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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

リレー小説『梅雨空』

作者: 夜空tomori

タンタンタンタン…

タンタンタンタン…


丁度六月の半ば頃。

私は屋上へと続く学校の階段を上っていた。

タンタンタンタン…


階段を駆け上がる私のおろした長い髪と制服の短いスカートがふわりと揺れた。


タンタンタンタン…

タンタンタンタン…


日が暮れ始め、生徒は皆帰った後の静かな学校に、私が階段を駆け上がる音だけが響いていた。


タンタン……


ピタリと足音が鳴り止む。

私の目の前に屋上へと続く扉が見えたのだ。

辺りはしんと静まり返った。


階段を上りきり、私の吐息だけが響いていた。


目の前に立ちはだかった扉を開けようと、古錆びたドアノブを握り締めた。


手に力をいれて全力で扉を押した。


しかし長い間この扉は開けられていないものなのか、もしくは鍵がかかっているものなのか、扉は開かなかった。


そして私はふと腕時計を見た。

針が指し示した時間は六時五十九分。

秒針はというと二十秒を指していた。


「…時間が…無い」


私はなんとしてでも七時までに屋上に辿り着かなければならないのだ。


どうしてかって?


それはね…


「初音〜。コレ見て見て。」

昼休み、ジュースを飲みながら空の観察をしている途中に友達が話しかけてきた。


手には携帯。


私は液晶画面に目を凝らす。


『貴方の知りたいこと丸わかり!!-あの子の気持ちからテストの内容まで-』

そんなタイトルとサブタイトルがポップな字体で踊っていた。


「コレ当たるって有名なんだよ。あたしの友達もコレでテストの内容分かって満点とったんだから。何か聞きたいこと無い!?」


……1つ、ある。けど軽々しく口に出せる事じゃない。

だから私は緩やかに首を振りながら

「今は思い付かないや。URL教えてくれる?」

と、言った。

友達は二つ返事で快く教えてくれた。

「絶対試してね〜。」という言葉と笑顔を残して友達は去っていく。


私はフウッと息を吐いて携帯を取り出して早速URLを打ち込み、アクセスした。


そして私はコレに書き込んだのだ。


『私にお兄ちゃんは居ましたか?居たとしたら何で今居ないんですか?』

……なんてさ。

書き込んじゃったんだな。


コレが私が今ここに居る理由なんだな…。


どうやら七時にここに『お兄ちゃん』とやからが来てくれるらしい。

『じゃあ見てみたいなぁ』と思ったから私はここに居るのだ。


しかし約束の時間に一秒でも遅れた場合はお兄ちゃんは会ってくれないという頑固で自分勝手なお兄ちゃんなのである。


もう時間は無い。


なんとしてでもこの扉を開けなければ。


だからと言って職員室に鍵を取りに行っていたら間に合わない。


気付けば私は扉を足で思いっ切り蹴飛ばしていた。

私が蹴って、バーンという凄い音をたてた扉はギギギという鈍い音をたててゆっくりと開いた。


月光で照らされた冷たいコンクリートのタイルと手摺り。


そして、その手摺りの外側に兄らしき人物が居た。


その人物はゆったりと、ゆっくりと緩慢な動作で私の方を向く。


「久しぶり。初音。僕は終音。」

手摺りの外から落ち着いた声が響く。


「初音の…元お兄ちゃん。」

夜の冷たい声を震わせながら。


「初音。もっとこっちに来てくれる?」

私の耳朶を震わせる。


一歩、また一歩と歩みを進めていく。

お兄ちゃんに近付こうと体が動く。


答えは近い。

答えはもうすぐ分かる。


触れようと手を伸ばして、指が弾かれる。

手摺りから向こうに壁があるように。


お兄ちゃんは哀しげに笑った。

「ここから先は別空間なんだ。命あるモノは触れられないんだよ。初音。」


こんなに近いのに。

触れられない。

触れることが出来ない。


目の前にお兄ちゃんが居るのに。

あと少しで手が届くのに。


触れられないんだね。



お兄ちゃんとは住む世界が違ったんだね。


でもこうして会えていることが不思議。

この次元は不思議だらけだよホントに。


…でも触れられなかった。


お兄ちゃんの本当の温もりを感じたかったのに。


どうして…

手が届きそうなぐらい、すぐ近くにお兄ちゃんが居るのに。


どうしてそっち側の世界に行っちゃったの?

お兄ちゃんは私の心を読むようにニコッと優しく、そして悲しく笑った。

「僕はそれには答えたくないんだ、絶対にね。ごめんね。僕が答えられるのは僕が居たという事だけなんだ。」


何で?何で?


聞きたいけど声が出ない。


「ごめんね。理由も言えない。」

くしゃっと顔をゆがめて微笑む。


「1つお願いがあるんだ。初音は僕の事を忘れて欲しい。僕を覚えていない方が初音は幸せなんだ。だから今日会った事も忘れて欲しいんだ。」


何で?何で?何で?


「―これも理由は言えない。でもお願い。」

………分かった。

それがお兄ちゃんの願いなら。


それが唯一のお兄ちゃんの願いなら。


私はそれに従う。


私は黙ったまま頷いた。


お兄ちゃんは満足したようにニコッと綺麗に笑った。


そして…

…消えた。


「待って!!」と私が声を発したときにはもう、すでにお兄ちゃんは消えていた。


もう、辺りがすっかり暗くなっていた。


空を見上げ、夜空の星を眺めていた。


そして私は笑った。


優しく。そして切なく。


涙が私の頬を伝った頃、今度は空から雫が落ちてきた。


雨だ…。


お兄ちゃんの涙かな?


私はここに居るよ。


何があってもお兄ちゃんの味方だよ。

この先何があってもずっと永遠に。


次第に雨は、どしゃ降りの大雨に変わっていった。


制服が濡れて肌にへばりつく。


濡れたブラウスが私の体温を奪っていく。



『おーい、初音ー!』


「中西君…!」

私の名前を呼びながら走ってきたこの人は、クラスメートの中西雷斗君。

成績優秀、スポーツ万能、すごく優しくて、女の子によくモテる。


『風邪ひくぞ?』

自分だってびしょ濡れなのに、私の濡れた髪をタオルでクシャクシャと拭いてくれた。


剣道部のエースで、大会に頻繁に出ては色々な賞を総ナメにしているらしい。


「なんで中西君がここに?」

キョトンとした顔で中西君の顔を見上げた。

すると彼は、顔を真っ赤にして目をそらした。

『いや、別に…ぶ、部活の帰りだよ!』


中西君、嘘吐くの下手だな〜。


「ウフフッ…中西君って面白いのね。」


『当ったり前だろ!!俺が面白れぇの知らなかったのかよ!!』


中西君は腕を組んでフフフというように笑っていた。


(…中西君ってこんな奴だったっけ?)←私の心の声。


『…ん?何か言ったか?』


「いや、なっ…なんでもないよ。」


『台風…くるんだよな。早く帰んぞ。』


「あっ…うん。」


ガチャ…


あれ?


扉が…開かない。


帰れないじゃん!!


「なっ…中西君ッ!」

『ん?』


私は助けを求めるような顔で中西君を見た。

「ドアが…開かないんだけど…。」


私は少しおずおずと尋ねた。


口調がまるっきり変わった中西君が、ちょっと怖かった。


すると、急に自分の周りが暗くなった。


後ろを振り返ると、不適な笑みを浮かべた中西君が立っていた。


「中…西君…?」


中西君は手に包丁を持ち、私の前に包丁を振りかざした。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


私の悲鳴とともに、グサッという鈍い音が聞こえた。


キコエタンダ。


ニブイオトガ。


そして数時間後、私が目を覚ました頃には私は白いシーツのベッドの上に居た。


私の左手首には細い管。

点滴だ。


どうやらここは病院のようだ。



『目を覚ましたかい?ハニー』

後ろからキコエタ。

中西君の不気味な声。


『初音は覚えていないのかい?』


何のこと?


『キミが僕を裏切ったこと。』


え?

私が中西君を裏切った?


『幼稚園の頃の話だよ。』


そんなちっちゃい頃の話なんて覚えてる訳無いじゃん。


『キミは、僕と結婚するって約束したよね。』


ちっちゃいときなんだから、その言葉に何の重みも考えてなかったんだよきっと。


『なのに小学校に入ったら、違う子とツキアッテイタ』


確かに涼宮君と付き合ってたけど…。


『キミは僕をウラギッタ。』


「私、裏切ってなんかないッ…!」


『いいや、キミは裏切った。』


中西君は冷たい目で私を見つめながら、私の顔を撫でる。


「だって…中西君の事が好きだった、私…ッ!」



そう、私は密かに彼を想っていた。


『〈好きだった〉?今は好きじゃないのかい?』


中西君が私の上に四つん這いになって乗っかった。


「違…ッ!苦しッ…やめ…てッ…!」


いつの間にか彼の手は、私の首を締めていた。

ホントは、今は好きじゃない。


こんな怖い人を、好きになれるはずがない。

『キミは、お兄ちゃんのことを覚えてるかい?』

首を絞めながら中西君は私に尋ねる。


「…お…兄ちゃ…ん…って?」


苦しい…。

息ができない。


『終音のことだよ。』


「終…音!?」


『終音を殺したのは僕さ。』


「ど…うし…て…!?」


『キミと仲良くしてるのがうらやましかった。イコール憎かった。』


お兄ちゃんがあっち側の世界に行っちゃったのは、中西君のせいだったなんて…。


中西君が許せない。


中西君が許せない。


ナカニシクンガユルセナイ。


私は中西君をキッと睨み、彼を突き飛ばした。


よく見るとここは手術室。


目の前にはメス。


私は迷わずそのメスを取った。


そしてそれを、彼の胸に突き立てた。





嗚呼、

なんだってなんだって

こんな事しちゃったんだろう。


嗚呼、

君が今、目の前で

動かなくなった。


泣いたって泣いたって

垂れ流す隅っこの時間。


嗚呼、

僕は今、横になる。

実験台の上――。


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