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招魔の祈り ~law distorters~     作者: 平山コウ
1.~異端の少年~
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プロローグ  ~出会い~

 ――幼い少年が一人、岩に腰かけていた。

 場所は、古い洞穴。都市の直ぐ側にあるそれは、実は一般には知られていないようなものだった。入口は大人がぎりぎり入れるかというほどのものだが、中はそこそこ広いようだ。そんな形状のため、光はあまり入らないはずなのだが、薄明かりでもあるかのように暗くはなかった。

 岩もずいぶんと古いようで、少年ほどの体重にも表面がざあっと音を立てて少しずつ崩れていく。鮮やかな青髪を持つ少年はそこに腰掛けたまま石にでもなったように動く気配がない。ピクリともしない。


「……」


 少年はただ目の前の空間を眺めるようにしているが、その目は現実のものを捉えていないよう。薄汚れた服をまとって、精巧な彫像のようにただ静かに座っている。

 そんなときだ。


 洞窟の入口から、一人の少女が現れた。


 美しいスカーレットの髪を肩まで伸ばし、同色の瞳がくりっとしている。運動はあまりしていないだろう、華奢な体。年の頃は少年と同じくらいか。そんな少女が洞穴の入口に立っている。

 すん、すん、と鼻をすすりながら、洞穴の中へと入ってきた少女。しかし彼女は一度立ち止まると、洞穴の中見渡そうとしているのか、きょろきょろと周りを見渡した。いつもやっていることなのか、まるで人がいないことを確認するようだった。

 そして、少女は視線を前に向けて止める。少年に気づいたのだ。

 自分だけが見つけて、誰もいないはずの静かな洞穴。そこに座った少年。興味が湧いてきたのか、少女は視線を少年から動かさない。

 しばらく時間が流れる。が、やがて少女の方がしびれを切らした。少女は陽の光が当たっていた入口から駆けだすと、少年の方へと向かう……前に、こけた。


「い、いたた……」


 恥ずかしくなってあわてて起き上がると、肘に走る痛み。見ると、そこには軽い擦り傷があった。血も出ていないが、あとに残るズキズキとした痛みが不快であった。


「ってそうじゃなくて!」


 自分がしようと思っていたことを思い出し、また歩き出す。向かう目的地は、ぼろぼろの少年。たどり着いても、反応も示さないその姿。少女は早速行動に移した。その華奢な腰に手を当てる。


「ねえ、キミ?」

「……」


 反応はない。そのことを少女は悲しく思うが、まだ、諦めない。もう一度、


「ねえったら~」


 そう言って、少女は肩を揺さぶってみる。返事はない。しかし、少女は嬉しくなった。なぜなら、少年の瞳の奥で何か反応したようであったからだ。


「こうなったら……」


 何故か、少年が返事するまで声を掛け続けてやる、と意地になった。


「ねえねぇ」

「……」

「キミ、きこえてる?」

「……」

「なまえ、なんていうの?」

「……」

「………むぅ」


 手強い相手に早くも諦めかけてしまう。

 少女は、悩む。もうそろそろ戻らなければ、次の稽古の時間に間に合わなくなる。早く帰らないと先生に怒られてしまう。

 もう一度、悩む。帰らなければならないのだが、このまま帰ると、もう少年がいなくなってしまう気がするのだ。それはなんとなく、嫌だ。

 うーん、と少女は悩み続ける。こうしている間にも時間は経って、自由時間が減っていることには気づいていない様子である。しかし、少女は真剣に考えた。と、そんなとき、


「……きみ、だれ?」


 ようやく少年が口を開いた。少し声は枯れていて、めんどくさそうな声だった。

 少女が目を向けると、そこにはこちらを見上げる少年。焦点をつかみきれていない目が少女のくりっとした目と合う。少女は嬉しくなった。


「あ、やっとしゃべってくれた!」


 きゃっきゃと騒ぐ少女であったが、少年の様子は変わらない。相変わらずぼーっとしていて、少女の姿を目に写しているかどうかさえ怪しい。それを見た少女はまた悲しい気持ちになり、少し落ち込む。本当に感情豊かな少女であった。


「……目、どうしたの?」


 一瞬、少女は戸惑う。そして気づいた。少年が話しかけてくれたのだ。そして、自分の目がどうなっているかを確認する。目元が少し赤くなっていた。


「あ、これ? えとね、ちょっとないちゃったの」

「……なんで?」

「あ、だいじょぶだから。なんでもないの」


 反射的に強がってみせたが、そこで話が終わってしまった。気まずい空気が流れ、少女は自分の手をいじり始める。実は少し先生に怒られただけだったのだが、何故か少年に言うのは恥ずかしかった。

 しばらくして、とりあえず足が疲れてきたので、少年の隣に座る。もう時間のことなど気にすら留めていないようだ。

 少女は何とはなしに空を見上げる。と言っても、そこにあるのは空に浮かぶ綿飴ではなく、暗い色の土の天井だ。だから少女は、この向こうには何があるのかな、とぼんやり考える。


「きず。だいじょうぶ?」


 だから隣からそんな声が聞こえたとき、少女は驚いた。少年を見ると、その視線は少女の肘に向いている。


「あ、うん。ぜんぜんいたくないし……」

「だめだよ。ばいきんが入るかもしれない」


 そういって少年は立ち上がり、少女の無傷の方の手を引く。そして洞穴の奥へと歩く。少年の初めての行動であった。


「あ……」


 意識せずに声を出してしまう。急な行動に対する驚きの声。のはずなのだが……


「……」


 心臓が跳ねる。すぐに収まるはずのその勢いは止まることを知らず、少年に持たれている部分が熱を持っているように感じられた。こんなことは初めてだった。

 そして、自分がこんな風に男の子と触れ合ったことがなかったことに気がついた。


「……あった」


 そう、少年は言った。目の前にあるのはちょうどいい湧き水。岩盤からしみ出しているらしく、どうやら地下水のようだ。


「洗って……ばんそーこー、ある?」

「う、うん……」


 少女は言われたとおりに傷口をそっと洗った。その後、ポケットにあった絆創膏を取り出す。すると、少年がかして、と言った。


「え?」

「はってあげる」


 返事を待たず、少年は少女の手から絆創膏を取ってしまう。そしてそのまま少女の腕を取って、肘にぺたっと貼る。少女が戸惑ったせいで少しずれた。


「……おわり」

「……ありがと」


 やることが終わってまた黙る少年。なぜか突然黙ってしまった少女。

 二人の間にしばらくそのまま沈黙が流れた。そのせいで少女は思い出してしまった。今頃、先生が怒っているだろうことを。


「あ、えっと、その……」


 言うべきか迷う少女。しばらく考えていたようだったが、やがて……決めた。


「ね、ともだちになろう?」

「………ともだち?」

「あしたもここにいて……ね?」


 少女は願いを込めるように、少年の目を真っ直ぐ見る。それを少年が見ているかどうかは彼のぼーっとした目ではわからない、が、


 少年はかすかにうなずいた、気がした。



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