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ヨイドレッド

作者: 三四一九

 これはもう何年も前、俺が中学生に成り、ようやく学校にも慣れてきた五月の半ばに体験した出来事です。


 その日、俺は放課後の部活帰りの午後六時半、表通りから一本入った、すでに暗くなりかけた人気の少ない裏道を早足で歩きながら、家路を急いでいました。

 しばらく歩き、家まで後少しといった所で、道の向こう反対側からこちらに向かい、まるで足に羽が生えたかのように軽やかに歩いてくる若い20代位の女性の姿が目に入りました。


ん?なんか変な女の人だなぁ。


 その女性を見た瞬間、俺はそう思いました。なぜならその女性は赤いノースリーブのワンピースに紅いストッキング、朱いハイヒールを履き、茜色のリボンが付いた麦わら帽子を被り、緋色のメッシュが入ったロングのストレートの黒髪で、口元には顔半分が隠れるくらいの大きな蘇芳色のマスクをしていました。


なんで、あんなに赤ばっかなんだ?


 俺は不思議に思いました。さらにこの女性はなんとも形容しがたい独特の雰囲気を醸し出していたため、俺は思わず目を惹かれて、その女性を凝視してしまいました。と、同時に何か嫌な予感もしました。

 そうしているとどんどんその女性が俺に向かって近づいてきます。俺は動こうとしましたが、なぜか金縛りにあったようになり全く動けません。


何なんだ、一体。


 俺がそう思い動けずにいると、ついに眼前にその女性が立ちはだかりました。すると、その女性はマスクをしていても分かるくらいのグニャっとした笑顔を浮かべ、顔をグイッと俺の顔に近づてきました。その瞬間、プ~ンとお酒の匂いが漂ってきました。


酒臭っ!


 俺がそのお酒の匂いに顔をしかめていると、その女性は至近距離で俺の目をじっと凝視しながら


「私しらふ?」


 と尋ねてきました。

 俺は返答に困りました。明らかにしらふではなく、お酒を飲み、そして酔っ払っています。


どうしよう。


 俺が迷っていると、またその女性が


「私、しらふ?」


 と尋ねてきました。

 下手に答えて何かあったら嫌だと思いましたが、答えるまで聞いてきそうだったので、俺はとりあえず適当に


「しらふなんじゃないんですか。」


 と答えました。

 すると、その女性はいきなり付けていたマスクをガバッと取り去り


「こっれでもぉおぉオおぉォォぉぉぉ!!!」


 と、辺りに響き渡るキンキンとした耳をつんざくような甲高い声で叫び


ハァ~!!!


 俺の顔に息を吹きかけてきました。その息は先程とは比べものにはならない濃厚なアルコールの香りがしました。

 と、次の瞬間です。どこから取り出したのかはわからない『純米酒、炎跡ぽまあど』と印刷されているラベルが貼ってある一升瓶を右手に持ち、奇妙な甲高い嗤い声をケタケタと挙げながら、その一升瓶を勢いよく頭上で振り回し始めました。


「キャハ!ハハハ!キャハハハハハハ!!!」


 俺は女性のその異常な行動に身の危険を感じ動こうとしましたが、先程と同様ピクリとも身体が動きません。


「キャハハハははははハハハハハハ!」


動け!動け!!動け!!!


 と、その女性が頭上で一升瓶を振り回すのを止め、そのまま手をだらんと下げました。


どうしたんだ?


 そう思った次の瞬間、女性はまるで野球のバッターボックスにいるかのように一升瓶をバットの如く構えました。


まさか!まさか!!まさか!!!


 そのまさかでした。


「せぇの!カッキ~ン!!!」


 その女性は躊躇することなく俺に向かい一直線に一升瓶を振り抜きました。が、その一升瓶が俺に当たることはありませんでした。

 間一髪の所で身体が動くようになり、腰を抜かすかのように座り込んだからです。


「チッ!」


 その女性は悔しそうに顔を歪め舌打ちをしました。そして、座り込んでいる俺に向かい、一升瓶を振りかぶりました。

 その瞬間、俺は慌てて立ち上がり、脚をもつれさせながらも走り出しました。


ブォン!


 走り出してすぐ後ろで何かが風を切る音がしました。女性が一升瓶を振り下ろしたに違いありません。

 とにかく、俺は逃げるために必死に走りました。ふと後ろを振り返ると、女性が満面の笑みで走りながら追いかけてきています。


「キャハハハはハ!!!ハははは!はハハ!ヒヒヒ!」


やばい!やばい!!やばい!!!追いかけて…来る!!!このままじゃ、やられる!


 俺は走りながら、警察に助けを求めるため、携帯電話を取り出しました。しかし、混乱し慌てていたためにリダイヤルで同じクラスの小学校時代からの友人に電話をかけてしまいました。だけど、これが結果的に正解でした。

 俺はとにかく状況を友人に説明しました。すると、友人は



『それってクチサケ女じゃね?』


 と、答えました。


 走りながら俺は聞き返しました。


『口裂女!?それって昔流行った都市伝説の?』


『違う、違う、俺が言っているのは裂けるじゃなく、お酒のほう。口にお酒の酒で口酒女。今、新しい都市伝説として流行り始めてるみたいなんだよ。』


そんな都市伝説があるのか、って、納得してる場合じゃない!


『で、結局この状況を何とかする方法とかあるのかよ!?』


『聞いた話だとテキーラって三回唱えるんだって。テキーラ、テキーラ、テキーラって。そうすると消えるらしいよ。』


テキーラ?なんで?何故テキーラなんだ?


 疑問に思いましたが、今そんな事を考えている余裕などありません。とにかく口酒女と思しき女性に向かい、俺は走りながら大声で叫びました。


「テキーラ!テキーラ!テキーラ!」


 すると、俺のその叫び声を聞いた女性がいきなり立ち止まり、頭を抱え込みながら苦しみ悶えはじめました。


「う゛ぐぅ、あ゛ぁ~!!!!フ、フフ、ふ、ふラれタ!フらレタ、テキーらのせいでふラレた!ちくしょう、チクショウ、ちくしょう、チクショウ、ちくしょう、チクショウ、ちくしょう、あたしのバカヤロー!ちくしょう、バかやロー!!!チクショウ、ちくしょう、クソが!チクショウ、ちくしょう、ふざけんじゃねぇよ!ふ酒んじゃねぇよ!!!ちくしょう、チぐショウ!!く、くくクク腐れテキーラがぁ!!!グハァあぁあアァあ゛~!!!」


 髪を掻き毟りながらそう叫んだかと思うと、周りの景色に溶け込むかのようにスゥっと消えていきました。俺は呆然とその様子を眺めていましたが、ハッと我に返り、慌てて自宅へと向かいました。


 後から友人に聞いた話ですが、かつて口酒女は至って普通の生きている女性だったらしいのです。

 では何故そんな女性が口酒女になるに至ったのか?それは、まぁ噂話程度なのですが、いくつかの説があるそうで、その中でも最も有力な説というのが、彼女は大の酒好きだったのですが、昔好きな男と一緒にお酒を呑みに行った時に、緊張の余りテキーラを呑み過ぎてしまい、好きな男の前で色々と大失態を演じてしまったそうです。その後、家に帰りしらふに戻った時、それを恥じた彼女が、彼に謝ろうと慌てて道路に飛び出したのですが、事もあろうに飲酒運転の車による事故にあって亡くなってしまったそうです。そしてそのまま強い未練を残した彼女の想いが口酒女となり、徘徊しているというものなのです。

 ちなみに何故、口酒女が赤系統の装いをしているかというと、事故にあった時に流れ出た血が身に着けていたものに染み付いてしまったためらしいのです。

 この口酒女の成り立ちが真実かどうかはわかりません。しかし、何が真実だろうとこの出来事を体験した当時の俺は心に誓ったのでした。




 大人になっても絶対にお酒は呑まないということを。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最高です。 思いっきり外した方向に行きながら、ちゃんとホラーになっているのが素晴らしいです。 あー、面白かった。
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