【1】ー9 読書と夜間訓練
「死ぬ……」
「はは……ゴメンゴメン」
結局、数十個に及ぶ火球と鬼ごっこを繰り広げ、地面に力なく転がっているレヴァン。その訓練着はところどころ焦げて、ほつれていた。
「ほんと、どうしたんだ? いつもの悪ふざけと違って力がこもってる気がしたんだけど」
「な、なんでもないよっ。それより、ほら、次は私たちの訓練を見てよ」
そういってフロルがレヴァンの手を引っ張って立たせようとする。納得がいかないながらもまあいっかと気持ちを切り替えて立つ。確かに訓練時間中だしな、と後付けでレヴァンは考えた。
「…………お疲れ様」
「ついに心配してくれなくなったな」
アミナの変化を悲しく思いながらも、三人でいることに馴染んできたということでレヴァンは自分に納得させておくことにした。
「にしても、おまえら真面目だよなぁ」
レヴァンは体術の訓練のため再び柔軟運動をしている二人をぼんやりと眺めながら、その場つなぎで放った言葉だった。けれど、残り二人はそうは受け取らなかったようだった。
「…………レヴァン、は?」
言葉を紡いだのはアミナだった。
「ん?」
質問の意味が分からずに、レヴァンは聞き返す。すると次はフロルが口を開いた。
「レヴァンは浄魔士になる気あるの?」
人間じゃないから浄魔士になれるわけないだろ。
笑って冗談っぽく言おうとしたレヴァンは、喉をつまらせた。フロルが予想以上に真面目な顔をしていたからだ。アミナの方を見ると似たようなもので、それに加えどこか不安そうな顔をしていた。
その二人の顔を見て、先ほど自分が返そうとした言葉を聞きたいのではないとわかった。
レヴァンはふうっと息を吐くと、二人の目を真っ直ぐ見つめ返した。そして自分の考えを口に出す。それが二人の聞きたいことだろうと思ったから。
「……ああ。なりたいって思ってるよ」
それを言った直後、二人の顔がじんわりと赤く染まる。予想外の反応に、恥ずかしいのはこっちなのにとレヴァンが戸惑っていると、
「…………二つ名、欲しい?」
アミナがおずおずといった様子で尋ねてくる。レヴァンはちょっと考えた。
「別に最高ランクになりたいわけじゃない。ただ、自分の知っている人を冥種みたいな奴らから守れたら、て思うよ。そのためには浄魔士になるのが一番だろうし。それに二つ名持ちって物見塔専属だったろ? そうなると逆に自由に動けなさそうだ」
まあ、こんな化物には無理かもしれないけどね。
言葉を重ねていくうちにさらに恥ずかしくなって、そんな締め方をするレヴァン。しかし、それを見守る二人の顔は、とても優しいものだった。レヴァンが自分を卑下するとき、いつも一緒に悲しい顔をしていた二人は、ここにはいなかった。
「な、なんだ……?」
反応はその優しいまなざしだけで見つめてくる二人に、胸を掻きたくなるような気恥ずかしさを感じていたレヴァンだったが、やがてフロルが口を開いた。
「ほんとの化物はそんなこと思いもしないよ……」
「え……」
反応が追いつかないレヴァンにアミナは手を握ってきた。
「…………レヴァンはレヴァン」
「……」
身体から力が抜ける。「あ、ずるい」という、空いてる方の手を握るフロルの声を聞く。
ああ、かなわないな……。そう思った。レヴァンはなにか話している様子の二人をこっそり盗み見るようにしてから、二人に聞こえないよう息を漏らすようにつぶやいた。
「……ほんと、俺は恵まれてる」
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「俺の望み……」
虚空に向けてつぶやく言葉はその場に響いて、空気に溶けていく。
レヴァンはミグルスに言われたことを考えていた。
確かに自分が望むことに魔力を使うことは今までにほとんだなかった気がする。ふーっと長い息を吐いて机に突っ伏す。今は講義の後、つまり放課後だった。修練場の整備かなんかで訓練も休みだ。
目を閉じる。訓練がなかったせいか疲れて眠ることはなかったが、だらける分には心地良いものがあった。
「……おせー」
待ち人がなかなか来ないことに呟きながら、顔の向きを変えた時だった。がらがらーと教室の扉が開く。
「おまたせ」
「遅いぞ、フロル」
講義が終わってすぐ手伝ってほしいことがあると残されたレヴァンが文句を口にすると、契約者の少女はゴメンゴメンと手を合わせて謝った。
「まあ、いいけどさ。で? 何を手伝えば?」
「とりあえず図書室についてきてよ」
「図書室?」
うん、と頷くとフロルはさっさと歩き始める。仕方なくレヴァンは図書室へと向かう。
校舎内にある図書室に着くと、フロルはどこからか取り出した鍵を使って入っていった。レヴァンも続くと、そこには放課後の静かな場所。利用者もおらず、司書の教師すらいなかった。
「今、職員会議があってて。この鍵は前もって司書の先生に借りてたの」
レヴァンの思っていたことに気づいたのか、フロルは説明をする。そのまま奥の本棚へと向かう。
「……あった」
何か探している様子だったフロルがそうつぶやくと、最奥から二番目のところにある本棚で立ち止まった。その棚には「特A魔道書」という札がかかっていた。
「……特A魔導書って閲覧禁止じゃなかったか?」
レヴァンがつぶやくとフロルは驚いたような顔を見せた。「そんなこと知ってるなんて……」となにやらふざけたことを言っていたので、レヴァンは無視した。
「無視、ひどい……。……私、先生から許可もらったの」
「許可?」
「なにせ学年首席ですから」
えへんと胸を張りながら言う姿に、レヴァンは反応しないようにしながら本棚にあるうちの一冊を手にとろうとした。
バヂッ。
「いつッ!」
「あ、気をつけて。魔力と反応するから」
「言うのおせーよッ!?」
静電気を強力にしたような電撃に灼かれた手をさすりながら、レヴァンはおとなしくフロルの後ろに下がる。本が嫌いになりそうだった。
フロルは何事か呟きながら、一冊、また一冊と重ねて持つ。手に持ちきれなくなると、そばにある机へ置いて、また本を取っていく。それを繰り返した。
何を手伝わせる気なんだ、とレヴァンは思う。自分の中にある魔力のせいで魔導書に触れられない。そんな状態で他に手伝うことがあるのだろうか、ということである。
「レヴァン、じゃこれを全部私の寮の部屋まで運んで」
だからこの台詞を聞いたとき、レヴァンは怒り狂いそうになった。なんとか心を落ち着けてフロルに言う。
「俺、触れねえよ?」
「これ使って」
そう言ってフロルが差し出すのは厚手の作業用手袋。
「直接は触れないけど、これならたぶん大丈夫」
ああそっか、と納得するレヴァン。さっそくそれをはめて積み重なった本を抱える。
「っと、これは多すぎだろ」
「ゴメン。どうしても必要で……」
そうしてフロルも少しばかり抱えた。
「寮に帰ってから研究でもしてんの?」
「うん」
それなら仕方ないか、と何かと寛容なレヴァンは歩き出す。この手の手伝いは初めてではなく、フロルの寮の場所はわかっていた。
「それでね、その娘が追い払ってくれたの」
「へー、凄い子もいたもんだ」
道中雑談をかわし、歩き続ける二人。今はフロルのルームメイトの話だった。
「最初、知らない男の人達が来たときは怖かったんだけど、その娘のおかげでね」
寮は学校の敷地内ではないために、赤の他人がおしかける、ということはあり得るのだが、フロルが体験したのは犯罪一歩手前の時だったんだろう。
今のところルームメイトのいないレヴァンは、嬉しそうにルームメイトについて話すフロルを目を細めて見ながら歩いていた。
よっと、本を抱え直したとき、レヴァンは変なことに気づいた。
「ん……?」
熱くなっているような気がして、手のひらを見やるレヴァンだったが、
「……」
見た瞬間、思わず絶句した。
「どうしたの?」
立ち止まったレヴァンを見てフロルがそう尋ねてくる。レヴァンは、迷っている暇はないと判断し、正直に言うことにした。
「手袋、見てくれ」
「うん……?」
フロルが上体を傾けて可愛らしくレヴァンの手を見る。すると、
「……うわぁ」
手袋の表面が、溶けていた。
「うわぁ、じゃねえ! なにが大丈夫だ!」
「いやー『たぶん』って言ったし」
「そんな問題じゃなくねっ!? どうなってるんだよ!」
そんな間も手袋は少しずつ溶けていき、レヴァンの手のひらは熱を蓄えていく。焦るレヴァンを尻目にフロルは手のひらを見ながら、考察をした。
「……魔導書が反応してる。レヴァンは放出してるわけじゃないから――」
ぶつぶつとつぶやいた後、フロルは顔を上げた。結果を告げる。
「たぶんレヴァンの魔力保有量が多いから」
「解決のしようがない!?」
「ほら、急がないと手が丸焦げだよ~」
「冗談じゃねえッ!? って、ああもう!」
先に走りだしたフロルを追いかけるようにして、レヴァンも走る。必死に悪態をつきながら走りながらも、その顔には滲み出すような笑顔が浮いていた。
「はは……助かった……」
「おつかれ~」
女子寮入口。その入口に息を切らしながら横たわる男子生徒は、それなりに注目を集めている。しかし、そんなことを気にするほどの余力はレヴァンにはなかった。
手袋が溶け始めるというハプニングの後、なんとか火傷を負う前に女子寮へとたどり着いた。女子寮の入口まで来れば荷物は寮の管理人が運んでくれるので、そこでレヴァンの役割は終了なのだった。
レヴァンは顔を横へと向ける。そこに置いてある手袋は、ずいぶん手のひら部分の生地が薄くなっていて、あと少しで盛大に火花を散らしていただろう。
危機をともに乗り越えてくれた戦友を、丁重にたたみながらポケットへしまう。そしてレヴァンはこの危機を作り出した悪の権化の方へと文句を垂れた。
「ごめんって言ってるじゃない」
すでに開き直った様子の少女を見て、レヴァンはため息を一つ。まあいっか、と再び顔を上に向けた。
「女子寮の入口で大の字になっているとは。なかなかの強者だな、レヴァン」
声を聞いてビクっと震えた後、レヴァンは慌てて起き上がる。入口のドアの前には、レヴァンの予想通り教官が腕を組んで立っていた。もはや言い逃れも出来ない気がするけれど、レヴァンは事実を伝えようと慌てて口を開く。
「い、いや、その、女子寮に来たのはフロルの手伝いをしていたからで――」
「そういえばアイヤネン、聞きたいことがあるんだが」
しかし、まさかのスルーだった。
「? どうかしましたか?」
首をかしげて尋ね返すフロルに、教官は腕を組みなおして尋ねた。
「実習の時に気になったんだが……おまえ、いくつかの魔法陣いじってないか?」
「っ。どうして分かったんですか?」
え、そうなのか、と驚くレヴァンは二人とも無視して、会話を続ける。
「まあ、これでも教官だからな。効率のいい見事な改良だったな。誰かに教わったのか? それとも独学か?」
「え、えーっと……母が……」
孤児院育ちのフロルに母はいない。そう思って「お、おい」と諌めようとするレヴァンだったが、
「ああ。あいつか……」
教官が納得するように頷くのを見て、驚愕するのだった。
「え、母を知ってるんですかっ!?」
フロルはフロルで驚いたらしい。教官はその反応を楽しむような表情を浮かべた後、さらりと告げた。
「まあ、なんというか……――」
「ち、ちょっと待ってください! フロルの母さんっているんですか!?」
昔を思い出すような表情をした教官。さすがに黙ったままでいられず、レヴァンが教官に向かって尋ねると、「ん、ああそうか」と教官は説明を開始した。
「アイヤネンの父親は確かに亡くなっているが、母親は生きている。だが、仕事の都合で面倒を見きれなかったために、アイヤネンを孤児院へ預けていたそうだ」
初めて知る情報にポカンとするレヴァンに、フロルが申し訳なさそうなまなざしを送ってきた。それに心配ないよ、と意味を込めて返す。
「そ、そうだったのか……」
いまだ驚きが抜けないレヴァンに教官が声をかけた。
「ところでなんだが……」
「はい?」
「おまえ、大丈夫か」
質問の声色から教官の尋ねていることを察したレヴァンは、苦笑をして見せた。
「まあ、みんな怖がってるみたいですけど……フロルやアミナが相手をしてくれるので、心配はないですよ」
そう言ってからレヴァンはフロルの方をちらりと見やる。そのときにフロルの顔が火照っていたような気がした。
「そうか……」
そのつぶやきと共に、教官はレヴァンの顔を見た。しばらくの間それが続き、レヴァンが照れ始める頃、教官はレヴァンから目をそらして口を開いた。
「まあ、なんだ。……今度組み手でもするか」
「えっ!?」
その言葉を聞いて、なにか悪いことでもしたかとギョッとするレヴァンであったが、教官の表情を見て考え直した。教官は顔までそっぽを向いて、目をしきりに泳がせていた。真っ白な肌も心なしか血色がいいようだった。
「……ありがとうございます、教官。気を遣ってもらって」
「な、何の話だ?」
動揺しているような教官を珍しいものを見たという感じでレヴァンが見ていると、その視線に耐えられなかったのか、
「ま、まあまた今度しごいてやる。訓練を怠るなよ」
そういって女子寮の奥へと向かってしまう。教官は寮監として女子寮に部屋をとっているのだ。
教官の見せた優しさにいまだ驚きながら、教官の去った方を見る。レヴァンが心のなかで感謝の言葉を送っていると、
「レヴァン」
「ん?」
「教官は、そ、その……こ、攻略対象外だよっ」
フロルが訳のわからないことを大声で言って、去ってしまう。
「………………なんのこと?」
魔道書運んでやったんだからお礼ぐらいいってくれてもいいのに。そんなことをレヴァンは思うが、女子寮の入口に一人立ち尽くす男子という特異な状況にすぐに気づく。
まいっか、とひとり呟くと、レヴァンはその場を後にした。
***********************
深夜。唯一開放されている第二修練場。
そんな明かりのない闇の中、風を切る音が響く。一人の浄法院生が体術の訓練をしていた。何もない場所で習得している型どおりに身体を動かしている。
その拳は空気を叩き、
その脚は空気を切り裂き、
手のひらも、拳から手刀、突きへと変わっていき、重心の高さも一つの動作ごとに異なっていた。その動きは決まった形が無いようでいて、同時に洗練されたものだった。
少年が一度動きを止め、場所を変える。修練場の端にある樹の近くへと移動した。
たどり着くと、一つ少年は深呼吸をした。そして力強く樹の幹を蹴る。
ガッという音とともに、その枝の持つ葉が結構な数、ひらひらと落ちてくる。その落ちてきた葉に対して、一つ一つ手刀を叩き込んでいった。
そのまましばらく続くと、やがて葉は全て地面に落ちる。
その全てが半分ずつになっていた。
少年は肩を軽く何回かずつ回すと、その場にあぐらをかいて座った。そのまましばらく心を落ち着ける。
最初、その闇の中で聞こえるのは呼吸音ぐらいなものであったが、時間が経つに連れて、それもだんだんと気にならなくなっていく。それはまるで少年の存在が、夜闇に溶けていくようで――
「ふわぁ~あ」
思わずといった様子で特大の欠伸をかました後、その少年――レヴァンはそのまま寝っ転がりたくなる衝動をこらえて勢いをつけて立ち上がった。
「あーやばい。すごい眠い」
さっきまでの緊張した空気はどこへやら。何度目かの欠伸をかきながら、レヴァンは出口の方へと歩いて行った。
深夜練習。夜目の訓練にもなるこれは、現役の浄魔士も好む修練の方法である。夜、辺りが静かになる時間帯にすると、集中力向上の効果も望めるのだ。
レヴァンが深夜練習を好むのにはそんな深い理由があるわけではなく、落ち着いて身体を動かせるから、という一点に尽きるのだが。
シャ……ン…………シャラ……ン……――――
と、そこで、レヴァンの耳に入ってきた音があった。
「ん……?」
レヴァンはその音の方へと釣られるようにして足を向ける。
けっこう歩いた先、出口の脇で木が林立して傍からは見えにくくなっている場所。そこには意外な人物の姿があった。
「…………もう、一回」
「主、無理をするな。魔力を扱い過ぎると体に負担がかかる」
アミナとおそらくミグルスだ。おそらくというのは、闇の中で姿が見えにくいからだ。二人はなにやら技の練習をしているようだった。
レヴァンは声をかけようと口を開くが、アミナの横顔を見て口を閉じた。真剣な空気に水をさす真似は出来なかったのだ。
「…………いく」
「うむ」
短い応酬の後、まずはミグルスに変化が現れる。ミグルスに冷気が宿ったかと思った瞬間、そこを中心に広がるようにして冷気がその場を支配した。しかし、アミナだけはその影響を受けていない。
『氷』の属性展開。
招魔の技能の一つで、戦闘を有利に進めるものだ。周りのエリアを自らの属性で占有し、相手の動きを制限、または自己の活性化を促すのである。
その後、アミナが動いた。指先に蒼光を灯し、この世の事象を書き換えようと素早く魔法陣を描く。しかし常とは違う方法で。
アミナは地面に陣を描いていた。
地面に描くといっても、掘り込むわけではない。魔法陣は地面より少し浮いていた。
レヴァンが頭の上に疑問符を浮かべていると、答えはすぐにわかった。というよりも、身を以てわからされた。地面に描かれた魔法陣は単純な風の出現魔法。しかし、範囲に関する記述が広く設定してあった。レヴァンも巻き込まれるほどである。
そんなことを知りもしないレヴァンが魔法陣を見やると、魔法陣は自らに与えられた役割を遂行し始める。
その場に風が吹き荒れた。と、同時に、
「……やばッ!」
レヴァンが反射的にバックステップをすると、足を離したその地面が瞬く間に、
ピキピキピキ……――――ッ。
音を立てて凍りつき始める。
「……」
とんでもないことだった。アミナを中心とした半径八メートルは最低でも凍りつくというのには膨大な魔力が必要なはずなのである。
それと同時に、レヴァンは納得した。そのための風の出現魔法だったのだ。
属性展開した『氷』を風魔法で拡散、その効果を招魔の力及ばぬところまで届かせる。見事な連携である。
レヴァンは肌についた霜を振り払うと、一面雪景色になっているその中心へと目を向ける。そこには少し疲れた様子のアミナが立っていて、ミグルスが伺候している。その周りを見てみると、林立していた木々のうち中心に近い順に凍りついていて、一番手前の木などは表面がボロボロに傷ついていた。おそらく氷の粒が刃と化し、作用したのだろう。
ぺたん。
そんな擬音がぴったりといった様子でアミナが座り込む。それまで身じろぎもしなかったレヴァンがここでやっと動き出そうとして、
「いつまで隠れて見るつもりだ」
ミグルスがそう声を発する。その言葉に苦笑しながら、レヴァンは二人の方へと歩み寄っていった。
「…………レヴァン?」
なんで? というアミナの顔に経緯をざっと説明をする。深夜練習に来たこと。ふと聞こえた音に引き寄せられて来たことを。
この時わかったのは、聞こえてきた音というのは氷の粒と粒が奏でる音だったということだ。
「それで、さっきの技は?」
レヴァンが直球で聞くと、アミナは一旦口ごもる。こんな深夜に練習するぐらいだから、知られたくないのかもな、とレヴァンが考え直して、言いたくないなら、と言おうとしたとき、アミナの口が開いた。
「…………これで、私も戦え、る」
その一言でレヴァンは察した。
アミナは自分が戦うための方法を模索していたのだ。その結果、出てきた戦い方がこの「広範囲属性展開」だったのだ。
確かにこれほどの大きさを展開出来れば、大体の敵を弱体化させることが可能であり、一方でミグルスはその範囲内では魔力の効率が上がる。幅広い応用が期待できるものだった。
その、理論で簡単に説明できても実行は困難な成果を目にして、レヴァンは、
「……そうだな」
目を細めて微笑んだ。
「どうだ。我の底知れぬ実力に足でもすくんだか」
そんないつもの調子で自慢げに鼻を鳴らすミグルス。レヴァンはその表情の中に主の成長に対する喜びのようなものを感じたので、軽く鼻で笑っておいた。
「ばーか」
「……む。主、コヤツには直接吹雪を浴びせるべきである」
そんなことを言いつつも、ミグルスは薄く笑ってレヴァンに背を向ける。その背中を見ていると、レヴァンは不意に言いたくなったことがあった。
「おい、アホ犬」
「……小僧、氷のオブジェにでもなりた――」
「お疲れさん」
「……」
さすがに予想外の言葉に目をまん丸にする。そんな黒犬の姿にレヴァンは心中で笑いを含ませた。しばらくして、ミグルスはふん、と気を取り直すと、どこかへ去ってしまった。本当に自由な招魔である。
「…………レヴァン、帰ろう?」
「そうすっか」
アミナに促され、修練場の出口へと足を向けるレヴァン。隣のアミナも何故か上機嫌で、暗闇ではあるが、楽しそうな雰囲気が伝わってくる。レヴァンはそれに首をひねりながらも、アミナと並んで歩いた。
なんだか今日の練習は充実していたように、レヴァンは感じた。




