第二話③
文化祭の企画会議から、数日が経っていた。
昼休み。
教室の窓から、やわらかい春の光が差し込んでいる。
私は机に頬杖をつきながら、スマホの画面を見ていた。
イヤホンから流れているのは、メモリア・コードの曲。
ギターの音と、サウズの歌声。
この曲は最近ずっと聴いている。
「またメモリコ?」
前の席から、綾香が振り返った。
「うん」
「ほんと好きだよね」
私は少し笑った。
「うん」
好き。
その言葉が一番しっくりくる。
サウズの歌声を初めて聴いたとき、なんだか胸の奥が少しだけ揺れた気がした。
歌詞も、ギターも、全部好きだった。
「サウズでしょ?」
綾香が言う。
「うん」
「やっぱり」
綾香は少し笑う。
「明日香、ずっと言ってるもんね」
「そう?」
「言ってる」
綾香はくるっと前を向いた。
「放課後、生徒会だよ」
「うん」
文化祭の準備は、少しずつ動き始めている。
出店の申請。
部活動の発表。
体育館のスケジュール。
やることは意外と多い。
授業が終わって、放課後になる。
私は綾香と一緒に、生徒会室へ向かった。
三階の廊下は、部活に向かう生徒で少しだけ賑やかだった。
「今日何やるんだっけ」
私が聞く。
「出店の整理とかじゃない?」
綾香が言う。
「あと体育館の時間割」
「そっか」
そんな話をしながら、生徒会室の前に着く。
ドアを開けると、もう何人か先輩が来ていた。
「お疲れ様です」
「お疲れー」
私たちは席に座る。
机の上には書類が並んでいた。
「今日は文化祭の出店整理やるぞ」
会長の先輩が言う。
「クラスから結構申請来てる」
「そんなに?」
「多い」
先輩が紙の束を持ち上げる。
「たこ焼き」
「焼きそば」
「クレープ」
「食べ物多いな」
笑いが起きる。
私はノートを開いてメモを取り始めた。
どのクラスが何をやるか。
場所の割り振り。
体育館の時間調整。
会議はいつも通り進んでいく。
ペンの音と紙をめくる音が、生徒会室に静かに響く。
しばらくして、二年生の先輩がノートパソコンを開いた。
「メール確認しときますね」
生徒会の共有アドレス。
学校関係の連絡はそこに届く。
「お願いします」
会長の先輩が言う。
私は書類に目を落としたまま、メモを書き続ける。
「えーっと……」
キーボードを打つ音が聞こえる。
「学校関係の連絡がいくつか」
「体育館使用のやつ?」
「それです」
普通の連絡が続いているみたいだった。
私は特に気にせず、ノートにペンを走らせる。
そのときだった。
「あれ」
先輩が言う。
キーボードの音が止まる。
「どうしました?」
会長の先輩が顔を上げる。
「いや」
先輩は画面を見たまま言った。
「これ」
「メモリア・コードって書いてある」
一瞬、手が止まった。
「え?」
誰かが声を出す。
「メモリア・コード?」
生徒会室の空気が少し変わる。
私は顔を上げた。
「ほんとですか?」
別の先輩が立ち上がる。
「メール?」
「うん」
ノートパソコンの画面を、みんながのぞき込む。
私も思わず席を立った。
画面の上に表示されている差出人。
Memoria Code Official
その文字を見た瞬間、胸が少しだけ強く鳴った。
「返信来てる」
先輩が言う。
誰かが小さく息をのむ。
「開きます?」
「うん」
会長の先輩がうなずく。
マウスが動く。
クリック。
メールの画面が開いた。
生徒会室が、少しだけ静かになる。
先輩が画面を見ながら読み始めた。
「えーっと……」
ゆっくりと声に出す。
「この度は、文化祭ライブのご相談をいただきありがとうございます――」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がどくんと鳴った。
私は画面を見つめたまま、先輩の声を聞いていた。
メモリア・コード。
そのバンドから届いたメール。
先輩が続きを読む。
「日程などを確認したところ――」
生徒会室の中で、誰も話さない。
先輩が、少しだけ驚いた顔をした。
「え?」
「どうしたんですか」
誰かが聞く。
先輩は画面を見たまま言った。
「出演の件ですが」
少し間があく。
そして、ゆっくり読み上げた。
「前向きに検討させていただきたいと思います」
生徒会室の空気が、一瞬止まった。




