スペーストラック’ん-2
さて。
ワープから二日。われらがKKは、安定してまっつぐ突き進んでいる。
われらが地球同盟の宇宙船はこんな星間ガスも想定して、流線型をしている。さらに、このKKや宇宙空母は、上から見ると末広がりの細長い紙飛行機か、幅広の矢みたいな形をしていて、ガス中での直進性がとても良い。
こんな状態なので、艦長としては行先の指示をだしたらこれと言ってすることがない。
データ上で、目的地はフェードポイントからおよそ二十五天文単位。こんな危ないところでは光速の五パーセントも出せれば御の字だから、三日は見ておかないといけない。
したがって、あと一日ちかくはド暇なわけだ。
とはいえ、ここらはナブロクレのはみ出し者の巣窟だ。うかうか爆睡しているわけにもいかないのが難点だ。
「一時半の方向、仰角十七度に大質量を探知しました。やや高密度、鉄の半分ほどです」
ブリッジの隅で、オペレータが言った。だが密度よりも知りたいことがある。
「サイズはどのくらいだ」
「二十億トン程度です」
なんだ、小天体か。質量的に重力を気にするほどの物でもないから、突っ込まないようにだけ気を付けるとしよう。
とくに舵を切ることもなく、相対速度にして秒速一万二千キロほどで、直径何キロもある大きな岩を素通りする。
が、その直後に大きなエネルギー反応が襲ってきた。
「あぶねっ!」
俺が叫んでる間に、艦のシステムが勝手に回避行動をコマンドした。
しかし荷物が重たくて動きが鈍い。なんとか回避したが、この後はどうしてくれようか。
それ以前に何が起きた? とにかく緊急事態だ。第一級戦闘体制をとるため、俺は赤いスイッチをたたいた。
警報が鳴り響き、ど暇だったブリッジが一気に騒がしくなる。
「は、早く出撃命令を!」
まっさきに部下を引き連れたつぐみちゃんが、どやどやと駆けてきて俺の襟首をフン捕まえてきた。
「たわけ! まだ相手が何かもわかってないんだ」
つーか、苦しい。
「だから、偵察に!」
「どたわけ! こんなガスや高重力下で艦載機が動けるかよ。命令、つぐみちゃんはここで待機、他の操縦士たちは格納庫へ!」
はっ、と固まり、そしてパイロットたちは走って行った。まったくあわただしい連中だ。
「で、この緊急時に、飛行隊長の私はどうしろと」
「そこで砲術をたのむ。俺一人じゃ、そこまで手が回らん」
俺は隣の席を指しながら、艦を右に旋回させた。すぐ側を、直線的な高エネルギー反応、……おそらくビーム兵器が過ぎていく。
「なんで避けられるんですか!?」
そこを突っ込むか。
「いいから、席についてくれ。追いかけてくるぞ!」
「はいはい。早いところ、正規の要員確保してくださいよ」
つぐみちゃんはしぶしぶと席に座り、コンソールからケーブルを伸ばして頭の巨大ゴーグルに取り付けた。こいつは、伝統の「マインドブースター」という、思念波を電磁気力化する装置で、最高のインターフェースだ。もちろん、使うには素質と訓練が欠かせない。
俺もまあ、道具もあるし訓練もしたが、いかんせん才能がいまいちだった。
そんなやり取りをしてるうちに、センサー群が追いかけてくる連中、いわゆる敵の姿をとらえた。やはり巨大なお椀が飛び回っている。
「またナブロクレか」
「ナブロクレのはぐれ物ね」
細かいぞ。そんなことより、はぐれナブロの船はかなりやっかいだ。二重旋回型慣性偏差エンジンというオリジナル推進システムのおかげで、やたら小回りがききやがる。直線的加速ならこっちが上なんだが、いかんせん今日は重すぎだ。
上下左右に旋回して何とか振り切ろうとするが、なかなかうまくいかない。
それどころか、たまにぶっ放してくるビーム砲を被弾して、嫌な振動がブリッジにも響いてきている。
「艦長、わたしにどうしろと!?」
つぐみちゃんがゴーグルの下で目くじら立てて叫んでいる。そう、このKKの武器は、大半が前半分の巡洋艦部のものだ。申し訳程度についている、後部――空母部分の小型対空砲で打ち返すが、さっぱり当たらない。
かといって、艦を斜めに向けて肩ごしに巡洋艦の主砲で打ち返そうにも、でかい斥重力プロペラがじゃまだ。
どうしたものか。
考える、考えて、考えた。
ひらめいた。
「甲板要員に連絡。例の転送器を二基ばかり引っ張り出して、一基を中央第三区画、もう一基を後部第七区画に移動してくれ」
俺は艦内通信機をひっつかむと、後部甲板に放送した。
「ちょっと艦長。第七といったら、水タンク状態ですよ。預かり物を沈めるつもりですか」
「つーぐみちゃん。KKごと沈められちゃ、預かるも食っちまうもねえの! でだ、後部の転送機を送信、中央のを受信側にセットしてくれ。どぼんする用意ができたら連絡入れろ。大至急だ!」
叫ぶように、マイクに向かって命じる。
と、現場からすぐ、スピーカー越しに返事がとんできた。
『沈められるって、敵でもいるんすか!?』
初老の男の声。甲板主任の夕月曹長だ。ああ、中にいちゃわからないか。
「だからだよ。ケツに重い物があるから、旋回性がわるくてな、悠長にしてらんねーの!」
『アイアイサっ!』
威勢のいい返事。そして、作業が始まったのはブリッジでもモニタできた。
だがすぐに終わるわけじゃない。
はぐれナブロクレの戦闘艦が、動きの鈍いKKを取り囲もうとする。いやむしろ取り囲んでくれるとありがたいくらいだ。横や前には反撃できるからな。それがわかってて、後ろのほうから小突き回してきやがる。
ダメージは今のところそうでもないが、浮遊物だらけのこんな宙域で飛び回ってたら、いつか事故るじゃないか。そもそも、連中の目的はなんなんだ?
やっぱり、転送機なのかね。KKに積んでるから、かっぱらいに来たとか。あっちの価値観じゃ、それなりに高価なものらしいから。いやそうだとしても、なんで積んでるのを知ってやがるんだ?
『間もなく終わります!』
ほどなく、格納庫から声がかかった。
「つぐみちゃん、全砲門、仰角イッパイ!」
「どうする気ですか!?」
「こうするのだ。上方急旋回!」
叫びながら、手元の操縦桿を目いっぱい引く。
「広い背中をさらすのですか?」
「このままじゃ、一方的に撃たれまくるだけだ。さっさと用意を」
俺は少し板立ちながら命じた。
すぐに「了解」とつぐみちゃんは答え、砲撃の構えをとった。
俺は俺で、上旋回の舵を目いっぱいに。
ここで水を移動して、重心が中央寄りになれば旋回が速くなるはずだ。
まだか――
じわりとKKの向きが変わり始めたところで、格納庫から声がかかった。
『ほらよ艦長、どぼん!』
よし、轟々と水が移動していると思しき振動が、このブリッジまで……ナンダ!?
「あああああわわああわわわわ~~!」
いきなり天地がひっくり返ったように景色が入れ替わり、そこら中から声が上がった。
突然の重心移動に、KKはバランスを失ってすさまじい勢いで縦にスピンを始めている。これほど一気に移動するとは思ってなかった。
「砲撃開始」
そんな中、隣から思わぬ冷静な声。見ると、つぐみちゃんが軽く手をあげ、手元のパネルに触れたところだった。
センサのデータでは、およそ九十度回って真上を向いた状態だ。進行方向はあまり変わってないから、今は惰性でほぼ足元に向けて飛んでいる。だが、打ち返す方としては都合がいい。今なら上甲板と側面の武器が全部使えるわけだ。
地球同盟製兵器システムのお家芸というべき、火山の噴火みたいな砲撃が真上に向けられ、お椀船に次から次へと命中していく。
撃たれた相手は、爆発して果てるか、動けなくなるか、そうじゃなければ退散していった。
さすがつぐみちゃん、この状態でも射撃の名手だ。
「戦闘機の旋回と比べたら、遅いものです」
つぐみちゃんが、こっちの心を見透かしたように言った。上級テレパスでもないのに。
そう、そんなことより、問題ありだ。
反撃には成功したが、スピンが止まらない。想定外のことにKKのシステムは混乱しているし、手動じゃとても手に負えない。ここで、連中が立て直してきたら厄介だ。そのうえ、ここらは障害物だらけなうえにブラックホールの重力圏でもある。エンジンが止まったらお陀仏なのだ。
そんなおり、奇跡が起きた。
「進行方向に、やや高濃度のガス雲」
副長の声。このままでは突っ込んでしまう。
だが俺が奇跡だって思うんだから奇跡だ。俺はその奇跡に身を任せることにした。
さん、にい、いち。
カウントゼロ。KKは、進行方向に対してちょうど真上を向いた状態で雲に突っ込む。
すぐに艦首が下がる方に力がかかり、進行方向に対してやや下を向いたところでぴたりスピンが止まって、安定した。OK、奇跡は俺の物。
「なにが起きたのですか」
つぐみちゃんが(たぶん)目を丸くして聞いてきた。
「紙飛行機さ、うん」
三角の紙飛行機ってのは、後ろ向きに投げたって、くるんと向きを変えて頭から飛んでいき、やがて頭から落ちる。なぜなら、頭が重いから。そして、末広がりな翼のおかげで、後ろの方が空気抵抗が大きいからだ。
このKKも、元から前の巡洋艦部が重たく、後ろの空母部にいくにつれ末広がりだ。
気体があれば、紙飛行機みたいになるはず、と俺は信じたわけさ。一応、自動安定化システムは使ったが。
ここでふと気が付いた。
座標を見失っている。
どうしたものか。
まあ、いいか。
センサ群にやたら目立つ反応がある。
偶然が重なり、上手いこと目的の施設のすぐ近くまで来ていたのだ。