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Destiny Rulesr~運命の支配者たち~2  作者: くすっち天頂
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薔薇の少女

第二章

退屈だな……。学校が終わり、いつものようにドリームショップに向かっているが、俺の横にはマオがいない。係の仕事で今日は来るのが遅れるのだ。別に一人でいるのが嫌いなわけではないはずだが、やはり親しい人がそばにいるのはいい。

「……やめて、ください……」

「ん?」

通りの裏から声が聞こえた。ふと覗いてみると、一人の少女がいかにもガラの悪そうな三人の男達に絡まれていた。

「いいじゃんかよ、俺らと遊ぼうぜ」

「楽しいことやろうよ」

「お願いです、放してください……」

ハァ……。

「おいお前ら、その汚ぇ手をどけろよ」

「あ?なんだテメェは」

三人が一斉に俺をぎろりとにらむ。

「通りすがりの仮面ライダーだ」

「ハハハ、頭イってんのかよ。痛い目に会いたくなかったらとっととどっか行けよ」

「その子を放せよ」

「ンだとコラ!ぶち殺すぞ!」

男の一人が俺に襲いかかってくる。

「おいおい、暴力沙汰はまずいぜ。耳を澄ましてみろよ」

「はぁ?」

ウウウウウウウゥゥゥン!!

遠くから、サイレンの音が聞こえる。

「テメェ、サツ呼びやがったのか!」

「俺が腕っ節でお前らみたいなのに敵うわけないからな」

「チッ、行くぞ!」

男たちが駆け出していく。

「ハハ、ちょろいな」

携帯を操作し、サイレンの音を止める。こんな簡単なトリックに引っ掛かるなんてアホすぎる。

「あの、ありがとうございました!!」

少女が深々と頭を下げる。その顔を見て、俺は驚愕した。

花にたとえるのも申し訳なくなるような、美しい顔。すらっと伸びた四肢はとても華奢で、本能的に守りたいと思ってしまう。先日会ったつかさも暴力的な美しさを持っていたが、それに勝るとも劣らない美貌の持ち主だった。

「あ、ああ。ど、どういたしまして」

「本当に助かりました。何とお礼を言えばいいか……」

「い、いや。大したことはしてないよ。別に、お礼なんていいよ」

「そ、そういうわけには……」

なんだ、この礼儀正しくて素直な感じは。つかさも美しいが、あいつにはこんな庇護欲を誘うようなまねはできないだろう。

「と、とりあえずさ。ここを出ようか」

こんな路地裏にいたら、またあんな輩に絡まれるかもわからない。

「は、はい」

そして俺達は、表通りに出た。

「あの、わたし、春野綾といいます。お名前を伺っても……?」

「あ、ああ。俺は、東城航平」

「先ほどは、本当にありがとうございました。何か、お礼にできることはありませんか?」

「いや。さっきも言ったけど、俺が勝手にやったことだからさ。気にしなくていいよ」

「わ、わかりました。本当にありがとうございました」

「どういたしまして」

別に傷を負ったわけでもない。こんなかわいい娘を守れたのなら、それだけで十分だ。

「あの、もしよろしければ、連絡先をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ひょえ!!?」

女子と連絡先を交換したことなど生まれてこのかた一度もない。

「ご、ごめんなさい。迷惑ですよね?」

「いやいや!そういうわけじゃなくて!ちょっと驚いただけ。君さえよければ、喜んで」

少女が輝く笑顔を浮かべる。なんだこれは。ラブコメか?今からラブコメが始まるのか。『え?なんだって?』とかいった方がいいのかな。

「そ、それでは、失礼します」

「う、うん。それじゃ」

そうして彼女は俺の下から去って行った。可愛かったなぁ。

「なにを気持ち悪い顔をしているの?ああ、もとからだったわね」

ところ変わってドリームショップ。つかさが幸せな気分をどん底に落としてきやがった。

こいつ、俺のコンプレックスが容姿にあると見抜くや否や、挨拶の用にそれをいじってくるようになった。

「うるせえなあ。別にいいだろ」

「航平、何かいいことでもあったの?」

「ん、まあ。ちょっとな」

「本当に気持ち悪いから、私といる時はその表情やめてね」

「ちっっ、わかったよ」

なんでここまで言われにゃならんのだ。ああ、早くあの子に会いたいなぁ。

そして翌日。マオといつものように二人で下校していると……。

「あ、あのっ!東城さんっ!こんにちはっ!」

俺が待ち望んでいた美少女、綾がいた。

「は、春野さん!?ど、どうしたの?俺に、何か用かな?」

「いえ、何か特別な用というわけではないんですけど……ごめんなさい。迷惑ですよね」

「いやいや、そんなことないって」

「そちらの方は、恋人さんですか?」

「あ、いや。違うよ。こいつは哀浦マオ。可愛いけど、男だよ」

「そうなんですか」

綾が嬉しそうな顔をする。おい、ほんとにラブコメ始まるんじゃねえのかこれ。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

「お二人はどこへ向かっているんですか?」

「ああ、ちょっとね。おもちゃ屋さん……かな?デスティニールーラーズって知ってる?」

「名前だけなら、聞いたことがあります」

「俺達あのゲームが好きでさ、毎日店でプレイしてるんだ」

「そうなんですか」

「あのさ、もしよかったら、ちょっとやってみない?」

「い、いいんですか?わたし、昨日も助けていただいたのに……」

「も、もちろん君がよければなんだけどさ。すっごく面白いよ!」

「お願いしても……いいですか?」

「もちろん!」

この子と一緒に遊べたら、楽しいだろうなぁ。

「航平、春野さんとはどういう関係なの?」

マオが少し不安そうな目で俺を見つめる。おまえは俺の彼女かっ!全く問題ないけど!

店に向かう途中、俺は昨日のことを話した。

「航平、すごいね!かっこいいや!」

「はい、とても素敵でした」

 二人の美少女にほめられ、とても恥ずかしい。両手に花とはこのことだな!

「い、いや、そんなことないって。別にヤンキー達を倒した訳じゃないし……」

「喧嘩しないで解決したんでしょ?そっちの方がいいよ」

「あ、ありがと」

 そうこうしているあいだに、俺たちは目的地に着いた。

「……あら?どうしたの?どんなネタでゆすっているのかしら?」

つかさが俺達の姿を見た途端に、そんなことを言いやがった。なんでこいつは俺が女子といたら脅迫してると思ってんだ。失礼すぎるだろ。

「彼女さん……ですか?」

「そういう笑えない冗談はやめてね。ブラックジョークにもならないわ。名誉毀損よ?」

つかさが綾をじろりと睨む。おい、なんで俺の恋人って言われたら名誉毀損なんだよ。睨まれた綾は怯えていた。

ま、守りたい!

「ご、ごめんなさい……」

「まぁ、わかればいいわ。……ところであなた、この娘に何をするつもりなの?返答いかんでは通報の必要がありそうね」

「まずその疑いの目を向けるのをやめろ。この娘にデスルラを教えようと思ってな」

「そう」

 納得した表情を浮かべる。

「ではそれが終わったら対戦をお願いするわ」

「了解」

「それじゃ、春野さん。説明するね」

「はい、お願いします」

 ―

「へぇ、すごくおもしろそうですね!」

綾がとても嬉しそうに笑う。

「それじゃ、カードは俺がプレゼントするよ」

「そ、そういうわけにはいきません!自分で買います!」

綾が慌てて財布を取り出す。数十種類あるパックの中から、何種類か選んで買う。

「じゃあ、開けてみますね」

綾が慣れない手つきでパックを開ける。

「……きれい」

カードイラストを見て感嘆の声を上げる。イラストは、カードゲームの大切な要素の一つだ。ラノベと一緒だな!デスティニールーラーズは、その面に置いても他のカードゲームより頭一つ、いや二つ分くらい抜けている。

「なんとなくですけど、東城さんがこのゲームに熱中する理由が少しだけわかったような気がします」

それはなにより。でも、このゲームの面白さはそんなもんじゃない。対戦してみたら、もっと好きになってくれるだろう。

「うわぁ、このカード、光っててすごくきれいです……」

光ってる?レアカードでも当たったのかな。レアカードはカードゲームの華だ。

「見せてもらってもいい?」

「はい!」

綾が俺に一枚のカードを手渡してくる。

「はぁ!!?」

思わず驚嘆の声をあげてしまう。

「どうしたんですか?」

俺が驚いた理由は、そのカードの名に冠されていた「The」の三文字。英文などでは嫌というほど見るものだが、このゲームではほとんど見ることがない。

なぜなら、この名を冠することができるのは、ユニークカードだけなのだから。つまり、この少女がたった今あてたのは、世界に唯一のカードなのだ。

「えっと、さっき言ったユニークカードって覚えてる?」

「はい。世界に一枚の珍しいカードなんですよね?」

「うん、このカードはそのユニークカードなんだ」

「そうなんですか、すごくラッキーですね!嬉しいです!」

綾はとてもうれしそうな様子だが、そのすごさにいまいち気づいていないようだ。ユニークカードなど、並みの人間、いや、そんじゃそこらの金持ちでも持つことはできない。その価値に気付いた者は、どんな大金を積まれても、なかなか人にそれを渡そうとは思わない。

「どうしたの?航平?」

俺の驚きの声を聞いた綾が近くに寄ってくる。

「ああ、春野さんが、ユニークカードを当てたんだ」

「ええ!?」

「ユニークカード……ですって?」

少し離れていたつかさもこちらに声をかける。

「そんなに、すごいものなんですか?」

「す、すごいなんてものじゃないわ」

「おめでとう!春野さん!」

「ありがとうございます」

「それじゃぁ、そのカードを軸にデッキを作ってみようか?」

「はい!」

「その系統のカードなら俺は使うことないから、余ってるのでよければ上げるよ」

「で、でも……」

「俺が持っていても仕方ないからさ。カードも使ってもらった方がうれしいだろうし」

「本当にいろいろとありがとうございます!」

それから俺達は二人で、彼女のデッキを作った。

「それじゃ、試しに対戦してみようか」

「よろしくお願いします!」

「「アナザーワールド、リンクスタート!!」」

そして俺は、再び戦いの場に降り立った。

「……ふう」

さて、どうするか。今回は綾への指導が目的で、戦闘での勝利が目的ではない。なら、城を出て、彼女のもとへ行ってみて、戦闘のノウハウを教えた方がいいだろう。

(主よ、こんなに早くに城を出られるのですか?まだ顕現化もしていないというのに。大丈夫ですか?)

「ああ、今回は対戦相手に指導するのが目的だからな。すまん、今回は真剣勝負じゃないんだ。またあとで戦いに来るから勘弁してくれ」

(わかりました。仰せのままに。)

特に急がずゆっくりとフィールドを歩く。まあ、このペースでいけば綾に出会うころにはお互い顕現化できて、指導できるだろう。

そして、しばらくして……綾の城が見えてきた。

(主よ、指導をすると言っていましたが、本当にその相手は初心者なのですか?なんというか……すさまじいプレッシャーを感じます。)

「相手のキングカードはユニークカードだからな」

(それだけでしょうか……なにか…。)

「心配いらねぇよ。マニフェステイションッッ(顕現化)!!」

「東城さん?」

綾がこちらを発見する。

「マニフェステイション(顕現化)!」

彼女の全身を、赤い花弁が覆う。

「The Veled Queen Reia」

それが彼女が手に入れたユニークカードの名前だ。直訳すると、「薔薇の女王レアー」だ。レアーというのは、ギリシャ神話の大地をつかさどる女神だ。全身を赤の鎧でまとい、体の各所から茨が出ている。綺麗な花にはとげがある、か。まさしくその通りだ。とても美しくもあり、相手を拒絶するような雰囲気も持ち合わせている。

「手合わせ、お願いします!」

彼女が城壁から飛び上がり、俺に向かってくる。

「レアー・バインド!!」

地面から茨が生えてきて、俺の足を拘束する。

「クッッ!」

「ソーン・ブレイド!」

彼女の手から生えた茨が、剣状になり、俺を襲う。

「ガァッッッ!」

胸を思い切り斬りつけられる。……なんて強さだ。ほんとに初心者?

「ライト・バインド!!」

両手から光の輪を発生させ、綾に向けて放つ。

「バンブル・シールド!」

全身の茨が彼女を覆い、俺の攻撃は届かない。

「リーフ・カッター!!」

針葉樹の葉のようにとがった百近くの葉が俺を襲う。数とその速さのせいで、半分も迎撃できず俺は大幅に体力を減らす。

「あ、あの、東城さん?」

綾が俺のもとに近づいてくる。

「えっと、あの、手加減、しなくていいですよ?」

ハ、ハハ。全力だったんだけどな。一応。

「手を抜いてるつもりはなかったんだが……。なんでそんなに戦いなれてるんだ?」

「えっと、なんだか、次にどうすればいいのか、考える前に思いついて……」

「完全同調……」

完全同調パーフェクトシンクロ。通常、顕現化時には、プレイヤーとキングカードのモンスターは、互いの思考を読み取ることができる。これに対し、完全同調というのは、互いの思考が完全に一致し、新たな一つの思考を生みだす。

モンスターの反射と戦い方のノウハウと、プレイヤーの深い思考の融合。これが完全同調だ。どこかのガンダムアニメでもやっていたように、反射と思考の融合というのは、とてつもなく強力なものだ。

まぁ、アクセルワールドのバーストリンクみたいなもんだ。……用語の説明に他作品の設定を持ってくるってどうなの?しかも他レーベルだし……。

ただ、この強力な能力は、努力すれば何とかいうものではない。完全に天性のものだ。

彼女の強さは、この能力に由来するものだろう。彼女の経験不足を、カードから得られる情報で補っている。

本気を出しても五分といったところか?なら、全力で行かせてもらう!

「来い!混沌の騎士、アウゼス!」

(お任せください、マイマスター。)

「よろしくね!白百合の化身、アスセーナ!」

白い花弁から美しい神秘的な剣士が現れる。ちなみにこのアスセーナと言うカード、アウゼスと同様レジェンドカードである。何という爆運だろうか。

「アウゼス、そっちの敵は頼むぞ!」

「御意!」

「今度はこっちの番だ!」

上段切りで綾を攻撃する。それを彼女は茨の剣で受け止める。

「すごいね春野さん。初めてでここまでやるなんて……ほんとすごいよ」

「ありがとうございます!」

「でも、指導役として負けるわけにはいかないかな」

剣に力を込め、無理矢理綾と距離をとる。

(いくぞ、ギャラクシー。)

(了解。)

「オーバーアクト!!(過剰稼働)」

俺の体を、ひときわまばゆい光が包む。そのまま、金色の光を放ち続ける。

これがギャラクシーの持つ二つ目の能力。一定時間、大幅に機動力、攻撃力などを向上させる。ただしこれを使うと、使用後に大きく性能が落ちるうえ、効果の持続時間も短い。

まさに諸刃の剣だ。

「……行くよ」

一瞬で背後に回り込み、背中に強烈な一撃を見舞う。

「―っっ!?」

綾が苦しみの声を上げる。大きな罪悪感を感じるが、これも勝負だ。割り切るしかない。

手を休めずに、再び攻撃。

「ご主人様に、何をするかっ!!」

主人を苦しめる俺に、白百合の化身が襲いかかる。でも、甘いぜ。

「敵に背を向けるとは、愚か者めっっ!!」

アウゼスがその背に強烈な雷撃を見舞う。

「ガアアァァァッッ!!」

「アスセーナッッ!!」

綾が心配そうな叫びをあげると、アスセーナの体を黄緑の光がやさしく包み込む。

そしてその傷が癒えていく。回復能力か……。

「ハァッッ!!」

回復した白百合の化身は、反撃とアウゼスに襲いかかる。

「クゥっっ!やるな……」

「負けません!」

地面から生えた茨が俺に襲いかかる。

「ハッッッ!!」

その茨を光の剣で両断する。

「トァッッ!!」

真正面から飛び込んでいく。その胸に、剣を突き刺す!

「終わりだぁぁッッ!!」

その瞬間、俺の体から紫の蔓が現れ、動きを止めた。

「なんだと!!?」

「リクニス・ビスカリア、ご存知ですか?」

綾がフフっと笑う。戦闘中にもかかわらず見とれてしまった。

「紫色のきれいな花だったっけ?」

「花言葉は、ご存知ですか?」

「……望みを達成する」

「もう一つあるんです、この花のもう一つの花言葉は……罠です」

「はは、なるほどね」

そして、俺の体から光が消える。効果が消れたか。ちと、これはまずいぞ……。

「マスター!大丈夫ですか!?」

アウゼスがこちらに駆け寄ってくる。

「馬鹿!来るな!」

ズザァァァッッッ!!

その背中にアスセーナが強烈な一撃を与える。

「敵に背中を見せるなと言ったのは、あなたですよ?」

まずい、かなりまずい……。

「アウゼス、ともに行くぞ」

「了解です」

「Unight(融合召喚)」

俺達の体が一つになる。これで、過剰稼働のデメリットは打ち消される。

ちょっとした裏技だ。両手に剣をしっかりと握る。

「行くよ!神魔封滅剣っっ!!」

神速の剣技を次々と放つ。

「バンブルシールド!リーフウォール!!」

茨の盾が出現する。さらに俺達のまわりを無数の葉が舞い、視界が遮られる。

「ハァッッ!!」

後ろから剣が俺を襲う。アスセーナかっ!

「グゥッッッ!!」

体力バーが大きく減少する。

「決めます!」

前後から二種の剣が俺を襲う。

「ライトニングフィールドッッ!!」

光のバリアを発生させる。

 ガキィィ、と、嫌な音を立ててバリアをじわじわと剣が突き破ってくる。と、そこで、ターンが俺に移った。ドローしたカードを確認する。

……よし!これなら!!

「その身に宿した聖なる炎で、世界のすべてを焼き尽くせ!火焔の貴公子バーニングアポロン!!」

炎の力を持つ天使が、俺の目の前に顕現する。

「行くぜ、マスター。こいつらを灰にすりゃぁいいんだよな?」

「頼むぞ、最初からフルパワーで行け!」

「了解だぜ!ラスト・フレイム!」

ゴオオォォォォォォォォォォ!!!

地面が割れ、大量のマグマが噴き出す。

「ご主人様、これはまずいです!一端退いてください!」

「う、うん!わかった!!」

「逃がすかよぉ!」

アポロンの手からもマグマが噴き出し、綾たちを襲う。植物系には効果抜群だ。

「燃えろ燃えろ燃えろぉぉ!!」

(我が主よ、われらもこの機に攻めましょう!)

(マスター、ギャラクシー殿の言うとおりです。今が機です。)

「わかってる」

「トワイライト・ブレイクッッ!!」

剣が激しく輝く。

「ゼアアアアァァッッ!!」

その標的は、近くにいたアスセーナだ。左下から、右上へ切り上げ、右下から左上へとX字形に斬る。剣を引き、心臓部へと必殺の一撃。

空いていた右手で光のエネルギーを集め、それを敵の頭部へと放出する。

「クゥゥッ、アアアアアァッッ!」

アスセーナの体が爆散する。

「今回は僕の勝ちだよ、綾さん!」

「え?ええ?名前……で!?」

綾の動きが一瞬硬直する。しまった、意識せず名前で呼んでしまった。だがまぁこれも動揺させるための作戦ということにしよう。

彼我の距離を、一気に詰める。

「お願い、助けて!」

モンスターが三体湧出する。

「そんな壁モンスターで!!」

そのひと振りで一気に二体を消す。そして右手からだしたビーム攻撃でもう一体も消す。

「まだ、負けません!」

「ハハ、終わりだよ!」

「え?」

後方からアポロンが奇襲をかける。炎の太刀で、綾の右手を切り落とす。

「イヤアアアアアァァッッ!」

痛みに悶えながらも、左手の剣でアポロンを迎撃する。でも、隙だらけだよ。

右手に発生させたエネルギー剣で胸部を貫通させる。これで決まったと思ったが、綾の体力バーは五%くらい残っていた。最後は、かっこよく決めるか。

「Unight」

アポロンも吸収する。

(行くぜ!マスター!)

「フルフレイム・トルネード!!」

炎を内に宿した竜巻が綾を襲う。

「は、速い!」

竜巻の回避をあきらめた綾は、茨で体を覆い、耐えようとする。

「これで、終わりだぁぁぁ!」

アポロンを取り込んだことにより、炎のエネルギーを得た剣を綾に向けて投げ飛ばす。

その剣は、見事に茨を突き破り、綾の体力ゲージをゼロにすることに成功した。

「負けました、完敗です……」

綾の体が、青い光となって消滅する。

「やっと終わったか……」

(すごい強さのプレイヤーでしたね、本当に初心者なのですか?)

(初心者、マジかぁ!?これからすげぇ化けんじゃねぇの?)

「ああ、すごく楽しみだ」

(マスター、彼女をまた連れてきてください。ぜひともまた手合わせしたいものです。)

「ああ、きっとまたすぐに戦うことになるよ」

これは予想ではなく、確信だ。きっと彼女とも、素晴らしい関係を築いていけるだろう。

最後にそんな幸せな気持ちになって、俺は異世界を後にした。


「東城さん、対戦ありがとうございました!」

「い、いや、どういたしまして。楽しかったよ」

「わたしも、すごくおもしろかったです」

「あ、あのさ。痛かった……よね?大丈夫?」

「い、いえ。平気です。心配してくれて、ありがとうございます」

「……ねぇ」

つかさが、綾に声をかける。

「は、はい、何ですか?」

「本当に、このゲームをするの初めてなの?」

 ちなみにこのゲーム、拒否設定にしない限り、周囲のプレイヤーはその戦闘の様子を見ることができる。

「はい。すごくおもしろいです!」

「これからが、楽しみね」

 つかさが珍しく、素直に称賛の言葉を贈る。

「ありがとうございます!」

「春野さん、僕とも後で勝負しよ?」

「もちろんです、よろしくお願いします」

そして二時間ほど経った。対戦を重ねるたびに綾はメキメキとその腕を上げていった。

なんて成長スピードだ……。

そして、七時を回ったころ。

「東城さん!」

マオと対戦を終えた綾が駆け寄ってくる。

「このゲームを教えてくれて、ありがとうございました!すっごくおもしろいです!

昨日も助けていただいて、本当に、お礼の言葉もありません」

「お礼の言葉がないんなら、礼なんて言う必要ないさ。喜んでもらえて何よりだよ」

「あの、もしよろしければ、今週の土曜日、一緒に食事に行きませんか?何か御馳走させてください」

……え?それって、デート?デートなのか?私たちのデート(戦争)を始めるのか!?

「あ、ああ。もちろん!!」

きたぁぁぁぁぁぁぁ!!ついに、ついに俺の青春ラブコメが始まるのだっっ!


週末までの数日間は、今までで一番長く感じた。綾はあれからも毎日店にきて、俺達との勝負を楽しんだ。そして迎えた週末。普段なら九時くらいまではぐうすか眠っている俺だったが、その日はなんと朝の四時に目が覚めてしまった。しかも全く眠くない。

これが、美少女とのデートを前にした男子の力かっっ!!無尽蔵のエネルギーがあふれてくる。早速着替えようとしたが……待て。

こういう時、どういう服を着ていけばいいのだろうか。

「ん?こう君、なにしてるの?」

「……兄貴……」

「何よその微妙な反応~、ひさしぶりに話すのに~」

こいつは東城隼人。俺の兄貴だ。両親を亡くした俺達兄弟の生活をやりくりするため、高校を中退して働いている。今俺がこうして普通に暮らしていられるのは、間違いなくこの人のおかげだ。だからとても感謝しているし、尊敬しているのだが……。

「あら?どうしたの?服なんか手に持っちゃって。いつもは何も迷わずに近くにある物を着るようなおしゃれに無頓着なこう君が」

「こう君って呼ぶのやめてくれって言ってるだろ。俺だって、たまには服装に気を使う」

兄は、オネエなのだ。そういう系の店でバイトしているうちに、完全に染まりやがった。

もとは真面目でかっこよくて憧れていたのに……。いや、今もこの人はかっこいいとは思うが。

自分の進路をあきらめて兄弟のために働くなんて、現実ではなかなかできないことだろう。少なくとも、同じ立場だったら俺はできなかったと思う。

「あらやだ?デート?でも変ね、こう君が女の子と仲良くなるなんてありえないし……」

この野郎。空手や柔道やらの武道の達人でなければ迷わず俺は何らかの攻撃を仕掛けていただろう。

「……あのなぁ」

「じゃあマオちゃんと?でもあの子と出かける時もおしゃれなんてしてなかったわよね?」

「マオじゃねぇよ。俺にも少しは女の友達ぐらいいるっつーの」

少なくとも先週まではいなかったが……。

「こう君も大きくなったのねぇ。なんだか寂しいわぁ」

「ま、そういうわけで俺は早めに出るから」

「まだ五時過ぎよ?待ち合わせは何時なの?」

「……十時だけど?」

「待ち合わせ場所は?」

「そこの駅だけど」

「徒歩五分じゃない!!?あなた、一体何時間前に行くつもりなの!?さすがにお兄ちゃんもちょっと引いたわ!」

「いいじゃねぇか。万が一にでも待たせたくねぇじゃねぇか」

「バカよ、バカがいるわ。……初デートなの?」

「デートっつーか、恋人じゃねぇんだけどな」

「そんなに早く行く必要ないと思うけどなァ」

「いいんだよ。俺がいいって言ってんだから。じゃァな、今度こそ行ってくるぜ」

「あ、こう君!一つアドバイス!」

「なに?」

「いい雰囲気になったら一気に押し倒して既成事実を作るのよ!」

「ざけんじゃねぇぞ!お前は弟を犯罪者にするつもりか!!」

思いきりドアを閉めて俺は家を後にする。見慣れたこの光景も、生まれて初めてのデートだと思うと、見違えて見える。

「フフ……」

思わず笑みがこぼれる。クラスの女子に見られていたら悲鳴を上げられたことだろう。

しかし、今はそんなことはどうでもいい!なぜなら今から俺は、絶世の美少女とデートするのだから!

ククク、きたわきたわ来ましたわ―。今までモテなかったのは、このための布石!あまたの艱難辛苦を乗り越えてたどり着いたこの境地!最後の最後で大逆転!九回二死からの逆転満塁ホームラン!

駅の近くに来ると、一つの人影を見つけた。別にゼニガメやフシギダネはいない。寒いなか白い息で手を温めている一人の少女。

……まさか。

急いで駆け寄る。すると少女は、顔をあげて、輝くような笑顔を俺に向けてくれた。

「綾さん!?」

思わず名前で呼んでしまった。待ち合わせの時間までまだ五時間もあるんだぞ!?さっき兄が俺に言ったことと同じことを思ってしまう。

「おはようございます、東城さん」

「お、おはよ。なんでこんな早くに?」

「楽しみにしてたら、いてもたってもいられなくなって……」

おい、可愛すぎだろ。健気すぎるだろう。いきなり抱きつきたくなる衝動に駆られる。

全身を白い服でコーディネートした彼女は、まさに天使。そんな彼女の姿に思わず見とれてしまう。ちなみにつかさの奴も天使。人に罰を与える情け容赦ない系の。

「それにしても早すぎだよ。こんな時間に一人でいたら危ないよ?」

楽しみにしていてくれたのはすごくうれしかったが、彼女の安全が一番だ。

「……わかりました、次から、気をつけますね」

……!?次から!?次からって言った!?次もあるのか。それだけを糧に俺は生きていけるぞ。

……さてさて、しかし困ったぞ。これからどうすればいいのだろう。こんな時間にあいている場所もないしな。沈黙はカップルの最大の敵。

ディズニーランドに行くと別れるなんて言うジンクスがあるが、あれは待ち時間が長くて会話がなくなるからだ。会話が続かず、相手をつまらない人と判断してしまう。

初デートでいきなりこけるわけにはいかん!(デートじゃないけど。)でもほんとにどうしようもない。俺の会話力なんて、ラブプラス相手にどもるレベルである。

「あ、あのっ!」

「な、なに?」

綾がしゃべりかけてくれた。たすかったぜ!

「よかったら、うちに来ませんか?こんな時間には、空いているお店もなさそうですし」

「ああ、でもこんな朝早くにいいのか?」

「はい、東城さんさえよければ!」

「それじゃ、迎えを呼びますね」

五分後、すげぇ高そうな大型車が俺達の前でとまった。色は澄み切った青。高級車であることはわかるが、リムジンのようないやらしさは感じない。持ち主のセンスの良さが滲み出ている。車の中から、二人のスーツ姿の男が出てくる。

ボディーガード!?SP!?ちなみに黒サングラスはかけておらず、優しそうな雰囲気だ。もしかしなくても綾さんってお嬢様!?

「ありがとうございます。朝早くからごめんなさい」

使用人にも礼を欠かさない、やっぱええ子やなァ。

「では、東城さん、乗ってください」

「うん、失礼します」

俺の横にちょこんと綾が座る。三十分後、俺はさらに驚愕することになる。

なんじゃこりゃ……。

「城かよ……」

それはまさに、中世の西洋にありそうな立派な城。

「悪趣味、ですよね。父がこういうの好きで」

綾がうつむく。

「いや、そんなことないよ」

びっくりしたけど。でも、こういうのって男なら憧れるものなんじゃなかろうか。中に入ると、そこは当然のように大理石だった。とても高い天井には、どんなに頑張っても届きそうにない。

「それじゃ、部屋に案内しますね」

え!?いきなり!?無防備すぎませんか!?俺みたいな紳士じゃなかったら間違いなく何かされるぞ。

(押し倒して既成事実を……。)

兄の声がフラッシュバックする。そうか、レイプから始まる恋も……。そんなものあってたまるか。よし、落ち着け、落ち着け俺。あと俺の息子も落ち着いてくれ。ドアを開けた瞬間に広がる甘い匂い。

「スー、ハー、スー、ハー」

「東城さん?どうしました?」

はっ!思わず深呼吸してしまった。綾が不安そうな顔をする。この子は本気で俺の心配をしてくれているのだろう。変態でごめんなさいと土下座したくなってしまう。

べ、別にMじゃないんだからね!そして俺達は他愛もない話をして。

……他愛もない話五分で終わったー!!なにか、何か話題はないか?

「そ、その服可愛いね」

おい俺、なぜ今それを言ったんだ?話の種がないからってそれはあんまりだろう。会った時に言うセリフだよ。今行ったらお世辞感が半端ないよ。

「ほ、本当……ですか?」

上目遣いでこちらを見上げてくる。

「うん!本当さ!とってもムラムラするよ!」

途端、綾がうつむいた。やっちまったぁぁぁぁぁ!!なんだよムラムラするって!ありえないだろ俺!エロオヤジか俺は!

軽蔑されたな。いや、完全に自業自得だ。そして俺がとっさに取った行動は、

「大変失礼いたしましたぁ!」

男の誠意は土下座で見せる。やだ俺かっこ悪い。こっそりカーペットに額をすりすりしてるのは内緒だ。

「あ、頭を上げてください!」

「本当に申し訳ない……」

「いえ、気にしないでください」

何ていい子なんだろう。しかしふしぎだよな。ボロカスに責められると申し訳ない気持ちなんてどんどん薄れていくが、相手が優しい態度をとればとるほど反省してしまう。

仮にこれがつかさだったら……いや、あいつには絶対こんなこといわねぇな。仮に言ったとしても、「あ、わり」ぐらいにしか謝らない。

そして、再び沈黙。

「わたし、お茶とってきますね!」

 そう言い残して綾が部屋を出る。その間に少し、部屋の中を探索する。褒められた行為ではないだろうが、初めて女子の部屋に入って浮き足立ってのことだからご容赦願いたい。

「ん?」

 俺の目に、ある物が映った。タンスからその姿をかすかにのぞかせる、黒い紐。

 これはもしかしてっっ!!男の夢を包むあれではないのか!?そう、○○ジャー!答は炊飯ジャー。そんなわけあるか。

 美少女の部屋で一人、ブラジャーを発見。もし俺がイケメンモテモテ野郎だったならば、見なかったことにするという紳士の対応もとれただろう。しかし俺は、十六年間ほとんど異性と話したことのない、童帝と陰口をたたかれるほどのチェリーボーイなのだ。

 これは、見てしまっても仕方がない。触らなければセーフのはずだ。(アウトです)

 タンスの戸を引く。

 ウオオオオオオオオオッッ!!

 叫びそうになるのを理性で必死にこらえる。ちょっと触るくらいなら、いいだろう。毒を食らわば皿までだっっ!!これを危機感の低下という。ドラッグ中毒者に見られる現象。逆説的に、魅惑的な下着を見た俺がこのような行為に及ぶのもまた道理というものだ。

 両手でブラをつかんだその瞬間……。

「貴様!何をしている!」

「!!!!!?」

 怒鳴り声が聞こえた。すると、窓側に隣接する建物の中から男がこちらを覗いていた。

 社会的に、シンダ。

男が窓からこちらへ飛び移ってくる。急いでタンスの戸を閉める。

「貴様!今何をしていた!!」

 物凄い剣幕だ。当然だろう。主人に害をなそうとしていたのだから。

「な、なにをでせう」

 思わず言葉が文語体になっちまった!

「とぼけるな!今、お嬢様の下着を触っていただろう!」

「記憶にございません」

「きっさまぁぁぁ!!」

「何してるんですか!」

 綾が部屋に入ってくる。

「お嬢様!今こいつが、お嬢様の下着を触っていたのです!」

 綾は迷わず、

「東城さんはそんなことをする人ではありません!」

 今まで聞いたことのない凛とした声で、そういってのけた。あ、綾さん……。

「し、しかしこいつは絶対に……」

「東城さんはしないと言ったんです。それから、わたしの大切な友人をこいつ呼ばわりしないで下さい」

「ですが……」

「万が一、東城さんがわたしの下着を触っていたとしても、それを咎めません。これ以上何かありますか?」

「い、いえ。失礼いたしました」

 男が俺にも頭を下げる。ご、ごめんな!あんた何も悪くないのに!マジすいませんでした!

「ごめんなさい!本当にごめんなさい!!」

 男が去ると、唐突に綾が俺に謝罪の言葉を口にした。

「え?」

「なんて失礼なことを……。東城さんには、本当によくしていただいているのに。悪い人たちにからまれているところを助けていただいて、デスルラについても詳しく教えていただいて、本当に、本当に感謝しきれない恩があるのに。それを、あんなふうにあだで返すようなことになってしまって、本当にごめんなさい……」

 ついに、泣き出してしまった。

 あああああああああっ!

 何やってんだよ俺は!美少女の下着をあさって、挙句その子を泣いて謝らせるとか、俺の存在がゴミすぎる。黙っていたらだめだろう。嫌われても、通報されるとしても、ここで本当のことを話さないと。

「違うんだ!」

「え?」

「あの人が言っていたことは本当だ!俺は、君の下着を触った!ごめんなさい!」

「東城さん……。あなたは、本当に優しいんですね。安川をかばい、わたしを悲しませないために、そんな嘘を……」

 安川というのはさっきの男のことだろう。この子俺のこと高く評価しすぎだろ!変態発言して好感度上がるとかどんだけゆるいギャルゲーだよ!

「う、嘘じゃないさ!」

 タンスを再び開き、さっき触ったブラジャーと、パンツを手に取る。そしてそれを、頭に装着する!

「俺は、君が思ってるようないいやつじゃない!妄想ばっかしてる変態童貞野郎さ!綾たんの下着は最高だぜ!ああ、たまんないなぁ!I am a Hentai!!」

 綾は、ハトが豆鉄砲を喰らったようにポカンと口をあけている。あちゃー。勢いでこんなことやっちまったけどどうしよう。後のこと何にも考えてなかった―。

「あ、あははっ!」

 綾が、笑い声をあげる。

「東城さんは優しいだけじゃなくて面白い方ですね。…それ、じゃぁ。お言葉に甘えさせていただきます。東城さんが、下着を触ってた、ということにさせていただきます。ありがとうございます」

 させていただくっていうか、現在進行形でかぶってるけどね。

「それはそうと、東城さん、それ、外さないと汚いですよ」

 恥じらいながら綾が言う。まったく汚くないというかむしろもうしばらくかぶっていたかったのだが、流石にそういうわけにはいかないだろう。

 最後にその感触をしっかりと感じながら、俺は頭からブラとパンツを外した。一応この問題は解決したはずだが、なんとなくお互いに気まずい。しばし沈黙が続き、

「東城さん、わたしと勝負していただけませんか?昨日、自分なりに考えてデッキを改造して、なかなかいいものができたと思うんです」

 綾が声をかけてくれた。

「OK。全力で行くよ!」

「「リンク・スタートッ!!」」

 彼女のデッキは、今まで以上に尖った構築になっていた。

五回対戦をしたが、そのすべてで彼女の奇想天外な戦法に翻弄された。ただし、結果だけ述べるならば、五試合とも、俺に黒星がつくことはなかった。

「やっぱり東城さんは強いです……。わたしには何が足りないんでしょうか」

 うーん、と、彼女は頭を悩ませる。そこに落ち込んだ様子はない。悔しさがないわけではないのだろう。ただ、どうしたら強くなれるのか。それしか頭にない。それしか、考えられない。それでいて、勝ちに盲執しているわけでもない。純粋に強くなることを求めている。それは素晴らしい才能だと思う。もちろん、真剣勝負で負けたら悔しいのは当たり前だ。だが、強くなることではなく、勝つことだけに目が行ってしまってはいけない。

 真剣勝負でありながら、これはゲームなのだ。楽しい物でなければならない。かくいう俺も、よくそれを忘れてしまい、敗北を引きずってしまう。だが、彼女はどうだろう。負けてもただただこのゲームを楽しんでいる。負けるたびに、確実に強くなって。それはきっと、何よりもすぐれた才能ではないだろうか。

 っと、アドバイス、だったな。

「モンスターの力は十分に引き出せてる。俺以上かな。やっぱり、絶対的に足りないのは知識と経験じゃないかな」

「知識と、経験……」

「ああ。以前言ったように、君はモンスターと思考を統一できる《完全同調》という稀有な能力を持っている。だから、武器の使い方や体の動かし方が完璧にわかる。だけどそれは、モンスターにわかることしかわからない」

「?」

「つまり、敵モンスターの弱点や、敵が立てる戦術はその力ではわからないから、君自身が何とかするしかない。春野さんと初めて戦った時、俺達の力は拮抗していた。本当に手強かったよ。敗北も覚悟した。でも、あの時も今日も俺が勝った。なぜだか……わかる?」

「東城さんがわたしの弱点を突いて、それに対応できなかったから、ですか?」

「うん、そうだ。だから、いろんなモンスターの特徴を知ることが一番だろう。あせらなくていい。君はもっともっと強くなる。俺よりも、ずっと」

「そ、そんな……東城さんより、なんて」

「なれるさ。君には才能がある。望めば、どこまでも強くなる。もちろん、君にその気があって必死に努力すればの話だけどね」

 そう言って俺はニヒルな笑みを浮かべる。

「やります!私、初めてなんです!こんなに何かに夢中になれたの。だから、もっといろんなこと、教えてください!」

 な、なんか変な感じにい聞こえるのは俺が変態野郎だからだろうか。美少女にいろいろ教えて、とか言われたらどうしてもそういうこと考えちゃうだろ!

「ああ、勿論だよ」

と、ここで、一つ言っておきたいことがある。今綾が言った、「教えてください」、という台詞。何かを練習するのに、自分のやり方を試行錯誤して見つけていくべきだという人もいるだろう。正しいと思う。しかし、それはある程度人から学んだ後のことだと思うのだ。カードゲームの楽しみ方というのは人それぞれだ。自分のやり方で少しずつ強くなっていくのもいい。だが俺は、カードゲームで効率よく強くなるに、そして、そのゲームの奥深さを知るために、実力者のデッキを使うという方法が非常に効果的だと思う。使っているうちに、なぜそのカードが入っているのか、どういう時に使うべきなのかが一番よくわかる。言葉で説明されるよりもよほど。

 だから、彼女の今の発言を、俺は肯定的にとらえた。本能的にそれが分かっているのかもしれない。彼女は天才かも知れないな。何でも一人で勝手に強くなる天才ではなく、努力によって、周囲の力を借りてその実力が磨かれているタイプの天才。

「バァン!」

勢い良くドアが開かれる。

「ククククク、朕の闇の城に入り込むとはやりおるな。流石は宵闇の盟約者といったところか」

厨二病全快のセリフとともに男が部屋に入ってきた。とっさに綾の前に出る。

 その男の見た目は、金髪で髪がピンピン立っていて、両目の色が違う。右目が金で左目が紫。黒のマントをはおり、右手には剣を持ち、不敵な笑みを浮かべている。おまけに腰には仮面ライダーのベルトまでつけている。

 顔には精気がみなぎっていてる。四十代前半くらいだろうか。この年になると、もはや厨二病というよりただの不審者である。

「だ、誰だアンタ!」

「いきなり誰だとは、無礼な奴よの。我が愛しきエンジェルの盟約者だと聞いていたが……。まぁよい。朕の名は、キバットバットⅢ世だっ!」

 エンジェル……?こいつ、綾さんのストーカーか!?だが、仮面ライダーのノリを持ち出されては乗らないわけにはいかない。

「なるほど……ここはキバの世界か」

「ディケイド!お前のことは聞いている!」

 俺と不審者がやりとりを続けていると、

「お父さん!やめて!」

 綾が叫ぶ。え?お父さん?

「えと、この人は、春野さんのお父さんなの?」

「いかにも。朕と綾は深き絆で結ばれた血族」

「はい…、この人は、私の父です」

 わお!ビックリドンキー!何て斬新すぎる設定なんだ!ヒロインの親が厨二病!

「お父さん!人前でその格好はやめてって言ったのに……」

「これが朕の正装だ。いかに娘といえど、朕の道を止めることなどできぬわっっ!」

どんな感じで接すればいいんだろう。

「貴殿が綾と契を交わした盟約者か」

ん?今の発言どういう意味だ?

「春野さん、今のってどういう意味?」

「わ、私にもいまいち……」

「くく、俗世の言葉を使うならば、恋人なのか?という意味になるだろうな」

「ち、違うよ!変なこと言わないで!」

「そ、そんなに必死に否定しなくても……」

 かなりショックである。ちょっとラブコメ臭がしてたのに……。

「そうか、貴殿のことをいかにも楽しそうに綾が話すのでな。誤解していたよ」

「はは、そんなに上手くいきませんよ」

「お父さん!もう出てってよ!」

「そう邪険に扱うでない。闇の晩餐を用意した。共に食すとしよう」

 何なんだ、闇の晩餐って。ていうかまだ昼前だよな。

「お昼ご飯、ですか?では、お言葉に甘えて」

「何にするの?お父さん」

「うむ、ポセイドンの恵みをいただくことにしよう」

 あれ?さっき闇の、って言ってたよな。ポセイドンはギリシャ神話における海の神で、最高神ゼウスの兄である。別に邪神とかそういうわけではないのだが。

 こういうのはつっこまない方がいいのかな。

「さぁ!とくと食べるといい!なぁにぃ、朕のおごりだぁ!遠慮はいらんぞ!」

 テーブルに並んでいる品を見て、俺は驚愕した。

「……、すげぇ」

 寿司だ。 シャリがキラキラと光り、ネタが踊っている。

多くの魚達が個性を主張しながらも、それでいて優美なハーモニーを奏でている。

「「「いただきます」」」

 口にした瞬間、シャリの絶妙な甘酸っぱさと、魚の味が一つになる。一瞬でそれらが解けた後に残るわさびのツンとした感じ。

「うまい!これ、すげぇうまいです!」

「ふ、喜んでもらえて何よりだ。時に航平君よ、君が綾と結婚すれば、これよりうまい物がいくらでも食えるぞっ!」

「ゲホッッ!」

 思わずむせてしまう。何言ってんだこのおっさん!

「け、結婚って……。どう見てもつり合ってないでしょう。そんなことを言っていると綾さんに嫌われてしまいますよ。自慢じゃないですが、女性に嫌われることに関しては僕には定評があります」

 ほんとに自慢じゃなかった。言っててちょっと悲しくなってしまった。

「そうかね?私にはずいぶん魅力的な男に見えるがね」

「そう言ってもらえると光栄ですけど……まぁ、恋愛って第一印象も大事って言いますからね」

 ちなみに俺の人生をギャルゲーにしたらとんでもない物ができると思う。まず、女子との会話がない。あったとしても、会話やイベントのたびに好感度が左肩上がりだ。うん、つまりは右肩下がり。綾の場合は、最初に俺が彼女を助けたから好感をもってくれているのであって、しかもそれは人間としてであって、決して恋愛感情ではないはずだ。

「まぁ、そう自分を卑下するもんじゃないよ」

「卑下っていうか、事実なんですけどね。ま、俺はそんなところも含めて俺のことが好きですから!」

「フム、いまどき自分が好きだと言えるのは珍しいな。ナルシストなんて言葉があるが、朕はそれでも構わないと思うよ」

「奇遇ですね。俺、結構好きなんですよあの話。見とれるほど自分のことを好きなまま死んで行くなんて、なかなかいいもんです」

 ナルシストの語源になったのは、ギリシャ神話に出てくるナルキッソスという男だ。彼は女神に魔法をかけられ、水に映った自分の姿が見えるようになった。それに見とれた彼は水の中の自分に触れようとするが、勿論触った途端に消えてしまう。それを繰り返すうちに、食べることも寝ることも忘れ、最後には死んでしまう。自分大好き人間に対する戒めとしてよくつかわれる話だが、俺はこの話が大好きだ。小学生のころにこの話を読み、いつか自分のことをこれほど愛してみたいと思ったものだ。

「はっはは!やはり君は面白いな、いずれ機会がある時にじっくりと話そうではないか」

「面白そうですね。僕もあなたに興味があります」

「そうか?嬉しいことを言ってくれる」

「お、お父さん……」

 綾が小声で父親に話しかける。

「おお、すまんすまん。綾をおいてけぼりにしてしまったな。まったく、私も君も女性の扱いが不得手のようだな。妻には逃げられたし……」

 おい、娘の前でそんなことを言うなよ。ていうか言ってるうちに自分で落ち込んでるじゃねぇか。キャラ崩壊してるし……。

「ま、まぁまぁまぁ。でも、春野さん一人でここまで綾さんを見事に育てていらっしゃったじゃないですか。素晴らしいことだと思いますよ?」

「まったく、君は本当に嬉しいことを言ってくれるな。しかし、春野さんというのはわかりづらい。お義父さん、というのはどうだね」

「い、いや、それはちょっと……」

「お父さん!いい加減にしてよ!もうっ!」

 言って、綾は席を立った。彼女が怒るのを見たのは初めてだ。

「おやおや、怒らせてしまった……」

「いいんですか?放っておいて」

「まぁ、トイレかなんかじゃないか?すぐに戻ってくるさ。それより……」

「なんですか?」

「君は、綾のことをどう思っているのだ?」

「どうって……。とても、素晴らしい人だと思いますよ。まったくのお世辞抜きで」

「私が言っているのはそういうことじゃないよ。恋愛の対象としては、どうなんだ?」

「そりゃ……本人の親に言うことじゃないかもしれませんが、とても魅力的だと思います。容姿はもちろん、何より心が美しいと思います。誰にでも優しくて、まっすぐで素直な気持ちを持っていて……本当、僕なんかとはつりあいませんよ」

「しかし、綾は君に好意を持っていると思うが。。君は最近流行りの鈍感というやつか?」

 流行ってるのか?鈍感……。

「別に自分のことを鈍感だなんて思いませんよ。……気づいていますよ、綾さんが僕にそういう感情を持ってくれていることは。生まれてこのかた異性に好かれたことなんて無い僕ですが、だからこそわかります」

「では、なぜ……?ほかに好きな人でもいるのか?まぁ、私が首を突っ込むようなことではないが、可愛い一人娘だからな」

「いや、そういうわけじゃないんですけどね。……ただ、綾さんの好意は、僕が最初に彼女を助けたからです。だから、何といいますか、ね」

「そうかな?それだけなら、綾はあんなに楽しそうな表情をしないと思うが。それに、行動含めてその人の人格というものだろう。まぁ、私はしばらくニヤニヤと眺めさせてもらうよ」

 ニヤニヤとかよ。なんかちょっと嫌だな。

「お父さん?東城さん?何を話しているんですか?」

 すると、綾が戻ってきた。ちょうどいいタイミングだ。それから俺達はしばらく話しながら、食事を終えた。

「ごちそうさまでした、今日はありがとうございました」

「ウム、また来るがよい。いつでも歓迎するぞっっ!!」

 そして俺達は綾の家を後にした。

 目的地は巨大ショッピングモール「WEON」だ。ここに行けばたいていのものはある。

「それじゃ、いろいろ回ってみようか」

 書店、玩具店、映画館、ブティック、アクセサリーショップ……選択肢はたくさんあるが、どこから向かうべきだろう。

 まぁ、ぶらぶら歩いて綾が楽しめそうな場所だったらそこにはいってみよう。誤解の無いように言っておくと、俺は、デートは絶対に男がエスコートしなければならない、というような優男の考えを持っているわけではない。だが、今日に限っては、午前中の償いがたい罪があるので、少しでもその罪滅ぼしをしようとして、このような結論に至っている。

「ん?」

 ふと、隣に綾がいないことに気づく。後ろを振り返ると、彼女はブティックの前で一着の服に見とれていた。水色のワンピースだ。彼女に似合いそうな清楚な感じである。

「春野さん?」

「へ?あ、ごめんなさい!行きましょう!」

「いやいや、その服に興味あるんでしょ?試着してみたら?」

「いえ!今日は東城さんへの恩返しが目的ですので!」

 そういうのはあまり本人には言わないものなんじゃないだろうか。まぁいいけど。それに、恩返しされるようなことなんて何もないんだがなぁ。

「春野さんがその服着てるとこ見てみたいなぁー。着てくれるとすごく嬉しいんだけど……」

クスリと、綾が笑みをこぼす。

「本当、東城さんにはいつまでたっても恩返ししきれなさそうです。それじゃ、着替えてきますね」

 待ちぼうけになるのも何なので、俺も店に入る。まぁ、売り物の服を着たまま外に出られないだろうし。

 入った途端に俺に向けられる奇異のまなざし。何というアウェー感。俺がイケメンリア充ならさほど不自然ではないのだろうが、まぁ、ブスがソロでこんな場所に入ったらこうなる。なんか店員こっちじろじろ見てるし。しかし、自分が悪くない時にはとことんでかい態度を取るのが俺である。意味もなく胸を張って店内を闊歩する。

「お客様、何のご用でしょうか?」

 店員がさっと寄ってきて俺に話しかけてきた。

その発言に俺はムッとした。用があるから来ているはずだし、それに質問するにしても『何をお探しでしょうか?』じゃないのか。

 返答に困った俺だが、まぁ、こんな場所二度と来ることはないかと思い、口を開く。

「ええ、下着を探してましてね」

「プレゼント用ですか?」

 いぶかしげな眼で俺を見る店員。

「いえ、僕用のです」

 言ってやったぜ!店員はぽかんと口をあけている。

「お客様、用、ですか?当店には、女性物しか置いていませんが」

「知ってます。そういう趣味なんですよ」

 彼女の表情が凍りつく。

「そ、そうでしたか。失礼いたしました」

「いえいえ、お気になさらず。それより、僕に合うサイズのブラってどのくらいになりますかね?」

「え……っと…すみません、わかりません」

 言って、店員はとっととひきかえしていく。よし!撃退成功!ちなみにここまでやる必要があったかは謎。

それから少し待つと、試着室のカーテンが開いた。彼女の姿はまさに水の精。見る者すべてに潤いを与えそうだ。

「東城さん、えっと、どうですかね。変じゃないですか?」

「すごく、似合ってると思うよ。ファッションのこととかよくわからないからうまく言えないけど、そんな俺でもわかるくらい似合ってる」

「ありがとう、ございます。それじゃ、買おうかな」

「お、俺が払おうか?」

俺の罪を少しでも償いたい。その為にここにも来たんだし。いや、それがなくても綾のこの姿を見られれば超満足なんだけど。

「いえ!そういうわけにはいきません。それに、おごってもらう理由もないですから」

ほぉ……。流石だな。彼女のことを知ってまだ間もないが、何度感心させられたかわからない。本当にしっかりした人だと思う。周りに気を配れて、それでいて自分の正義をきっちりと持っている。

内向的な性格のようだが、ここぞという時には立ち上がれる人間なのだろう。

「そうだな、それもそうだ」

「はい、お気持ちだけありがたく受け取っておきます」

フフッと、俺達は二人笑いあった。こんなに人に好感をもったのは、家族以外ではマオだけだ。綾で二人目。これからも長く付き合っていきたいと思う。

つかさ?ああ、あいつも自分の判断基準は持ってるんだけど、我が強すぎるんだよな。人のことは言えた義理じゃないが。

彼女とは、互いにぶつかり合って、互いに納得のいく妥協点を見つけなければならないな。まぁ、彼女に恋愛感情を抱くことはないだろう。ライバルとしては、かけがえのない存在だ。

そのまま俺達はぶらぶらと歩き、いくつかの店を回った。本屋では俺のおすすめのライトノベルを紹介した。彼女はラノベを知らなかったが、おおいに興味を示してくれた。この年代の女子には基本的に嫌われることが多いいわゆるオタク文化だが、彼女にそうした偏見はないらしい。

まぁ、多分そうなのだろうと思ったから紹介したんだが。

ゲームセンターでは、いくつか対戦ゲームをプレイした。結果はほとんど俺の圧勝。勝負事で手を抜かないのが俺の流儀。デスルラ以外のゲームは、あまり彼女には向いていないようだ。おやつに買ったクレープのクリームを、恥ずかしそうにふき取る彼女の姿には胸がときめいた。

そして五時を過ぎ、そろそろ帰ろうかと思っていたところ、綾が俺の袖をクイクイと引っ張った。

「と、東城さん東城さん!」

「どうしたの?」

「か、カードショップですよ!ちょっと入ってみませんか?」

今日一番の綾の興奮した姿である。完全に染まったな。教えた俺としては、こんなに好きになってもらってうれしい限りである。俺のことも好きになんねぇかな……。

「そうだね。入ろうか」

フッ、と笑い俺が告げると、彼女は満面の笑みを浮かべた。

「はい!」

初めてみるカードのテキストをまじまじと見つめる綾。思わず微笑みが漏れる。その目は、彼女がさらなる高みへと遠くない未来に到達することを確信させるに十分なものだった。彼女に欠如していた知識を次々と身につけている。毎日経験も積み、戦闘のセンスも飛躍的に上昇している。

「わぁ、このカードいいなぁ。あ、こっちも……」

 とても嬉しそうにカードを眺める綾。こちらまで幸せな気分になってくる。

「デスルラのプレイヤーさんですか?」

 恰幅のいい男が俺達に話しかけてくる。服装を見るに、どうやら店員のようだ。

「ええ、そうですが」

「実は来週、うちでこんな大会をやるんですよ」

 そう言って、俺達にいちまいのチラシをくれた。そこには、

『デスティニールーラーズに新たな可能性!新モード、デスティニーファイターズ始動!』

 新モード?なんだこれ!

「詳しいことは私どもも分からないのですが、今までとはずいぶん嗜好が変わった遊び方ができるそうなんですよ」

 ごくりと唾を呑む。カードゲーマーの血が告げている。これは面白い!隣を見ると、綾も目を輝かせている。

「どうです?面白そうでしょう?」

 俺達は大きく首を縦に振る。

「この大会、二人タッグでの出場になるんですよ。一人で来られた方には、同じように一人の方とペアを組んでもらうんですが……。恋人同士で、どうですか?」

「いえ!私たちは恋人じゃないです!」

 またしても即座に否定された。やっぱり俺に好意なんて持ってないんじゃないだろうか。俺と親父さんの早とちり?

「これは失礼しました。あまりに仲がよろしかったものですから。では、兄妹ですか?」

 間違いなく、同じ親から生まれてここまでビジュアルの差は出ないと思う。ブサイクは……、遺伝するっ!

「まぁ、それはさておき。ぜひご検討ください。お待ちしております」

 そう言い残し、店員は去っていった。

「い、いやー、びっくりしちゃいましたね、お父さんといい、店員さんといい……」

「ああ、そうだね」

「それで、恋人同行は別として……、東城さん、私とタッグ、組んでいただけませんか?」「ああ、喜んで」

 言って、綾に左手を差し出す。そして、直後それを後悔した。うわ、嫌がられるかな?

 と、中学時代フォークダンスで俺の相手の女子が誰も手を握ってくれなかったことを思い出す。競技なんだから仕方ないだろ!ああいう機会がないとブスは異性の手に触れる機会なんて無いんだよ!ブサイクも生きてるんだよ!人間だよ!忘れないで!

 しかし、その心配は杞憂に終わった。いや、今更彼女に対してそんな心配をするのは失礼というものか。彼女は俺が今まで出会ってきた女子たちとは違うのだから。この一週間、いやというほどそれを見せつけられたはずなのにな。

 綾は嫌な顔一つせず、満面の笑みで俺の手を握り返した。思うと、左手で握手をするというのは失礼だったかもしれないが、俺は左利きなのでどうしても左手が出てしまうのだ。

「足を引っ張らないよう頑張ります!来週までに、もっと強くなります!」

「うん。期待してる」

 しばらく店内を見て回ってから、俺達は店を出た。綾を送っていき、その場で一度対戦したが、彼女の攻撃が終盤で俺にクリティカルヒット(ダメージが数倍になる)し、俺は初めての敗北を喫してしまった。

 綾は最後に、本日一番の笑顔を見せてくれた。翌日の再戦を約束し、俺は一人帰路についた。見上げた空に映る夕日が、とても美しかった。

 翌日、俺はつかさに昨日綾に敗北したことを話した。

「ふぅん、成長スピードが驚異的なのはわかっていたけど、予想以上ね。まぁ、私は負けるつもりはないけど」

「ふ、俺もだ」

それから一週間、俺は綾の特訓につきあい、彼女はさらに強くなった。いや、彼女だけじゃない。俺も彼女との闘いの中で、何かを身につけることができたと思う。強いプレイヤーとの勝負は、それだけで何かを学べる。

そして、大会を翌日に控えた土曜日の夕方、今まさに帰らんとする俺を、綾が呼びとめた。

「東城さん!」

「ん、どしたの春野さん?」

「明日、絶対に優勝しましょうね!」

「もちろんだ」

「特訓に付き合っていただいて、ありがとうございました!自分でも強くなれたって感じます!対戦してくれた皆さんのおかげです」

「そうだね、対戦相手をリスペクトするのは大切なことだと思うよ。俺のほうこそありがとう。君との勝負でいろいろ得られた気がするよ」

「それは……よかったです。がんばりましょうね!」

「ああ、それじゃ」

「ええ、また明日」

綾が走り去って行く。

「じゃ、帰ろっか?」

少し離れていたマオが言う。

「おう」

「いよいよ明日だね、頑張ってね、航平」

「あったり前よ!出るからには優勝するぜ!」

「うん、でも、そう簡単にはいかないかもよ?」

マオが不敵に笑う。こんな表情をするとは珍しいな。

「へっ!誰が相手でもスパーンと勝ってやるさ。見ててくれよな?」

「うん、近くで見てるよ」

そのあといつものようにくだらない話をしながら俺達は別れた。マオの言葉の真意を知るのは翌日のことだった。


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