君の隣に
「ソラチネが鳴ったら」のアナザーストーリーです!
「ねえ、名前は?」
私を見つめてくるキラキラした黒い瞳。
「ゆつき・・山里ゆつき」
「ゆつきちゃんかぁ。可愛い名前だね。」
「・・・君の名前は?」
「ぼく・・? ぼくはね、たかのりょうた。ねえ、ゆつきちゃん、ぼくと一緒に遊ぼう?」
無邪気な笑顔で私に向かって手を差し出す。そのあたたかい笑顔につられるように差し出された手を握る。
「ぼくね、これからゆつきちゃんの家の隣に住むんだぁ。だから毎日遊ぼう!」
ね?と首をかしげる目の前の男の子。可愛いしぐさと天使のような笑顔を見た時、私の中で何かが落ちた気がした。それはきっと私が恋に落ちた瞬間・・・。
「ちょっと由月、起きなさい! 遅刻するわよ。由月!」
私の頭のすぐ上で開かれるカーテン。さし込んでくる太陽の光。
ああ・・・夢か。お母さんの声で現実に戻る。もぞもぞと布団から出て洗面所へ行く。髪をとかしながら今朝の夢を思い出す。懐かしい子供のころ。幸せだったあの日々。
「じゃあ、行ってくるね。」
ローファーに足を突っ込みながらお母さんに声を掛ける。
「いってらっしゃい。あ、今日ちょっと遅くなるから。1人でご飯食べてくれる?」
申し訳無さそうに言うお母さんに私は頷く。
「うん。別に大丈夫だよ。お母さんは心配しないで。」
「ごめんね、いつもいつも。これもお父さんと離婚したから・・・。」
「お母さん、遅刻するからもう行くね。行ってきます。」
お母さんの言葉から逃げるように家を飛び出す。私のお父さんとお母さんは私が中学1年生の時に離婚した。それからお母さんは毎日働いてシングルマザーとして私を育ててくれた。お父さんは口うるさいしお酒が大好きな人だったから私はあまり好きでなかった。それでも、お母さんがお父さんの悪口を言うのを聞くのは好きではない。
「おはよ、由月。」
何も気づかずに歩いていた私の頭にのせられた大きな手。
「おはよう、良太。」
幼馴染の良太は幼稚園の年少のときに私の家の隣に引っ越してきた。当時の私は無愛想で話しかけられてもニコリともしない子だった。
「由月ちゃんは、話かけても笑わないし、いつも怒ってるから怖いの。だから一緒に遊びたくないの。」
幼稚園の時、先生が同じクラスの女の子たちにどうして私と遊ばないのか聞いていたことがある。これが、女の子たちの本音だったらしい。顔には出さなかったがその女の子たちと仲良くなりたかった私はひどくショックをうけた。それ以来ますます私は無愛想になり、1人で遊ぶようになっていた。そんな私に良太は引っ越してからすぐに話しかけ、毎日遊ぼうと言ってくれた。そう、今朝の夢のように・・・。それから私たちはすぐに仲良くなり幼稚園から帰ってもお互いの家を行き来し、1日中一緒にいることがほとんどだった。小学5年生になってから私の両親の間でケンカが絶えなかった。お母さんとお父さんが怒鳴り合う声を聞きたくなかった私は良太の家へ逃げ込み良太と一緒に遊んでいた。良太も良太の両親も何も言わずに私を居座らせてくれた。そして、私たちが中学生に上がったころ、私の両親は離婚をした。私と良太は部活や塾などで忙しく互いの家に遊びに行くどころか顔を合わせる事さえ少なくなっていた。
「なんか、由月と話すの久々だな。新しいクラス馴染めた?」
私が人見知りだということを知っている良太は心配そうに聞いてくる。
「あ、うん。梨沙子が今年も同じクラスなのよ。だから結構気が楽。」
「そっか、よかった。」
ホッと息をつく良太。心配してくれたんだなぁ・・少し嬉しくなる。
「良太こそどうなの? 気が合う人はいた?」
「ああ、坂城がまた同じクラスでさ。なかなか楽しいよ」
坂城は良太の小学校からの親友で私も仲がいい。明くてお人好しないいやつだ。
「ふーん。かわいい女の子はいたの?」
わざと悪戯っぽく聞くと良太は戸惑った顔をした。
「ちょ・・何だよ・・。あ~でも、趣味が合う子はいたよ。浅塚菜野香っていうんだけど。『fairy』好きなんだって」
良太が嬉しそうに言う。『fairy』は良太の好きなバンドグループだ。
「へ~よかったじゃない。で、その子に惚れちゃったってわけ?」
「な・・・ちげーよ! 俺、そーいうの興味ないし・・・。」
そう、良太は恋愛に興味がない。そのことは私を安心にさせるけれどガッカリもさせる。
「あ、坂城だ!! じゃあな、由月。」
良太が笑顔で私にそう言い走り去っていく。
ねえ・・・良太。気づいてる・・・? 昔から変わらない、人を安心させるようなその笑顔に私がいつも心を掻き乱されてるって事・・・。良太のことをただの幼馴染以上に思っていること・・・・・。私は・・・・私は初めて良太と会った日・・・・良太が笑顔で手を差し伸べてくれた日からずっと良太が好きだってこと・・・。
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「おはよ、由月。さっき鷹野君一緒に来てたでしょ。相変わらず仲がいいこと。」
教室に入ると梨沙子がニヤニヤしながら話しかけてきた。梨沙子は去年も同じクラスだった。人付き合いの苦手な私だけど、梨沙子はとても話しやすい。よくしゃべるけれど踏み込んでほしくないところに図々しく踏み込んだりはしない。私にとって心を許せる女友達は梨沙子だけだ。
「家の前で会ったの。久々にお互い顔を合わせたから最近の事を話すだけだったけど。」
「へ~そのわりにはすごい楽しそうだったよ? なんか今もまだ顔がにやけてるし。」
「なっ!! にやけてなんかない!」
「いやいや~鏡で自分の顔見てきなさいって。」
ひとしきり私の事をからかった後、真面目な顔で私を見つめる。
「ねえ、由月。いつ告るの?」
予想外の質問になんと答えたらいいのかわからない。私が無言でいると梨沙子がため息をついて続ける。
「あのね・・・由月は美人だし頭もいいし、鷹野と幼馴染ですごい仲良いしどっちかが告れば絶対に付き合えるんじゃないかと思うんだけど・・・。」
「・・・良太はね、恋愛とかに本当に興味無いの。それに私のことただの幼馴染としか思ってない感じみえみえだし。それにさ、下手に告っちゃって今までの関係が壊れるのも嫌じゃない。」
「でもさ・・そんなこと言ったって鷹野も中学生だよ? 普通に顔かっこいいし、優しいし絶対モテるタイプだよ? 誰かにかっさらわれても知らないわよ?」
尚も言い募ってくる梨沙子から一歩引き少し困惑しながら言い返す。
「あのねえ・・・あの良太がモテるはずないわよ。幼稚園から今までずっと一緒にいたけど、バレンタインは良太のお母さんと私からの義理チョコだけ。ラブレターも告白も一回も無し。その良太がモテるわけないの!」
「いや・・今までって小学生じゃないの・・・。小学生と中学生は違うんだからね!? 顔ぶれ変わって『いいな~あの人❤』なんて女の子が鷹野君の周りにいたっておかしくないんだから!!」
「はいはい・・。わかったわかった」
熱弁してくる梨沙子を軽く受け流すと梨沙子はぶつぶつ言いながら口を尖らせた。
良太が恋愛・・・? そんなこと絶対にありえない。だってあんなに恋愛に興味がなくて、鈍感なのよ? だいたい・・・少しでも恋愛に興味があればずっと一緒にいる私の気持ちに気づくでしょう? 私の事好きまではいかなくても意識くらいするでしょう? 良太が恋愛に興味をもち始めたら・・・そうしたらきっと私の事も・・・一番近くにいる私の事、真っ先に気づいてくれるでしょう? そう期待しながらいつも私は良太の隣にいるんだ・・・。だから今は・・今はまだ気持ちを伝えるべきじゃない。改めて自分にしっかりと言い聞かす。そう、この時はまだ本気でそう思っていた・・・・。
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毎日はあっという間に過ぎて6月になった。窓の外では紫陽花が花をひらいている。テストも終わりみんなホッと一息をついている。
そういえば、今日お母さん出張で1日いないって言ってたな・・・。1人で家にいるのも嫌だな・・・。久々に良太の家に遊びに行こうかな・・・・。そんなことをふっと思いつく。いきなり行くのも失礼なので、良太に言っておこうと考え良太の教室まで向かう。
「りょう・・・・」
良太を呼ぼうとして思わず口をつぐむ。良太の隣には女の子がいた。小さくて華奢な体に肩までの長さの黒い髪がサラサラとなびく。曇りのない大きな瞳がキラキラしていてかわいい女の子。2人で机を挟んで向かい合って何か話している。そう、話しているだけ・・・・何も特別なことは無いのに、なんで目をそらしてしまうんだろう・・・。
「あ、藤村じゃん。どした? 良太か?」
私に気づいた坂城が声をかけてくる。
「ああ・・・うん。良太に用があったんだけど・・・・・。何かお取込み中みたいだからいいや。」
「あ~浅塚ね。なんかあそこめっちゃ仲良くてさ。おれもたまに踏み込めないくらい。音楽の趣味合うみたいで2人でいつも盛り上がってるよ。」
あの人が浅塚さん・・・。そういえばクラス替えのすぐ後に趣味が合う女の子がいたとか言ってたな・・・。
「あ・・・もしかして大好きな良太君がどっかの泥棒猫に取られないか不安で偵察に来た感じ?」
「な・・・何言ってるの!? 別に良太のことなんか・・・」
「いや・・・小学校からずっと藤村の気持ちは気づいてるから。」
「・・・・・・・・・私ってそんなにわかりやすい?」
「うん。気づいてないのって良太本人くらいじゃん?っていうか、良太本当は好きな人いるから藤村の気持ち気づいてても見て見ぬふりしてるだけだったりして~」
「・・・・・・・・・・・。」
「ご・・ごめん! 冗談だから。怒るな。な? あ、良太呼ぶ?」
坂城が慌ててフォローしようとする。
「いや・・いいよ。そろそろ授業始まるし」
「ああ・・そっか。じゃあ、またな」
坂城に背を向けて自分の教室へ向かう。そっか・・良太は恋愛に無関心で鈍感なだけだと思っていたけど・・・でも、坂城の言う事もあり得るのかもしれない・・・。良太は私の気持ちに気づいてて・・でも好きな子がいて・・・そう・・浅塚さんみたいに・・・。
そう思った瞬間、良太から目をそらしてしまった理由がわかった気がした。良太が笑顔だったから・・・私にだってなかなか見せてくれない優しくてあたたかい笑顔を彼女に向けていたから・・・。あの2人の周りは空気が違った。いつもと微妙に違う良太の笑顔。ずっと見てきた私にだけしかわからない良太の表情の変化。もしかして良太は・・・浅塚さんの事・・・・。そこまで考えてハッとする。違う・・良太は恋愛に興味無いって言ってたじゃない・・。きっと笑顔だったのは自分の興味のあることの話をしてたから。そんなに深い意味があるわけじゃない・・・。
「だいたい、良太は初恋だってまだじゃない。」
口に出してみると安心できた。良太が恋愛に興味をもつのは、まだ先よ・・・私はそう自分に言い聞かせた。
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「ただいま」
誰もいないとわかりつつも口に出してみる。静まりきった家の中。昔は帰ってくればお母さんが優しい顔で待っていた。
「あら、由月。おかえりなさい。ちょうど今おやつができたところなのよ。今日のおやつはドーナッツよ。」
「わーい、お母さんのドーナッツ大好き!!」
「紅茶入れるから一緒におやつ食べよう。手洗っておいで。」
「はーい!!」
きっと、どこの家族にもあるありふれた日常。その普通だと思っていた日常が本当はとても幸せなことだったと失ってから初めて気づく。
「良太の家に行こ・・・」
沈みかけた気持ちを無理矢理立て直すように呟いてみる。カバンを下ろし鍵をかける。ほんの数秒程度で良太の家の、門に着く。
「あら? 由月ちゃん? 久しぶり。」
良太の家のベルを鳴らそうとすると後ろから声をかけられた。買い物に行ってたのだろう。腕にはエコバックをぶら下げている。良太のお母さんはちょっと垂れ目で笑うとえくぼのできるかわいらしい印象を与える。性格も本当におおらかで良太の優しさやあたたかさはお母さんから受け継がれているんだなーといつも思う。
「あの・・良太と遊びたいなと思って来たんですけど・・・迷惑だったでしょうか?」
「何言ってんの~。由月ちゃんは家族同然なんだからいつでも来ていいのよ。でもね、今日良太は塾なのよ。10時頃には帰ってくるはずだから・・・。それまでうちでご飯食べてお風呂に入っちゃえば?」
「え・・・そんな悪いんで・・・」
「今さら気使わないでよ~。おばさん、娘欲しかったから由月ちゃんが実の娘みたいで嬉しいのよ。好きなだけくつろいでってちょうだい。」
良太のお母さんの優しい笑顔と言葉に心が温かくなる。
「じゃあ・・・お言葉に甘えて。でも夕飯は手伝わせてくださいね。ただ飯なんて私自身が許せないんで。」
「あら~じゃあ、お願いしようかしら。今日はコロッケとグラタンよ」
良太のお母さんと一緒にキッチンに立つ。
「じゃあ、私はグラタン作るから、由月ちゃんはコロッケの中に入れるジャガイモの下ごしらえをしてくれる?」
「はい。あ、ジャガイモどこですか?」
「そこの棚に置いてあるわよ。」
そんな他愛無い会話をしているととても幸せ気持ちになる。なんかこれってまるで・・・・
「お嫁さんみたいね」
良太のお母さんが私の思っていたことをサラッと言う。頭の中を覗かれたみたいで恥ずかしくなり頬が火照る。
「お・・・お嫁さんだなんて・・やめてください、そんな冗談・・・」
動揺する私を見て良太のお母さんがニコニコしながら言う。
「あら~冗談じゃないわよ? 由月ちゃんは気が利くし、由月ちゃんがいると空気が明るくなるのよね・・・・。それに私は昔から由月ちゃんが大好きだからねぇ・・。本当に良太のお嫁さんになってくれたらいいのにねぇ・・」
良太のお嫁さん・・・それは私の昔からの夢・・・。良太の横でウエディングドレスを着て微笑んでいる自分を思い浮かべ思わず顔がニヤけてしまう。
「でもねぇ・・・あの子最近好きな子がいるみたいなのよねえ・。」
良太のお母さんの呟きにハッとする。
「え・・・良太好きな子いるんですか?」
「母親の勘なんだけどね・・・。最近学校から帰ってきてもすごく楽しそうなのよ。だから学校で好きな子でもできたのかと思ってね・・・。由月ちゃん、そーいう話は良太から聞いたことないの?」
「私は・・・最近そんなに良太と話してないので・・・」
言いながら胸が苦しくなる。良太に好きな人ができた・・・?じゃあ、やっぱり浅塚さん・・?私の勘違いじゃなかったの・・・?
「由月ちゃん、ご飯の準備はもう大丈夫だから先にお風呂に入っちゃってくれるかしら?」
遠くへ行っていた私の意識は良太のお母さんの優しい声で呼び戻された。
「あ、はい。じゃあ、お先に失礼しますね」
「バスタオルは棚に入ってるのならどれを使ってもいいからね」
頷きながら迷わずにピンクの花柄のバスタオルを手に取る。
『これは、由月のね。これからうちに来たらこれ使っていいからね』
小学校の頃・・・まだ一緒にお風呂に入っていた時に良太がそう言って私に手渡してくれたお気に入りのバスタオル。私たちはどんどん成長していってそのうち一緒にお風呂に入っていた日は遠い気がして・・でも、私にはこのバスタオルが宝物だった。浴室の扉を開けてお湯につかる。良太も私も大人になったんだな・・・。そう改めて思う。
「私がこうやって良太の家に来れるのもいつまでなんだろう・・・。」
水面を見ながらそう呟く。もし、良太に本当に好きな人がいて、その子と付き合うことになって・・。そのうち、この家にもやってくるんだろう。そうしたら私はこの家に来る権利は無いんじゃないの・・・?だって・・親戚でもないただの幼馴染なんだもの・・。
「結局は・・・私って他人なんだなぁ・・・」
どんなに良太のお母さんが気に入ってくれてても、良太と仲が良くても、結局は良太が選んでくれなかったらただの他人なんだ・・・。そう気づかされてやりきれない気持ちになる。いつのまにか私の頬には涙がつたり、その涙はお風呂の水面に消えていった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
お風呂から出て良太のお母さんと2人でご飯を食べる。良太のお母さんが作ったコロッケとグラタンは素朴な味で。でも1人で食べるご飯よりずっとおいしかった。食事を終えて良太のお母さんと台所に立ってお皿を洗う。時計を見ると午後10時をまわる5分前だった。突然ガチャッっとドアのあく音がした。良太が塾から帰ってきたようだった。
「おかえり、良太。由月ち・・・」
「ゴメン!用あるから自分の部屋にいるから!!」
お母さんの言葉を遮りながらそう言って階段を駆け上がって自分の部屋へ入って行った。
「何なのかしらねあの子・・・。せっかく由月ちゃんが来てくれてるのに。人の話も聞かないで部屋に駆け込むなんて。感じ悪いわね・・。」
呆れたようにお母さんが呟く。そして私の方に向き直って言った。
「由月ちゃん、良太の部屋に行ってきていいわよ」
「あ、ありがとうございます。じゃあ、行ってきます。」
階段を上り良太の部屋に近づく。
「なーんてな。ただの負け惜しみでした」
良太の声が部屋から漏れてくる。誰かと電話をしているらしい。なるほど、帰宅後すぐに自分の部屋に駆け込んだのもわかる。坂城かな・・・? もしも今、入ってったらまた明日坂城に学校で何か言われるかな・・・。部屋に入ることを一瞬躊躇したがドアを思い切って開けた。
「りょーた!!久しぶりに遊びに来ちゃった! あれ? 電話中だった?」
電話していることなどわかっていたくせにシレッとそんなことを言ってみる。
「ちょ・・何急に・・ごめん! 掛け直すわ! ごめんな!」
良太は私が部屋に入ってくると慌てた様子で受話器に向かってそう叫んだ。
すると受話器の向こうからかすかに声が聞こえた
「え・・・・あの・・・ちょ・・・」
!!!!!!!!!!!!!!!
思わず息を吞んだ。受話器との距離が遠かったので誰の声かまではわからない。けれど受話器の向こうから聞こえてきた戸惑うような声は男の声ではなかった。高くて甘い可愛らしい・・・女の子の声・・・。
「え~? 誰!? 彼女!? もしかして良太にも彼女ができたの? マジで!?」
沈む心とは裏腹に自分でもびっくりするくらい明るい声を出して良太に聞いてみる。
笑顔が引きつってくる。それがばれないようにさらに明るく振る舞う。
「うるさいな・・・お前には関係ないだろ。」
そこまで言うと良太は電話を切った。そして私の方を見て言う。
「で・・・? 一体何しに来たわけ? こんな時間に?」
良太の顔をみてハッとする。良太の目が冷たい・・・・。こんなにも冷たい良太を見るのは初めてだった。怖くて思わず手が震える。
「今来たわけじゃないんだよ・・・? 私良太と遊びたかったから学校から帰ってきてからずっと良太のこと待ってたの。良太のお母さんが夕飯も食べてって良いって言ってくれたからお手伝いとかしてたから退屈しなかったけど・・・・・・。」
言いながらだんだんと声が小さくなってしまう。良太の反応が怖くて良太の顔を見ることができない。下を向いてしまう。ふいに良太が私の頭の上に手を乗せた。驚いて顔をあげると良太が少し微笑んでいた。
「ごめん・・・そんなに怒るほどの事じゃなかったよな・・・。塾帰りでちょっと疲れてさ。俺と遊びたいからって10時まで待っててくれたんだよな・・・。なのに怒ったりして俺、すごい感じ悪かったよな。ごめんな」
そう言ってくれる良太の目はもう冷たくなかった。むしろ慈愛を帯びている。
「私こそ電話中に入ってごめんね・・・。ねえ、良太、さっきの電話の相手彼女?」
聞きたくないけれど聞かなければいけないことを良太に問うてみる。
「いや・・・違うよ。」
良太の言葉にホッとしながらも追求してみる。
「へ~じゃあ、誰? クラスの子? それとも部活?」
「・・クラスの子。あ、それより由月せっかく来てくれたんだからさ。ゲームやろ?」
何気なく話をそらした良太に多少の不満と不安を持ちつつもこれ以上しつこく追求してまた怒らせたくないので大人しくゲーム機に手を伸ばす。
「ソフトどれにする?」
「最新のない??」
そんな会話を交わしながらも黙々とゲームをしていた。いつのまにか時計の針は1時半をまわっていた。良太とのゲームが楽しすぎて夢中になりすぎたようで全く気付かなかった。良太も時計に気が付いたようでゲームの手を止める。
「ごめん! 夢中になりすぎた! さすがに私帰るわ。この時間っていくら幼馴染とはいえ非常識にもほどがあるわよね!!」
慌てて荷物をまとめる。
「母さん寝てるみたいだからそんなに慌てないでも大丈夫だよ。俺の方こそごめん。時間に気使って無くて・・。っていうか10時まで待たせちゃってごめんな。」
そう言いながら自分も上着を羽織る。そして2人で静かに玄関のドアを開けて良太の家から出る。
「危ないから送ってく。」
「危ないって・・・数秒の距離じゃない・・・。」
「いや、でも危ないだろ!! ほら・・・変質者とかいるかもしんないし!それに、由月のお母さんいたら由月が怒られるだろ? 俺がちゃんと説明するから・・。」
良太が心配してくれることが嬉しくて思わず頬がほころぶ。
「大丈夫だよ。今日お母さん一日いないから・・。」
「そっか・・・。じゃあ、俺んち泊っちゃえばよかったのに」
「いや・・さすがにそこまでは図々しいよ・・・。」
カバンから自分の家の鍵を取り出して開ける。部屋の中は案の定真っ暗だった。
「送ってくれてありがとね。じゃあ・・・おやすみなさい。」
「今日はなんか色々とごめんな・・・。またいつでも遊びに来ていいから。寂しくなったらいつでも来いよ。由月は家族同然なんだからさ・・・。じゃあ、おやすみ。」
良太は優しい笑顔でそう言うと、私の頭をその大きな手で撫でて帰って行った。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
じりじりと太陽が照りつけてくる。学校へ行くまでに何度汗を拭ったことだろう。
「おっはよー! 由月!」
梨沙子が駆け寄ってくる。この暑さでよくこんなに元気でいれるもんだ。
「何でそんなに元気なわけ? 今日アホみたいに暑いのに・・・。」
「だってさ、明日から夏休みだよ!! これが元気にならずにいれるかっての!!」
今日は終業式。もう1学期が終わってしまった。時が過ぎていくのは早いものだ。
「そういえば、今日夏祭りあるね! 由月は誰と行くの?」
「・・・特に予定が無いのよね・・。あ、そうだ、梨沙子一緒に行かない?」
「うーむ・・・行きたい!行きたいんだけど・・・・。なんか部活の子全員で行くってことで話まとまっちゃってて・・・・。ごめん・・。」
「いや、別にそれなら全然大丈夫!!まあ、一人で行くってのもなんだから今年は家にいようかな。暑いし。」
「うーん・・・本当に申し訳ない・・・。というかさ、こーいうときに鷹野誘うとかしたらいいのに! 幼馴染の権力を最大限に生かせばいいのに!!」
「去年までは良太と一緒に行ってたよ? でも今年は友達と行きたいからごめんねって言われて・・・。どうせ坂城辺りだろうけど。」
「なーんだ・・・つまんないの」
梨沙子が唇を尖らせてむくれてみせる。
「まあ、女子と行くわけじゃないのね。よかったよかった。」
「良太とお祭り行こうなんて女の子はいないんじゃないかな・・・。」
口ではそう言いつつも、この間の電話の女の子を思い出す。結局・・あの子は誰だったのだろう・・・。考え込んで黙り込んでしまった私を不思議そうにみつめながら梨沙子が口をひらく。
「いつまでそんなこと言ってんだか・・・・。もう。そのうち誰かにとられたって知らないからね~。」
冗談のように言っている梨沙子の言葉が心に重くしみた。
「ただいま。」
今日も家には誰もいない。リビングの机に目をやるとお母さんからの書き置きがあった。『由月へ。
出張が入りました。悪いけどご飯はお金をおいていくから何かそれで買って食べてね。あと、福引券があるから、それだけやってきといてください。 ママより』
書き置きの隣には福引券がある。壁の時計を見ると6時を指している。とりあえず、夕食を食べてから福引に行こう・・・。そう思い台所へ行く。せっかくお母さんがお金を置いていってくれたが、正直お総菜やインスタントには飽きていた。冷蔵庫を開けて使えそうなものを探し、ありあわせで料理を作る。ご飯は昨日のものが残っていたので温め直す。さっさか夕食を済ませ食器を洗い、お風呂にお湯を張る。そして、どうせお祭りの会場へ行くのならとクローゼットから浴衣を引っ張り出してくる。紺色の生地に大きなヒマワリが咲いている浴衣だ。自分で着付けをして時計を見ると7時30分を指していた。ちょうどいい時間だ。髪を整えお祭りの会場に向かう。正門の前には待ち合わせをする人たちで賑わっていた。その中に見覚えのある顔があった。浅塚さんだ。黒地に桜が飛び散った浴衣がとてもよく似合っていて可愛らしい。髪には淡いピンクの簪をつけている。かわいいな・・。誰を待っているのだろう。そんな関係のない事をぼんやり思いながら会場に入る。鼻をくすぐる屋台を通り抜けながら裏門の近くに設置されている福引会場へ足を運ぶ。
「・・・ティッシュか・・・。」
せっかく浴衣着てまで来たのについてないな・・・。ため息をつき下を向きながら歩く。「帰ろ・・・。」
そう呟きながら歩きだしふと顔をあげると目の前に良太がいた。前言撤回。今日はついている。友達と行くと言っていたのに隣には誰もいない。ちょっと驚かしてやろう・・・・・・・。そっと背後から近づいて声をかける。
「りょーた!!!」
良太が満面の笑みで振り返る。そして、思いがけない言葉を口にした。
「菜野香??」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・・・?????
どうしてここで浅塚さんが出てくるの・・・?っていうかどうして名前呼び捨てなの・・・?良太は自分の勘違いに気づいたようでしまった!!という顔をしている。良太のその表情を見て私は一つの可能性に思い当たった。
「良太・・・浅塚さんとお祭りの約束してたんでしょ?」
「・・・・そうだよ。ごめんな。由月。今年一緒に行けなくて。」
良太がきまずそうに顔を背けて言う。違うよ良太・・・。私が聞きたいのはそんなことじゃないよ。謝って欲しいのはそんな理由じゃないよ・・・・。目の前が真っ暗になった気がした。良太はやっぱり、浅塚さんが好きなんだ・・・。そして、門の前で待っていた浅塚さんの姿を思い出す。あそこに浅塚さんがいたってことはまだ2人は会えてないってこと・・・?そう思ってハッとする。今私が・・・門の前に浅塚さんがいないって言えば2人は一緒にお祭りに行くこともないんじゃ・・・。でも、そんなことしたら良太に軽蔑されるかもしれない・・・。
様々な思いが交差する。しかし、良太と浅塚さんが2人でお祭りに行っているところを想像すると迷いは吹き飛んだ。
「あのね・・・良太、さっき浅塚さんに会ったんだけどなんか正門のまえは人が多いから水飴屋さんの前に待ち合わせ場所変更したいって伝えてって言われたんだ・・・。」
「あ、そうなんだ。了解。ありがとな。ってか浅塚と由月って友達だったっけ?」
「いや、顔見知りくらい。でも、私と良太が幼馴染だってこと知ってて頼んできたんじゃないかな・・。」
しれっとした顔で良太に嘘をつく私。自分でこんなに簡単に嘘をつくことができるなんて思いもしなくて驚いていた。でも・・・・ずっとずっと十何年も良太のことを好きだって気持ちを隠し続けて嘘をついていたようなものだから当然なのかもしれない。そう・・私はずっと良太のこと好きだったんだ。このまま浅塚さんとすれ違っててほしい。
「じゃあ、水飴屋の前に行ってるか・・・。ありがとな、由月。あ、そうだ水飴おごってやるよ。どれにする?」
「んーと・・・・じゃあ、ミカン!!」
「了解。じゃ、いこっか。」
先を歩き始めた良太を慌てて追いかける。水飴屋さんの前は思ったよりも多くの人が並んでいた。ソーダ、杏、スモモ、ミカン・・・さまざまな水飴が色とりどりにキラキラと光っていて宝石のようだ。
「はい。ミカン」
良太がミカンの水飴を私に渡してくれる。
「ありがとう。良太、自分のは?」
「おれは・・・ソーダ買うわ。由月一口いる?」
そう言って自分のソーダの水飴を差し出す。私はそれを一口だけかじった。
「おいしい。」
「だろ? ソーダのシュワシュワってのと水飴の甘いのが絶妙にマッチしてるだろ? あ、由月のミカンも一口ちょうだい。」
私が返事をする間もなく良太は私が持っているミカンの水飴をかじった。
「あ、ミカンもうまい。」
そう言って子供みたいに無邪気に笑う良太を見ているとこっちが嬉しくなってくる。食べ合いっこなんてきっと幼稚園のとき以来だ。幸せだな・・・。そう思い自然と笑顔になる。
「しかし・・・浅塚遅いな・・・。」
良太の言葉に夢心地だった私はハッと現実に戻された。そっか・・・。良太浅塚さんのこと待ってるんだよね・・・。私といても浅塚さんのこと考えてるんだな・・・。その時恐ろしい考えが私の脳裏をよぎった。私・・・良太と浅塚さんを一緒にお祭りに行かせたくないがために水飴屋さんの前に待ち合わせを変更だなんて嘘ついちゃったけど・・・良太が来ないのを不審に思った浅塚さんが会場内を探しに来てここにたどり着くことだって十分にありえるんじゃ・・・・? そしたら、絶対に何でここにいるのか良太に聞くはず・・。そしたら、私が嘘ついたってこと良太にばれちゃう・・・。いいの・・・? 良太に嘘つきだって思われても・・・。そこまで考えた時だった。
「あれ? 浅塚じゃね?」
良太が浅塚さんを見つけてしまった。私が恐れていた最悪の事態だ。
「おーい浅塚・・・・」
もう終わった・・・良太に嫌われる・・・。そう思い絶望していたときだった。浅塚さんのほうへ向かっていた良太が突然足を止めた。
「良太・・・どうし・・・」
良太の視線の先をたどって私も言葉を失った。良太の視線の先には当然ながら浅塚さんがいた。でも1人じゃなかった。
「なんで・・・なんで浅塚さんが坂城と一緒にいるの?」
恐る恐る良太の顔を見る。そしてハッとした。良太は思わず身がすくんでしまうような・・・今まで見たことの無い真剣な顔をしていた。何と声を掛けたらいいのかわからなくて口をつぐむ。そんな私の態度に気が付いたのか良太が口をひらく。
「付き合ってんのかもね。浅塚、前に坂城のこといいやつだって言ってたし、好きな人いるって言ってたし。じゃあ、最初から坂城誘えばよかったのにね。あ、そういえば『青春』っぽいことしたいけど相手いないから俺がちょうどいいとか言ってたっけ。でも、坂城とうまくいって俺用無しみたいなとこか・・・・。ハハ・・・。」
良太が自嘲気味につぶやく。その顔は儚くて・・・少し触れただけでも消えてしまいそうだ。こんな良太を見るのは生まれて初めてだ。こんなつらそうな顔をしている良太なんか見たくない。しかし、それと同時に良太をこんな表情にさせることができる浅塚さんを羨ましくも思った。
「良太・・・あのさ、私今日1人で来たの。だから一緒に屋台まわろう? あ、水飴のお礼にたこ焼きでもおごってあげようか?」
今この状況でこうやって声を掛けることが正しいのかはわからない。でも良太には笑顔でいてほしかった。この世の終わりみたいな顔をしている良太なんてみたくなかった。
「うん・・・。そうだな。たこ焼きもらおうかな。」
やっと少し笑顔になってくれた良太を見て私もつられて笑顔を作る。でも心の中はグチャグチャだ。良太は浅塚さんが好きでお祭り一緒に行くことになって・・・・。それなのに浅塚さんは坂城と付き合っている・・・? でも・・・一番大切なこと・・それは・・・
私は良太と付き合うことは無理なんだってこと・・・・。
「ただいま・・・。」
真っ暗なリビングには入らずにそのまま自分の部屋へ行きベッドの上に飛び込む。今日1日の事を思い返す。色々とありすぎて何が何だかわからなくなる。結局私は例年通りに良太と2人で屋台を回り祭りをすごした。でも・・・例年通りに楽しむことはできなかった。無理に笑顔を作って元気に振る舞おうとしている良太が痛々しくて。そして良太が浅塚さんの事を好きなんだという事実に私は打ちのめされて。心あらずで何を話したのかさえよく覚えていない。ずっとずっと好きだったのに・・・。告白もせずにこの思いは終わりを告げてしまった。「いつか叶う。」そう思い続けてきたのにその思いはあっさりと砕けてしまった。最後の希望は・・・このまま良太と浅塚さんが疎遠になってしまうこと。そして良太が浅塚さんをあきらめてくれること・・・。そんなズルいことを考えながら私は涙の海に身を沈めながら眠りについた。
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夏休みは文化祭の準備をしたり、数日間だが塾の夏期講習を受けたり梨沙子と遊んだりしているうちにあっという間に過ぎた。夏祭りの翌日には梨沙子と遊ぶ約束をしていたので夏祭りの事を全て話した。梨沙子は黙って私の話をきいてくれた。
「と・・・いうことで良太は浅塚さんが好きみたい。で、多分・・・浅塚さんも良太が好き。なんで坂城と一緒にいたのかはわかんないけど。もしかしたらこのまま二人はすれ違ったままかもしれないけど、どっかで思い直してくっつくかもね。ということで私の10年間の片想いはあっさりと終わりを告げました。応援してくれてたのにごめんね、梨沙子。」
親友である梨沙子の前でさえも強がってしまう可愛くない私。素直に泣いたり悲しんだりできない私。でも・・弱い自分を誰にも見せたくなかった。いや・・・親友である梨沙子だからこそ見せたくなかったのかもしれない。
「・・・由月は・・・それでいいの?」
静かに梨沙子が口をひらいた。
「うん。まあ、悲しいといえば悲しいんだけどさ、夏祭りの日に帰ってからいっぱい泣いたから!」
「ちがうよ。私が言いたいのはそんなことじゃない。10年越しの片想いをこんな形で終わらせていいのって聞いてんの。」
「いいのって言われてもさ・・・・そのうちあの2人は付き合っちゃうわけでしょ。もうそしたら私はどうしようもないわけで。まあ、人生いろいろあるから仕方ないわよ。さ、この話はもう終わりにして今日はパーッと遊ぼ!」
笑顔を作って言う私に対して梨沙子はもう何も言わなかった。
梨沙子の言いたいことの意味はわかっていた。でも、弱い私はそれを直視できずに逃げているだけ・・・・。
夏休みの間、梨沙子の言葉が頭の中に残りことあるごとにちらついていた。心の中が不自然にもやもやしていた。それでも私は振り切った。私が何もしなければ・・・自然と丸く収まるしこれ以上傷ついたりしない。そう思っていた・・・・。
「由月。ちょっと来て。」
良太にそう言われたのは新学期にはいって4日目の放課後だった。あれから良太とは顔を合わせていなかった。私も良太の顔を見るのが辛かったので遊びに行こうとは思わなかった。だから良太から声を掛けてくるなんて思ってもいなかった。
「どうしたの急に。良太から声掛けてくるなんて珍しいじゃない。」
動揺してはいけないとわかっていても良太から目をそらしてしまう。
「話があるんだ。・・・・。」
いつもと違う低く響いた声にハッとした。私がそっと顔をあげると良太は怒っているようなそれでいて悲しんでいるような・・・・そんな何とも言えない顔をしていた。良太のその表情に私は嫌な胸騒ぎを覚えた。
「わかった・・・。どこで話す?」
「裏庭に行こうか。」
そう言って良太は黙って歩き始めた。好きな人に裏庭に呼び出される・・・。きっと最高のシチュエーションだろう。でもこれはそんな幸せな話をする雰囲気じゃない。それは良太の表情がものがたっている。
「で? 何の話?」
裏庭に着き、私が促すと良太は少し迷いながら口をひらいた。
「あのさ・・・確認したいんだ。あの夏祭りの日のことなんだけど。由月はさ、浅塚から待ち合わせ場所の変更を頼まれたって言ってたよね? それ本当? 」
良太の思いがけない言葉に体が硬直した。心臓が止まりそうだった。私が嘘ついちゃったのやっぱりバレたんだ・・・・。怖くて良太の顔が見れない。良太は続ける。
「俺さ、最初は浅塚が嘘ついてるんだって思ってた。坂城と一緒にいたのを俺に見られてバツが悪くて嘘言ってるんだって。でも、冷静になって考えたんだ。浅塚は・・・菜野香はいつもまっすぐだった。ウソなんかついたことなかった。出会ってからまだ数ヶ月だけどすごく素直でいい子だって思ったんだ。由月のこと疑いたくないよ。でもそれと同じくらい菜野香のこと信じたいんだ。だから・・・・」
「そうだよ。私が嘘ついたの。」
良太の言葉を遮りながら私は半分やけくそのように言った。これ以上良太の浅塚さんへの思いを聞きたくなんかなかった。どれだけ好きかなんて知りたくなかった。
「・・・何であんな嘘ついたわけ?あんな嘘ついたって由月にはメリットなんかないだろ? ましてや、由月に迷惑がかかるわけでもないじゃ・・・・」
「見たくなかったの!!!」
もう黙ってなんかいられなかった。良太が鈍感なのはわかってた。気持ちなんて気づいてもらえなくたっていいって思ってた。でも・・もう苦しかった。
「どうして嘘ついたかって? 良太がほかの女の子と2人でお祭りに行って楽しそうにしてるところなんて見たくなかったの。ずっと・・・ずっと・・・初めて会った日から・・・ずっと昔から私は良太のことが好きだったから。」
息をつく暇もなく私は吐き出すようにそう言った。とうとう10年間の思いを告げてしまった。もう限界だった。
「好きな人がほかの女の子と仲良くしてるところなんて見たくないの当たり前でしょ?」
開き直ったように言って良太を見ると彼はよほど驚いたのか目を見開いて固まっていた。
そして私を見つめてさびしそうな顔をしてゆっくりと口をひらいた。
「ごめん・・・。今まで全然気が付かなかった。知らないうちに由月のこと傷つけてたんだな・・・。でも俺は由月のこと幼馴染としか見たことない。それに・・・俺今好きな子がいるんだ。だから由月の気持ちには応えられない。ゴメンな。」
こんなときまで優しい良太に怒りさえ湧いてくる。視界が歪んでくる。けれど良太の前では泣きたくない。心配そうな顔をさせたくない。惨めな姿をさらしたくもない。零れ落ちそうな涙を必死に抑えて良太に言う。
「良太ならそう言うと思ってずっと言わなかったのに・・・。もう。計算外よ。1つだけ聞きたいんだけど・・・良太の好きな人って浅塚さん?」
「・・・・・・・・・・・うん。」
良太が短くそう答えた。たった一言だったけれどその一言には様々な思いが込められていることを私は悟った。
「やっぱそうだったんだね。良太の話聞いたり最近の良太見ててなんとなくそうじゃないかと思ってた。」
そこで一度言葉を切り良太をしっかりみつめる。
「きっと・・・浅塚さんも良太のこと好きだよ? 好きじゃなきゃ電話だってしないしお祭りだって行ったりしないよ。2人は両想いなんだから・・・。だからちゃんと好きだってこと伝えなよ?」
フラれたのに・・・バカみたいに笑顔を作ってそんなお節介をやく。取り乱してしまったけど・・・良太のまえでは笑顔でいたかった。
「うん・・。ありがとう。ごめんな由月。でも俺由月のことは家族みたいなもんだと思ってるから・・・。」
「わかってる。これからも・・・一番の友達でいてくれるよね?」
「うん。当たり前だろ。」
「じゃあいいや。ほら。早く帰って浅塚さんに気持ち伝えたら?」
「ああ・・・。じゃあ・・・。」
そう言って良太は駆けていった。
「・・・・・・はあ・・・・・」
良太の姿が見えなくなると私はため息をついてその場に座り込んだ。本当に終わってしまった・・・。私の10年の片想い。言うつもりはなかった。けれども抑えてはいられなかった。良太と浅塚さんがお祭りの約束をしていたと知った時に一度諦めたはずだった。けれどそんなのは思い込みで。諦めきれてなんかいなかった。胸の中にぽっかりと穴が開いてしまったみたいだ。ずっと君の隣にいたかった・・・。でも、私にはもう後ろ姿を見つめる事しかできない・・・。
「最後まで・・・最後まで笑顔作ってお節介やいて・・・ほんと可愛くないな私・・・。」
そう自嘲してみると目から温かい物が零れ落ちてきた。
「う・・・・・ひっく・・」
涙は一度流れてくるともう止まらず雨のように次々と地面に落ちていった。
「・・・・・藤村・・・?」
ふいに後ろから声がした。思わず肩が震える。
「坂城・・・。」
後ろを振り返るとそこには坂城がいた。やだ・・・・。泣いてるところ見られた・・・。
「・・・・いつからそこにいたの?」
「ごめん・・・。最初から。そこの木の下で寝転がってたらその・・良太と藤村が来て・・なにやら深刻そうな顔で話し始めたから・・・。なんか音たてにくいし・・・出にくくて・・ずっとここにいた。ごめん。」
「じゃあ・・・全部聞いてた?」
「うん・・・。ホントにゴメン・・。」
そう言って坂城が頭を下げる。私は慌てて坂城に駆け寄る。
「いやいや!こっちこそ変なもの見せちゃってごめんね! まあ、わかると思うけどフラれちゃったんだよね。まあ・・仕方ないよ。」
そう言ってハハ・・と笑ってみせる。すると急に坂城が悲しそうな顔をした。そしてなぜか急に腕を引っ張られた。次の瞬間・・・私は坂城の腕のなかにいた。坂城が私の事を抱きすくめているのだ。
「ちょ・・・坂城・・・何急に・・・離して・・・・」
「藤村・・・お前バカだよ。」
私が抵抗しようとすると坂城はさらに強く私を抱きしめて言った。
「何でフラれたっていうのに良太と浅塚の仲とりもったりするんだよ・・・。何で笑顔になろうとするんだよ・・・。何でそんな優しくなろうとしてるんだよ・・・。もっと・・もっと泣いていいのに・・・。もっと人に甘えていいのに・・・。」
坂城の思いがけない言葉に驚いて何も言えなくなる私。坂城が言葉を続ける。
「藤村さ・・・ショックだっただろ? なのに一生懸命良太の前で笑顔になってさ。で、俺にまで気使って・・・。俺に八つ当たりだってしていいんだよ? お前は・・・自分に厳しいくせに人に優しすぎるんだよ。たまには自分に優しくなったり自分を甘やかしたりしていいんだよ?」
こんな・・・こんなに優しい坂城を私は一度も見たことがなかった。坂城の言葉が胸に染み渡りまた目から温かい物が溢れてくる。
「優しいって・・・。私良太に嘘ついたのよ? 浅塚さんのところに行ってほしくないからって・・・。それで2人はギクシャクしたのよ?そんな私が優しいわけないでしょ。」
「そんなん・・嫉妬とかやきもちだろ? 人間だったらそういう感情だって生まれるさ。それに、結局嘘ついたこと認めて、良太の後押ししてたじゃないか。そんなことしなくていいんだよ? やっぱり藤村は優しすぎるよ。」
「・・・何でこんな時にこんな優しいこと言ってくれちゃうのよ・・・。」
「藤村が好きだから。」
坂城のキッパリとした言葉に思わず坂城の顔を見上げる。
「え・・・坂城・・・坂城も藤村さんのこと好きなんじゃ・・・だからお祭りにも・・・」
「いやいや。何でだよ。あの祭りのときに一緒にいたの見られてたわけ? あれはさ、浅塚が良太のこと探してたから一緒に探してやろうと思っただけだよ。深い意味はない。俺は、小学校のときから藤村が好きなんだよ。」
そこで一度言葉を切り息を深く吸い込んでそっと語りかけてくれる。
「藤村を最初に見た時にきれいだって思った。最初はただそれだけだったよ。お前昔、周りには何考えてるかわかりにくいとか、無口だとか色々言われてただろ? でもさ、俺が転んで泣いてる時とかさ、すぐに駆け寄ってきてくれたのは藤村だったよ? いつも周りのことちゃんと見てて・・・。自分のことなんか後回しで。不器用ながらにいつも一生懸命で。けどそれを自慢しない。そんな藤村がずっと好きだった。でも、藤村は良太が好きだってことわかってたから・・・。好きな子が幸せになるならそれでいいんだって思ってた。だけど、もう遠慮しない。すぐに考えてくれなんて言わない。何か月でも・・・何年でも・・おれは待つから。だから藤村のこと好きだってことは覚えといて。それと・・全部自分1人で抱え込むなよ。微力かもしんないけど、俺のことも頼って。」
「こんな時にそんな優しい言葉かけるんじゃないよ・・・バカ・・。」
そう呟いてから、涙腺が崩壊し子供の用に泣き続ける私を、坂城はしっかりと抱きしめながら子供をあやすように優しく背中を叩いてくれた。なぜだかそれが妙に心地よかった。
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「おはよ、由月。」
「おはよ、梨沙子。」
学校へ向かう途中で梨沙子と会いそのまま肩を並べて歩き出す。
「あ~夏休みも終わっていよいよ受験期本番ってとこだね。ってか、夏休みが全く休みらしく感じられなかったわ~。早く受験終わって欲しい・・・。」
梨沙子が憂鬱そうに言う。あの日・・・私が良太に思いを告げた日から1年が経っていた。
あの後すぐに浅塚さんと良太は付き合いだした。今も仲良くやっているようだ。そして、私と良太も最初こそはお互い気まずくギクシャクしていたが半年も経つとだんだん普段と変わらなくなり、今ではすっかり修復し昔のように・・いやそれ以上に信頼し合い、いい友達としてやっている。梨沙子にはあの日の夜、電話で全てを話した。梨沙子は優しい声でただ『頑張ったね』とだけ言ってくれた。今、私が立ち直ることができたのは梨沙子がそばにいてくれたおかげだろう。そして、もう1人・・・・。
「そういえばさ、由月、坂城とはどうなったの?」
「え・・・ちょ・・何で急にそんなこと聞くのよ!?」
「動揺してんねー・・・。いや・・・なんかうやむやになって終わりにしたら可哀そうじゃない? あいつだって、由月を支えようと頑張ってたんだから。」
そうなのだ。私が立ち直ことができたのは坂城のおかげでもある。坂城はあの日からさりげなく私を助けてくれた。支えていてくれた。私もその優しさをひしひしと感じていた。
だからちゃんと返事をしなければいけない・・・・と思っていたら時間はあっという間に過ぎてしまい、今に至る。
「それなんだけどさ・・・私も坂城に支えられてきたのは事実だし。それに、自分のことずっと思てくれた人がいるってすごい嬉しい事だし・・・。だから、受検終わったらお付き合いを始める・・・っていう返事にしようと思って・・・。」
「ふーん・・・。だってよ? 坂城。」
梨沙子が私の言葉に頷き、そして後ろを見る。
「へ・・・? うわ!!坂城!? いつからそこに!?」
梨沙子につられて後ろを振り向くとそこには坂城が口をポカンと開けて立っていた。
「いや・・・あの・・・『坂城とはどうなったの?』あたりからずっと後ろに・・・。」
「そんなとこから!? ってか最初から!? ・・・梨沙子・・謀ったわね・・・。」
「へへへ・・・。ごめんね。由月。まあ、でも結果オーライよ! ってことで私は先に行くからお2人さんごゆっくり~」
そう言って逃げるように梨沙子は駆けて行った。
「あの・・・藤村・・・さっきのマジで?」
坂城が真剣な眼差しで私を見つめる。私は軽く頷くとしっかりと坂城を見つめ返した。
「返事遅くなって本当にごめんね。しっかり考えて考えて・・・。坂城の優しさにいつも助けられてるって改めて思ったから・・・。でも、受験もあるからさ、受験終わったら、私と付き合ってください。」
「・・・・もちろんです! って言うしかねーだろ!! よっしゃー!!」
坂城がガッツポーズを作って叫びだす。周りにいた通学をしている同じ中学の人たちが何事かと坂城に注目する。その視線を感じて恥ずかしくなったのか少し赤くなりながら、坂城がゆっくりと歩き出した。私もそれにあわせてゆっくりと歩く。
「ほんと・・・藤村のこと諦めなくてよかった・・・。夢みたいだよ・・・。」
嬉しそうに頬を染めて言う坂城。そして私に向かってそっと言う。
「大好きだよ。藤村。ずっと俺の隣にいてほしい。」
「・・・・・・受験終わったらね。」
彼の言葉に思わず照れてそっぽを向き可愛くない返事を返す私。
「よっしゃ! めっちゃ勉強してやる! そして、早く終われ受験!!」
無邪気に笑う彼を見つめながら私はそっと思う。
良太のことを辛い『失恋』の思い出じゃなくて『愛しい片思い』の思い出にすることができたのはきっと君がそばにいてくれたからだよ・・・坂城。坂城といると私はいつだって自然体でいられるんだ。笑顔になれるんだ。だから・・・明日も明後日も明々後日も・・・君の隣にいれますように・・・・。
空を見上げるとまだ眩しい太陽が私たちを照らしていた。
END
前作のソラチネのほうで、由月ちゃんが若干悪役みたいな扱いだったので不憫に思い書いてみました。
冒頭の部分では由月の名字が「山里」になっていますがこれは間違いではありません。由月の両親は離婚していて、離婚前の名字・・・つまり父方の名字が「山里」、離婚後・・・母方の名字が「藤村」です。
読んでくださった皆様、ありがとうございました<(_ _)>




