃい、あなた」
綾が小声で言った。俺がラノベの主人公なら「なんだって?」ととぼけるところだが、俺は情けなく「ホエ!?」と言うことしかできなかった。
「あ、いえ、あの、少しでも緊張をほぐせたらと思って……」
顔を真っ赤にしながら綾が言い訳をする。
「あ、そかそか、そうだよね。うん。じゃ、いってきます」
「はい……」
びっくりした~。そういうサプライズは心臓に悪いぜ。
「さぁさぁそれではいよいよ、お待ちかねの決勝戦を行いまぁぁす!それでは両チーム、こちらへどうぞぉぉ!!」
わぁわぁざわざわと、今日一番の歓声が上がる。
「かたやコンビネーション攻撃で敵を圧倒してきた美女と野獣コンビと、これまで体力を二割も削らせていない異色の仮面のコンビの戦いです!勝利の栄冠を手にするのは一体どちらなのかぁぁ!決勝戦、スタートォ!」
野獣って、失礼な奴だよな……。
「変身!!タカ!トラ!バッタ!タットッバッ!タトバタットッバッ!」
「…………変身。オレンジ!オレンジアームズ、花道!オンステージ!」
バカな!変身ベルトの音声まで自分で言っているだと!?
仮面をかぶっているし、意外に好きなのかもしれないな、仮面ライダー。だったら俺だって!
「変身!……シュルルルルン、シュピーン!」
ちなみにこれは、ライダー界の革命児、『龍騎』の変身音である。
「え、えええ……それってやるのが普通なんですか?ううぅ……変身。俺は太陽の子、仮面ライダーブラック、RX……」
ここにきて遂に綾も変身ポーズをとる。しょ、昭和ライダー!?
綾さんも好きだったの!?
と、俺が驚きを禁じえずにいると、今日だけで何度も味わった感覚が俺を包む。
さぁ、最後の戦いだ!
周囲を見渡すと、どこか傷んだような建物が無数に並んでいる。廃墟ステージだ。このステージは、たくさんの建造物があり、その上先程の市街地よりも壊しやすいため、かなり簡単に精神ゲージを溜めることができる。
手当たりしだい破壊しまくる。一分もすれば、精神ゲージが四割以上たまった。
「東城さ~ん!」
振り返ると、綾の姿が。
「おお、綾さん。敵の居場所でも見つけた?」
「敵……ですか。そうですね、見つけました」
「どこ?二人で奇襲を仕掛ければ一気につぶせるかも」
「そうですね。敵の場所は……」
「場所は?」
「ここです!!」
茨の剣が俺の腹部を貫く。
「ガァッッ!な、何するんだ!」
そんな俺の言葉などきかず、綾は剣をふるい続ける。
「ちょ、ちょっと!俺達はチームだぞ!?なに考えてるんだ!」
なんだ?なにが起きてる?洗脳系の技にでもかかったのか?とりあえず、なんとかして逃げないと!
「くっそっっ!」
「Sword」
剣を呼び出して綾の攻撃をあしらいながら後退する。しかし、敵を攻撃せずに切り抜けるというのは相当難しいことだ。
「やめろ!やめてくれ綾さん!!」
「名前で……呼ばないでくださいっっ!」
……仕方ない……。
「Shoot」
電撃を放つ火器を呼び出し、それを乱雑に放つ。しかし、照準を合わせていない攻撃など、彼女にはかすりもしない。必死に後ろに下がるが、全く距離が生まれない。
「これで……どうだっ!」
近くの建物の土台部分にエネルギーを溜めた強烈な一撃を放つ。ガラガラと大きな音を立て、周囲の建造物が崩壊する。その破片が地面に降り注ぎ、綾の足が止まる。その隙を逃さず、俺は建物の密集地帯に入り込み、なんとか綾を巻いた。
「なんなんだよ一体……」
いきなり攻撃してくるなんて、やはり催眠系の攻撃を受けたとしか思えない。しかし、開始一分程度で敵と出会う確率は低いし、そんな強力な技を使うには、相当な量の精神ゲージを使うだろう。チームバトルを一瞬で一VS三にするような技をおいそれと使われたらたまらない。だが、だとしたら一体どんな技なのだろう。とりあえずしばらくはここに隠れて状況を把握するしかない。
「ドォン!」
隠れていた建物の壁から振動が伝わってくる。仕方ない、場所を移さないといけないな。物影を選びながら駆け足でその場を離れる。
「どうしたもんかな……」
とりあえずは少しでも遠くへ行かないと。そう思って移動してから一分ほどたったころだろうか。
「……綾さん?」
俺は視界に綾の姿をとらえた。しかし、追い抜かれたとは考えにくい。接触すべきだろうか?綾も周囲を注意深く見渡していて、先程の様子とはずいぶん違った印象を受ける。
声をかけよう。正直、三VS一の勝負になったらもうほとんど勝ち目はない。少しでも洗脳を解ける可能性があるのなら、試してみるべきだろう。
「Guard」
一応盾を出現させてから近づくことにする。こちらに攻撃する意思がないということを示す為にも、剣は手に持たず腰に装着する。
「綾さん!」
「東城さん?……流石に二度は、だまされません」
言って、茨の剣の切っ先をこちらに向ける。
「なぜ俺を攻撃しようとするんだ!さっきもいきなり襲いかかってきたし……どういうつもりなんだ?」
「何を言って……先に攻撃したのは東城さんじゃないですか」
ハァ?俺が攻撃しただと?
「お互い、何か食い違いがあるみたいだな。一度、状況を整理しようか」
「……そう、ですね」
よし、とりあえず話し合いには応じてくれた。洗脳の効果が薄くなっているのだろうか。
「じゃ、まず、ウオッッ!」
突如俺達二人のもとに、金色のビームが飛来する。完全に不意打ちだったので、体力を思い切り持ってかれてしまった。
「きゃぁぁっっ!」
綾も思い切り吹き飛ばされる。
「って……この攻撃は……」
見覚えがある。この頃何度も受けた技だ。この金色に光る宝石のような攻撃を行うものは、
「天道つかさっっ!」
まさか決勝戦の相手があいつとはな。まぁ、実力的に考えればおかしなことではないが。では、いったい誰とペアを組んで……?
「フフ…油断しましたね、東城さん!」
「え?」
背後から剣で背中を切りつけられる。
「ぐぅッッ、やっぱり、東城さん、まだ、洗脳……が」
「違います東城さん!私何もしてません!」
え?今、全く違う方向から綾の声が聞こえた。見ると、右斜め前に倒れて立ち上がろうとしている彼女の姿が。じゃぁ、今後ろにいるのは……?
「誰だっ!お前はっ!!」
「ひどいよ、航平。僕の声を、忘れたの?」
その声……聞き間違えるはずがなかった。幼いころからずっとそばにいた俺の親友。
「マオ!!?」
「フフ、あたりだよ」
言うと、綾、いや、マオの体がゆがみ、そこに立っていたのは黄緑色の見たこともない戦士の姿。
「新しい、モンスター?」
以前マオが使っていたモンスターとは別のモンスターだ。こんなの俺は見たことない。
「うん、今日初めて使うカード。入学祝に、買ってもらったんだ。航平に早く見せたかったんだけど、何か特別な時まで待ってようかなーと思って」
「そのモンスター……カメレオンか?」
「うん、デス・ウィルディスっていうんだ」
「デス・ウィルディス?」
なんとなく語感がいい名前だな。
「どういう意味だ?」
「デスは当然死の意味、ウィルディスは、ラテン語で緑色を意味する言葉だよ」
「へぇ、死の緑ね。……不吉な名前だ。それはともかくとして、カメレオン…それであの擬態能力か。まんまとはまったぜ。それにしても、擬態能力に武器の複製能力……ね。お前にぴったりの能力だな」
「そうだね、僕もこのカードのことを知った時は、運命を感じたよ」
「哀浦さんにぴったりって、どういうことですか?」
「マオ、話してもいいかな?」
「うん、いいよ」
「パーフェクトメモリアル、完全な記憶。瞬間記憶能力と言えば、聞いたことあるかな?」
「えっと……一度見たものを絶対に忘れないっていうあれですよね」
「そう、マオは生まれつきその能力を持っているんだ。だから一度闘えば……いや、一度剣を合わせるだけで相手の戦い方の癖を覚え、本人ですら気付かないようなその動きの弱点を把握することができる。俺や綾さんの姿に化けても俺達が全く気付けなかったのは、歩き方や話し方なんかの記憶を引っ張り出してきて再現したからだろう。武器をコピーしてそれをすぐに使いこなせるようになるのは、持ち主の使う様子を見てるから。完全記憶能力にコピー能力、相当、手強いぞ」
今まで俺がマオに対して高い勝率を保てていたのは、ひとえに彼が使うモンスターとマオ自身との個性があまり噛み合っていなかったからだ。それに、完全記憶能力を使うにはかなりの精神力を使うとかで、対戦中にもあまり使うことはなかったのだ。それが今、万全の状態で、最高の相棒を連れてこの場に立っている。俺の前に立ち塞がっている。
ともすれば、タッグバトルでパートナーに化けられたら思うように攻撃できなくなるという圧倒的な不利な場面。しかし、俺の心は今までにないほどたぎっていた。
小さいころからずっと一緒にいた最高の親友と、大好きなことで、ともに死力を尽くして戦える。これで燃えないわけがない。
「クク、面白くなってきたぜ」
「航平」
「なんだ?」
「僕、絶対、二人に勝つよ。そして、君の隣に並ぶのは僕なんだって、証明してみせる。これまでも、これからも」
思わずドキリとする。やはり、こういうチームで出るようなものにはマオを誘うべきだっただろうか。
俺だって、マオがほかの奴とチームを組んでるのを知ったら面白くない。今回マオがつかさと組んだのは、先に俺が綾と組んだからだ。悪いことを、したかな。
「もし航平が勘違いしてたらいけないから言うね。僕が今回のことで航平に腹を立てる権利なんてない。だって、航平は僕の大切な大切な親友だけど、決して所有物じゃない。航平だって、同じでしょ?だから、だからこそ僕は、僕の強さを証明して、君に選んでほしいんだ。航平の、意思で」
ああ、やっぱりこいつは俺の親友だ。自分の思いを相手に押し付けるようなことを俺はしたくないしされたくない。そういうことが嫌いだから、俺は人と関わりたくないと思っていた。
だから俺は、さっきマオから「僕を選ばないなんて、ひどいよ!」そう言われなくてとても安心した。やはり哀浦マオは昔のままなのだと。『俺の意思で、マオを選んでほしい』、か。それだけで、俺のパートナーはお前だと告げるには十分すぎるのではないだろうか。
「マオ、やっぱお前、最高だぜ」
俺が何を考えていたのかが彼に分ったかは定かではないが、
「そっか、ありがと」
彼の仮面の下で、いつもの微笑を浮かべているに違いない。
「……私も、負けるわけにはいきません」
突如、綾がその口を開く。
「さっきの哀浦さんのセリフを聞いたら、余計に負けたくないって思いました。一緒に過ごした時間は比べ物にならないけど、東城さんは私にとっても大切なパートナーですから」
綾がこちらに近づいてきて、俺の左手を握った。そして、マオのいる方に顔を向ける。
二人の間に、何とも言えない不穏な空気が流れる。
「……ハァ、なんだかおかしなことになっているわね。修羅場に巻き込まれるのは勘弁願いたいわ。私たちは今、このゲームで戦ってる。お互い言いたいことがあるならその剣で語りなさい」
この空気にのこのこと介入できるつかさの胆力には舌を巻くばかりだ。お前はソレスタルビーイングか。
「マオ、お前の気持ちは受け取った、だから、だからこそ俺は、すべての力を尽くしてお前達に勝つ!」
「うん、じゃぁ、いくよっ!」
「絶対に、負けません!」
「いざこざは知ったことじゃないけれど……、勝つのは、私よっ!」
四人それぞれの思いを乗せて、再び戦局は動き出す。
俺も綾も、どちらかと言うと近接戦闘型。対してつかさは、光線攻撃などを頻繁に使う遠距離型。そしてマオは、どんな間合いでもそれに合った戦い方ができる。
まず俺達は、自分の間合いに相手を入れないといけない。
だらだらと長引くと、手数が多い相手に分がある。ここは、短期決戦で行く!
剣を強く握り、マオに向かって飛びかかる。
「くらぇぇぇ!」
「天道さん、二秒防いで!」
「わかったわ!」
つかさの右手に装着された指輪からビームが発射される。俺はそれを回避するためにやむなく少し後ろに下がる。その隙にマオはカードをスキャンし、
「Coppy」
武器を複製しはじめる。
「何か出される前にっ!」
綾が左腕の茨を勢い良く伸ばす。自在に伸び縮みして敵を襲うそれは、まさに伸縮自在の槍のようだ。
「くらうわけにはっ!」
マオは右手を大きく突き出し、おそらく先程から握っていたであろう何かを放す。あれは、ヨーヨーだ。
ヨーヨーの糸の部分と茨が激しくぶつかり合う。糸がたやすく切れるのを想像した俺だが、その推測は甘かった。ギギギギ、と音を立て、見事に茨と拮抗している。案外丈夫なんだな、くそ!
少し目を凝らすと、糸は、何かに似ていた。 あの構造……筋繊維か?
マオの左手から、同様の糸が放出される。まるで蜘蛛の吐き出した糸のように柔らかそうなそれは、綾の体にしゅるしゅると絡みつく。
その瞬間、綾の動きが目に見えて鈍くなる。引き千切ろうとしたようだが、なかなかほどけそうにない。
舌の筋肉か!獲物をとらえるカメレオンの舌は、柔らかく、体の中で最も丈夫な部分だ。
「やらせるかよ!」
綾に追撃を加えようとしたマオに、俺も攻撃を仕掛ける。
「私を忘れないでほしいわねっ!」
つかさの繰り出した銀色のビームが俺の胸を貫く。
「ガァッッ!!」
無様に地を転がる。そして、マオの体が鈍く光る。右手と体に黄金の剣と鎧、左手には白銀の指輪、そして全身から茨が生える。俺、つかさ、綾の三人の武器を一瞬にして手に入れたマオは、現れた指輪で綾にビームを放つ。
「ウウッッ!」
何て一方的な強さだ……。チーム戦だからこそ、マオの力は通常対戦以上の力を持つ。
四人分の力。彼はその力を同時に使うことができる。何とかして状況を打破しないと。
「Assist」
契約モンスターのギャラクシーを呼び出す。
「ギャラクシー!マオを攻撃しろ!」
二本の剣を持ち、ギャラクシーが斬りかかる。
「Assist」
「プラチナム!止めなさい!」
つかさの召喚したモンスターがビームを放ち、ギャラクシーの攻撃を阻む。
「ハァァッ!」
拘束から脱した綾が、マオに向かっていく。そのまま茨の剣と、体の茨を駆使して攻撃する。マオは同様に、茨で応戦する。その力はまさに五分。オリジナルと同様のスペックかよ。あのカメレオンのモンスター、ユニークカードでないのが不思議に思えるほどの強さだ。いや、マオでなければああは使いこなせないか。
たいていの攻撃は、マオには通じない。綾と二人がかりで攻撃したら何とかなるかもしれないが、つかさを放置することも当然できない。
「Trick」
マオが新たな武器を呼び出す。これは、マオ本来の技か。俺の剣は腰にかけ、今マオが手にしているのは、先程のヨーヨーとブーメランだ。Trickの名の通り、何とも変則的な武器だ。
ヨーヨーを俺に向けて放ち、ブーメランを綾の方に投げつける。その攻撃を剣の腹で受ける。激しい衝撃音。すぐにヨーヨーはマオのもとに戻っていく。少し気を抜いてしまった次の瞬間、俺の背後から何かがぶつかった。前のめりに倒れたところを再びヨーヨーが襲い、俺の頭部に直撃する。
何て硬度だ……。比喩ではなく、本当に頭が割れそうだ。マオは左手でブーメランをキャッチする。さっきあたったのはあれかよ。綾の方に行ったからすっかり気を抜いてた。
その場にしゃがみ込みそうになっていた俺を逃がすほど、マオは甘い奴じゃない。三度俺にヨーヨーを投げつける。体勢を崩していた俺は回避を諦め、襲い来る衝撃に備える。だが、先程のような痛みは無い。代わりに、ヨーヨーの糸が俺の体に巻きつく。これはさっき綾が受けた技……。
わずかな希望を持って横を見たが、綾は少し離れたところでつかさと激しく戦っていて、とても頼れそうにはない。マオは高く跳びあがり、高所からのキックを仕掛けてくる。俺と糸でつながっているので、この攻撃が外れることはあり得ない。しかも俺の全身は思うように動かせないので、受け止めることもできない。
「タァァッッ!」
右足を前に突き出してのシングルキック。
「ゴァッッ!」
胸を思い切りけられ、肺にあった空気が全て吐き出される。しかし、俺はこの機会を逃さない。思い切り吹き飛ばされた衝撃を生かして、全力で糸を体から離そうとする。力を入れるほどに食い込み、かなり大変だったが、とりあえずの脱出には成功した。
「まだまだ行くよ!」
「Assist」
緑色のカメレオンがマオの後方に現れる。カメレオンの口から長い長い舌が射出される。とっさに構えた俺だったが、その下がとらえたのは俺ではなく、契約者のマオだった。一度舌を自らのもとに戻し、再び伸ばす。尋常ではない速さで、マオが俺に向かってくる。超威力の体当たり?
「アアアッッッ!!」
剣で迎撃を試みる。生身での突進だ。剣ではじくことができれば、逆にマオにダメージを与えられるだろう。そんな俺のモーションを予知していたのかどうかはわからないが、マオは右手のヨーヨーを投げつけた。カタパルトとしての役割をはたしているカメレオン。超速で襲い来るマオ。そこから繰り出されるヨーヨーの一撃は、先程までの物とは威力が比べ物にならない。
「ガギィッッ!」
あまりの力に俺は剣を持つ手を放してしまった。
「ああっ!」
情けない声をあげてしまった俺のもとに、一度もとの位置に戻ったマオが再び俺に強襲する。ドガァッッ!と、人と人とがぶつかった時ではおよそありえない音が鳴る。自然界のカメレオンの舌を伸ばし、口の中に戻すまでにかかる早さは二十分の一秒。そして、舌の長さは、体長の1.5倍だ。このカメレオンの全長は約2m。つまり、秒速6000m。自然界ではありえない速さ。これに対処できる者などいるだろうか。変身してモンスターの力を借りていても、その動きを捉えることはできない。一度目の攻撃では、ヨーヨーで攻撃するマオのためにスピードがかなり制限されていたのだろう。今の攻撃に対しては、俺は何もすることができなかった。
今までの中で間違いなく最速の攻撃だ。つかさの放つビームよりも、綾の茨の動きよりも、そして俺の必殺技よりも速い。
またもや後方に吹き飛ばされたが、これは僥倖とも言えるだろう。これで、あの攻撃を受けることはない。見ると、マオのモンスターはすでに消えていた。流石に、あんなのを何度も食らわされたらやってられない。
くそっ!まだ早すぎる気もしないではないが、ここは何としてでも流れを変えないと。
「過剰稼働っ(オーバーアクト)!」
俺の体がまばゆい光に包まれる。諸刃の剣とも言える俺の特殊能力。一気に決める!
「デリャァァァッッ!」
閃光のごとき速さで肉薄し、右下から左上へと大きく剣をふるう。左利きの俺が、最も得意とするコース。マオもそれは承知だろうが、この速さについて来れるか?
「ウッッ!」
この勝負で初めて、まともなダメージがマオに入る。
「まだだぁぁっ!」
右手の電磁砲から青の電撃を放ち、空中に身を浮かせたマオに追撃をかけようとしたその時、
「エヴァイユッッ(覚醒)!」
マオが、聞き慣れない単語を口にする。次の瞬間、マオの体を、俺を包んでいるのと同じ色の光が覆う。
スッ、と静かな、それでいて超速の速さで俺に接近する。スピードが、明らかに上がっていた。この能力まで奪えるのかよ……。
「ハァァッッ!」
腰につけていた俺の剣を取り、真正面からの全力の攻撃。両者の剣が激突し、鈍い音を立て、激しい火花が散る。
「ガアアァァァァッッ!」
「ハァァアアアァッッ!」
すげぇな、マオ。ほんと、強ぇよ。だからこそ、俺はお前に勝ちたいっ!
右手を思い切り上にあげ、マオの脇腹に当てる。
「ウッッ!」
体勢を崩したマオに、必殺の上段切り。あと一歩で剣とその肩がぶつかろうとした時、俺の体を左方より来たビームが襲う。
「東城さんっ!」
「忘れてた?これはチーム戦なのよ?」
迂闊にも、途中から完全にそのことが頭から抜けていた。綾は確かに互角に戦えていただろうが、戦いの中には静寂が訪れる瞬間がある。その時を突けば、俺への攻撃を仕掛けることも可能だ。
「大丈夫?しっかりなさい」
「ありがとう、天道さん」
「大丈夫ですか?」
俺の肩に綾が手をあてる。
「大丈夫じゃなくても、戦うしかないっしょ」
「そうですね、すみません、愚問でした」
再び、二人と二人が対峙する。
「そろそろ、終わりにしましょうか」
四人全員、おそらく精神ゲージはすでに満タンだろう。
「ここで、決めるっ!行こう、天道さん!」
「ここが最後の正念場だ。勝とう、綾さん」
「はいっ!」
「Unight(融合)」
この技は、本来自分のモンスターをギャラクシーと合体させる技。しかし、一体のモンスターとしか契約できないこのモードでは、まず使うことがない。が、タッグモードでは、パートナーとの合体が可能となる。
「一緒に決めよう」
左手を綾に差し出す。にこりと笑って、綾はその手を握る。
瞬間、俺の体から黄緑色の光が放出される。
(東城さん、絶対勝ちましょうね)
どうやらモンスターとの融合時同様、脳内での会話ができるようだ。
うわ、よく考えたら美少女と一つになるって半端なくエロいな。
(こんな時に何考えているんですかっ!)
ええっ!?これも伝わっちゃうのかよ。ちょっと精度良すぎでしょ……。
っと、確かにそんな場合じゃ、無いな。
「Final Samon」
「Final Samon」
2つの電子音が、俺の意識を戦場に引き戻す。
「Final Samon」
俺も、決着をつけるためカードをスキャンする。瞬間、俺の頭に一つのイメージが浮かび上がる。それは、必殺技のイメージ。その技名を感覚的に知る。
「秋霜烈日」。検察官のバッジのモチーフになっている言葉だ。秋の霜や、夏の日差しのような、気候がとても厳しい様。転じて、罰などがとても厳しいことを表す。
俺の後ろに、綾の契約モンスター、レアーと融合したギャラクシーが現れる。彼の体が、白く光り、胸から白い大輪の花が開く。百合の花だ。秋霜烈日という言葉には、百合も由来になっているらしい。その花にエネルギーが集まっていく。
「ウェェエェイッッ!!!」
(いっけぇぇぇぇええ!)
超威力の白いビームを放つ。全てを飲み込む美しい光。マオは、契約モンスターの舌に巻かれる。そしてつかさも、契約モンスターを呼び出し、金色のビームを放つ。マオがモンスターの舌から放たれ、つかさのビームを背に受けて、超高速でキックのモーションを取りながら向かってくる。どうやらチーム間では、必殺技の当たり判定はないようだ。刹那、二人と二人の力が激突する。
「オグッッ!アァァッ!」
(ううっっ!)
ビームを放っている体に、ミシミシと痛みが走る。今のところ、二つの力は完璧に拮抗している。先に集中が途切れたほうが負ける。
「ぜってぇ、負けねぇっっ!」
「僕は、勝つんだぁぁ!」
「私は、勝ぁぁぁつっっ!」
(ここだけは、耐えてみせますっ!)
「「「「アアアアアアアアアアアッッッッッ!!!」」」」
激しい激しい、思いの激突。その状態のまま、一分くらいたった頃だろうか。俺の脚が、少し後ろに下がった。ま、まずい……。
気合を入れて踏ん張るも、少しずつ、少しずつ押されていく。
(東城さん!このままじゃっっ……)
わかってる。こうなりゃ賭けだ。ビームの出力を、ダメージを受けない最小限にまで弱める。むろん、先ほどよりも速いペースで、どんどん押されていく。
(な、何をしているんですか?このままでは……)
任せろ。何も無策ってわけじゃない。
「これで、僕達の勝ちだぁっっ!!」
まさに、マオのキックが炸裂しようという、その瞬間、弱めていたビームの威力を、マックスに。先程まで、エネルギーを極力使わないようにしていたので、溜まった分、威力が上乗せされる。その一撃が、マオの体に直撃する。
「ううっっ!」
マオの体が、一気に後方に押される。
「これで、終わりだぁぁっっ!」
二秒ほど俺達の必殺技を受け、マオの体が消滅する。二人分の必殺技だ、これでも十分耐えた方だろう。二人対一人の対決では、当然つかさも押されてしまう。そしてそのまま彼女に直撃し、彼女の体が青白色い光へと変わる。その瞬間、俺達の勝利が確定した。
とても心地よい充足感の中、俺の意識が現実世界へと戻っていく。