【1】-4 魔法と実習と幼馴染の悪戯
「へぇアミナちゃんの招魔ってしゃべれるんだ?」
そんなフロルの声の中、一同(三人と一匹)は食堂で昼食を摂っていた。食堂の利用人数は少なく閑散としているが、自主練の前になると突然混雑しだしたりする。
「でもよかったのか? 他の友達とメシ食わなくて」
レヴァンは胸にしまっておこうと思っていた質問を結局口にする。なぜ距離を置かれている自分とフロルに話しかけたのかが分からなかったからである。その質問を発したときアミナの顔に悲しみの色が入った。
「…………友達って呼べる人、いなくて」
「え? なんで」
「…………話し方が、変だから。あまり話さなくなった」
そういってついには顔を伏せてしまう。レヴァンは納得した。なるほど形は違えど、自分たちとアミナは同じような状況だったのだ。
「そっか。……せっかちな奴らだな。一生懸命話してくれてんのに聞かないなんて」
レヴァンは言った。話し方ぐらいで対応を変えてしまう周りのみんなとやらに対して、少し苛立ちが入ってしまったかも知れなかった。そんな様子に気づいたのか、アミナは嬉しそうにふっと笑った後、
「…………ありがとう。その反応、初めて」
と言った。その微笑みを見て、友達としての一歩が踏み出せたかなとレヴァンは思った。自然と笑顔を返していた。
そのやりとりを見ていたフロルも心配無用と判断したのか、
「ふふ。ミグルス、おいしい?」
「うむ。この食料は我も気に入っておるのだ」
そう言って、ミグルスに餌をあげている。その手にあるのは煮干だ。最初、レヴァンに食べさせようとしたものである。
「にしてもミグルスってなんでしゃべれるの? しゃべれる招魔って珍しいよ」
フロルは特に驚いた様子も見せずに、新たな煮干をミグルスの口元へと持って行きつつ尋ねていた。
「我は賢いのでな」
煮干を頬張る子犬はまるで信じて疑っていないかのような口ぶりで言う。それを半眼で見ながら、レヴァンが言う。
「なぁにが賢い、だよ。ただ偉そうなだけだろ」
「……ほう? 小僧、痛い目に逢いたいようだな」
そう言ってそのまま怪しい雲行きになろうとしたところで、アミナが落ち着いてとミグルスを宥めるようにして場を収めていた。フロルもアミナという少女と知り合って、早くも馴染んできている様子だ。フロルが同い年の女の子と楽しそうに話している姿を見て、レヴァンも先程まで抱えていた不安を霧散させた。
「しかもなんでこの世界に顕現したままなの? 招魔って、主人が危険にさらされたときか命令があったときしか出てこないんだよね? それ以外のときは魔界にいるって習ったよ」
続いての質問にミグルスは煮干を食べるのを一時中断した。その顔をフロルに向け、
「我は特別であるからな。確かに生まれは魔界であるが、常に主の近くに顕現ができるのだ」
と、人間であれば胸でも張っていそうな声で言う。そうしてまた煮干へととりかかる。あれだけあった煮干もいつのまにか三分の一ぐらいにまで減っていた。
レヴァンも呆れたような顔でミグルスを一瞥した後、自分のラーメンに意識を向けた。
「ところで小僧、少々聞きたいのだが」
「ん? どうした」
再び意識をそらされたことに、疲れたようにレヴァンがミグルスに目を向けると、そこには存外真面目な(?)顔をしていた子犬がいた。ミグルスはしばらく、簡単なTシャツとカーゴパンツというレヴァンの格好をじーっと確認して、ぼそっと、
「そんな姿をしているが、おぬし、もしや――」
「…………何の話?」
ミグルスがなにか言い始めたところで、アミナが興味津々と言った様子で小首をかしげて尋ねてきた。それに邪魔をされたというわけではないだろうが、
「……いや、大したことではない。忘れろ」
ミグルスは口を閉じた。
変な奴、そう思いながらレヴァンはこっちに意識を向けているアミナと雑談をし始めた。招魔が可愛くて(?)戦闘に出そうと思わない、とかから始まり、招魔との生活について話していた。
「いいなぁ」
そう言って羨ましそうな目でアミナを見ているのはフロル。招魔が顕現する瞬間って興味があるんだよね、と言いながら、定食のほぐした鮭をご飯と共に口に運んでいた。そのときだった。
レヴァンの横、誰もいない空間が波打った。
「うわっ!?」
そう驚いて、飛び退くレヴァン。
「これってまさか顕現――」
『おい、貴様ら』
フロルが最後まで言い終わる前に波の中心から声が聞こえてくる。それと同時に、同じ場所からひょいとイタチのような動物が出てきた。しかし、レヴァンはイタチを気にする暇はなかった。聞こえてきた声に脊髄の方まで覚えがあったからだ。
「教官!?」
というわけであった。
「招魔を使っての遠隔会話……。かなり難しいらしいけど……」
「…………かわいい」
フロルがなにやら驚いたように言って、アミナはちょこちょことイタチを撫でていた。と、そこで教官の声が再び聞こえてくる。
『私が嫌いなことを知っているか?』
「嫌いなこと、ですか? 授業にやる気がない生徒ですか? それとも、待たされるとかそういう事ですか?」
『よくわかってるじゃないか。まあ、そういうことだ』
「それがどうしたんです?」
レヴァンの疑問に教官の声が黙った。フロルやアミナと顔を見合わせて首をかしげていたが、やがて声が来た。
『今なら許してやる。それだけだ、ではな』
そう言って会話は終わったようだった。顕現していたイタチも霞となって消え、そこには元通りの食堂だった。
「なんだったんだ?」
そう言ってレヴァンがふと時計を見た時だった。何気なく見たはずであるのに、何故か釘づけになる。時計が指している時間は昼休み終了を指していて……
「……え?」
レヴァンはもう一度よく見るが、針が巻き戻ることはない。夢から覚めたような気分だった。
「で、でも、まだ食堂には人が……」
そう言って周りを見渡すと、人は人でも事務員や職員しかいなくて……
深呼吸。そして――
「やべえええええええええええええええええええええ!?」
遅れて気づいたフロルとアミナも顔面を蒼白にし、急いで片付けだす。慌てて食器を返却した後、全速力で食堂を後にしたのだった。
「重役出勤、ご苦労だな」
「「「すみません……」」」
並んで正座させられる三人。結局、十分近く授業に遅刻していた。教官は険しい目で縮こまっている三人を見ていたが、やがてふっと笑うと、
「実習を始める。準備をしろ」
そう言って三人を正座から解放した。解放された者は助かったと口々に言う。三人は他の生徒達の横へと並んだ。
今回の授業は魔法の実習だ。数人ずつにわかれたグループ内で魔法戦を行い、自身の得意な魔法を見極めることが主な目的であるらしい。さらにいうと、招魔の使用は禁止である。
「念のため、防護魔法を個人にかける。これで魔法を受けても身体が燃えたりすることはない。安心しろ」
その言葉とともに数名の職員が生徒全員に簡易的な防護魔法をかけていく。魔法をかけられた生徒たちは一瞬淡い光に覆われた。そのあと光は右手に集束されて、最後には手の甲に盾のような印が残る。どうやらその印は魔法が効いている証拠らしい。
「分かれたな? では始めろ」
そんな合図に生徒は一斉に魔法陣を、素早くかつ慎重に描こうとし始める。とそこで、
「教官」
レヴァンは声を上げた。ちょうど近くにいた教官がそれに答える。
「なんだレヴァン」
「なんだ、じゃないですよ。なんで俺参加することになってるんですか? 戦えませんよ?」
「ふむ、それは見返りが足りないということか?」
「え? いや、そうじゃなくて――」
「仕方ないやつだな、貴様は」
レヴァンの言葉を遮って、教官は呆れたようなため息をつく。そして、
「全員聞け! レヴァン・グラフェルトを気絶させたやつには成績を上増ししてやるぞ!」
と、叫んだ。
「……え?」
レヴァンが恐怖に打ち震えながら見渡すと、周りはいつのまにか全員狩人。教官の宣言が聞こえていた者たちが成績という獲物を手に入れる為にその指先を空中でぶらぶらさせていた。レヴァンは多くのギラギラした視線にゾクゾク感じて――――別に来なかった。ただ怖いだけであった。
ふと耳元で嫌な音が聞こえる。レヴァンがそこを意識すると野球のボールほどの火の球が通り過ぎるところであった。
声も上げられない。ただ、一つ分かったことがあった。狙われている。間違いなかった。
とそこで、再び火球が。魔法としての難易度は最低ランクだが、当たったら痛い。想像するまでもないことだった。それが三つ同時に別方向から肩や腹へと狙ってきていた。
「うわあああああ!?」
レヴァンは叫びながら、横に跳ぶ。直後火球どうしがぶつかる轟音。熱風がレヴァンをくまなく撫でていった。
「殺す気かっ!?」
そう叫んで振り向くと、ちっ外したか、という声が聞こえる。
「教官! 俺魔法使えないのに!」
余裕がなくなってきたのか、レヴァンは叫んだ。教官はレヴァンの様子を見て、
「だが、アイヤネンは余裕そうだぞ?」
「へ?」
教官の言葉に、レヴァンは別のグループの方へと気を向けた。するとそこにはフロルの姿。
「あの魔法陣は……火の出現。効果範囲は狭い。直前でかわして敵の懐に潜り込めば……」
そんな事をつぶやきながら、それを実行していくフロル。普段目にすることのない真面目な姿に、
「……」
レヴァンは見惚れていた……というほどでもないが目を離せなくなっていた。と、そこでまたもや怒涛の火球が迫る。反応が遅れたレヴァンは全てを避けることが出来ず、肩、肘、脇腹と合計三箇所、上半身に受けてしまう。
「くっ……!?」
無防備な状態でタックルでも受けたような衝撃に、肺に溜まっていた空気が一気に押し出される。
――なにが安心しろ、だ……。
そんなことを思いながらレヴァンはなんとか体勢を整えた。
「言い忘れていたが、レヴァンとアイヤネンには体術が認められているからな」
「それを先に言って欲しいんですけど!」
教官の遅すぎる連絡に、レヴァンは不満を大いに込めて叫んだ。
と、景気よく答えたはいいが……
「やっぱ無理だよなぁ」
と、レヴァンは走りながら思った。根拠は前方から来る火球と風刃の数の多さである。
「ま、これを乗り越えれば……」
そう言ってレヴァンはさらに加速する。高速を保ったまま攻撃をかわし、相手を一撃で沈めるためである。視野の中ですべての攻撃を把握し、その攻撃の間隙を突くために向かっていく。
だが結局、まともにぶつかってしまい、気絶してしまうレヴァンであった……。
「引き続いて捕獲の実習を行う。捕縛の魔法は覚えているな?」
そんな教官の言葉にコクコクと頷く生徒たち。このころにはレヴァンも目を覚まし、またもや参加させられていた。
「指先以外に魔力を放出するなよ? 暴発して死んでも知らんからな」
教官は注意事項を軽く話してから、生徒を実習に向かわせる。レヴァンは教官に問いかけた。
「教官。俺、魔法は使えないんですけど……どうすればいいですか?」
「確かに……ではアイヤネンは知識面で他の生徒のサポートへと回れ。レヴァンは……よし素手で行け」
「……なにがよしですか、教官。今そこで元気に走り回っている体長二メートルの大猪をですか? 正気ですか?」
もはや半泣きであった。声にまで涙が滲んでいた。そんなレヴァンに教官は、
「それ以外使えないからな」
「ひどっ!?」
結局、前線に立って囮になることが決まったレヴァンであった。
「大体、あんな猪どこから連れてきたんですか?」
「物資配達員の親父の招魔だ」
瞬間、レヴァンは「牛乳が一番だ!! さあ飲め飲め!」と言っていたムキムキのおっちゃんを思い出した。
「え? 配達員も招魔持てるの?」
「当たり前だ。『監視者』の許可さえあればな」
そこで話は終わりだと打ち切ってしまう教官。それはつまり実習の開始を意味していた。
開始、という声と共に生徒たちが魔法陣を展開し始める。先ほどと違うのは展開の速度か。捕縛の魔法はどの形態であれ難易度が上がってしまうため、慎重になってしまうのだ。
生徒たちの魔法陣が出来上がりつつあるのを確認してから、レヴァンはすっと前へ進み出た。大猪の気を引いて、捕縛を成功させるためである。
がふっと獣らしく目標がレヴァンの方を向く。そして、どちらも走りだした。八割ほど本気を出さないと追いつかれてしまうような速度で、大猪はレヴァンを追いかけ始めていた。
「レヴァン! 支援魔法送るから!」
そう言って他の生徒へ魔法陣を教えるフロル。生徒の手を使って、複雑な魔法陣を描いていく。魔力が使えなくとも、フロルが所有する知識は疑うまでもないものであり、同時にレヴァンが安堵するのには充分なものであった。
レヴァンは頼んだ、と大声で返事を返し、そのままチラッと後ろを見るとそこには相変わらずの大きな存在感。追突したら痛そうだな、など考えてしまうほどだ。
と、そこで魔法陣が出来上がったのか、満面の笑みでフロルがレヴァンを見る。その手元にある魔法陣はこの世の理をねじ曲げようと光り輝き、その内から生まれた新たな赤光がレヴァンを包んだ。
「よし」
自らの身を包んだ光が浸透したのを確認し、レヴァンは生徒たちの方へと走る。正直すでに限界が近く、支援魔法に頼ってハイスピードで逃げるつもり……だった。
「あれ?」
自分の動きがいっこうに改善されないのを不思議がる。どうやら肉体を活性化させる類のものではなかったらしい。仕方がないので体力を振り絞って生徒たちの方へと向かった。
ふと、気になって後ろを見た。すると、おかしなことに大猪は他の生徒達を見る素振りもなく、ただ一心不乱にレヴァンの方へと走っていた。
この時点でなにか行動を起こしたほうが良かったのかも知れない。生徒たちのすぐそばを通っていても猪は執拗にレヴァンを狙ってきていたからである。まるでレヴァンしか目に入っていないように、だ。ここでレヴァンはようやく気づいた。あの少女の、発動する瞬間見せた笑みの正体に。
「てめ、フロル! いったいなにしやが――」
「みんな、捕縛魔法はつどーう!」
「ちくしょう! あとで覚えてろよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
頭上を埋め尽くすほどの縄の嵐を見て全力で見事な捨て台詞を叫んだ後、猪とともに縄に埋もれていくレヴァンであった。
「……おい。なんでほどいてくれないんだ?」
「仕方ないじゃない。誰の魔法かわかんないんだから」
教室。すでに夕暮れに染まっている中で、縄で縛られたままのレヴァンとその傍らにうずくまるようにしてフロルがいた。
すでに参加者全員に魔法を解除してもらったあとなのだが、何故かいまだほどけない縄がレヴァンの動きを制限していた。よって仕方なく、実習終了後も二人は居残りで解除に勤しんでいるところである。といっても、縄で縛る魔法なので手でほどくしか方法はないのだが。
「はぁ。なんでわたしが居残りしなくちゃならないんだろ」
「そりゃおまえ、俺に変な魔法かけた挙句に異常な連帯感で縄だらけにしたからだろうが。ざまーみろー」
「別にこのままおいて帰ってもいいんだよ?」
「……ごめんなさい。言い過ぎました。優しい優しいフロルさんには僕を解き放って欲しいです」
「ふふ。わかればよろしい」
そういって満足そうな笑顔を浮かべたあと、フロルは再び結び目の中央に指を突っ込もうとした。が、魔法の完成度が高いために小指の指先すらろくに入り込まなかった。
「ああもう。ほんとに固いなぁ。一体誰の魔法だろ? かなり優秀な人なのは確かだけど」
結び目を敵のように見ながら力をいれる。勉強するとき以上に真剣な表情を無意識に浮かべていた。しばらく縄相手に格闘するフロルであったが、五度目に指先を差し込み損ねたとき、ついに投げ出した。
「無理だよ!」
そう言って床であるにもかかわらずフロルはごろっと寝転がった。レヴァンは「もう諦めたのかよ」と呆れたような表情になって同じように天井を仰ぐ。するとずいぶんと新しい汚れのないものが視界に広がる。それもそうだろう。この校舎は建てられて五年も経っていないのだ。それをぼーっと見てから、首が痛くなってきたので再び前を向いた。
「ぶっ!?」
「なに?」
突然吹き出したレヴァンをいぶかしむように、フロルが寝転んだまま、顔をレヴァンに向ける。と同時にレヴァンは顔をそらした。そして、そのままの状態だと危険だと判断し、
「スカート」
レヴァンは一言だけ口にした。
ほとんど反射的にフロルが自分の体を見ると、気でも抜けていたのか、かなり際どいラインまでスカートがめくり上がった状態であった。普段着として使った短めのスカートがいけなかった。
しかし、直後フロルの顔に浮かんだ表情は、レヴァンが見慣れていたものだった。
「ちらり」
「……」
「ちらちら」
「……」
「ほら、ちらっちら――」
「……頼むから許してください」
目を硬くつぶったままレヴァンが懇願した。それを聞いてフロルは、もう純情なんだから♪とくすくす笑った。
レヴァンが恐る恐る目を開けるとフロルはものすごく上機嫌な顔で座っていた。それにレヴァンはまた一つため息。と、そのとき教室の扉が開いた。
「貴様ら、まだ残っていたのか。もうそろそろ――」
と、ここで言葉は止まる。入ってきたのは教官で、その言葉通りもう教室を閉めるほどの時間なのであったが、
「なにをしている?」
教官はすっと目を細めて目の前の光景を見た。その、フロルのいまだ際どい姿と縄で縛られたレヴァンという光景を。
「……邪魔したようだな」
「「違います」」
即否定する二人を面白そうな視線で見る教官。いまさらのようにスカートの裾を正すフロルをしばらく観察してから口を開いた。
「そういえばアイヤネン。あの『囮魔法』、どこで習った?」
そんな唐突な質問にフロルは疑問符を浮かべる。もう一度同じ質問を教官が繰り返すと、理解したのか、今日の実習の時のですかと聞き返した。レヴァンはその時の出来事を思い出し、思わず苦い顔をした。
「ああ。あの魔法はかなり難易度が高い。講義では教えていないはずだが」
そう言って教官は手近な椅子に座る。自然と胸ポケットへと伸びていた手を、気がついたのか収める。おそらく教室で喫煙はまずいと思ったのだろう、職員的に。
「えっと、実は家にある魔導書を読んで……」
「ほう。勤勉だな」
「はは……ありがとうございます」
フロルが答えると教官は感心したようにうなずく。タバコが無いせいか少しばかり落ち着きがなく、指先を弄んでいた。
「学年首席の実力はそのせいか」
「儀式には失敗しましたけどね」
フロルは軽く笑っていた。けれど、教官はそうもいかないようだった。原因はわかるかと少し気にしたように聞いてくる。そんな教官を見て、
「俺のときはそんな真剣に聞いてくれなかったのに~」
「黙れ。成功しない貴様が悪い」
「ひどいっ!? フロルも失敗したじゃないですか!」
「学年首席と落ちこぼれの対応が違うのはあたりまえだろう?」
「……はっきり言われると傷つきますよ」
そんな台詞にふっと笑う教官を見ながら、レヴァンはがっくりと肩を落とした。
「……まあいい。どうせ聞いたところで解決出来るわけではないからな。せいぜい筆記で成績を残せ」
気が削がれたため教官は話を打ち切りにしてフロルにそれだけ言うと、そういえばと思い出したようにレヴァンの方を向いた。
「レヴァン、貴様まだ実習終わってないだろう?」
「へ?」
そう言ってどう見ても悪巧みしかしていないような笑みを浮かべる教官。それに嫌な予感を感じつつもレヴァンは聞き返した。
「大猪を捕らえろという実習内容を貴様だけこなしていないということだ」
「……ってちょっと待ってください! それはもともと無理な――」
「では、補習をしなくてはな?」
さらに教官は笑みを深める。それはもはや悪魔にしか見えなくて……
「……もしかして、この縄の術者って……」
「ついてこい」
「え? 今から? ちょっ待っ――」
そういって引きずられていくレヴァン。
「あでゅー」
慣れない言葉を使い、手を振って見送っているフロルを恨みがましい目で見ながら、地獄の門を叩くレヴァンなのであった。




