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双翼の舞う世界 ~魔法界からの帰還者~  作者: 低系
~魔法界からの帰還者~
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第六話 凶報と不穏


 ――魔法界リベリア――


 レイバ国・王都メリゼルの魔法教会にある自身の執務室で、クレリア・オルゴートは窓の外を眺めていた。

 机の上に積まれている書類の山には目もくれず、彼女は何かを待っている。

 やがて、目当ての物が、ようやく窓の外に姿を見せた。

 窓を開ける必要もなく、それはクレリアの元に通り抜けてくる。


「早かったわね。それだけ今回の件が気になるということかしら?」


 手元に着いた白い紙を見るや、クレリアは言った。

 中心に魔法陣を描いた紙は、それと同時に黄色い光を輝かせ、陣に一人の女性を立たせる。

 白い肌に黒いローブを纏い、美しい金髪と琥珀色の瞳。絶世と言われるだろう容姿を見せて、エレナ・サイフォリオはそこに現れた。


『クレリア、秋人君の今の状況を教えて!! 地上界むこうで襲われたんでしょ!?』


 出てきていきなり声を荒らげるエレナ。

 普段からホワホワした雰囲気を出している彼女にしては珍しい様だった。


「あー、……気になってるのはそっちなのね」


 どうりで早いわけだ。


「というか、エレナ……何で彼が襲撃を受けたことを知っているの?」 


『………魔法界こっちにいても秋人君の状態がわかるように、『ホーラの腕輪』に魔法式を掛けてあるから』


「………」


 クレリアとエレナは長い付き合いだ。親友と言っても良い。

 エレナが自分の、たった一人の弟子を溺愛し、過保護になっているのも知っている。

 しかし、


「限度ってあるでしょ……」


 過保護なんてもんじゃない。

 何だその重すぎる師弟愛は………。


「彼はそのこと知ってるの?」 


『もちろん。さすがに無断ではそんなことしないよ』


 普通は断りを入れるまでもなく、そんなことはしない。


「彼……何て?」


『ありがとうございます、って言ってた』


「………」


 どっちもどっちだ。

 …………重い。

 師弟愛なのに重い。


「彼の状態が分かるんなら、私に訊く必要ないでしょ……」


『………私に分かるのは内面。精神状態だけだから……』


「せ……!?」


 精神状態って、


「まさか、エレナ……『夢渡り』の魔法式を……」


 『種外禁忌魔法』の『夢渡り』。

 魔法レベル:八以上の魔法騎士にしか使うことが出来ない高等魔法式。

 夢の中で対話や会合、魔法訓練などを行うことが出来るもので、能力的には便利な魔法だが、上級魔法騎士二人以上でないと『夢』に入ることが出来ないという難点もある。

 レベル:八の魔法騎士は、魔法界で王都をもつ大国にも十数人程度しかいない。

 使用できる魔法使いが限られるため、レベル:八以上でも修得している魔法騎士はほとんどおらず、今では使われない『種外禁忌魔法』とされている。

 だが、この『夢渡り』。

 禁忌の魔法式に部類される理由はもう一つあった。

 二人の『夢』を一度繋げると、互いの了承がなければ切り離すことが出来ない。

 繋げた相手が自分を裏切ることがあっても、個人の判断では『夢』の繋がりを切ることは出来ない。

 エレナが言う、精神状態を理解する、とは、『夢』という人の内面の一つを繋げることによって、互いの心を知るものだが、よっぽど深い関係でなければこんな魔法は使わない。


『それより秋人君の状況』


 禁忌魔法の使用を全く気にしてない親友に、クレリアは深いため息を吐いた。


「はぁ~、『夢渡り』で本人に訊かなかったの?」


 エレナのことだ。襲撃されたことを聞いておいて、無事かどうか確認をとらないはずはないが。


『聞いたけど……秋人君の「大丈夫」はあてにならないから……』


 どうやら本人の言葉だけでは心配を払拭するに足りないらしい。

 もう面倒だ、と言うように、クレリアは口を開いた。


「あ~、はいはい……。彼は今、リエラの護衛のもといつも通りの生活を送ってるみたいよ。昨晩の戦闘でも、全くの無傷」


『そう……良かった……』


 心の底から安堵の息を吐いて、エレナは胸を撫で下ろした。


「エレナは心配しすぎよ。彼は天才なんだから、そこらの魔法騎士程度じゃ傷一つ付けられないわ」


 何より、彼のすぐ近くにリエラがいるなら尚更ね、とクレリアは内心で付け加える。

 おそらくエレナも分かっている。だからこそ彼女は、リエラを秋人の護衛に推薦したのだろうから。


「それより、アテナ国のことだけど…」


『……何か動きでもあったの? その様子じゃあ、あんまり良い話じゃなさそうだね……』


 表情に曇りが見える親友に、エレナは目を細める。


「ええ、さっき入ったんだけど、悪い知らせが二つ。アテナ国に潜り込んでいたアロード騎士団長の行方が分からなくなったわ」


 聞いて数秒の後、エレナの顔色が変わった。


『……まさか、アテナの騎士に』


「わからない。騎士団長が率いていた部隊の話によると、アテナ国の王都に入ってから連絡が途絶えたらしいけど」


『王都に入り込んだのは、アロード騎士団長だけ?』


「いいえ、他にも五、六人、入り込んだ騎士達はいたんだけどね。行方不明は騎士団長だけみたい。潜入は一人か二人で動くのが基本だし、王都ともなると、見つかる危険を考えれば単独が一番良いから、一人で動いていたアロード騎士団長が、どんな状況にあったかは分からないのよ」


 しかも行方不明になったのが敵の心臓部では、大掛かりな捜索も出来ない。


『今後のレイバの動きは?』


「ハリベル騎士団長が、アテナに向かったわ。と言っても、何か策がある訳じゃないけどね」


 クレリアの言葉に、思案するように俯いたあと、エレナは呟く。


『私も動いた方が良い?』


「却下。さすがにそれは不味いでしょ……」


 苦笑いを隠そうともせず、クレリアはハッキリとした口調で断った。

 エレナも、本心では自分が動けるとは思っていない。自分には、自分の役割がある。


『そう。じゃあ、もう一つの凶報は?』


「もう一つは、魔法レベル:七の、上級魔法騎士の『狩人』が、地上界で確認されたらしいわ」


『…………』


「…………」


『クレリア』


「ダメよ」


 エレナの反応が分かりきっていたため、今度は有無を言わせることなく断る。

 というか拒否する。


『まだ何も言ってないよ?』


「どうせ、秋人君のところに行かせて、とか言うつもりだったでしょ」


『うっ……』


 さっきとは売って代わり、愛弟子のためなら自分の役割すら放り出しそうなエレナに、クレリアはため息混じりで言う。


「リエラがいるんだから、彼にとってこれ以上の護衛はないわよ」


 まあ、エレナまで秋人の護衛に着いたら、鉄壁を通り越して無敵の護りなるのは確かだが。


 ◇ ◇ ◇


 ――地上界地球――


 時刻は午前十時頃。

 如月家の縁側で和んでいた二人、秋人とリエラの顔付きが変わった。

 秋人は自身の『眼』に写るものを感じて、リエラは秋人の様子が変わったのに気づいて。

 たった一時間の魔法訓練だったが、秋人の『眼』は一年半前と同様に、発動状態に入っていなくとも反応してくれるまでに感覚が戻っている。


「………警戒する必要は無さそうだな」


 一瞬にも満たない様子見の末、秋人が言った。


「誰?」


「昨日の魔法教団の人だろう。楠さん……だったかな。襲撃を受けた標的のところに一人で来るとは、少し無防備だけど」


 と、言い終わったと同時に、如月家のチャイムが鳴った。

 秋人は玄関の方へ向かい、リエラも後に続く。

 扉を開くと、えていた通りの女性が姿勢を正して立っていた。

 長い黒髪を、今はポニーテールにしている。

 さすがにローブや剣はないが、右の手首に『腕輪』を着けていた。

 暗色の服装は派手さとは別のベクトルで目立ちそうな印象を受ける。着こなしているのがもともと顔の作りの整った人物なら尚更だ。

 彼女は秋人とリエラの姿を確認すると、深い一礼をしてから名乗った。


「日本中部地方魔法教団所属の楠佐奈くすのきさなです」


「どうも。――まさか、迎えが来るとは思いませんでしたよ」


 真面目くさった自己紹介に対し、秋人は微笑を浮かべる。


「昨晩はすみませんでした。助けて頂いたのに名乗りもせず…」


「助けて頂いたのは僕も同じですよ。こちらこそ、ろくにお礼も言わずに、すみません」


 秋人の実力なら、魔法教団が割り込んで来なければ『狩人』を捕らえるぐらい出来たのだが、助けに来てくれたのは事実だ。

 感謝は述べても、含むところはない。


「家を知っているということは、僕のことも?」


「はい、如月秋人さん、ですね 。それと、」


 楠は視線を秋人の後ろへやった。


「天樹リエラ」


 そこに立つ茜色の麗人から、冷めた表情で冷めた声が飛ぶ。

 綺麗な声だが、それが尚更トゲを感じさせていた。


「………天樹……リエラ?」


 トゲに刺されたのか僅かに怯んだ彼女だが、あまりに短すぎる自己紹介で疑問を感じた。


「何か?」


 しかし、リエラは冷めた態度で迎え撃つ。

 どうやら疑問をぶつけられる相手ではないらしい。

 時間が止まったような感覚。

 雰囲気が悪くなりそうなのを感じて、秋人が咎めるように小さく口を開いた。


「………リエラ」


「なに? 秋人……」


 リエラは視線を秋人に向けるのと同時に、表情と口調があからさまに柔らかくなる。

 その変わり様は猫を被ったようにも見えるが、あくまでこれは地だ。裏表なんて存在しないし、もとよりそんなものを使い分けられる器用な性格でもない。


「もうちょっとトゲを引っ込めて話せないのか?」


「トゲ?」


 自覚していないのか彼女は首を傾けるだけだ。

 リエラに悪気がないのは分かっている。とは言え、これではコミュニケーションの取りようがない。

 敢えて仲良くしろ、とは言わないが、それでも上部うわべだけは馴染め。


「優しい喋り方は出来ないのかってことだよ……」


 秋人の言い換えに対し、リエラは僅かに頬を赤く染めて、こう言った。


「秋人には………出来る」


 ドクン、と秋人の心臓が大きく鼓動する。


「ごめん………………訊いた僕が悪かった」


 赤くなったリエラがあまりに可愛く、顔に熱が集まりそうになったが、なんとかその前に話を打ち切った。


「あ、あの~」


 と、そこで、困惑していた楠が、申し訳なさそうに口を挟んできた。


「あ、すみません。彼女に関してはツッコミなしでお願いします」


 秋人の言葉に、楠も「わかりました」と言って、それ以上は聞いてこなかった。


「では、教団の方へ足を運んでもらってもよろしいでしょうか?」


「ええ、すぐに準備します」


 閑話休題。


 三月上旬。メリゼル魔法学校の制服だけではさすがに寒いだろうと、黒っぽいコート(秋人のもの)をリエラに渡して、秋人も白の上着を着込んだ。

 出掛ける準備を整え、さあ行こう、というところで。


「秋人」


 リエラに後ろから声をかけられた。

 振り返り、「何だ?」と口を開く前に、リエラの右手が伸びてきた。藍色の髪に隠れた秋人の左耳の下部、耳たぶ辺りまで潜り込んでくる。

 そこで秋人は、強烈に嫌な予感がした。


「ちょっ! 待っ、リエラ!!」


 止める間もなく、


 バチン、と左耳で音が響いた。


「痛っ!!」


 妙な鈍痛は、過去のトラウマを甦えらせる。

 出会ったばかりの約二年前にされたことと全く同じだ。

 半年間一緒に戦い続け、心を開いてくれた今のリエラは、秋人が傷付くことを極端に嫌がる。


「ごめんなさい」


 だから、心を込めた謝罪は忘れない。

 完全に油断していた……。


「そう思うならやらないでくれ……」


「だって秋人、自分からは付けないよね?」


 確かに付けたくないが、だからといって不意討ちはないだろ。

 秋人はいまだ違和感の残る左耳を、ポケットから取り出したスマフォのフォト機能で見てみる。

 予想に違わず、左の耳だぶにワンポイントピアスが付けられていた。

 ピアッサーで穴を空けるならともかく、レイバ国のピアスは市販のものに『貫通』の魔法式をかけて耳に直接ピアスを打ち込むため、ピアッサーに比べてかなり痛い。

 以前はただのシルバーピアスだったが、今回は銀の縁取りの中心に魔法石。

 そしてその色は……、


「茜色?」


「うん。私の色……」


 そう言って、今度は自分の右耳に手をやるリエラ。ピアス穴は空いてるらしく、普通に付けてる。

 秋人に付けたのと同じデザインの、藍色のピアスを。


「秋人の色……」


「まあ確かに……そう言えなくもないけど……」


「私、付けるから、秋人も私の色を付けてて。いつでも、どこでも……」


「あ、ああ」


 自分の色で相手を染め、相手の色で自分を染める。

 何だかすごく恥ずかしいことをされているような気がした。


「ちなみにこれって、魔法具だよね?」


「うん、機能は前のと一緒。色が気に入ったから買い換えただけ」


「そ、そっか……」


 あの……リエラが……、性能以外で『魔法具』を選ぶようになるとは……。

 人間、変われば変わるものだ。


「取り敢えず、楠さんも待たせてるし、行こうか」


 そうして二人は玄関まで戻っていく。


 ◇ ◇ ◇


 ――魔法界リベリア――


 レイバ国も、その隣に位置するアテナ国も、魔法界の南大陸地方にある国だ。

 国境となっている廃墟エリアに向かう馬車に、茶色の髪をオールバックに纏めた中年の男。ウォン・ハリベル騎士団長が乗っている。


「面倒なことになってきたな。まさか、あのアロード騎士団長が行方不明とは……」


 早朝に行われた会議までは、調査団を指揮して動いている報告が確かにあった。

 だが、その数時間後に入った凶報がこれである。


(実力を考えれば、アロード騎士団長を倒せるような魔法使い、アテナなんぞに要るわけ無いんだが………)


 レイバ国九人の騎士団長は、いずれも魔法界最上級の魔法使いと呼ばれている。

 個々に多少の力差は出るが、アロード騎士団長の実力は九人の中でも上の方に位置していた。

 王都を持つとは言え、さほど大きくはないアテナ国の魔法使いがどうこう出来るような存在ではないはずだ。

 思考するハリベルを乗せた馬車が国の外周部の森に差し掛かり、人の気配がまるで無くなったときだった。


「!! 止まれ!」


 突如。

 隠そうとしない強大な殺気が降り注いだ。

 業者に馬車を止めさせて、ハリベルは外に飛び出す。

 馬車の進行方向。まだ午前の日が差す中、薄暗い雰囲気を漂わせる木々が並んだ森林に、闇より暗いローブを纏った。人のような何かが立ち塞がっていた。


 人のような……何か………。


 人と断言できない理由は、歪な姿をしている魔獣とか、人外だからという訳ではない。

 ただ……、


(ここまでドス黒い殺気を……生きてる人間が出せるものなのか……?)


 並みの人間なら、これだけで気絶してもおかしくない。

 実際、先程まで馬車を引いていた馬も、手綱を握っていた業者も、地に体を落として気を失っている。

 そんな中でも、後ずさることすらしないのは、さすが歴戦の騎士団長と言うべきだろうが。ハリベルの顔色が先程よりやや悪くなっているのは否めない。


「レイバ国の騎士団長。ウォン・ハリベル」


 若い男の声。

 少なくともハリベルよりずっと年下なのがわかる声色は、不気味な響きだった。


「ああ。そういうお前は誰だ。こんな物騒な気配を撒き散らす奴、レイバにはいないがな?」


 睨む視線を送りながら、ハリベルは着ていた黒いローブを脱いで下に落とす。

 ローブの下から出てきた、黒い下服に白い鎧を着けた騎士服。腰の剣に手を掛けて、早くも戦闘に入る気満々の様子だ。

 だが、先に仕掛けたのは向こうだった。

 いつの間にか手にしていた大鎌を振りかぶり、突進してきた。


「!!」


 速い。

 魔法を使ってる気配はないのに、間合いを取った距離をあっと言う間に迫ってくる。

 振り抜かれた鎌を飛び退いて交わすと、ハリベルは応戦するために言霊を唱えた。


「『集いし精霊の力――我が身に・その意志を伝える』」


 肉体強化の『加速』魔法。

 白光が薄くハリベルの体を覆うと、一気に速力を上げた。 

 

「『風の精よ――舞い狂う空・吹き荒べ嵐』」


 一瞬で背後をとり、続いて抜剣した長剣を標的に会わせると、『風』の魔法を繰り出した。

 切っ先から生み出された竜巻は地を這い、真っ直ぐと敵に向かっていく。


 直撃…………するはずだった。


 刹那。


「『闇に潰えろ――闇を顕せ』」


 地獄の呼び声が響くと同時に、世界を暗闇が覆った。

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