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双翼の舞う世界 ~魔法界からの帰還者~  作者: 低系
~魔法界からの帰還者~
2/165

第一話 魔法界と地上界


 ――魔法界リベリア――


 南大陸・レイバ国・王都メリゼルにある魔法学園は、城のように大きな石造りの建物だった。


 学内の第五学年の教室。


 白シャツに黒い上着の学生服を着る生徒達の前で、学園の講師は魔法書を片手に授業を進めている。


「魔法界南大陸の魔法には、種別魔法と呼ばれる『第一種精霊系統魔法』、『第二種特殊系統魔法』、『第三種強化魔法』、『第四種補助魔法』があり、魔法使いそれぞれの得意とする種類や系統があります」


 このレイバ国でもっとも多用される第一種精霊系統魔法は、『風』、『火』、『土』、『水』の四つの精霊から発動する魔法であり、魔力を込めた言霊で精霊に呼び掛けることによって風や火を操るものだ。

 一つの系統の中でも初級、中級、上級などのランクがあって、レベルの高い魔法使いになれば多くの精霊を操ることが可能になる。


「魔法使いは皆、それぞれが鍛えた『霊剣』を持っているのは習ったと思いますが、騎士クラスの魔法使いには、剣を精製する際に自身の得意な系統魔法の精霊を宿し、言霊を使わず、剣を振るだけで魔法を発動することも出来ます」


 丁寧な説明口調で講師が話す中。


 茜色の髪をセミロングに伸ばし、髪と同色の瞳が特徴的な少女―――リエラ・アマギは、ボンヤリとした視線を窓の外に送っていた。


 感情の見えない冷めた表情をしているが、麗人という言葉が似合う顔立ちの彼女は、明らかに授業を聞いていない。というより、関わっていない、という様子だった。


 狭い教室の中から広大な空を見上げるリエラ。


 心の半分を失ったようなその茜色の瞳は、どこか憂いを感じさせる。



 講師の話を遮るように授業終了の鐘が鳴り、リエラは視線を前に戻した。

 授業後の礼をした生徒たちは、バラバラと教室内を動く。が、リエラはそれに習わず、一人そのまま着席すると、机から取り出した書籍を読み始めた。

 教室に飛び交う雑談など、まるで無いかのような無干渉ぶりに、近場にいた一部の生徒が奇異の目を向けながら離れていく。


「アマギさん。最近学校に来るようになったけど、相変わらずだね」


 遠目にリエラを見ていた女生徒の集まりが、ヒッソリと呟いた。


「けど何か、雰囲気変わったよね。昔なんか、近寄るなオーラが出てたもん…」


「え~、今だって近寄りがたいよ。成績は学年でトップ、特に魔法は上級生を軽く抑えて、学園一の実力なんだから……」


「この前の戦争じゃあ、最前線に立って戦った英雄の一人だし」


 コソコソと話す女生徒達の声は、リエラには聞こえていない。たとえ聞こえていたとしても、何の反応も見せないだろうが。

 読書を続けながら、彼女は今朝 学園寮の自室に届いた手紙と、その差出人との会話を思い出していた。




 学園の制服に着替え部屋を出ようとしたところで、閉じられた窓をすり抜け、一通の手紙が舞い込んできた。

 手紙というより、白い折り紙を畳んだだけのものは、教材が並ぶ机の上にハラリと落ち着き、手も触れてないのにその紙が広がる。

 正方形の白紙には複数の円、中心には星形が描かれている魔法陣。

 それが白く輝き、紙の真ん中に人影が映し出された。

 こんな『通信魔法』による手紙も、リエラにとっては特に珍しいものではなく。驚いた様子はない。


 手紙の主は、自分の魔法の師だった。


 映し出された黒いローブを纏った二十歳くらいの女性は、腰まである長い銀髪と碧眼を輝かせ、整った顔立ちは美しく気品があるように見える。


「おはようございます、クレリア先生」


 あくまで平坦な声で、リエラは言う。

 唯一の例外である一人を除けば、誰に対してもこの姿勢は変わらない。


 相手が自分の師であっても、素っ気なく、冷めている。


『おはよう、リエラ。ごめんなさいね、朝早くに』


 そんなリエラの態度を気にもせず、クレリア・オルゴートは自身の唐突な手紙に対する謝罪を述べた。


「構いません。用件は何でしょう?」


『今日、学校が終わったら魔法教会まで来てもらいたいの』


「魔法教会………何かの任務ですか?」


 リエラの率直な返しに、クレリアは僅かに渋る。


『……まあ、そうね』


「詳しい話は教会でする、ということでよろしいですか?」


『ええ。ああ、でも、先にこれだけ言っておこうかな。今回の任務は……エレナ・サイフォリオ先生から、あなたへの推薦でね』


 クレリアはそこで一度言葉を切って、言った。


『地上界へ行く任務だから』 


 クレリアが言ったその言葉に、リエラは今までの無表情が僅かに、しかし明らかに、変わった。


 ◇ ◇ ◇


 ――地上界地球――


 中学二年の四月から、十月までの間に起こった。長くも短い、不思議体験は完結を迎え、如月秋人きさらぎあきとはもとの世界に戻ってきた。


 それから、約一年半。


「ようやく、僕たちも高校生か……」


 卒業式後の妙な哀愁を味わいながら、紺色のブレザー姿の秋人は独り言のように呟いた。

 長めに伸びた藍色の髪と、同色の瞳。中性的を通り越して女性的な顔立ちは、男子の制服を身に付けていることに違和感さえ持たせている。

 学園の校舎や敷地内には、卒業式を終えた生徒とその保護者がまだ大勢いた。

 やけに華やかに飾り付けられた校門を遠い目で眺めていると、隣に立つ同じブレザー姿の優男が、秋人の言葉に答えるように言った。


「そうは言っても、隣の高等部に移るだけだがな」


「………水谷、もっと感慨にふけった言葉は言えないのか? 女子には泣いてる奴もいたのに……」


「だってこの学校、初等部から大学部まで一貫だしな。おまけに中等部と高等部の校舎は隣同士で繋がってるし、あんま実感なんてねぇよ」


「………」


 確かにそうだが、秋人にとってこの日を無事に迎えられたのは正直に嬉しい。


 今から約二年前―――中二の春に起こった出来事。


 あの異常な日々を思い返せば、今日ごく普通に卒業式を迎えられたのはある意味奇跡と言える。


 青く澄んだ広い空を見上げ、


 その藍色の瞳が感じさせるのは、儚く切ない………寂しさ。


「一年半、か………」


「ん?」


「いや、何でもないよ……」


 秋人は左手にある卒業証書の入った筒を握り直し、中学の校舎に背を向けた。


「さて、春休みは遊んで暮らすか~」


 大きな伸びを一つして、帰宅するために校門へ進む。


「あれ? 親と一緒に帰んないのか?」


「…………ああ、僕の両親は来てないよ」


 水谷の疑問に振り向かず、素っ気なく答えると、秋人はそのまま歩いていく。


 そう、両親は来ていない。


 秋人自身、来るとも思っていない。


 あの両親に限って……絶対にない。


 おそらくだが、家に帰ったところで声も掛けてこないだろう。

 いや、会うことも無いかもしれない。


 そしてそれが、普通だった。


 行方不明扱いになっていた半年を経て帰ってみても、まるで平日の学校から戻ってきたような対応をされた。

 疎遠な関係。敢えて言うと、どうでもよく思われてる。

 そんな家庭の中で今日、秋人の中学卒業を祝ってくれるとしたら、ただ一人。


「兄さん……」


 校門を出たところで、秋人は控え目な声を投げ掛けられた。


 驚いて、そちらに目をやる。


 見知った顔は、秋人の一つ下の妹だった。

 如月水萌きさらぎみなもは、腰まである長い黒髪を毛先で束ね、髪と同色の大きな瞳を綺麗に輝かせている。

 学園指定のカバンを両手で持ち、美人というにはまだ幼さが残る顔立ち。それでも可愛いと言っていい容姿は、秋人を微笑みながら見つめていた。


「……………水萌?」


「うん……」


「待ってたのか?」


「うん……」


 淡々とした答えだが、どこかよそよそしくしている。


 顔も僅かに紅潮していた。


 本日は卒業式な訳で、在校生も授業はない。

 式の片付けが終われば生徒達は昼前に下校、または部活という形となる。

 水萌は帰宅部なので、下校組だ。

 他の卒業生達と雑談していた秋人より、水萌の方が早く終わっていたのだろう。

 そして、待ってた。


「卒業おめでとう、兄さん」


 これを言うために。


「………ありがとう」


 水萌の言葉を心から嬉しく思い、二人は肩を並べて歩き出す。


「兄さん、今日の晩御飯は私が作るから兄さんの好きな物にするね」


「いや、僕も手伝うよ。水萌も食べたい物があったら遠慮なく言ってくれ」


 仲良く夕飯の話をする兄妹。傍目には姉妹に見えるだろう二人の仲は、周りにいる側が照れるほど良い。


「もう、今日は兄さんの卒業式だったんだよ?」


「良いの良いの、気にしない気にしない」


 秋人が微笑みながら頭を撫でれば、水萌は恥ずかしさからか頬を赤くする。

 その様子に小さく笑うと、今度は頬を膨らませてしまったので、目だけで軽く謝り、買い物のため街の商店街へ二人で足を運んだ。


 和やかに談笑しながら学園を離れていく二人の後ろで、人影が僅かに傾いた。


 ◇ ◇ ◇


 ――魔法界リベリア――


 魔法学園の第五学年は、校舎にある演習場で魔法の実技授業を行っていた。


「では次に、生徒の皆さんが得意とする系統魔法で的当てを行ってもらいます」


 黒いローブを着こんだ中年女性の講師は、演習場に並ぶ生徒たちの前で言った。


 三十人弱の生徒達は、多少の雑談を交えながらも講師の先生の話を聞いている。


「先生、系統魔法が苦手な人は?」


「授業に苦手はありませんよ。系統魔法であの的を狙いなさい」


 説明の中、手を挙げた男子生徒の質問をバッサリ切って、広い演習場の奥に並ぶ円が書かれた的を指差す。


 距離はおよそ五十メートルほど。


 生徒たちは列になって、的に向けて精霊系統による遠距離魔法を飛ばすため、言霊の詠唱を開始する。


「『炎の精よ――我が声を聞け・火炎の弾丸』」


「『水の精よ――我が声に耳をかせ・流水の砲弾』」


 が、ほとんどまともに当たらない。


「ははは、当ったんねえや」


「私も……あんな小さな的じゃ無理だよ……」


 次々と発動する魔法によって周囲に炎や水が飛び交うが、『結界魔法』が張られた校舎は傷一つ付かない。

 とはいえ、授業である以上、外してばかりもいられなかった。


「集中しなさい」


 講師は言うが、集中しただけで当たれば苦労はない。


「次」


 と、最後の一人となった茜色の髪の少女が前に出る。


「では、得意な精霊系統魔法で的当てをしてください」


「はい」


 小さな返事を一つして、リエラは右手を前に突き出す。


「『光の精よ――我が元に集まれ・紅光こうこうの弾丸』」


 細く澄んだ声は演習場にいる者全てに聞こえるほど、綺麗に響いた。

 同時にリエラの右手に紅の光が集約し、レーザービームのように放たれる。


 一瞬のことだった。


 チュウンッ、という焼ける音を上げたその的は、円のところを綺麗に撃ち抜き、風穴を空けていた。

 周囲から感嘆の息が漏れる。


「さすがですね。アマギさん」


「………」


 講師の賞賛に無言で一礼をすると、リエラは生徒たちの一番後ろへ戻っていった。


 属性を持つ精霊系統魔法は『風』、『火』、『土』、『水』が基本とされている。


 しかし、ごく稀に第二種特殊系統魔法と言われる、通常とは全く別の属性の精霊を使いこなす魔法使いが現れることがあった。

 その力は発現するだけで奇跡の存在と呼ばれ、第二種の魔法を得た魔法使いは国で重宝されるようになる。

 現魔法界、南大陸で確認されている第二種特殊系統魔法は、『木』、『雷』、『光』、『氷』の四種類で、これらを扱えるのは大陸全土で確認されているその僅か四人のみ。


 そしてその一人が、この『光』の精霊魔法使い、リエラ・アマギだ。


 ◇ ◇ ◇


 ――地上界地球――


 けられてる、と感じたのは、校舎を出た辺りからだ。


「………」


 最初は勘違いかと思ったが、歩いていくと明らかについてきている。

 水萌の方を見てみると、急に無口になった秋人に困り顔になっていた。

 どうやら尾行に気付いてないらしい。

 それもそのはず、思いの外、追尾がうまい。

 気配も薄く、忍者の如く身のこなしで商店街を行き来する人々に紛れている。そんじょそこらのストーカーとは明らかに違う。


「兄さん……どうしたの?」


 沈黙に耐えきれなくなったのか、水萌は小さく口を開いた。


 後方三十メートルをこそこそ動き回る気配に意識をおきながら顔だけを横へ向けると、妹は心配そうな表情だった。


「何でもないよ。それより今日の夕飯は何にしようか?」


「あ、え~、と」


 商店街で買い物をしてる最中も、こっちをうかがっている視線に気を張りながら水萌と夕飯のメニューについて談笑し合う。


 思考の末、放置することにした。


 下手なことをして、水萌まで危険な目に遭わせる訳にもいかない。

 少なくとも、悪意や敵意はない…………気がする。あくまで、今のところは。

 高度な追跡術からして素人とは思えないが、現在一般的学生である秋人はその手のプロから狙われる覚えは皆無だ。


 という事で、成り行きに任せた方がいいと結論付けた。


 今の自分は、ごく平凡な十五歳の少年でしかない。ちょっと不思議体験をしたその他大勢の一人。

 それでもあまりにしつこいようなら、警察屋さんにでも駆け込めば良いと、気にせず買い物を続ける。


「昼頃の商店街にしては人が少ないな」


「お昼はいつもそうだよ。夕方になれば混むけど」


 周囲を見回しながら言う秋人に、水萌が答えた。


 と、そのとき、


「泥棒~!!」


 唐突に上がった叫び声に、秋人と水萌は驚いて正面の通りに目をやる。

 人もまばらな昼盛りの商店街通りで、バックを引ったくられたおばちゃんと、引ったくった原チャリに乗った男。


 しかもこちらに向かってきた。


「!?」


「………」


 驚いて固まってる水萌とは違い、秋人は無言で無表情を貫いている。


 呆れ気味の冷めた視線。


 あまりにベタなそのシチュエーション。普段の秋人は自分から危険に手を出すことはしないが、


「どけどけ、小娘!」


 明らかに自分を見て言われたセリフを聞き、イラッときた。


 立ち尽くす水萌を通りの隅に押しやり、原チャリとすれ違い様に男の、服の襟元を引っ張ってやる。

 すると、なんてことはない、二輪車は綺麗に横転した。


 グワッシャァン、


 と、盛大に地面を転げたが、転びかたが綺麗過ぎたようで、大したダメージもなく男はすぐに起き上がった。


「このアマァ……」


 唸るように言い、横転させた秋人を睨んでくる。

 逃げれば良いものを、引ったくったカバンを投げ捨て、ナイフを取り出し切っ先を向けながら飛び込んできた。


「危ない!!」


 誰かが叫んだ。

 女の人の悲鳴も複数聞こえた。

 だが、秋人は全く動じた様子もなく、差し込むように突き出されたナイフを紙一重で避ける。

 間一髪、避けた訳ではない。

 最低限で体を動かした、余裕シャクシャクの紙一重だった。

 そしてそのままカウンター気味に左手に握った筒(卒業証書入り)を、男のみぞおちへ叩き込む。


「グフゥッ!!」


 腹の空気を無理やり押し出されたような呻き声で、引ったくりはゆっくりと沈んでいく。


 崩れ落ちる男に向けて、一言だけ言いたい。


「僕は、男だよ」


 男子の制服を着ているにも関わらず普通に間違われるのは、内心ちょっと傷付いた。

 白眼を剥いて地べたに気絶した男を知らんぷりして、投げ捨てられたカバンを拾い、呆然としているおばちゃんに手渡してやる。と、我を取り戻したように感謝の言葉を述べてくれた。


 同時に秋人へ向けて歓声が上がる。


「いいぞ、姉ちゃん!」


「かっこよかったぞ姉ちゃん!」


 そのほとんどが、聞き捨てならないものだったが……。


 苦笑いしながら、気絶した男の処理を商店街のおじさんに頼むと、少女のような少年は妹の方へ戻っていく。

 いまだに呆けていた水萌は、秋人が近付くとようやく正気に戻り、今さらのように慌てだした。


「に、兄さん!? 大丈夫?」


「大丈夫。全然平気だ」


「本当? 怪我しなかった?」


「ああ」


 良かった~、と胸を撫で下ろす水萌。


「もう、無茶なことしないで!!」


「あはは……、するきは無かったんだけど、何かムカついて……」


 乾いた笑いで視線を逸らす秋人に、水萌は睨むような目をする。


「一歩間違えば、刺されてたかもしれないんだよ?」


 そう言われるが、一年半前まで魔法界熟練の魔法騎士が繰り出す殺意満天の刃を相手にしてきた如月秋人の『眼』には、素人の使うナイフぐらい止まって見える。

 まあ、そんなこと妹に話せるわけもないのだが。


「わかったわかった。さ、買い物の続き続き……」


「もう、兄さん!!」


 ひょうひょうとした秋人の態度に、水萌は思わず怒鳴った。


 秋人が魔法界(表向きは行方不明)から帰って以降、秋人に対して重度の心配性になっている水萌。

 元々、幼い頃はとても仲良しで、秋人が行方不明になる二年ほど前から、互いに互いを遠ざけるようになっていた二人。


 水萌が、昔みたいに話したい、と思っていた矢先に秋人の行方不明。

 帰還した後はこれでもかというほど、ベッタリしているのだった。


「じゃあ心配させたお詫びに、今日は水萌の好きなハンバーグにしよう」


「わ、私、もうそんな子供じゃないよ!? じゃなくて、兄さん、真面目に聞いてよ」


「わかってるって」


 水萌の頭をあやすように撫で、全く悪びれる様子のない秋人。


「………」


 左手で優しく撫で続ける秋人に、水萌は赤くなり何も言えなくなってしまう。

 微笑む秋人は、明らかに真面目には聞いていない。それどころか、水萌の真っ赤になった様を楽しんでいるようにさえ見える。


「じゃ、買い物を済ませて帰ろうか」


「…………うん」


 いまいち納得のいかない水萌だったが、のれんに腕押しの状態は変わりそうになく、しぶしぶ引き下がる。



 商店街で引ったくりを撃退してから、後方にあった気配が消えた。

 秋人は小さな安堵と不安を残しながら、水萌と家に帰った。

 裕福な一戸建ての家。


 比較的……いや比較なしでも、デカイ。


 秋人は慣れた様子で玄関を開けようとしたら、郵便受けに箱形の包みが入っているのを目にした。

 手に取って見てみると、『如月秋人様』となっている。


「誰からだろう?」


「郵便?」


「ああ」


 後ろから水萌が覗いてくるのに答えるながら、包みを裏返す。

 すると、


「!?」


 驚きのあまり、秋人は絶句した。

 見慣れた文字。

 ただし、この国、この世界のものではない。

 自分も一年半前まで使用していたもの。

 今でも読める。


『魔法界リベリア・レイバ国・南の砦―――エレナ・サイフォリオより』


 異世界からの宅配便だった。


(エレナ……!?)


「兄さん?」


 顔色を変え固まった秋人に水萌が呼び掛けるが、硬直は暫くとけなかった。 


 ◇ ◇ ◇


 ――魔法界リベリア――


 日が傾きを見せ始めた時刻に、リエラ・アマギは下校の鐘と共に学園を後にした。

 行く先は、この王都メリゼルで二番目に大きな建築物。


 レイバ国魔法教会は、一言で言えばただのバカデカイ教会だ。


 この教会には王都の魔法騎士の大半が住んでいるため、中には居住空間もある。大きさだけなら魔法学園よりも大きく、広い。

 リエラは教会に入ると、師がいるだろう執務室に向かう。


 《魔法教会協議会 クレリア・オルゴート騎士団長執務室》


 扉の上に書かれた文字を確認して、リエラはノックした。


「どうぞ」


 入室の許可を得て、リエラは「失礼します」と言い、中へ入る。


 執務室は広い。


 リエラにとってはもはや見慣れた空間ではあるが、本棚や机がやけに豪勢な作りをしているのにはいまだ疑問を感じる。

 執務室の机についているクレリアは、書類の山を処理しながら言った。


「いらっしゃい、リエラ」


 優しく笑って向かえ入れられ、一礼をして師の机の前に立つリエラ。

 少女は前置きもなしに、話を切り出す。


「今朝の話ですが……」


「ええ」


 クレリアは机の書類を左右にかき分けて、引き出しから新たな書類の束を出してきた。

 書かれている内容の一部が目に入り、リエラは呟く。


「魔法使い狩り、ですか?」


「そう。聞いたことはあるかしら?」


「あまり、国で噂になっている程度には……」


「詳しいことはそこに書かれてるけど。騎士クラスの『狩人』数名が、地上界へ放たれたという情報が入ってね」


 地上界へ、という言葉にリエラの無表情が揺らいだ。


「それで、私が呼ばれた理由は?」


「………もうわかってるんじゃないの? そもそも、あの弟子を溺愛してるエレナ・サイフォリオがあなたへ推薦してくる時点で、薄々勘づいてたでしょう?」


「………」


 あくまで無表情だが、リエラは押し黙った。


「レイバ国の騎士団も、姫様の命をうけて数チームが地上界へ送られたわ。それと、レイバと協定を結んでいる他国の騎士も数十人が送られてる」


「なら、私が行く必要はないのでは?」


「………あなたも最近は真面目に学園へ通っているみたいだし。それを本気で言ってるなら、私もエレナの推薦を取り消すところだけどね」


「………」


 その言葉に、再びリエラは黙る。


 図星を突かれたようだった。


 あまり見ることがない弟子の心の揺れに、クレリアはクスリと笑って言う。


「心配してるのは、エレナだけじゃないみたいね。でも、まあ、あの子のことを考えれば無理ないけど」


 リエラにとって、これも図星だった。

 しかし、辛うじて無表情を保ち続ける。

 そんな少女に、クレリアは改めて任務の内容を言った。


「という訳で、今回の話は護衛任務。護衛対象は………言わなくてもわかるわね」


「はい」


 声が自然と弾んでいた。

 そう、この任務はリエラの、たった一つの望みが叶うものでもある。


「では頼みます、リエラ」


 そしてクレリアは最後に付け加える。


「精霊の加護を」


 師の別れの言葉に一礼して、リエラは執務室を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 ――地上界地球――


 異世界から郵便を受けとるという、そうそう無いだろう体験をした如月秋人は、家の自室で包みを開けていた。


 もちろん、部屋には自分一人だ。


 包装を破る勢いで取っ払い、出てきた長方形の箱の蓋を持ち上げると、入っていたのは、


「ホーラの……腕輪か?」


 発泡スチロールのような軽い石に形ばめされていたのは、黄色い魔法石が一つ埋め込まれた銀の腕輪。

 見覚えのあるそれは、以前迷いこんだ魔法の世界において、恩師から貰ったものだった。

 形から外して、手に取ってみれば、自分が以前に使っていたものと、何の遜色もない。


「『収納魔法』で中に何か入れてる?」


 この腕輪は、魔法を使用する杖のようなもので、『通信魔法』、『収納魔法』などの細かい魔法によく使われる。

 本来は魔法学校卒業生に贈られるものなので、魔法界の魔法関係者は、それぞれデザインは違うがこの『ホーラの腕輪』を身に付けている。

 秋人は、腕輪を右手に通し、自分の中にある感覚を呼び起こすように集中を高めていく。


 左手を、右手に着けた腕輪の魔法石部に置くと、秋人は唱えた。


「『我が手に剣を』」


 魔法石から黄色い光が発し、左手をゆっくりとした動きで握りしめながら引き上げる。


 そうして、一振りの剣は現れた。


 白を基調とした柄は手に馴染む懐かしい感触で、鍔のあるべき部分には、代わりに四枚の花弁。蒼白く澄んだ細い刀身は、真っ直ぐと伸びた片刃。

 それは今の秋人にとって、若干の短さを感じるものだが、間違いない。


 ―――《ブリザード・マリア》……。


 かつて秋人が、自らの手で鍛えた剣だ。


 …………。


 さてこれを………、


「何に使うんだ?」 


 これだけでは何もわからず、他に入ってるものを確認しようと探り出したところで、手紙を一通見つける。


 いや、これを果たして手紙と取って良いのだろうか?


 飾り気の無い白い紙には魔法界の言葉で、


『気を付けて』


 その一言だけが書かれていた。


 いったい何に気を付ければ良いのかもわからない。


「エレナ、相変わらず言葉が足りなすぎる……」


 今ここに居ないかつての師を頭に思い浮かべながら、秋人はため息を吐いた。


(まあ良い、たぶん、今日の夜にでも聞けるはずだ)


 右手の腕輪を見ながら、このことは取り敢えず後回しにした。


 今は、夕飯の仕度だ。


 すでに水萌がキッチンで取り掛かっているだろうから、早く手伝いに行かなければ。

 抜き身の剣を一先ずベッドの上に置き、腕輪も外して部屋を出ると、階下へ。


 キッチンに入ると、既に水萌がテキパキ動いていた。


「兄さん?」


「………悪いな水萌。すぐに手伝う」


「別に良いよ。それより、郵便の包み、何だったの?」


「ああ、え~と、昔、世話になった人からだった」


「昔?」


 首を傾げる水萌に構わず、流しで腕を捲り手を洗う。


「座ってて良いのに……」


「そういう訳にはいかないよ」


「兄さんの卒業祝いだよ?」


「良いんだって。水萌と一緒に料理するのは、楽しいしね」


「………………」


 狙っていってるのか、秋人のセリフは水萌の頬に熱を持たせ、すんなり黙らせる。


 秋人は慣れた手付きで棚からボールを取り出し、そこに挽き肉、その他を入れてこね始めた。

 今日のメニューは、水萌が大好きハンバーグ。

 遠慮しようとしながらも、食べたそうな水萌を見て、秋人が決めたものだ。


「水萌は春休みいつからだっけ?」


 挽き肉をこねながら、秋人が聞いた。


「え? え~と、17日から」


 今日の3日に卒業式があったので、2週間後だ。

 秋人は卒業したため、今日から高校入学の4月までが春休みになるが、在校生はまだ三学期が残っている。


「休みに入ったら、二人でどこか行こうか?」


「え? 良いの?」


 思ってもみない提案に、水萌は思わず手を止めて兄を見る。秋人の視線は、こねる挽き肉にいってるが、微笑みながら答えた。


「ああ。冬休みは、どこにも行けなかったからな」


「私はうれしいけど、兄さん。友達とかは良いの?」


 水萌はパアッと輝く笑みを浮かべたが、すぐに秋人のことを考えて、笑みを沈める。

 その言葉、または様子に、視線をひき肉から妹に移して、秋人は聞き返してしまった。


「友達?」


「佐原先輩や間宮先輩、海上先輩とか火野先輩とか、いるでしょ?」


「まぁ確かに、友達だけど……」


 名前を出されて、秋人は僅かに思案する。

 あげられたのが、何で女子だけ?


「特に佐原先輩と間宮先輩。昔から兄さんとよく出掛けてるし、学校でも仲良いよね」


「………」


 佐原佳代さはらかよは近所に住む幼馴染みで、登下校もよく一緒にしていたし、間宮由利亜まみやゆりあも初等部からの付き合いであるから、よく教室でも喋っていた。

 学園で昼食を共にする程度には、仲が良かったのも事実だ。


「兄さん達三人の噂って、下の学年では有名だから……」


「……噂?」


 妹から出された聞き流せない無い言葉に、秋人は思わず顔を引きつらせる。

 いったいどんな噂が流れていたのやら。


「臨海学園中等部の三美人……」


「………」


 誰が言い出したか知らないが、佳代や由利亜とよく一緒に学食で食べていた秋人を含めて、下級生の間ではそう呼ばれてるらしい。


「……やめてくれ」


 女顔なのはもう諦めているが、流石に女子と並べられてそんな呼び名で呼ばれたくない。


 しかも、妹に。


「兄さん達って、目立つからね」


 確かに、よく三人でいると周囲の視線を集めてしまっていたのは事実だ。

 いや、三人でなくても、個人が廊下を歩いていただけで、スレ違う人達が目を向けていたのだが、入学当時からそうだったので、ほとんど気にしてなかった。


「高等部でも注目の的になると思うよ」


 冗談目かして言う水萌だが、若干シャレになっていない気がする。


「勘弁してくれ……」


 ため息を吐いて再び、ひき肉をこね始めた秋人だが、手付きが明らかに力無かった。

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