第二話 再会
夕飯を水萌と仲良く作り、二人で食事を終えた後。後片付けも二人で終わらせ、秋人は自室に戻った。
ブゥゥッ、ブゥゥッ、
部屋に入った途端、机の上に置きっぱなしにしてあった携帯が震えた。
手に取って着信の主を液晶で見てみると、『間宮由利亜』の名前が出ている。
「………」
出ようか躊躇う。
別に、由利亜からの電話なんて、それこそ日常茶飯事なのだが。
「どうせ明日買い物に行こうとか、そんなんだろうな」
こんなんだから、不本意な呼び名ばかりが付くんだ。
わかってはいるが、出てしまう。
ピッ、
「もしもし、マユリ?」
間宮由利亜。略してマユリ。
秋人がつけたニックネームで、秋人しか呼ばない呼び名だ。
『あ、アキ? やっと出た。何で卒業式の後、先に帰っちゃったの?』
電話越しなのによく通る声は、落ち着いてるが、少しの不機嫌さを表しながら訊ねてくる。
「何でって……何か用だったのか?」
『春休みの予定聞こうと思ってたんだけど?』
「春休み?」
内心やっぱりかと思いつつ訊き返す。
『そう、明日から春休みでしょ? ということでアキ、明日は暇?』
「………暇だったら?」
『買い物行かない? 久し振りに隣街とかに出掛けて』
「………」
男子と女子の買い物は、一般的、世間的に見ればただのデートだが、この二人の場合は当てはまらない。秋人が女顔だから周囲の目がどうの、ではなく。そもそも由利亜がそういう観点ではないのだ。いや、秋人もだけど。
単純に、友達とショッピングに行きたいという思い。
つまり、気兼ね無く誘い、誘われる。
秋人が男子と思われてるかも疑わしかった。
「ああ……わかっ」
返答しかけたところで、ベッドの上で寝転ぶ抜き身の蒼白い剣が目にはいる。
同時に、一緒に送られてきた『気を付けて』のメッセージが頭に浮かんだ。
「………」
『アキ?』
黙りこんだ秋人に、電話の向こう側から疑問符が飛んでくる。
秋人は僅かに考え込むが、
「………いや、何でもない。明日の予定だったな。まだよく分からないから、明日の朝にでもまたメールするよ」
『え? あ、うん。わかったわ』
少々の驚きを含んだ声に、秋人は首を傾げる。確かに誘いを断ったことはほとんどないが、驚く事ではないはずだ。
「何だよ」
『いや、まあ、良いんだけどね。ただ、私が一番最初だと思うから、都合がついたらまず私に連絡してね』
「?」
由利亜の言葉に疑問を抱きながら、通話は終わった。
ピッ、
そのまま携帯を閉じようとしたのだが、待ち受け画面に表示されている着信履歴を見て、思わず手が止まる。
着信78件。
しかも全て元クラスメートの女子で、一人で二桁以上鳴らしているやからまでいた。
何か、ちょっと怖い。
ブゥゥッ、ブゥゥッ、
「………」
そんな事を考えてる間に、次の着信が手の中でバイブする。
「今度は佐原か……」
着信者『佐原佳代』の名前を見て、失礼ながらため息が出た。
切るか?
いや、後が怖い。
ピッ、
「もしもし?」
『あ、秋人? 明日暇?』
開口一番に由利亜と同じセリフを吐いた佳代。
「ああ、いや……」
『暇なら遊ぼうよ』
秋人が答える前に、佳代は活発な声で用件を捲し立てた。
その勢いに、僅かに押されつつ、秋人は答える。
「え~と、まだ決まってないんだけど。明日は暇だったらマユリと隣街に出掛けるんだ」
『あ、そうなの? なら、あたしも由利亜に電話して、一緒に行っても良いか訊くけど……良い?』
「ああ、僕は構わないけど」
『サンキュー。じゃあ、明日ね』
語尾にハートマークが付きそうな、可愛らしい声で言うと、通話は切れた。
まだ行けるとは確定してないのだが……。
佳代はわかってるのだろうか。
そんなことを考えてると、再び携帯がバイブした。
(いつまで続くんだ? これ……)
秋人は再び深いため息を吐きながら、携帯の通話ボタンを押した。
◇ ◇ ◇
山のような女子からの着信を全て交わした秋人は、ぐったりとベッドの上に腰掛ける。
秋人の携帯のアドレス帳は、七割が女子になっているが、女子にモテモテという訳ではない。
由利亜と同じで、言わば友達。
女子に人気があるというより、女子の中で人気がある。女子グループのリーダー的な人気があるのだ。
とどのつまり、男子として見られてない。
クラスの女の子から、時に恋愛相談を持ち掛けられ、ファッションの話や、体の発育が云々、下着の話までされる始末だった。
「ちょっとは気にしろよ」
と言えば、
「アキちゃんなら別に良いけど」
と当然のように返されてしまう。
こう見えて、こっちは健全な男子なので、全然良くないのだが。
結局卒業までの間、ずっと女子扱いだった。このままでは、高校生活も危うい気がする。
そんな如月秋人だが、男子の友達だって当然いた。
中学生にもなると、異性の集団と仲良くし過ぎていれば同性から嫌われることにもなりかねないが、秋人の場合は別だった。
綺麗な女顔のせいか、ある意味男子にまで人気があった。
さすがに度を越えた奴はいなかったが、彼らが秋人を男子と見ていたかは不明だ。
秋人を普通に普通な友達と考えてるのは、初等部から付き合いのある水谷潤治か、片桐健矢ぐらいだろう。
「はぁー」
今日三度目のため息を吐いて、秋人はベッドに座り直し、枕元付近に放り出した腕輪と剣を手に取った。
取り敢えず、
「《ブリザード・マリア》は、仕舞っとかないとな」
抜き身では危ないし、万が一、水萌に見られたら言い訳が出来ない。
秋人は腕輪を再び右手に着け、蒼白い剣の先を腕輪の宝石部に合わせると、小さな光を放ち、刃を納めていく。やがて柄まで呑み込むと、光は消え、後には腕輪だけが残った。
「………」
今日は、もう寝よう。
身に付けた腕輪をそのままに、秋人は寝支度を整え始めた。
早く寝て、訊きたいことがある。
電気を消し、ベッドに横になった秋人は、静かに目を閉じる。
秋人が眠りに就いたところで、腕に身に付けた『ホーラの腕輪』が、黄色く輝いた。
◇ ◇ ◇
夢の世界というのは、不思議なものだ。
そんなことを思いながら、黒のローブを纏った如月秋人は、そこに立った。
秋人が見つめる先。
マンガで背景を塗りつぶしたような真っ黒世界は、その最果てまで静寂が包んでいる。
暗闇、という訳ではない。ただ真っ黒なだけ。
はっきり言って不気味だ。
夢だと分かっていても、この空間がかもし出す雰囲気は肌寒さを感じさせられる。
秋人は辺りを見渡して、目的の人物を探す。
「……先生?」
一度、問い掛けるような声を空間に放つ。なんの反応も無かったので、少し声量を上げてもう一度。
「………先生? エレナ・サイフォリオ先生?」
と、漆黒が包む世界から、秋人と同じような黒いローブを纏った二十歳前後の女性が姿を現す。
黒い背景によって輝きを増す金色の長い髪。秋人より僅かに高い、170センチほどの身長と、バランスのとれたスタイル。十人いれば十人が美人と言うだろう絶世の容姿は、白い肌と琥珀色の大きな目が特徴的だ。
その女性、エレナ・サイフォリオは微笑みながら、ゆっくりと秋人の立つ方へ歩いてくる。
「久し振り…………秋人君」
「お久し振りです。エレナ先生」
「来てくれるとは思ったけど、随分と早寝だね?」
ホンワリとした優しい声を聞いて、秋人は苦笑いした。
「それは先生もでしょ?」
「ふふ、そうだね」
小さく笑い、エレナは言う。
そして秋人の顔を目に焼き付けるように、真っ直ぐと見つめた。
「髪……」
「え?」
「私と初めて会ったときの髪型に戻ってるね」
言われ秋人は、自身の男子にしては長い髪に手をやる。
「一年半も前の話ですから、髪も伸びますよ」
「………そうだね。もう、そんなに経つんだもんね」
秋人が魔法界にいたことを思い出しているのか、懐かしむような表情でエレナは言った。が、秋人は昔話をするためにここへ来たわけではない。
「それはそうとして、訊きたいことがいろいろあるんですが?」
「………………久しぶりの再会だよ? もっと感動しても良いのに…」
表情を一転、不満気に唇を尖らせるエレナ。
確かに、一年半振りの師弟の再会を考えれば、あまりに素っ気ないが。
「だったら、もっと分かりやすい手紙を下さいよ」
「う~ん、直接伝えた方が良いと思って……」
「……?」
「取り敢えず、座ろうか」
言ってエレナはローブの袖を少しまくり、左手の、秋人が身に付けてるのと同じデザインの『腕輪』を輝かせた。
黄色い魔力光が地へ移り、やがて形になると、それは、
「ベンチ?」
秋人の疑問符に頷いて、エレナは二人がけのベンチに腰をおろした。
いつもこんなの持ち歩いてるのか?
と疑問を口にしようとしたが、ここはあくまで夢。
気にしないことにした。
ベンチの隣をポンポンと手で叩くエレナに誘われるように、秋人もそこへ腰掛けた。
数秒の間をあけた後、エレナはゆっくりと口を開いた。
「近頃の魔法界南大陸地方で、地上界に関わる噂が頻繁に流れててね」
「……噂?」
「うん、地上界に出没する『魔法使い狩り』。その話を秋人君にも伝えておきたくて……」
「………」
色々と考えて、説明する順番を決めてくれたようだが、全く話がわからない。
「え~と、魔法使い、狩り……?」
「まあ、主なターゲットは、魔法の資質がある人、らしいんだけどね」
構わず平坦な口調で、エレナは語る。
先程までにあったホンワリした雰囲気はすでにない。
「秋人君も知ってるよね。魔法界で生まれた人が、必ず魔法を使える訳じゃないのと同じように、魔法界以外の産まれが魔力を持つこともある」
「………」
例として、自分があげられる。
自分が持った才能。
魔法の世界でこそ、開花した力。
当然という訳ではないが、この世界には、秋人の他にも魔法の才を持った者はいる。
偶然か必然か。幸か不幸か。秋人は魔法世界へ迷いこむことで、開花する機会に恵まれた。
目を細めた秋人に、エレナは続ける。
「魔法界は、秋人君のおかげで大戦は終わったけど。あの戦争以前にもあった、南大陸の派閥同士のぶつかり合いは、まだ続いててね」
「それが、何で魔法使い狩りに?」
秋人の訊き返しに、エレナはしばし黙った。
そして申し訳無さそうに、口を開く。
「『魔法は魔法界にあってこそ』って。最近、表沙汰に出てくる魔法使いの強硬派がよく唱えてるの」
「んな無茶な……」
世界の中に才ある者が産まれるのは、ある種の自然現象。
言わば不可抗力。
そんな「お前のツラが気に食わねえ」的な理由で狩られてはたまらない。
「うん。たぶん、目的は別にあると思う」
頭を抱えた秋人に、エレナが付け加えて言った。
そしてそのまま続ける。
「レイバの騎士も、こんな話、本来なら問題に上がる前に叩くんだけど。レイバ国の隣のアテナ国、今回の強硬派にはその王族レベルが関わってるらしくて。迂闊に手を出すと再び戦争の火種を作ることになるから、まだ硬直状態なの。すでに、何人もの騎士が、そっちの世界に入ってるみたい……」
「………」
秋人は黙った。
思わず、黙った。
同時に、エレナから送られてきた手紙を思い出す。
『気をつけて』
…………。
国を相手に何を、どう、気を付けるんだ?
というか、気を付けて済む問題じゃない。
気を付けてどうにかなるレベルじゃない。
相手がデカすぎだ。
「僕は、何をすれば良いんですか?」
抗争の規模からして、正直何か出来るとは思えないが、状況が状況なだけに、何かせずにはいられないのも確かだ。
もしかしたら、誰か身の回りの人間にも火の粉が飛ぶ可能性もある。秋人自身、狙われているかも知れないのだから。
憂鬱な思いを胸に感じる秋人だが、エレナの答えは呆気なかった。
「何も……」
「へ?」
短く下がったエレナの一言に、秋人は間の抜けた声をあげてしまう。
「今は何もしなくても大丈夫。レイバ国の姫の命を受けて、魔法界側は、各国の王族が協定を結んで動いてるし。地上界側は、そっちの世界の各地にある魔法教団と連絡をとって、討伐要請を出してるから」
「地上界の魔法教団、ですか……?」
呟きながら、難しい顔になる秋人。エレナは言葉を待つように首を傾げる。
言い辛そうにしながらも、少年は自分の疑念を語りだした。
「地上界の魔法教団にいる魔法士たちが、魔法界各国の魔法学園の出身や、地上界で魔法の才がある者を鍛えた集まりなのは知ってます。彼らが、裏方として僕達の世界を支えてくれているのも、理解しているつもりです。でも、それはあくまで地上界での話ですよね」
いまいち核心に至らない遠回しな言い方をする秋人だが、その表情を見て、エレナは愛弟子が何を言いたいのか分かった。
「秋人君は、魔法使いの実力のことを言ってるんだね。地上界にいる魔法士が、魔法界の騎士を相手に勝てるのかどうか」
「すみません……」
嫌な話になってしまうが、王都をもつ国の魔法騎士が相手となる以上、そこだけはハッキリとさせておきたい。今回のことは、下手をすれば死人がでる。安心して任せられる確信が、どうしても欲しかった。
「確かに、地上界の魔法士と、魔法界の魔法騎士では、魔法戦闘に明確な差が出てしまうかもしれないね。勝ち目が有るか無いかで言うと………無いよ」
ハッキリとさせられた。
ダメな方に……。
「いや、そんな断言されると、全然安心出来ないんですが……」
しかしエレナはにこやかに笑って言った。
「大丈夫だよ」
「何が?」
「言ったよね、魔法界側も動いてるって。レイバ国と意見を同じくする魔法界各国が、協定を結んで国の騎士達の一団を地上界に送ったの」
「!」
本気で驚いた。
王宮の人間が、自分から国の騎士を減らすような真似、秋人が魔法界に迷いこんだ当時では考えられない変化と言える。
事実、地上界の魔法士は、国の魔法騎士が選ばれるのではなく、魔法学校の卒業生が進路として選ぶものだ。
わざわざ国を守護する騎士を派遣したりはしない。
それほどまでに自分の身を優先していた王族が、別の世界の為に自国の騎士を送ってくるとは。
「魔法界の王族も、随分と丸くなりましたね」
思わずニヤケてしまう。
エレナもいつの間にか、もとのホワホワした雰囲気が戻っていた。
「秋人君のおかげだよ。レイバ国の騎士には、自分からこの任務に着きたいって言う人も結構いたしね。本当は私も行きたかったんだけど…………ほら、立場上ね」
「いや、立場はともかく。そんな、遠足じゃあるまいし」
本当に相変わらずだな、と秋人が呆れの入った視線を隣に送ると、若干引きつり笑いをしながら、エレナは話を進める。
「ま、まあ、世界は広いから。秋人君が住んでる所に、レイバ国の騎士団が行くことはないと思うけどね。それと、レイバ国の選抜された騎士達と別に、私の推薦で、頼りになる子をそっちに送ったよ。秋人君の護衛も兼ねてね」
「護衛?」
「そう、護衛」
「………」
自分に護衛を使わした理由は、まあ、わからなくはないが。それでもちょっと大袈裟な対応だと思う。
それに、護衛がいるなら。
「じゃあ、何で『ホーラの腕輪』を送ってきたんですか? ご丁寧に《ブリザード・マリア》まで『収納』して」
「だって、本当に秋人君が狙われるようなことになったら、いざというときの対抗手段ぐらいないと」
モジモジと言うエレナ。
どうやら、弟子に甘々なのも相変わらずのようだ。
心配性というか、完璧な過保護だった。
「あ~、それは、ありがとうございます」
「本当に気をつけてね、秋人君。危ないことは無しだよ?」
「わかってますよ」
秋人が苦笑いで頷くと、話は終わった。
別れの前に、
「秋人君、精霊の加護を」
「はい、エレナ。精霊の加護を……」
師と弟子は、互いに無事を祈る言葉を交わして、夢の世界も終わりを告げた。
◇ ◇ ◇
エレナとの話を終えた秋人は、すぐに夢から目を覚ました。
時刻は午前一時。
そのまま寝てしまっても良かったのだが、エレナの話を聞いて、昼間に自分と水萌をつけていた影が気になった。
欠伸を噛み殺すように顔を歪め、ベッドから抜け出ると、動きやすいTシャツとジーンズに着替えだす。
危ないことはしない、と言った。
しかし、自分に関わることを人任せにするのは主義じゃない。
着替え終わって、窓のカーテンの隙間から、住宅街の通りを見渡してみる。
(やっぱり、いたか………)
夜の暗がり、秋人の『眼』が電柱の影からこの家を見ている人影を捉えた。
ただの不審者なら叩きのめすだけで終わるが、相手がエレナの言う『魔法使い狩り』なら、それなりの覚悟をしなければならない。
何しろ、剣を振るのも、魔法を使うのも一年半振りなのだ。
(近くに地上界の魔法士がいるのを願って、『魔法通信シグナル』でも送っといた方が良いのかな)
不毛なことを考えながらも、秋人は覚悟を決めた。
パーカーを着込み、窓を開けて二階のそこから飛び降りると、ひとっ飛びで自宅の塀を越え、住宅街の通りに立った。
「!!」
外灯の少ない中、驚き、後ずさる人影。
ガッチリと大きな体格は、おそらく男だろう。薄黒いローブを着込みフードを被っていて、胸のところには見慣れない剣の紋章。。
それを見た瞬間、秋人は内心でビンゴと呟いた。
この場合、どっちにとってのビンゴになるかは、まだわからないが。
「どうも、今夜は月が綺麗ですね。お散歩ですか?」
今日は新月で月など出ていない。
明らかにふざけた言葉で、秋人は白々しく声を掛けた。
(狙いは僕か、それとも……)
探るような目を向ける秋人だが、対する相手の答えは、無言の強攻だった。
「『水の精よ――我が手に集え・かの敵を貫く槍を作り出せ』」
野太い男の声で唱えられたそれによって、狩人の突き出した右手に、どこからともなく水が集まる。
(『風・水・火・土』四つの精霊系統魔法の中でも、攻撃性、殺傷性の高い水系統か)
あっと言う間に二メートル大の大槍が完成し、『狩人』はそれを持って突進してきた。
驚くほどのスピードではない。むしろ秋人から見れば、遅い。
軽く交わしてカウンターでも狙おうと考えたとき、
「『大地の精よ――今ここに我を守り・守護する防壁を作りだせ』」
後方から聞こえた男の声に、地面から突き出てきたような壁が、秋人の前に現れた。
突然目の前に壁を出された秋人は、当然驚き、思わず飛び退く。
同時に壁の向こうから、『狩人』の水の槍がぶつかる音がしたが、壁はビクともしない。
四つの『精霊系統魔法』の精霊には、相性がある。
水は土に弱い。土は水分を吸収するため、『水』の魔法は『土』に対して十分な威力を発揮できない。
無論、魔法の威力や魔法士のレベルによって、相性をひっくり返してしまう例もあるが。この場合は相性通りの結果を生んだ。
「誰だ……?」
独り言のように小さく呟きながら、秋人は声のした方へ視線を送った。
◇ ◇ ◇
黒いローブを纏った男三人、女二人の計五人組が、こちらに歩いてくる。
まさか別の『狩人』か? と一瞬青くなり掛けたが、先頭に立っている坊主頭の中年の男が言った言葉で、それは霧散した。
「魔法教団だ。怪我はないか?」
「え? ええ、まあ……」
「それは良かった。楠!」
「はい!」
男に名を呼ばれ、一人が秋人の方へ駆けてくる。黒いローブを着ているが、フードは被っていない。長い黒髪は日本人らしい二十歳そこそこの女性だった。
改めて見てみると、この人だけでなく、五人共日本人のようだ。
「早くこちらに」
「え、と、あの」
楠に引っ張られるように、他の四人の後ろに回されたことで、秋人はようやく状況を理解した。
魔法教団。
まさか、『狩人』が動き出してこれほど早くかけつけてくるとは。
「相良さん。周囲の民家に被害がないよう、ここら一体は、すでに『隔離魔法結界』を張られています」
(張ったのは僕だけどな……)
楠の言葉に、秋人が内心で捕捉する。
「了解した。問題は討伐の方か……」
先頭に立っている男・相良は言うと、坊主頭をかきながら正面の『狩人』を見据えた。
秋人を守った土の壁は、すでに地面へ引っ込んでいて、直立で立つ『狩人』がそのまま見える。
フードの奥の瞳が、暗く揺れている。魔力と共に立ち上る殺気が、周囲の気温を下げていた。
「ふん、魔法騎士ではなく魔法士か。騎士である俺に勝てると思うな」
不意に、『狩人』が口を開いた。
威圧も同時に発しているような喋りに、相良は多少顔色を変えながら返す。
「これは失礼、騎士であられたか。私には無益な民間人に手をあげる外道かと思いましたぜ」
「何だと……」
二人が言い合いをする中、秋人は「さてどうするか」と思考を始めた。その横で、楠が自身の『腕輪』より『収納魔法』を発動させ、携帯電話のような電子機器を取り出す。
秋人も何気無くそれに目をやると、見覚えがあるものだった。
以前、魔法界でエレナ・サイフォリオが使っていた、魔力測定器だ。それが、秋人に向けて使われる。
次いで楠は、自身の『腕輪』で『遠距離通信魔法』を発動させ、どこかへ通信しだした。
「こちら、相良隊。魔法使いに襲われている少女を保護」
「少年、ですよ」
聞こえた内容に、反射的にツッコムと、彼女は驚いた顔になった。
あまり驚かれると、傷付く……。
「し、失礼、少年を保護しました。少年は魔力値:120、魔法レベル:2。襲撃してきたのは『狩人』だと思われ、これより討伐にかかります」
通信を終えた彼女は、秋人を庇うようにして立ち。その前には臨戦体勢に入った魔法士四人が、ローブに隠れていた腰の剣を抜いた。
西洋風の剣は、どれも『霊剣』だろう。白刃が魔法で薄く輝いている。
「ふん、身のほどを知れ」
吐き捨てるように『狩人』の騎士は言い、彼もローブの下の剣を抜き放った。
鞘から抜かれたその剣は、水属性の系統魔法を発動し、刃となって飛び出した。
相良は驚いて防御しようとするが、
「大地の精よ……ぐはっ!!」
間に合うはずもなく、中級魔法『水の刃』をその身に受け、赤い液体を散らしながら、地に膝をつく。
「相良さん!!」
「相良!!」
彼の後ろに立っていた二人の男が叫び、駆け寄っていく。
戦闘中に敵から意識を逸らすという行為に、秋人は表情を歪めた。
そして、懸念した通り。追撃で繰り出された攻撃魔法『水流激』によって、その二人も呆気なく後方に弾き飛ばされ、秋人よりも遥か後ろまで転げて気絶した。
「くだらんな。もう終わりか?」
圧倒的な力を示した『狩人』の騎士が、冷たく言い放つ。
四つの精霊を司る系統魔法は本来、魔力を込めた言霊により、大気中の精霊に呼び掛けて発動させるものだ。だが、騎士クラスの魔法士は、自ら剣を精製する際に、自分の得意な精霊系統の精霊を宿すことが出来る。その剣があれば、威力は落ちるが言霊を使わない『無詠唱精霊系統魔法』の発動が可能だ。
レベル5以上の騎士なら精霊一系統。
レベル8以上の騎士なら二系統以上。
現在の魔法界で確認されている魔法使いの最高レベルは10。剣に宿せる精霊は、最大で三属性まで。よって、一人が扱える『無詠唱精霊系統魔法』は最大三種類とされる。
そして、対峙するあの騎士は、言霊無しで『水』の『精霊系統魔法』を使用しているため、最低でもレベル5以上の騎士だ。
魔法士の上限レベルは、2、3。
この五人も例外ではない。
実力の差は、歴然だった。
「ぐぬぅ!」
相良は歯をくいしばって、立ち上がろうとするが、動けそうにない。
秋人を庇うように立つ女性魔法士も、その前に立つ女性魔法士も、手に持った剣を震わせている。
数メートル前に立つ、殺気の塊に、呑まれてしまっていた。
しかし、『狩人』は無情にも、更なる魔法を仕掛けようとする。
そのとき、
闇の空が、紅に光った。
同時に空から、複数の紅い光の弾丸が、『狩人』に向けて飛来した。
咄嗟に『水』魔法で防壁を張り、後方に飛び退いた『狩人』は、光と共に落ちてきたその人物を睨み付ける。
魔法士達と『狩人』の間に入るように立ったのは、黒のローブを纏い、右手に紅黒い刀身の剣を持った、茜色の髪の少女だった。
「天樹……リエラ……?」
秋人はその後ろ姿を見て、驚愕に目を見開き、呟いた。
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