第八話 デュエル・プレイヤー
――――『デュエル・プレイヤー』。
それは、魔法模擬戦闘の形式戦。
魔法の腕試しを兼ねた対戦ゲームのようなものだ。
魔法界では東西南北を問わずメジャーに行われる競技で、地上界でも影ながら、というより裏ながら、そういった場が設けられているそうだ。
シングルマッチ、タッグマッチによる個人戦はもちろん、魔法部隊の基本とされる五人一組によるチームマッチ。
ルールは場によって様々だが、どれも実戦経験を積めるという意味合いが強い。そして、かなり本格的な魔法戦闘は、その戦いの派手さ、数ある戦術が交差する奥深さから、多くの観戦者で賑わう人気の競技だ。
魔法の存在が影であるこの地上界では、『デュエル・プレイヤー』の会場も当然の如く表だって看板など出していない。しかも、地上界の魔法一族であるところの水谷が持ってきた情報によれば、『場』への入り口は固定されている訳ではなく、常に転々と、コロコロと『転移』してるらしい。
意味が分からなくは無いが、捜す側になってみると中々に面倒だ。
マリ=エルから聞いた話と、水谷の情報を参考に、座標を絞って魔法で検索を掛けた結果。
たどり着いたのは、
「………酒屋?」
「………飲み屋?」
「いや、一応はバーじゃないのか?」
水谷と水萌が訝しげな顔で呟いた言葉をやんわりと否定して、秋人は改めてその店に目を向ける。
「………空間操作系の結界が張られている」
隣でリエラが呟いた。さすがに気付いたようだ。この店、『魔力隔壁』と『空間閉鎖』の結界によって、完全に周囲の認識から外れている。街を歩く人々は皆、まるでこの店がここに無いかのように、意思を向けない。
間違いなく、ここが『デュエル・プレイヤー』の会場だ。
「さて、どうやって入るか……」
「……は?」
水谷の呟きに、秋人は素で疑問符を浮かべてしまった。
「『隔離』や『封殺』の結界じゃないんだから、普通に入れるだろ」
「いやいや秋人………学生の身でバーに入るのはちょっと気が引けるというか」
「……アホ」
まだ夕暮れ時なため、確かに周りを歩く人は多いのだが、魔力の無い者から見れば、ここはただの荒れ地になるはずだ。
酒場だろうが飲み屋だろうがバーだろうが関係無い。
「さっさと行くよ……」
だからといって、なんの躊躇もなくバーへ入る秋人の姿には、さすがに妹の水萌も目を丸くしていた。
問い掛けるように隣のリエラを見れば、
「向こうではよくあった事だから」
と、当然のように返されてしまった。秋人が魔法界にいた半年間、いったい何をやっていたのか。敢えて答えるなら戦争である。水萌は頭痛がしてきた。
バーの中は、古ぼけた様子があからさまだったが、客のいないシンとした静寂が、逆に雰囲気をだしている気がした。
カウンターでモクモクとコップを磨くバーテンの姿 が怖かったのか、水萌は秋人にしがみつくように、後ろへ隠れてしまった。
そんな飲まれそうな空気の中で、水谷潤治が第一声を放った。
「マスター………バーボン、ロックで」
ガツンッ!!
秋人の拳が発声源の脳天に炸裂する。
「いや、一回言ってみたかったんだよ………」
「さっきまで店に入るのも躊躇してた奴のセリフか……」
仕切り直して、
「………『DP-F』へ」
秋人が言えば、カウンターに立つマスターは「かしこまりました」と、奥の棚に手を伸ばした。
あらかじめマリ=エルから聞いていたことだが、ここに立っているバーテンは『式神』らしい。
誰の術かは知らないが、かなり力がある者の魔法なのは確かだろう。
密度の濃い魔力を、常に安定した形で供給し続けているのが見てとれる。
レベル:八以上の魔法使いか、それに特化したエキスパートの騎士。
あの戦争より、何年も前からある施設ということは、魔法界の国の魔法使いじゃないはずだ。となれば、地上の魔法使いが………、
魔法の世界も底が知れないな、と秋人は内心呟いた。
「なぁ秋人……何だ? 今のやり取り……」
「ああ、マリから聞いた略称だよ。『デュエル・プレイヤー』の会場は地下の階ごとに散ってるらしいから、取り敢えずフロントの方に行こうと思って……」
「……行くって……どうやって?」
水萌が訊ねた瞬間、店の奥から「ガタンッ」という音が聞こえた。
「な、な、な、何の音!!?」
真っ暗な場所からの物音に、水萌は、ビクッ!! と体を震わせ、涙目で兄の腕にしがみ付いた。
「『結界』の魔力流が変わった……」
そう呟くリエラに頷き、秋人が歩を踏み出す。妹が引っ付いたままで歩き辛そうにしているが、水萌の怖いもの嫌いは昔からだ。仕方ないな、と邪険にするような真似は当然しない。
………が、問題は残る。
「………」
実に不満そうな顔を隠そうともせず、ズンズンと後に続く茜色の髪の少女に、その後ろを歩く水谷はビクビクしながら距離を空けてついていく。
単純に怖がってる水萌を見ると、流石に離れろとも言えない。不満を溜めるしかなかった。
そんなリエラの様子に秋人が気付かないはずもなく、耳にある『ピアス』を使って問い掛けた。
(『リエラ……何で殺気立ってるんだ……?』)
(『自分の胸に訊くといい……』)
やっぱり何か怒ってる。
―――怖いよ。
とはいえ秋人には、全く心当たりがなかった。
店の奥にあった扉が、開いた状態で来るものを待っている。不気味だ。一度入ったら二度と出られないような、そんな恐怖を与えてくれている。
何が怖いって、前がこれで、後ろが殺気を放つリエラ……というところだ。
逃げ場ねぇな、秋人……、完全に第三者視点でいる水谷は、遠い目でそれを見ていた。
◇ ◇ ◇
エレベーターとは違い、動くことはない。扉が閉まり、間もなく開けば、
「わぁぁ~」
水萌が顔を輝かせ、その光景に感嘆の声を上げた。
イメージしていた暗い雰囲気など微塵もない。大勢の人々が賑わう広い空間は、受付カウンターがいくつも並び、中心部にある大型パネルが示す文字は、魔法界各国の異文。おそらく書かれているのは、『デュエル・プレイヤー』のゲーム案内だろう。別のモニターでは今まさに『デュエル・プレイヤー』のライブ映像が流れている。
「なぁ、秋人…確かお前、フロントに行くって言ってたよな?」
「言ってたな……」
「ここ、どこ?」
「フロントだよ……『デュエル・プレイヤー』のね」
秋人の返しに、水谷は顔を引き吊らせた。
正直、秋人も自分で言ってて意味がわからない。つくづく思うが、魔法ってやつは限度を知らない気がする。
地上界に、いったいなんてものを造ってるんだ。
はぁ、とため息を吐ことした、その瞬間、
突如、刺すような視線に貫かれた。
「!?」
慌てて振り向いた先には、フロアを行き交う人混みしかない。
「秋人? どうかした?」
「いや、何でもない……」
学校で感じたものと、全く同じ。今度もまた、リエラたちは気付いていないようだが。
まさか……この気配は………、
思考に落ちる寸前、
「あれ? ……秋人様?」
「え?」
いきなり声を掛けられ、振り向いた先にいたのは、つい先日の事件でお世話になった、長い黒髪をポニーテールに纏めた二十歳前後の女性。魔法教団所属の魔法士・楠佐奈だった。
「楠さん!? ……どうしてここに?」
見ればその後ろに、魔法教団の生徒と思わしき見習い魔法使いが二十人ほどいた。
「私たちは、教団の授業の一貫です…………『デュエル・プレイヤー』は、地上界では数少ない実戦経験の場ですから」
「……へぇ、そんなのがあるんだ。それは知らなかった」
地上界出身の魔法使いであるはずの水谷が言う。
「ちなみに、どうやってここに? 確か『場』の入口はランダムに移動してるって聞きましたけど」
「教団の『転移鏡』は、この『デュエル・プレイヤー』の『場』に入る扉に通じてるんです。一部だけなので、毎回入れる訳ではありませんが」
なるほど、その入れる周期には、課外授業として生徒数名とここに来る訳か、こんなことなら、同行させてもらえばよかったな、と秋人は思うが、生徒の中に見えた顔に、やっぱり無理だなと思い直した。
その生徒……荒木。
先日、秋人が魔法教団に行ったとき、彼には絡まれたことがある。
あのあと魔法士長にこってり絞られたそうだが、こちらを嫌な目で見てくる限り、まだ根にもっているようだった。
「…………」
………敢えて言うが、一番恐れるべきなのは、秋人の後ろで荒木を睨み返しているリエラだろう。前から視角に立つよう精一杯の努力をしているが、根にもってるのはこちらも同じらしい。彼女の座右の銘は、秋人に害なす者は叩き潰す。実にデンジャラスなとんでも少女である。目が合ったら、素人の魔法使いなど一瞬で腰を抜かしてしまうはずだ。荒木はともかく、その後ろにいる他の生徒たちはいくらなんでもマズイ。
ダラダラと冷や汗を流す中、今度は楠が問うてきた。
「秋人様たちは、どうしてここに?」
何故か様付けが定着化していることに頭を抱えたい。おそらく、《狩人事件》の事後処理で教団に行ったとき、マリ=エルやクレリアがそう呼んでいるのを聞いていたのだろうが。
「ちょっとした所用ですよ……いや、野暮用………もしかしたら雑用かもしれない」
「おい秋人」
その雑用を持ってきた人物が思わず声を上げた。
「れっきとした仕事だろ!! 仕事!!」
「まあ、そんな感じです……」
「はあ…」
何やら微妙な顔をさせてしまったが、誰が悪いかは追及しない。
「取り敢えず、フロントで受付を済ませよう。どのみち参加するんだし、先にプレイヤー登録ぐらいはしておいてもいいだろう」




